歴史ある町家を活用したロビー・ラウンジと新築5階建ての宿泊棟
通りに面している建物の黒壁には、「キンシ正宗」という文字。右から左に横書きされていることからも、古い建物の趣が感じられる。奥に見える建物もまた、黒い外観が印象的だ。
ここは2020年11月にオープンしたホテル「nol(ノル) Kyoto sanjo」。場所は、京都市内の中心部である堺町三条。オフィスや商業施設が多い四条烏丸や烏丸御池からも徒歩圏内だ。
「手前の建物は、1994年まで酒造メーカー『キンシ正宗』の販売所として使われていた築約100年の町家です。開始時期は不明ですが、かなり長く営業されていたと聞いています。その建物を改修し、ホテルのロビー・ラウンジに。奥は5階建ての宿泊棟で、今回新しく建てたものです」
そう話すのは「nol Kyoto sanjo」のフロントマネージャー・平山敦さん。歴史ある町家がホテルに生まれ変わったいきさつやホテルの特色とは。平山さんに話を聞いた。
町家と日本酒の文化を発信し、京都の観光業の促進の一助に
「京都市内にはかつて多くの町家が存在していました。ですが、どんどん取り壊され、減少しているのが現状です。そのなかで、この建物は構造や外観をほとんど変えることなく保っている。とても貴重な存在です」(平山さん)
町家減少という社会課題に取り組むためにも歴史ある建物を活用し、残したい。また、町家や日本酒といった京都の文化を国内外に発信することで、文化振興と京都の観光業の促進の一助になりたい。「nol Kyoto sanjo」は、そんな思いを担って誕生した。
「販売所の営業が終わった1994年以降、このホテルを着工する2019年までの間に、イタリアンレストランとして使われていた時期もありました。開業の際、少し内装をリフォームされましたが、構造や正面デザインには手を加えられていません。そのおかげで、100年前の姿が今なお残っているんです」
立地が持つ歴史を受け止め、和の空間に現代のエッセンスを融合
では、館内を紹介しよう。
黒漆喰の壁に映える白いのれんをくぐって中へ入ると、そこがフロント機能も持つロビー・ラウンジ。かつてキンシ正宗の日本酒が販売されていた場所である。
100年前からそこにある、どっしりとした太い梁を見上げていると、天井にキラリと光る薄い銅板が何枚か飾られていることに気が付いた。照明の明かりを受け止め、柔らかく広げる役割もあるアートワークだ。このような、伝統的な和の空間と現代のエッセンスの融合という点も「nol Kyoto sanjo」の特徴だという。
そこには、こんな背景がある。
「nol Kyoto sanjo」の南側を走るのは三条通。ここには、1902年に建てられた旧京都郵便電信局(現在は中京郵便局)や1906年築の旧日本銀行京都支店(現在は京都府京都文化博物館別館)といった、明治時代の最先端の技術で造られた近代洋建築が立ち並んでいる。
一方、ホテルの北側には平安京の時代からある姉小路通が走っている。現在は建築協定などにより、歴史的景観を維持・継承していこうという取り組みが行われている通りだ。
「伝統と革新。この2つの通りの間に立つホテルだからこそ、歴史ある町家に現代的なデザインを取り入れることをコンセプトの一つとしたんです」
京都のまちに一歩踏み出すきっかけをつくりたい
続いて目にとまったのは、壁際に置かれているセラ―。中には「キンシ正宗」の日本酒が並んでいる。宿泊客は無料で楽しめるシステムだ(午後5時~10時)。
「ここで飲んで京都の日本酒に興味を持っていただければ、ぜひ京都の酒のまち・伏見にも足を運んでもらいたい。私達は、次の出あいにつながる、もう一歩踏み出すきっかけづくりをしたいと思っているんです」
もう一歩。その思いは、さまざまなところで感じられた。
例えばロビー・ラウンジに置かれている、京都市内にある手芸店や組ひも工房などの手軽な体験キット。宿泊客が手作り体験をすることで、その店や京都の文化に関心を持ってもらいたい、そしてそこに足を運んでもらいたいという気持ちで用意されている。
館内にレストランがないのも、そうした思いの表れだろう。
「ホテルの周辺には、モーニングの有名な喫茶店や地元の食材を使った飲食店など、すてきなお店がたくさん並びます。『nol Kyoto sanjo』に泊まりながら、このまちと、そこに住む人たちに触れ合うことで、京都をより身近に感じ、暮らすように過ごしていただきたいと考えています。ここに来たからこそ出あえる京都を楽しんでもらいたいですね」
京の台所・錦市場で買った食材を部屋で調理することも可能
ロビー・ラウンジから宿泊棟へと続くドアが開くと、10mほど続く細い通路が目の前に現れた。まるで町家の通り庭(土間状の通路)のようだ。そしてその先には、大きな木が植えられた水盤。町家によくある坪庭の役割を果たしているのだろう。
「nol Kyoto sanjo」には、2人利用に適したタイプから和室付きの広々とした部屋まで、全3タイプ・48室の客室が用意されている。特徴的なのは、電子レンジやミニキッチン、食器類も置かれていること(一部、貸し出しで対応する客室もあり)。そのため、ホテル近くにある京の台所と呼ばれる錦市場で食材を買い、部屋で調理することも可能。これも京都のまちに触れ、暮らすように滞在してほしいという考えからだ。
「nol Kyoto sanjo」という名前には、こんな思いが込められている。
naturally 自分らしく、自然体で
ordinarily 普段通り、暮らす様に過ごし
locally その土地の日常に触れる
100年の歴史を感じ、まちを感じる。「nol Kyoto sanjo」を拠点に、こんな旅を楽しむのもいいのではないだろうか。
左上/ロビー・ラウンジと宿泊棟を結ぶ、ほの暗い通路。100年という時の流れをつなぐ場所となっている 上中央/宿泊棟にある吹き抜けの坪庭。左側の壁は1枚ずつ木目をかたどったコンクリ―ト製だ 右上/畳スペースがある「Tsuboniwa Suite」(写真提供:nol Kyoto sanjo) 左下/「Tsuboyu Superior」。ベッドの上のアートワークは、町家の桟や欄間を使用して作られたもの。各部屋でそれぞれ異なる作品が飾られている(写真提供:nol Kyoto sanjo)右下/「Hibaburo Deluxe」は、大きめの檜葉(ひば)風呂でゆっくりと疲れを癒やせる ※檜葉風呂は全客室に設置(写真提供:nol Kyoto sanjo)
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