高知県安芸市、空き家を活用したゲストハウス「東風ノ家」

高知県東部の中心都市として知られる安芸市。人口は15,000人ほど、海、山、川に囲まれ、地理的環境を生かした農林・水産業がさかんな地域だ。安芸城跡や土居廓中の武家屋敷、岩崎弥太郎邸など観光スポットも点在し、歴史の薫る文化都市としての一面も併せ持つ。

地方創生が注目されるなか、LIFULL HOME`S PRESSでは、高知県へUターン・Iターンして暮らす人々を取材してきた。香美市の事例(高知県香美市 旧農家の古民家をDIYして暮らす髙村さん。移住も住まいも、"どこに暮らすか"より"どう暮らしたいか")、大豊町の事例(高知県大豊町 Uターン移住で受け継いだ「立川そば」と地域資源を生かす試み)に続き、今回は、安芸市の空き家を活用して地域活性に取組む事例を紹介したい。

高知市から東へ車で50分ほど、土佐東街道の小道を一本入ったところに佇むのが、ゲストハウス「東風ノ家(こちのや)」だ。建物は、昭和12年(1937年)築。空き家となっていた築80年を超える古民家が一部リノベーションされ、ゲストハウスとして生まれ変わっている。

高知県安芸市矢ノ丸、鮮やかな紅色ののれんが印象的な Hostel「東風ノ家(こちのや)」高知県安芸市矢ノ丸、鮮やかな紅色ののれんが印象的な Hostel「東風ノ家(こちのや)」

このゲストハウスを切り盛りするのが、高知県安芸市にUターンした仙頭 杏美(せんとう あずみ)さん。新型コロナウイルス感染症がまん延しつつあった2020年、このゲストハウスをオープンさせた。開業に至るまでの道のりや、この地域では珍しい「町宿」のコンセプトや込めた想いを伺った。

高知県安芸市矢ノ丸、鮮やかな紅色ののれんが印象的な Hostel「東風ノ家(こちのや)」笑顔で出迎えてくれたオーナーの仙頭 杏美さん。高知県安芸市赤野出身。ゲストハウス開業前も、高知県東部地域の観光情報の発信や地域振興に携わってきた

築80年超の古民家を改修、安芸暮らしの日常を感じる空間

ゲストハウスの名称「東風ノ家」は、"高知"と"東風"の2語の意味が掛けられている。"東風"は、菅原道真が詠んだ和歌で有名だが、"春風"という意味。高知の東部を盛り上げたいという想いと、「外から来た"風の人"が集う家にしたい」、「帰ってきたいと思う場所にしたい」という想いを込めたそうだ。

東風ノ家は、家族やグループ旅行、一人旅などさまざまなシーンで利用できるほか、イベントやリモートワークでの滞在など、短時間での利用もできる。プランは現代風だが、土佐漆喰の外壁や趣ある瓦葺の木造平屋は、初めて安芸市を訪れた人にもどこか懐かしさを感じさせる空間だ。

「この建物は、もともと高知県東部の産業発展に貢献されてきた『多田家』という一族の住居でした。昔は私塾を営むなど、地域住民が集まるコミュニティの場だったそうです。私がゲストハウスを始めようと物件を探していたときに、さまざまなご縁が重なって、空き家になっていたこの住まいを借りられることになりました」(以下、「 」内は仙頭さん)

ゲストハウス内のカフェラウンジ。宿泊客に街の情報を案内したり、週末はカフェバーとして営業するなど、地元の人も集まる場所となっているゲストハウス内のカフェラウンジ。宿泊客に街の情報を案内したり、週末はカフェバーとして営業するなど、地元の人も集まる場所となっている
ゲストハウス内のカフェラウンジ。宿泊客に街の情報を案内したり、週末はカフェバーとして営業するなど、地元の人も集まる場所となっているカフェのキッチン空間。大梁にペンダントレールを設置するなど、既存の構造体が上手に生かされている

本館、はなれ、3つの庭からなり、客室は計5つ。1人から4人まで同室で宿泊できる。広さは約180坪(600平米)あるというから、個人宅としてはお屋敷といっていいだろう。多田家にあったテーブルや食器棚がカフェラウンジで使われているなど、できるだけ住居の趣を生かせるよう工夫されている。宿泊施設でありつつも、足を踏み入れるとどこかほっとするような安心感を覚える空間だ。

ゲストハウス内のカフェラウンジ。宿泊客に街の情報を案内したり、週末はカフェバーとして営業するなど、地元の人も集まる場所となっているゆったりした広さの内廊下。右の建具は、昭和レトロを感じる腰付き横額障子。残せるものはそのままの姿で活用されている
ゲストハウス内のカフェラウンジ。宿泊客に街の情報を案内したり、週末はカフェバーとして営業するなど、地元の人も集まる場所となっている宿泊客の共用スペース。襖で空間が仕切られた、昔ながらの田の字型の間取り

安芸市の町宿として、地域の拠点となる場所を目指す

東風ノ家のコンセプトは、「高知県東部を楽しむ旅の窓口」。この宿がゴールではなく、安芸の旅のスタート地点となり、旅の面白さが広がる場所、そのような意味が込められているという。そのコンセプト通り、東風ノ家の宿泊プランには高級旅館にあるような食事メニューはついていないし、浴室も共用だ。

「安芸市の町宿として、この地域を楽しめる拠点になりたいと思っています。宿にいる間はもちろんゆっくり過ごしていただきたいですが、東風ノ家で完結させるのではなく、街へ出かけて、この地域の人や食、文化との出会いを楽しんでほしいと思っています。ノスタルジックな街並みを散策して、ナスや柚子、シラス、金目鯛など、海の幸から山の幸まで安芸の食材をぜひ味わっていただきたいですね」

「柚子」の客室(1泊1室 7,400円〜)。「黒潮」や「岩」など、安芸にまつわる名称がつけられてた客室が多い。ドミトリータイプの客室の場合、1泊1名 3,500円〜「柚子」の客室(1泊1室 7,400円〜)。「黒潮」や「岩」など、安芸にまつわる名称がつけられてた客室が多い。ドミトリータイプの客室の場合、1泊1名 3,500円〜
「柚子」の客室(1泊1室 7,400円〜)。「黒潮」や「岩」など、安芸にまつわる名称がつけられてた客室が多い。ドミトリータイプの客室の場合、1泊1名 3,500円〜広縁がある書院造りの客室。安芸は著名な書家が多いことでも知られ、ゲストハウス内にも書が多く飾られている

東風ノ家の近くには、さまざまなお店が立ち並ぶ安芸本町商店街のほか、武家屋敷、書道美術館など、歴史的・文化的な施設も多い。陶芸体験ができる内原野陶芸館は、江戸時代から続いている窯元だという。また、東風ノ家から南に10分ほど歩けば、太平洋の海が望めるビーチが現れる。
このような高知県東部の日常を感じられるディープな情報を、仙頭さんは訪れた人に道先案内人として直接伝えている。初めて訪れた人もより安芸の魅力を感じられるだろう。宿泊客同士が購入した食材を持ち寄って共用のキッチンで料理を楽しむなど、交流が生まれることもあるという。多田家が担ってきた地域コミュニティの場としての役割を、仙頭さんは新たな形で受け継いでいる。

「柚子」の客室(1泊1室 7,400円〜)。「黒潮」や「岩」など、安芸にまつわる名称がつけられてた客室が多い。ドミトリータイプの客室の場合、1泊1名 3,500円〜安芸市周辺で昭和初期まで壁塗りに使われていた、職人技が光る群青漆喰。他の地域ではあまり見られない色だという

高知県東部の情報発信に、一貫して取組んできた仙頭さん

「安芸の街を知ってもらう拠点に」との想いで仙頭さんがゲストハウスを始めた背景には、それまで培ってきた仙頭さんならではの経験がある。紆余曲折を経ながらも、仙頭さんは一貫して「高知の情報を発信する・伝える」仕事に軸足を置いてきた。
仙頭さんの地元は、このゲストハウスから車で程近い、高知県安芸市赤野。大学時代は東京で過ごしたものの、高知新聞社でのインターンをきっかけに、就職を機に高知に戻ってきた。

「もともとマスメディアの仕事に興味はありましたが、東京じゃなく地元メディアでインターンをしてみると、高校のときは地元のことを全然知らなかったことに気づきました。よさこい祭りの裏側を取材させてもらったり、高知の食の魅力を伝えようと奮闘するJA(農業協同組合)の方に出会ったりするうちに、私も地元の魅力を伝えたい、盛り上げていきたいという想いが強くなっていったんです」

仙頭さんが取材・執筆を手がける高知新聞フリーペーパー「K+」。高知県の地域情報を発信している仙頭さんが取材・執筆を手がける高知新聞フリーペーパー「K+」。高知県の地域情報を発信している

大学卒業後、地元のデザイン会社で企画編集などの仕事を続け、特に高知県東部地域の観光情報の発信や地域振興に携わってきた。独立した現在も、観光フリーペーパーでの取材・ライティングの仕事は続けているというが、情報発信の仕事と並行してゲストハウスを始めたのには、ある想いがあったからだった。

自ら安芸市を盛り上げるプレイヤーとして、ゲストハウスに挑戦

「情報発信の仕事は、その後の反応が見えにくいと感じることが徐々に増えていきました。また取材を重ねる中で、地域を盛り上げるにはプレイヤーとして動ける人が足りていないんじゃないかと思ったんです。そこで自分が地域の中に入り込んで何かできないか、会社員としてじゃなく自分でやってみて、目の前の人や地域の反応が見える仕事をしてみたい、と思うようになりました」

ゲストハウス開業前、仙頭さんは見識を広げるために1年ほどワーキングホリデーで日本を離れていた。そこで出会ったたくさんの海外の友人たちが、「日本に行ってみたい」と言ってくれたことも後押ししたという。彼らが来日したときの受け入れ先となり、高知の魅力を多くの人に知ってもらうために、そして安芸市が元気になるようにとの想いから、ゲストハウスの構想が固まっていった。

カフェには「塩ゆず」や「土佐ジローのアヒージョ」など、仙頭さんおすすめの高知食材が並んでいる。高知と東京を食で結ぶ仕事も行ってきた経験が生きているカフェには「塩ゆず」や「土佐ジローのアヒージョ」など、仙頭さんおすすめの高知食材が並んでいる。高知と東京を食で結ぶ仕事も行ってきた経験が生きている
カフェには「塩ゆず」や「土佐ジローのアヒージョ」など、仙頭さんおすすめの高知食材が並んでいる。高知と東京を食で結ぶ仕事も行ってきた経験が生きている外国から訪れた人にとって、日本の暮らしを感じられる住空間は新しい体験となるだろう

今後も増え続ける空き家。生かせる取組みへの支援拡充を

東風ノ家の開業にあたり、仙頭さんは高知県の創業支援制度によっていくらか助成を受けられたが、物件の改修に対する補助はそれほど活用できなかったという。
2018年の総務省の発表によると、高知県の空き家率は18.3%、全国で4番目の高さだ(※)。安芸市では、空き家改修費等補助金として、空き家改修費用の一部を助成する制度があるが、対象者の制限や空き家バンクへの登録が必要など諸条件がある。仙頭さんのいうようにプレイヤーの少なさもあってか、空き家を活用した地域活性化の事例はまだまだ少ないという。

「手探りですが、東風ノ家を拠点にしてこれからも新しいことをいろいろ仕掛けていくつもりです。安芸市の空き家を活用して、同じようなゲストハウスや一棟貸しできる施設も増やしていきたいですね」

人の往来が回復すれば、国内旅行者やインバウンドの客足も戻ってくるだろう。人口減少の波は避けられないなか、地域にある既存のものを活用し、人を外から呼び込むことのできるこのような取組みに対し、地域ぐるみでの支援の拡充が今より求められるのではないだろうか。

「始まりが2020年ですから、伸びしろしかないですね」と語ってくれた仙頭さん「始まりが2020年ですから、伸びしろしかないですね」と語ってくれた仙頭さん

■取材協力・記事内一部素材提供:Hostel 東風ノ家(Kochi-no-ya)
https://kochinoya.com/

■高知県セミナー(2022年3月21日)※このイベントは終了しました。
密着スペシャル!多彩なゲストが語る高知の魅力〜高知出身の人も、そうでない人も見ればきっとこうちが好きになる〜

https://kochi-iju.jp/lp/mitchaku-kochi/index.html

(※)2018年 住宅・土地統計調査住宅数概数集計
https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/pdf/g_gaiyou.pdf

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