岐阜・西柳ヶ瀬のビルリノベーションは、1人の建築家から始まった

柳ヶ瀬商店街西側の大通りに面した「岐阜ビル」。1階はキッチン付きのレンタルスペース、2階は撮影スタジオとテナント、3階はテナントとなり、ほぼ入居者は確定柳ヶ瀬商店街西側の大通りに面した「岐阜ビル」。1階はキッチン付きのレンタルスペース、2階は撮影スタジオとテナント、3階はテナントとなり、ほぼ入居者は確定

JR岐阜駅・名鉄岐阜駅の徒歩圏にある「柳ヶ瀬商店街」は、昭和レトロな雰囲気から近年盛り上がりを見せている。そんな商店街の西側に2021年4月、リノベーションビル「岐阜ビル」がオープンした。

間口5メートルほどの3階建てという小さなビルリノベーションに着目した理由は2つある。

ひとつは、1人の建築家がコンセプトづくりから設計、運営の中心を担っていること。3フロアの使い方に柔軟性があり、成り行きに応じて変化させているのが印象的だ。
そして2つ目は、1階をレンタルスペースにしたこと。メジャーバンドのライブという想定外のイベントから始まり、続々とニッチなイベントが続いている。

建築家が介在し、自然発生的なにぎわいづくりを目指す「岐阜ビル」。リノベーションを企画し、ビルの運営を行う北村直也建築設計事務所の一級建築士、北村直也さんに話を聞いてきた。

柳ヶ瀬商店街西側の大通りに面した「岐阜ビル」。1階はキッチン付きのレンタルスペース、2階は撮影スタジオとテナント、3階はテナントとなり、ほぼ入居者は確定1階では、平日の数日10:00~14:00に「喫茶りんご」が営業中。カフェのおかげで立ち寄りやすく、ビルの認知度が上がっている。土日は不定期でビル独自のカフェ「岐阜ビル コーヒー」をオープン
柳ヶ瀬商店街西側の大通りに面した「岐阜ビル」。1階はキッチン付きのレンタルスペース、2階は撮影スタジオとテナント、3階はテナントとなり、ほぼ入居者は確定「コーヒーを勉強していてカフェを開きたいと思い、偶然岐阜ビルの見学会に参加したのを機に、北村さんに相談しました。子どもが帰宅するまでの間、間借りカフェを開いています」と喫茶りんごの店主

リノベの目的づくりに苦心。まずはアイデア探しから

そもそも築40年以上たつ「岐阜ビル」のリノベーションを始めた理由は、ビルのオーナーからの依頼がきっかけだった。

「証券会社のオフィスとして建てられた岐阜ビルは、ここ10年以上空きビルになっていました。『人が集まってくるような楽しい場所にしてほしい』というオーナーの意向を受け、リノベーションすることにしたんです」(北村直也さん)

立地がよく構造も確かなのでリノベの勝算があることは分かった。でも設計士である北村さんは、空きビル活用やまちの活性化に関しては門外漢。「目的が決まってから設計するのが常なので、採算性などの経営面から考えるのは初めて」ということで、まずは他のまちの空きビル活用事例を探すことにした。

名古屋や岐阜のリノベプロジェクトを見て回り、「突撃したにもかかわらず、ざっくばらんに話をしてくれて参考になりました」と北村さんは話す。行動力が功を奏し、多治見の「新町ビル」に関わるミヤシタデザイン事務所のwebデザイナーが「設計事務所主導というのが興味深い」と協力してくれることになった。心強い仲間を得て、岐阜ビルのプロジェクトは加速。「1階をレンタルスペースにした方が面白い」というアドバイスで方向性が定まったという。

「ビルの活気は1階のテナントによって左右され、一旦悪い流れになると取り戻しにくくなります。レンタルスペースのような“どうにでもできる状態”にする方がビルの色や活気を維持できるのか、と後から腹落ちしました」

昭和52(1977)年に竣工した岐阜ビル。「オーナーは移住するため自宅のあったこの土地を売却し、その後このビルが建ちました。証券会社の撤退後に『自分のルーツを大切にしたい』と買い戻したそうです。花屋として数年利用した後、空きビルになっていました」と北村さん。
以下の写真/©ミヤシタデザイン事務所 Akihiko Kase
昭和52(1977)年に竣工した岐阜ビル。「オーナーは移住するため自宅のあったこの土地を売却し、その後このビルが建ちました。証券会社の撤退後に『自分のルーツを大切にしたい』と買い戻したそうです。花屋として数年利用した後、空きビルになっていました」と北村さん。 以下の写真/©ミヤシタデザイン事務所 Akihiko Kase

「劇場」をイメージした設計で、柳ヶ瀬商店街の記憶を大切に

さっそく新生「岐阜ビル」の顔ともいうべき、1階レンタルスペースを紹介しよう。

もともと1階は、約130平方メートルの細長いワンルーム。「スケルトンの大空間はインパクトがある」という意見もあったが、北村さんは設計事務所の視点から「分割した方が使い勝手がいい」と提案。大きな開き戸とカーテンを取り付け、3つのスペースに分けられるようにした。

「幼い頃、地元の大垣市から柳ヶ瀬商店街へ遊びに行った時の華やかなまちの記憶から、1階は『劇場』をイメージしました。柳ヶ瀬はかつての活気を失ったものの、90年代の古着ブームや今のリノベーションブームで幾度も盛り返しています。まちの盛衰の記憶を建物に残し、未来について希望を持って考えられるような建物にしたいと考えました」(北村さん)

実際、1階では竣工当初の昭和の構造体、平成で改修した時の壁塗装、そして令和で新たに張った壁材といった3つの時代の変遷が見て取れる。「劇場」というテーマにふさわしいドアと赤のカーテンは、作家とコラボレーションした一点もの。イベントの最中は華やぎ、イベントが終わって扉やカーテンを開くと無機質な静けさを取り戻す。人の生き方やまちの在り様をそのまま受け入れるような、懐の深い空間ができ上がった。

無機質な空間に温かみをもたらす、高さ280センチもの大型開き戸。家具職人(木枠)と構造家(金属補強)、アルミ作家(取っ手)、北村さん(設計)の4人がかりでつくり上げた。ドア枠をなくして躯体に直付けし、上下の2点だけで支えるという独自の構造でフルオープンが可能に無機質な空間に温かみをもたらす、高さ280センチもの大型開き戸。家具職人(木枠)と構造家(金属補強)、アルミ作家(取っ手)、北村さん(設計)の4人がかりでつくり上げた。ドア枠をなくして躯体に直付けし、上下の2点だけで支えるという独自の構造でフルオープンが可能に
無機質な空間に温かみをもたらす、高さ280センチもの大型開き戸。家具職人(木枠)と構造家(金属補強)、アルミ作家(取っ手)、北村さん(設計)の4人がかりでつくり上げた。ドア枠をなくして躯体に直付けし、上下の2点だけで支えるという独自の構造でフルオープンが可能に舞台の緞帳のようなカーテンはスウェーデン在住のテキスタイル作家、森山茜さんに依頼した。「子どものパーティーのような、いい意味でのラフさや未完成感というイメージを見事にくみ取ってくれました」と北村さん。奥にいくほどトーンを落として奥行きを演出
無機質な空間に温かみをもたらす、高さ280センチもの大型開き戸。家具職人(木枠)と構造家(金属補強)、アルミ作家(取っ手)、北村さん(設計)の4人がかりでつくり上げた。ドア枠をなくして躯体に直付けし、上下の2点だけで支えるという独自の構造でフルオープンが可能にカーテンの赤は、柳ヶ瀬商店街に敷かれたレッドカーペットやランドマークの高島屋から連想した。裏側はグレートーンになり、舞台裏を思い起こさせる。レンタルスペースの中心にキッチンを配置し、食イベントやカフェにも対応

2階と3階はほぼ満室。美容室と花店の入居は予想外

岐阜ビルの2階と3階はテナントが入る予定だが、その展開も実に順調だ。オープンの時点では北村さんの設計事務所だけが確定していたのだが、内覧会やインスタグラムの発信で借り手が集まったという。

「レセプションパーティーの出店者が仲間を呼んでくれ、『この箱は面白い、何かできそう』という悪だくみが広がりましたね(笑)。2階は花屋さんと写真家の方、3階には美容室と革鞄工房と僕の設計事務所が入居する予定です。美容室や花屋さんが上の階に入るのは予想外で、路面店でなくてもいろいろな展開ができることが分かりました」(北村さん)

入る店舗に合わせて自ら設計できるのも、北村さんの強み。区画を均等に分割するのではなく、美容室に合わせた水回りや撮影スタジオ用のメイクルームをつくるといった対応も自在だ。「仲間のwebデザイナーの方と話し、『建築物は計画ありきだが、空きビル活用においては余力を残して新しいモノをいつでも受け入れられる状態にしておくのが大事』という点が分かりました」と北村さん。

例えば2階は、南北に2室をつくり、真ん中の区画はあえて余剰空間にして入居者の共有スペースに。「使われる方が南北の空間から想像力を広げたときに、真ん中の余剰空間によって補完できる」と考えたという。変幻自在な面白さが、クリエイティブなテナントを引き付けているといえそうだ。

街路樹の緑と陽光が広がる2階の南側は、イベント装花を手がける花店が入居予定。「レンタルスペースの装花などでコラボレーションできたら」と北村さんはwin-winの関係に期待している街路樹の緑と陽光が広がる2階の南側は、イベント装花を手がける花店が入居予定。「レンタルスペースの装花などでコラボレーションできたら」と北村さんはwin-winの関係に期待している
街路樹の緑と陽光が広がる2階の南側は、イベント装花を手がける花店が入居予定。「レンタルスペースの装花などでコラボレーションできたら」と北村さんはwin-winの関係に期待している中庭に面した2階の北側は、安定した天空光を生かした「撮影スタジオ」に。スケルトン構造を白く塗装した空間は光が美しく、カメラマンから高評価。今後メイクルームもつくる予定

マニアが集まる!? 「ニッチな公共施設を目指しています」

さて「面白い」という言葉を連呼してきた岐阜ビルのリノベーション。建物の力が予期せぬ展開を呼び寄せてきた。

「レンタルスペースの初イベントは、メジャーバンドのライブという意外なもの。さらにこのライブでホール販売を担当した学生さんが『土日に何かやりたい』と声をかけてくれ、土日に開催する『岐阜ビル コーヒー』というカフェイベントにつながりました」(北村さん)

ほかにも、カメラマン兼モデルの女性や若手webデザイナーなど20~30代が集まり、イベントや撮影スタジオの運営をサポート。「労力・能力的に1人ではできない部分を多才な人材が担ってくれています。収益が上がるまでには至りませんが、そこまで行き着く過程を面白がってくれているようです」と北村さんは話す。

レンタルスペースは次々に企画が持ち上がるそうで、炭酸ジュース缶しか置かない夏限定カフェ、1杯1,000円のコーヒー店、東北女子によるご当地食材と日本酒のバーといった変わり種から企業イベントまで多岐にわたるのが岐阜ビルらしい。
「喫茶りんごさんの営業時に他のコーヒー店の方が来場して突如コーヒー研究会を始めるなど、予期しないことが起こる面白さがあります。開かれた場でありながらマニアックな力が発揮される“ニッチな公共施設”になったらいいですね」

岐阜ビルが目指すのは、「面白いこと」を求める個の力と建物の力による自然発生的なまちづくり。第2形態、第3形態と変化していくさまを楽しみにしたい。

■岐阜ビル https://www.gifu-bldg.com/

岐阜ビルを企画・運営する北村直也さん。岐阜県大垣市出身で、大学進学のため上京。岐阜に戻って北村直也建築設計事務所を設立し、住宅や店舗設計を手がけている。「僕や仲間がディレクターとしてイベントに介在するのが岐阜ビルの売りでもあります」(筆者撮影)岐阜ビルを企画・運営する北村直也さん。岐阜県大垣市出身で、大学進学のため上京。岐阜に戻って北村直也建築設計事務所を設立し、住宅や店舗設計を手がけている。「僕や仲間がディレクターとしてイベントに介在するのが岐阜ビルの売りでもあります」(筆者撮影)

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