昭和期に賑わった元映画館を、最先端の発信施設に
JR旭川駅を出てすぐにある、日本初の恒久的な歩行者天国の「平和通買物公園」。北北海道で随一の市街地だが、モール型の大規模店の進出などを受け、空き店舗も多くなった。駅からこの通りを歩くこと約5分。右手のビル群に、ひと際存在感を放つ看板がある。モチーフはPCのキーボードで、蜂の巣状の枠に「Enter」「Shift」など見覚えのある文字が躍る。コンピューターゲームの腕を競う「eスポーツ」を核に、にぎわいづくりとICT人材の育成を目指す「ICTパーク」だ。
看板のすぐ下には、「シアター・カンダ」という文字と、映写機のイラストも見える。このビルにはかつて「旭川国民劇場」(通称“国劇”)という映画館があり、昭和期、市民らに親しまれていた。劇場はしばらく使われていなかったが2021年2月、次世代の通信システムや大型LEDビジョン、ゲーミングPC、関連機器を備えた最新鋭のICT拠点に生まれ変わった。
この中心市街地の一等地に、旭川市がeスポーツの拠点をつくるという構想が持ち上がったのは、まだ新型コロナウイルスが蔓延していない頃。数年前にさかのぼる。
ノウハウのある民がつくり、公が運営する連携の拠点
かつては複数の百貨店が並び、買い物客であふれた買物公園はかつての勢いを失いつつあった。この通りの活性化は長年の重大な市政課題で、特に中学・高校生の居場所づくりも求められていた。また近年ではインバウンド(訪日旅行客)の増加に伴い、「ナイトタイムエコノミー」と呼ばれる夜間の滞在場所づくりも課題に。そんな中、国体でも取り入れられるなど、全国的にも脚光を浴びていたeスポーツに白羽の矢が立った。
幸運にも、元映画館のビルの所有者はかねて「地域貢献に活用してほしい」として、再活用する際に費用面で支援する意向を市に伝えていた。ドローンを飛ばせるほどの高さがあり、迫力ある熱戦を楽しめる「劇場」とあって、eスポーツの拠点として、またとない環境だった。
2019年には、eスポーツでの事業展開を模索していた東日本電信電話株式会社(NTT東日本)の関係者が、この建物を視察。直後の2020年1月にeスポーツ分野の新会社を設立した。ここをeスポーツや先端ICTの事業拠点として活用し、総務省が推進する次世代移動通信システム「ローカル5G」をeスポーツの分野で実証するという土台をつくった。
この結果、旭川市は2020年度の新事業としてノウハウのあるNTTと連携する形でICTパークを整備する流れをつくることができ、はや2021年2月オープンの運びに至った。
「コクゲキ」「ジム」「ラボ」の3つの機能で相乗効果
ICTパークのメインは、ビル3階の元映画館をリノベーションした、道内最大級のeスポーツ競技場である「コクゲキ」。目玉は、北海道内でもここのみという横5m、縦3mの巨大な220型LEDビジョンだ。壇上には、競技がしやすいゲーミングチェアやディスプレイも並ぶ。観客席は約180。映画館時代より数十席減らし、車いすで対戦・観戦できるように舞台袖にはスロープを、入り口には昇降機をそれぞれ新設した。壁や床は黒く塗り、観客席の最上段には照明や音響を扱う操作室を設けるなど、臨場感たっぷりに観戦できる仕掛けが満載だ。
施設の改修費はビルの所有者が全額を負担した。総務省が参加主体を募った特定エリア限定の高速大容量通信「ローカル5G」の実証実験にNTTがeスポーツ分野で参画する形を取り、遅延なく対戦しやすいよう、ローカル5Gが整備された。NTTはコクゲキを含む施設の設計やデザインを担当。行政としての過度な負担をしない、官民連携が実現した。
立ち上げに携わった旭川市経済総務課課長補佐の野澤和広さんは「民間でつくり、市が運営費を出しています。運営は観光面での展開を考え、地元のDMO(観光地域づくり法人)にお願いしています」と特徴を教えてくれた。
コクゲキで大会がないときでも、1階の「トレーニングジム」では、複数人同士で対戦型ゲームもできるよう高性能ゲーミングPC10台とゲーミングチェアが並び、部活動などで使うことができる。このジムを、技術を磨く子どもらが活躍する居場所(コミュニティー)と位置づけ、全国大会への登竜門であるコクゲキでの大会を目指してもらうイメージだ。
野澤さんは「eスポーツはほかのスポーツや部活と同じで、チームで戦略を練り、反復練習を積み上げないと強くなれません」と言う。ICTパークは選手の卵にとって垂涎の環境だ。
廊下を挟んでジムに隣接するのは、NTT東日本の「スマートイノベーションラボ」。カメラ付きモニターや、空間に映像が浮かび上がって非接触で操作できるデバイスなど最先端の機器が並ぶ。高度な情報処理ができAIの学習に使われる「GPUサーバー」にも接続でき、地元企業の交流や、IoTやAIの導入による課題解決のための実証拠点だ。「ジム」と同様に、プログラミングを体験する催しの会場にもなる。
eスポーツ・ICTのすそ野の広さを証明
ICTパークはオープン以来、さまざまなイベントを通してeスポーツや、ICT分野のすそ野の広さを矢継ぎ早に示してきた。
2021年2月のオープニングセレモニーでは、会場の参加者と秋葉原のNTTe-sportsの施設とを結び、パズルゲーム「ぷよぷよ」でデモ対戦。式典に先立ち、旭川在住のシューティングゲームの国内上位選手が、市に協力を申し出たこともあった。
コクゲキ最初のeスポーツ大会としては3月、「ぷよぷよ」でトーナメント戦を開催。同月には「パワフルプロ野球」の大会もあり、元甲子園球児でプロ野球日本ハムファイターズ・eスポーツチームの佐藤優太選手が解説した。市はこれらを通し、「実は近くに強い選手がいて、ゲーム好きな“人材”が多いと分かりました」(野澤さん)と、集客への手応えを感じ取った。
身近なところからも、eスポーツへの熱視線が寄せられている。
ICTパーク近くの通信制高校では、eスポーツの部活が立ち上がり、2021年度は授業の一環で、トレーニングジムの設備を定期的に使うことを検討している。市内の他の高校でも同好会が発足するなど、関心が高まっている。道内の専門学校ではeスポーツ専攻の希望者が多く、実況や解説、専用機材の使い方を学ぶ需要も根強いという。
eスポーツに限らず、ジムやラボではプログラミングに触れる催しも実施。2月にはNTT東日本が、コミュニケーションロボットをプログラミングにより動かす体験会を開いた。地元の高等専門学校は4月、ロボットに物を運ばせる会を企画し、月1回の定例化につなげた。
野澤さんは「今後どんな業界でも必要になるICT技術や、論理的に考えるプログラミング的思考を楽しんでほしいです」。旭川市経済交流課でICTパークを担当する村上雅徳さんは「(子どもに情報端末を配布してICTを学ぶ)GIGAスクールも始まったので、リンクできたら。学校外でICTに触れる場所になればうれしいです」と話す。
課題は「市民権」。eスポーツだけに頼らない関心の高め方は
一方で、現状では多くの市民がeスポーツを理解しているわけではないという課題がある。「市民権を得るのが一番難しい」(野澤さん)ため、市などは、eスポーツの間口の広さをフルに生かす考えだ。
村上さんが「国体でも選ばれている『ぷよぷよ』なら、親子対戦もできそうです」と思い描くように、タイトル次第では幅広い世代を呼び込め、障がいのある人やお年寄りでも楽しめるという強みがある。
これを受けて野澤さんは「全国レベルのコアな選手を輩出しながら、幅広い人を巻き込む。その両輪で取り組みます。一丁目一番地は賑わいづくりですので」と意欲を見せる。
セミナーなどを通し、市はeスポーツやICTリテラシー、ゲーム障害の予防法などをセミナーで伝えていくという。
eスポーツを入り口に、多様な側面からもアプローチする。プログラミング的思考体験や、地域企業への最先端技術の導入支援、ICTパークのビルへの関連企業の誘致といった、教育・産業振興・人材育成などの分野でもテコ入れを図る。
「行政が関わっているからこそ、eスポーツに絡めて展開しやすい面もあります。そしてeスポーツだけにとどまらせず、『どうせエンタメでしょ』と言われないような新しい価値をつくっていきます」と野澤さんの目標は高い。
観光や広域連携でも高まる期待
観光面でも期待がかかる。旭山動物園を修学旅行で訪問する学校の事前・事後学習でコクゲキのスクリーンを活用したり、観光客に旭川エリアの魅力をバーチャル映像で体験してもらったり、スポーツのライブビューイングの会場にしたりと、市やDMOは多くの使い方を模索。eスポーツ体験そのものをコンテンツにすることも見据えている。
2021年4月、地元の青年会議所(JC)がコクゲキで開いたイベントには、旭川市と周辺8町の首長らの姿があった。西川将人市長は格闘ゲーム「ストリートファイターⅤ」で対戦した後のプレゼンで「ここから、世界とつながっています。いろんな情報を発信し、ともに育てていただければ」と活用を呼びかけた。
攻めの発信という“攻撃”で、まちに賑わいという“刺激”をもたらせるか――。ローカル発の壮大なゲームが開幕した。
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