強硬策だけではない、神戸市の空き家対策

阪神・淡路大震災による被害が、市民の住宅の安全性の向上と維持管理の適正化に対する意識を高めることになった阪神・淡路大震災による被害が、市民の住宅の安全性の向上と維持管理の適正化に対する意識を高めることになった

2020年10月、日本経済新聞等で神戸市が空き家の所有者に固定資産税の優遇措置を廃止する通知を始めたと報道があり、話題になった。強硬策ともとれる手法が注目を集めたが、実際は所有者に対する多面的な支援も行っている。そのひとつが神戸市すまいとまちの安心支援センター(愛称:すまいるネット)による、空き家の活用促進活動や、空き家活用相談窓口である。
そもそも神戸市は、2015年の空家等対策の推進に関する特別措置法施行を受け、翌2016年には空家等対策計画を策定した。2016年度中に空家等対策計画を策定したのは全国の自治体のうち約20%であることからも、神戸市が空き家対策に早期から取り組んでいることがわかる。すまいるネットももともとは阪神・淡路大震災を契機とする住宅の安全性の向上と維持管理の適正化に対する意識の高まりを背景に、1998年に設置された組織で、「神戸市のすまいの総合窓口」として神戸市民に長く関わってきた実績があり、空家等対策計画策定後は市民に最も近い立場として空き家相談の窓口を担ってきた。
2020年12月5日、そのすまいるネットによる「空き家に暮らす、まちでつくる。」と題したセミナーが開かれた。空き家活用の事例紹介を通じて、空き家・空き地の再生を、まちづくりの観点から考えることを啓発する企画である。空き家・空き地活用に積極的に取り組む神戸市と、それを実践する市民の熱量が垣間見えたセミナーであった。本記事ではその内容をレポートする。

神戸市の「塩屋地区」と「新開地」のまちづくりとは

塩屋地区の全体図。地区内では空き地の活用が進む(セミナーのスライドより)塩屋地区の全体図。地区内では空き地の活用が進む(セミナーのスライドより)

セミナーの第1部では、神戸市垂水区の塩屋地区や、同じく兵庫区の新開地などでのまちづくりの取り組みが紹介された。
塩屋地区での取り組みに参加している株式会社都市調査計画事務所の新田有沙氏によると、同地区はすり鉢状の地形で、路地のような幅の狭い坂道が至る所にある。私道も多く、公と私の境界が曖昧なのが特徴になっている。一方で、眺望に優れた場所が多いのも特徴で、明治や大正時代に欧米人が建てた海を望む洋館は、今では観光スポットになっている。地区では「塩屋景観ガイドライン」を設け、「塩屋まちづくり推進会」をつくって住民の合意を図りながら、私的な空間でありながら公共性もある「空地」の活用を進めている。(塩屋地区では、空き家や空き地など、活用可能性のある空間を「空地(くうち)」と呼んでいる)
新開地はかつて、「東の浅草、西の新開地」といわれることもあった有数の繁華街だったが、1960年代になって映画産業が斜陽になるとともに勢いを失ってしまう。1980年代に入って新開地地区周辺まちづくり協議会が結成され、再興に向けた取り組みが始まるが、阪神・淡路大震災で大打撃を受けてしまう。再び立ち上がった新開地では、「新開地まちづくりNPO」を新たに設立し、「復興のまちづくり」に取り組む。その結果、「新開地のイメージが高まり、人口も増えました」と、長年、取り組みに携わってきたまちづくり&コーディネート研究所の山本英夫氏が説明するように、新開地周辺の環境は大きく改善された。2018年には、「神戸新開地・喜楽館」が上方落語の定席としてオープン。これを契機に来街促進と周辺の空き店舗対策が進められている。

実践者が語るまちづくりにおける空き家・空き地の活用

塩屋地区の市営住宅跡地での活動の様子。景観は地域共有の財産である(セミナーのスライドより)塩屋地区の市営住宅跡地での活動の様子。景観は地域共有の財産である(セミナーのスライドより)

第2部では、塩屋まちづくり推進会事務局長の信森徹氏、新開地まちづくりNPO事務局長の藤坂昌弘氏が、それぞれ取り組みを解説した。塩屋地区では、景観は地域共有の財産であり、守り引き継いでいくことを宣言した「塩屋景観ガイドライン」に基づき、「あくまで塩屋らしさの継承、育成につながることが優先」(信森氏)で、市営住宅の跡地や小学校に隣接した空き地の活用を進めている。
新開地では空き店舗を小規模ビジネス用に整備。藤坂氏は「地域住民の来街目的を増やし、既存の商店へ足を運ぶきっかけをつくることを考えています」と、そのねらいを語る。現在、ネイルサロンや鍼灸院、洋服のリフォーム店などが入居し、順調に経営しているそうだ。
また、山林や空き家を購入し、地域交流の場にするために改修に取り組んでいるCOCCAの今津修平氏も登壇。購入した神戸市北区長尾町の山林や空き家はゴミだらけで、購入後の2、3ヶ月はゴミの処理に明け暮れたといった体験を語った。今津氏は、里山の持続可能性に対する実験・実践で得た経験や知識を、次代に継承していきたいとしている。

空き家は困ったものではなく、地域の価値や記憶をとどめる宝

先進事例として、株式会社マイルーム代表取締役の倉石智典氏の取り組みも紹介された。倉石氏は、長野市善光寺門前町で、空き家のリノベーション専門の不動産業・建設業を営み、町内の空き家見学会を毎月実施していている。100回以上になる見学会などの取り組みの結果、空き家となった商店、食堂、旅館が、輸入雑貨店やカフェ、アトリエ、東京のゲーム会社のサテライトオフィスなどに姿を変えた。そして、その約9割が5年以上事業を継続しているそうだ。倉石氏は、空き家は困ったものではなく、地域の価値や記憶をとどめている宝ともいえる資産であり、それを生かして、地域を使いこなすことが重要と話した。

熱のこもった、実践者たちによるトークセッション

セミナーの最後は、信森氏、藤坂氏、今津氏、倉石氏、ファシリテーターの神戸芸術工科大学環境デザイン学科助教の矢吹剣一氏によるトークセッションが行われた。
空き家・空き地の活用について、信森氏は空き地を生かすことによって、塩屋らしさはより厚みを増すと説明。民有地である空き地を地域で利用することは、塩屋では以前から行われてきたと話した。倉石氏は、見学会では空き家の築年数や面積などのスペックには触れず、周囲の暮らしや環境などを伝えていると紹介。そのほうが空き家の生かし方や使い方のヒントになるのではないかとした。その一方で藤坂氏は、空き店舗への入居希望の理由に家賃の安さを挙げる事業者は、あまり先を見ていない傾向があると警告。新開地では、地元出身者や地域への思いがある入居者が多いと分析した。
空き家・空き地の再生にあたっては、入居希望者と大家や地域とをつなぐ人が重要ではないかという、ファシリテーターの問いかけに対して、倉石氏は、空き家の仲介はビジネスになりにくいので、空き家好きの仲人のような地域の世話役が必要ではないかとした。藤坂氏は若手を育てることも大切で、まちづくりを学ぶインターンシップを考えているとプランを明らかにした。
行政などの支援については、今津氏は空き家・空き地のゴミの処理には多額の費用が必要で、補助金が必要と話し、倉石氏は、失敗例も含めて空き家・空き地利用のアーカイブをつくってもらえると、次の活用のヒントになり助かるとした。

セミナーで用いられた資料によると、神戸市の空き家は2018年で約11万戸。そのうち約4万戸が、賃貸用でも売却用でもない「眠っている空き家」となっていて、市場への流通や地域での活用が課題となっている。セミナーは、空き家・空き地の再生を、まちづくりの中で考える必要を改めて教えてくれるものであり、課題の解決に向けた神戸市の意気込みを物語るものだった。
固定資産税の優遇措置の廃止など、センセーショナルな話題の陰に、こうした地道な啓蒙活動と、市民の熱量があることをしっかりと伝えたい。

取材協力
神戸市すまいとまちの安心支援センター すまいるネット
https://www.smilenet.kobe-sumai-machi.or.jp/

トークセッションの様子。左から矢吹氏、藤坂氏、倉石氏、信森氏、今津氏トークセッションの様子。左から矢吹氏、藤坂氏、倉石氏、信森氏、今津氏

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