地域の人の居場所とつながりをつくる場に

本を借りられる、買える「私設図書館もん」。本とコーヒーカップ、テーブルをモチーフにしたロゴが目印本を借りられる、買える「私設図書館もん」。本とコーヒーカップ、テーブルをモチーフにしたロゴが目印

家や職場、学校ではない第3の居場所“サードプレイス”が注目されている。空き家や空き店舗を活用したケースが増え、地域活性化のきっかけづくりとしても期待が高まっている。名古屋市名東区に2022年3月26日にオープンした「私設図書館もん」(以下「もん」)もそのひとつだ。

「地域の人の居場所とつながりをつくる場」をコンセプトに掲げるこの場所は、本を借りられる、買えるだけでなく、こだわりのコーヒーを楽しめるブックカフェ、2階はレンタルスペース(2022年6月ごろオープン予定)のある複合施設として運営をスタートさせた。

本を借りられる、買える「私設図書館もん」。本とコーヒーカップ、テーブルをモチーフにしたロゴが目印名古屋市出身の土山さん。不登校の子どもや、放課後行く場所のない子どもたちの学びの機会をつくることに力を入れている
懐かしい絵本や人気コミック、エッセイなどが並ぶ本棚。大人も子どもも時間を忘れて読みふけってしまいそうだ懐かしい絵本や人気コミック、エッセイなどが並ぶ本棚。大人も子どもも時間を忘れて読みふけってしまいそうだ

空き店舗だった長屋の一角をリノベーション


名古屋市名東区延珠町にある長屋の一角をリノベーションして作られた「もん」。黄色に塗られた壁が目を引く小さな図書館だ。オープンさせたのは、土山昂也(こうや)さん。

取材に訪れたのは4月初旬。オープンからまだ間もないが、昼間は小さな子ども連れの親子や、年配の方が散歩がてらに立ち寄り、午後になると学校から帰ってきた子どもたちが集う場所となりつつある。
館内は両側に本棚が作られ、土山さんが所有するものや、寄贈された本およそ900冊が並べられている。値段のついているものは購入可能。ついていないものは無期限、無料で貸し出しOK。読み終わったら返すという優しいシステムだ。子どものころから本が好きだったという土山さんだが、「最初は図書館をやろうと決めていたわけではなかったんです」という。ではなぜ、私設図書館を開設するに至ったのか―。

旅に出て知った私設図書館という存在

旅で出合った私設図書館が転機に。手始めに「ニシヤマナガヤ」で出張私設図書館をスタートさせることにした土山さん。写真はそのときの子どもたちの様子旅で出合った私設図書館が転機に。手始めに「ニシヤマナガヤ」で出張私設図書館をスタートさせることにした土山さん。写真はそのときの子どもたちの様子

あらゆるジャンルの本にふれるうちに社会問題に目を向けるようになった土山さんは、「より多くの人が暮らしやすい社会にするにはどうしたらいいのか」と考えるようになったという。
「それまで6年間会社勤めをしていましたが、自分の知識を広げるために会社を辞めていろいろな場所を巡ってみようと思ったんです」

知らない土地に行き、その地域の文化や暮らしを実体験するため旅に出た土山さん。岡山県のゲストハウスを拠点に、農業の手伝いやブックカフェなどでボランティアをしていたとき、たまたま訪れた古本屋で転機は訪れたという。
「古本屋さんの店主に『将来は子どもに関わることがしたい』という話をしていたら、私設図書館っていうものがあるよと教えてくれたんです」
それが広島県尾道にある「さんさん舎」。“ふらりと立ち寄れる地域の縁側的存在”として親しまれている私設図書館だ。
「僕が訪れたときは、不登校の小学生とその保護者の方が来ていました。学校に行けなくてもこういう居場所があることで、選択肢や可能性への広がりがもてる。多様な人たちとの交流や本を介して、新たな発見が生まれるのではないかと思いました。誰でも立ち寄れる『さんさん舎』のような場所は、よりよく生きていくための助けになるんだなと、そのとき感じたんです」

小さいころから本が好きだったことと、漠然とではあるが子どもに関わることがしたいと考えていた土山さんにとって、私設図書館という業態はマッチした。

「どんな人でも使える居場所づくりなら自分でもつくれるかもしれない。これを自分がやるとしたらどんなものができるだう」と考え始めたのが、「もん」の出発点だったと振り返る。

まずは出張私設図書館からスタート

改修前の様子。建具や内装の施工は名古屋市中村区の大門商店街に工房を構える「soiro living」が手掛けた改修前の様子。建具や内装の施工は名古屋市中村区の大門商店街に工房を構える「soiro living」が手掛けた

その後も旅をしながら構想を温めてきた土山さん。2021年に地元の名古屋に戻ってきた。

住みはじめた場所の近くにあった、商店街の空き店舗をリノベーションした複合施設「ニシヤマナガヤ」のレンタルスペースを借りて週1回「出張私設図書館」を開設。子どもから大人まで楽しめるように、ジャンルレスで本を並べ、無料貸し出しや古本販売、絵本の読み聞かせを実施してきた。これが「もん」の前身だ。

出張私設図書館でのつながりもあり、「もん」のリノベーションには「ニシヤマナガヤ」を立ち上げた建築家が設計を行うことに。建物の改修にかかる初期費用は、クラウドファンディングで約90万円を調達。床や壁などは近所の人や友人らが集まりDIYで仕上げた。

改修前の様子。建具や内装の施工は名古屋市中村区の大門商店街に工房を構える「soiro living」が手掛けた近所の子どもたちも参加した「みんなでぬりぬりDAY!」。「もん」の内装を手掛ける「soiro living」の川端さんから、塗り方や素材の種類などをレクチャー。大人も子どもも一緒になって壁塗りを完成させた
お好み焼き店だったころからの空柄のクロス。図書館の雰囲気に不思議とマッチしているお好み焼き店だったころからの空柄のクロス。図書館の雰囲気に不思議とマッチしている

現在「もん」がある建物は、もともとお好み焼き店があった場所。天井に張られた空の柄が入ったクロスは、当時のまま残っている。カウンターも当時からあるものを利用し天板を取り付けた。
「お好み焼き屋さんだった頃を知っている方は、『懐かしい』と言っていました。昔の面影を残しておくのも、古くからこの場所に住んでいる方にはなじみがあっていいのかもしれませんね」と土山さんは話す。

店の中央に置かれた一風変わった丸テーブルは、「もん」のアイコン的な存在。「境界線を作らない、決めつけない、枠にとらわれない」といった「もん」のコンセプトを表現するため、試行錯誤を重ね、大人も子どもも座れる円卓になったという。

改修前の様子。建具や内装の施工は名古屋市中村区の大門商店街に工房を構える「soiro living」が手掛けた天板の高さに変化を付けた「もん」オリジナルの円卓。椅子とテーブルの高さが計算されているため、大人が低い天板の方に座っても窮屈感はなく、ゆったりと本を読める

本を介して趣味の合う人と出会うことも

900冊以上あるという本は、百科事典から小説、絵本、漫画などさまざまなジャンルが置かれている。
「人気のコミックを読んでいた子どもが、隣の棚に並んでいた小説に手を伸ばしたときは『おっ!』と思いましたね」。好みだけを並べた自分の本棚や、整然とジャンル別に並べられた図書館では、このような偶発的な本との出会いは得られないだろう。
「普段読まない本を手に取る」という仕掛けも、土山さんが狙っていたことだ。

もう1つの仕掛けとして、2ヶ月単位で本棚の1枠を貸し出す「ひと棚店主」も展開。12棚ある枠は、4月~6月の1期分はすぐに埋まったという人気ぶり。その棚を見ると、その人の趣味がわかる。

「本を介して趣味の合う人と出会うこともできます。短歌のZINEや雑貨を置いている人もいて、普通の本屋さんではなかなか手に取ることがないものも、読んでみようかなという気持ちになりますよね。中には自分の蔵書として大切にしているものを、店内での閲覧限定で貸し出ししている棚主さんもいます。貴重な本もあるようで、そういうものが見られるのも魅力になっていくかなと思っています」

「ひと棚店主」は本以外に雑貨なども販売可能。1ヶ月3,300円で2ヶ月単位で借りることができる「ひと棚店主」は本以外に雑貨なども販売可能。1ヶ月3,300円で2ヶ月単位で借りることができる
「ひと棚店主」は本以外に雑貨なども販売可能。1ヶ月3,300円で2ヶ月単位で借りることができる土山さんのこだわりコーヒーとおすすめの本。自分の好みを伝えて、おすすめの本を選んでもらうのもおもしろい

関わる機会がなかった人との交流で新しい価値観の創造を

寄贈された絵本は一部を除き購入可能。古本販売によって得た利益は、「もん」の運営資金だけでなく子どもの学習体験イベントの資金として活用される寄贈された絵本は一部を除き購入可能。古本販売によって得た利益は、「もん」の運営資金だけでなく子どもの学習体験イベントの資金として活用される

「もん」が位置する場所は、歩いて行ける距離に4つの小学校がある。市営団地やマンションもあり、さまざまな世帯の人が住むエリア。世帯も年齢層もバラバラな人が住むこのまちは、「もん」を開くには効果的な場所だったという。

「小学生の子どもたちや、家族連れや年配の方、1人でふらりと訪れる30代くらいの方が同じ空間にいて、自然に子どもたちと会話をしている。自分が見たかった理想の風景を実現することができました。子どもたちにとって日常的に関わる大人って、家族とか先生とか限られた関係だけ。そうすると趣味趣向が限定されてしまって、想像力といったものが広げられないんですよね。『もん』に来て、知らない大人、関わる機会がなかった人と交流することで、これまで息苦しさや生きづらさを感じていた子が『これでもいいんだ』とか、新しい発見をしてくれたらいいなと思っています」

土山さんがこう考える背景は、子どもを取り巻く環境にある。
「ユニセフの子どもの幸福度に関するレポート(※1)を見ると、日本は身体的健康がダントツの1位なのに対して、精神的幸福度は38ヶ国中37位とほぼ最下位。このギャップはなんなんだろう、どうしてこうなってしまったのだろうと考えたんです」

いびつな結果を受け、土山さんがたどり着いたのは「人とのつながりが必要だ」ということ。
文部科学省の調査によると、不登校の児童数はおよそ20万人と過去最多を更新している。(※2)コロナ禍の影響もあって、子どもたちがふれあう人の数は今後ますます減っていくことが懸念される。
「学校に行かないこと自体が悪いとは思いませんが、生きづらさを感じている子どもが増えていることは事実。親や先生、友達以外に相談できる人とつながれたり、居心地がいいと感じられる場所をつくる必要がある」と、土山さんは話す。

土山さんのスペシャルティコーヒーを飲みながら、じっくり本に向き合うもよし、語らうもよし土山さんのスペシャルティコーヒーを飲みながら、じっくり本に向き合うもよし、語らうもよし

一番変えなくてはいけないのは大人の環境


土山さんが目指しているのは、子どものためだけの居場所づくりではない。

「実は、一番変えないといけないのは大人の環境です。子どもの環境を作っているのは大人なので、どちらも同時にアプローチできる方法を考えないと解決できないと思っています。僕の周りにも、今の社会になじめず苦しんでいる大人はたくさんいます。そういう人たちが気軽に来れる場所を作ることがいまの僕にできることなんじゃないかと思っています」

どんな人にとっても気軽に来れて気楽でいられる場所。それが「もん」の目指す理想だ。

「今の子どもってこんなこと考えているんだとか、こんなものが人気なんだと知ることで、大人も価値観を更新することができる。凝り固まった考えでは社会は変えられません。僕も含めて大人が考え方を転換したり、価値観を更新して行動を起こすことが必要です。この場所がそういうきっかけになっていけるといいなと考えています」


※1 2020年9月ユニセフ「レポートカード16」による
※2 2021年10月文部科学省「小・中学校における理由別長期欠席者数の推移」による

寄贈された絵本は一部を除き購入可能。古本販売によって得た利益は、「もん」の運営資金だけでなく子どもの学習体験イベントの資金として活用されるカウンターの一角には子どもたちが自ら作った駄菓子コーナーが設置。手書きのポップがかわいらしい

訪れた人が何か閃(ひらめ)くような場所であってほしい

何が必要で誰がどう動くのか、それによって図面をおこしていく。2階のレンタルスペースのリノベーションも、建築、家具デザインを手掛けるプロと一緒に進めていく予定だ何が必要で誰がどう動くのか、それによって図面をおこしていく。2階のレンタルスペースのリノベーションも、建築、家具デザインを手掛けるプロと一緒に進めていく予定だ

「もん」のネーミングの由来は、「門」。「門」+「人」で「閃く」。門をくぐった人が何か閃くような場所であってほしいという想いがこめられている。

「料理が得意な人が先生になったり、昔大工さんだった人がDIYの先生になったりして、いわゆる“市民先生”が教えるワークショップを開催できたらいいなと思います。地域の人たちの知恵や技術を広くシェアすることで、新しい出会いと閃きが生まれる場所にしていきたい」と語る土山さん。

ワークショップ等に使用する2階をリノベーションするため、土山さんは新たにプロジェクトを立ち上げた。レンタルスペースやDIY 、空間デザインに興味がある人やこの場所を利用してみたい人を集め、どのように使ったらいいか、システムをどうするかなど話し合う予定だという。計3回の会合を経て、6月ごろには2階もオープンする予定だ。

今後は「持続させながら、どれだけ深く掘っていくかだと思っています」と土山さん。
地域の人の居場所づくりを掲げる「私設図書館もん」。新たに誕生したこの場所が、コミュニティスペースとしてどう展開していくのか、期待が高まる。


【取材協力・写真提供】
私設図書館もん
開館時間9:00~19:00(不定休)
https://library-mon.jimdosite.com/

何が必要で誰がどう動くのか、それによって図面をおこしていく。2階のレンタルスペースのリノベーションも、建築、家具デザインを手掛けるプロと一緒に進めていく予定だ大きめのソファが置かれた2階は、キッチン付きでトータル18畳ほどある広々とした空間。リノベプロジェクトによって、この場所がどんな形に変化していくのか楽しみだ

公開日: