使いたいときに使えない「多目的トイレ」の問題
「オストメイト」という言葉を知っているだろうか?
病気や事故のため、本来ある消化器官や尿管が失われ、これに代わる人工の排泄器官(ストーマ)を造設した人のことだ。オストメイトは、日常生活において通常の便器は使用できず、トイレに特別な設備が必要となる。全国で21万人といわれているオストメイトの人たちも、外出先では当然トイレの必要に迫られる。
オストメイトだけでなく、私たちがイメージする通常のトイレを利用することが不都合な人は多い。車椅子を利用しなければ移動できない人、公共のトイレでオムツの交換をしなければならない乳幼児を連れた人もそうだ。
改正されたバリアフリー法では、特定の建物を建てるとき、改装しようとするときには「車椅子使用者用便房」の設置が義務付けられた。「便房」とはトイレの個室のことを示す。ダイバーシティ&インクルージョン社会を実現するためには、ユニバーサルデザインの考え方は必要不可欠。ユニバーサルデザインとは、性別や年齢やさまざまな事情にかかわらず、すべての人にやさしいデザイン・設計を、という意味だ。日本では、ユニバーサルデザインの考え方の下「多機能トイレ」が多く見受けられるようになってきた。
しかし、この多機能トイレが、果たして公共トイレの改革としてあるべき形なのか。実際の利用者のアンケート結果を基にした報告書(共生社会のおけるトイレの環境整備に関する調査研究報告書:令和3年3月)を国土交通省がまとめた。
現状、公共のトイレには個室(便房)のうち1ヶ所が「多目的トイレ」として設置されている例が多い。多目的トイレとは、車椅子の使用者が利用できる広さを持ち、手すりやオストメイト対応の設備、おむつ替えシート、ベビーチェア、着替え用の設備などを備え、車椅子使用者のみならず、高齢者、障がい者、幼児連れの人など多様な人が多様な目的で利用できるトイレだ。
しかし、さまざまな機能をフルスペックで備えた「多目的トイレ」は、障がい者のみならず多様な人が使えるようになっていることから、その1ヶ所に使用が集中するという問題を抱えている。利用実態調査では、車椅子使用者の約94%が多目的トイレで待たされた経験があると回答し、車椅子使用者などの障がい者だけでなく、高齢者、子ども連れなどによる利用が集中して、使いづらくなっているという指摘がある。
多目的トイレの利用集中によって、本当に必要な障がい者が、必要なときに使用できないことが起きないようにするにはどうしたらよいのか。報告書は、多様な機能を各便房に分散させる機能分散の考えを提言。設置者の意識改革の必要性や、その方策もまとめた。
アンケートに見る困ったこと
調査では、高齢者、障がい者、乳幼児連れの方など、さまざまな特性を持つ人の外出時のトイレ利用に関する困り事を把握するために、特性ごとにグループインタビューを行った。
インタビューの対象となったのは、①乳幼児連れ②発達障がい者③車椅子使用者④オストメイト⑤視覚障がい者。それぞれの質問項目ごとに特に注目される結果をまとめた。
■調査項目1:障がい者等用設備が設置されたトイレについての困り事
目についたのは、便房の広さや位置に関すること。障がい者や乳幼児連れの人たちは、親や介助者が常に必要だ。一般のトイレでは1人で利用するのが前提に設計されているが、障がい者用設備だけが備えられた便房では、
「介助者とともに2人で利用すると狭い」(視覚障がい者)
「少なくとも大人2名が入れるスペースが必要」(発達障がい者)
「大型電動車椅子での使用ができる広さが欲しい」(車椅子使用者)
「扉が閉められず介助者に立って隠してもらうことになり、トイレの通路をふさいでしまう」(視覚障がい者)
一般便房内に設備だけを備えたものでは、開きドアのものもあり、これでは車椅子利用時に扉を閉めることもできない。
車椅子使用者用に設計された便房に、障がい者用設備が設置されている場合の困り事では、
「男女別トイレ内に設置されていて、異性の介助者と利用することができない」(発達障がい者)
「オストメイト用設備がどのように使用するか知らずに設置されており、ほかの設備が邪魔になって使いにくい場合がある」(オストメイト)
「広いスペースのトイレは設備を手探りで探さなければならず使いづらい」(視覚障がい者)
などの声があった。
利用のマナーやルールについても聞いている。
「遊ぶための着替えなどに利用するなど不適切な利用がある」(車椅子利用者)
「見た目が障がい者と気づかれにくいため、後に待つ利用者に怒られたことがある」(オストメイト)
「障がい者や乳幼児連れ以外の利用で待たされることがある」(乳幼児連れ)
といった声が寄せられている。
■調査項目:2トイレの設備について
「車椅子使用者用便房等内の移動や転回の際にオストメイト用設備が妨げになることがある」(オストメイト)
「介助者が内側から閉めるボタンを押してしまい外側から開くことができなくなった」(車椅子利用者)
「設備がたくさんありすぎてどの設備を使っていいかわからない」(視覚障がい者)
■調査項目3:情報案内、情報収集に関すること
視覚障がい者や車椅子使用者をはじめ、乳幼児連れの多くが、施設や公共交通機関を利用する場合、事前にトイレの位置や設備に関する情報を、ホームページで確認すると回答している。事前にホームページで確認できない場合など、施設のフロアマップやトイレの設備情報を加味した案内図面も必要。特に視覚障がい者にとって、音声案内なども必要となる。
それぞれの障がいへの対応策とは
国土交通省が2011年度に実施した「多様な利用者に配慮したトイレの整備方策に関する調査研究」において、障がい者など多様な利用者特性によるトイレ利用時の困り事とそれに対する対応例が整理された。今回の報告書ではさらにインタビューや当事者との現地視察などによって把握した事項を新たに加えまとめられた。その主な内容を紹介する。
■高齢者:
【利用者特性】加齢により視力・聴力に加え身体能力の低下を伴う人も多い。
□対応例:大便器・小便器への手すりの設置や分かりやすく見やすいボタン等の設置に加え、介助者とともに入れる広めの区画の設置と、カーテンなどを設置する。
■妊産婦・幼児連れ:
【利用者特性】妊娠初期は外観から気づかれにくい。後期は動きにくい。ベビーカーとともに移動したり幼児を抱えて移動する。
□対応例: 幼児を抱えての状態では洗面台を使えないため、洗面台近くにベビーチチェアを設置する。施設内ではベビーカーを伴っての移動は大変なため、フロアマップや案内図でトイレの位置や設備の種類をわかりやすく告知する。
■肢体不自由・車椅子使用者:
【利用者特性】身体状況に応じて車椅子や介助犬を伴う場合もある。車椅子や介助者・介助犬のための十分なスペースが必要となる。
□対応例: 引き戸や自動引き戸とする。車椅子が回転できる十分な広さを確保する。オストメイト用設備など他の設備を併設する場合は、車椅子の移動に支障が出ないように、位置・広さに配慮が必要となる。
■内部障がい者(オストメイト):
【利用者特性】外見からは気づかれにくく、誤解されたり障がいを理解されないことがある。
□対応例:汚物流しがあるか簡易型設備かどうかなど、オストメイト用設備の詳細な情報を提供する。荷物台やフックを設置する。車椅子使用者トイレとは別に設置する。
■視覚障がい者:
【利用者特性】白杖利用者、盲導犬、ガイドヘルパーを伴う人など障がいの程度により、特性、移動手段が異なる。
□対応例: 扉をわかりやすい色で塗り分ける。使用の有無が扉の開閉状態でわかるようにする。トイレ内の音声案内を設置する。手洗い台を壁側に設置するなど、動線を考えたトイレ内レイアウトとする。点字付き非常用ボタンなどを設置する。
■その他障がい者:
【利用者特性】障がいの種類によっては外観から気づかれにくく障がいを理解されない場合がある。障がいの程度には個人差がある。介助犬や介助者を伴って利用する場合がある。
□対応例: 聴覚障がいの場合、施設の非常時放送が聞こえない場合があるためフラッシュランプを見やすい位置に設置する。補助犬や介助者を伴って利用する場合などのスペースを考慮する。案内表示や、カーテンの設置などの工夫をする。
共生時代の公共トイレのあるべき形とは
本調査報告書にあるとおり、国土交通省では共生社会における公共トイレのあるべき形についてのさまざまな施策を行ってきた。しかし、近年整備された一部の大規模施設以外の施設における公共トイレの整備はこれからという段階だ。異性の介助や同伴などのための男女共用トイレ化のニーズも高まっており、さまざまな利用者の特性に応じたきめ細かなトイレ整備が進められようとしている。 すべてのトイレ利用者にとって 利用しやすい公共トイレの整備に求められる基本的な内容とはどのようなものだろうか。
車椅子使用者用トイレなどに集約された機能の分散化の検討。車椅子使用者用トイレに集約されやすい設備・機能のうち、次に定める設備等については、以下の観点により男女別の一般トイレもしくは男女共用トイレ等に設置することが望ましいとされている。
① 乳幼児連れ用設備の機能分散化
主としてベビーカーの利用や、乳幼児連れの場合、区画(便房)の広さが必要だが、長時間の利用が予測されることから、原則として車椅子使用者用トイレと区分することが求められる。大規模ターミナル駅や大型商業施設等では乳幼児連れ用設備を集約した区画スペースの確保が求められる。施設用途や規模等により、車椅子使用者で乳幼児連れである場合も想定し、車椅子使用者も利用できるサイズの乳幼児室や、やや広めのおむつ交換台への配慮が求められる場合もある。 ベビーチェアやおむつ交換台は一般トイレ内に男女別もしくは男女共用で広めの区画を設けて、これらの設備を設置することが効果的とされる。
② オストメイト用設備の機能分散化
オストメイト用設備については、バリアフリー法の設置義務がかかる施設を中心として整備がなされており、車椅子使用者用トイレに設置されていることが多くある。 しかし、オストメイト用設備を必要とするオストメイトの人は、外見からは障がいがあることがわからないため、オストメイト用設備が設置された車椅子使用者用トイレを利用する際に不安を感じている人も多い。 そのため、車椅子使用者ではないオストメイトの人が、気兼ねなくトイ レを利用できるよう、一般トイレ内に男女別もしくは男女共用でオストメイトの人が利用できるオストメイト用設備付きトイレの設置が必要とされる。
多様な人たちの視点でトイレ利用の不安を少しでも解消するために、機能分散によってストレスなく利用できるトイレ環境を整備することが求められている。一方で、すべての利用者が単一の特性を有しているだけではなく、複数の特性を有している場合もあることにも留意する必要がある。
適正利用に向けての広報・啓発活動を
施設を利用するすべての人が安心して必要なトイレを利用するためには、その施設の特性に応じて、可能な限りウェブサイトなどによる情報提供が求められる。 特にトイレ設備の具体的な状況については、設備の概要がわかるよう示すほか、 写真を掲載するなどによって視覚的にわかりやすく伝えることも必要だ。 また、大型ベッドやオストメイト用設備が、目的の施設内では未整備の場合、近隣の公共施設などのトイレの整備状況にも容易にアクセスできるよう工夫することが望ましいとしている。
国土交通省では、これまでもトイレの利用マナー啓発キャンペーンなどの取組みにより、適正利用を推進するために広報・啓発活動を行ってきた。今回の調査研究の結果やバリアフリー法改正(2021年4月施行)を踏まえ、公共トイレの適正利用の推進を一層進める観点から、トイレ利用に関する広報・啓発をより広く周知させる活動を行っていくという。
利用する私たちも、トイレに対するさまざまなニーズを知り、適切に利用することが求められている。
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