名古屋で有名な笠寺観音の門前に広がる商店街

名古屋市の商店街商業機能再生モデル事業、通称:ナゴヤ商店街オープンについて取材した(名古屋で商店街の空き店舗を再生する実践的な取組み「ナゴヤ商店街オープン」が進行中)。今回、当事業の初年度に舞台となった笠寺観音商店街の取組みについてご紹介したい。

事業については先の記事を参照いただきたいが、簡単に説明すると、商店街活性化のため空き店舗を再生することを目指し、実際に1店舗をオープンさせる取組みだ。舞台となる商店街は公募制で、事業がスタートした2018年度には笠寺観音商店街をはじめとする3つ、2019年度と2020年度は各2つずつの商店街が選ばれている。

名古屋市南区にある笠寺観音商店街は、その名のとおり、笠寺観音という名で親しまれている天林山 笠覆寺(りゅうふくじ)の門前に広がる。旧東海道の道沿いともなり、名古屋鉄道の本笠寺駅から笠寺観音をつなぐ。

名古屋を含む愛知県の尾張地方では、笠寺観音、あま市の甚目寺(じもくじ)観音、名古屋市中川区の荒子観音、名古屋市守山区の竜泉寺観音が“尾張四観音”と呼ばれている。名古屋城が築かれた際、城を中心にして四方に位置する尾張四観音が尾張を守護するとして崇拝されてきた。その年の恵方にもっとも近い寺に参拝に行くと利益が多いとされ、とくに節分時には多くの人で賑わう。

そんな歴史のあるまちに位置する商店街だが、時代の流れか、空き店舗が見られる。その状況を打破しようと、笠寺観音商店街は名古屋市の事業に応募した。

本笠寺駅から笠寺観音の西門へとつながる商店街の道(写真左から右へ)。この通りが旧東海道となる本笠寺駅から笠寺観音の西門へとつながる商店街の道(写真左から右へ)。この通りが旧東海道となる

空きビルの地階を日替わりシェフ食堂へ再生

ナゴヤ商店街オープンで再生する対象となったのは、本笠寺駅から徒歩1分のところにある築35年の3階建てビルの地階。竣工当時は地下と1階が店舗、2階が住居、3階が事務所だったが、1990(平成2)年の改修で全フロア店舗に。全室バーカウンター付きで、スナックやバー、居酒屋などが入り賑わった。しかし、2000年代に入り、入居者が減っていき、やがて“ゴーストビル”化してしまった。そんなとき、売ることを考えていたビルオーナーのもとに、笠寺観音商店街からナゴヤ商店街オープンへの参加の話が持ち込まれたという。

ナゴヤ商店街オープンのワークショップ第1回目で出たアイデア、日替わりシェフの店が採用され、話が進められていった。設計を担当したのは、ワークショップに参加した建築家・宮本久美子さん。宮本さんは生まれも育ちも笠寺地区。ナゴヤ商店街オープンでアドバイザーを務めるナゴノダナバンクの藤田まやさんに誘われて参加したが、藤田さんは宮本さんが笠寺出身ということを知らなかったそうだ。

実際に店舗のオープンを目指すということで、「ここまで実用性の高いワークショップは初めてだった」と当時を振り返る宮本さん。「地元のために何か協力できれば」という思いで参加したが、思いがけず設計を任されることになり、約1ヶ月後に開かれた2回目のワークショップで図面や模型を用意した。

「1回目のワークショップで、このまちの印象を話し合いました。昭和レトロとポジティブに言う人もいれば、寂しいとネガティブに表す人もいて、裏表があるんですよね。それを取り入れながら考えていったとき、商店街は住宅に距離が近いので、いっそのこと家庭的な感じで、団らんするように一つのテーブルを囲む店舗にしたらどうかと設計しました」

もともとは1区画のみだったが、2区画に広げることになった。一般的な住宅のLDKくらいのタイトな床面積から、家庭的というキーワードが生まれ、それがこの場所ならではの特徴になった。

2018年9月末に行われた第1回ワークショップから、2019年春の店舗オープンを目指し、怒涛のスケジュールで進む。当時、大学の助手も務めていた宮本さんは正月休み返上で設計に取り組んだという。さらに食堂の事業者が見つからず、宮本さんは食堂の運営責任者も兼ねることになった。

ところが、10名のシェフも見つかり、改修工事がもうすぐ終わるという2019年4月上旬、ビルのオーナーが諸事情によりビルを手放すことに。話し合いを重ねるなかで、ワークショップにも参加していた、笠寺のまちづくりの活動をしている方が新たなオーナーとなってくれて、無事、2019年5月1日に「かさでらのまち食堂」という名でオープンにこぎつけた。

左上/ナゴヤ商店街オープンのワークショップの様子。左下/宮本さんがつくった店舗の模型。(以上、写真提供:商店街オープン運営事務局)右上/ナゴヤ商店街オープンの事業により誕生した「かさでらのまち食堂」。複数の日替わりシェフが営業する。基本は写真のスタイルだが、オリジナルテーブルはジョイントでつなぐ可動式となっているので、変化させられる。それがコロナ禍で功を奏し、今は密になりにくいテーブル設定にしている。右下/取材にご対応くださった宮本久美子さん。かさでらのまち食堂の設計者であるとともに、かさでらのまち食堂運営委員会の一人として運営に携わる。ナゴヤ商店街オープン2020では、名古屋市西部にある新大門商店街のアドバイザーとしても活躍中。(以上、写真提供:宮本久美子さん)左上/ナゴヤ商店街オープンのワークショップの様子。左下/宮本さんがつくった店舗の模型。(以上、写真提供:商店街オープン運営事務局)右上/ナゴヤ商店街オープンの事業により誕生した「かさでらのまち食堂」。複数の日替わりシェフが営業する。基本は写真のスタイルだが、オリジナルテーブルはジョイントでつなぐ可動式となっているので、変化させられる。それがコロナ禍で功を奏し、今は密になりにくいテーブル設定にしている。右下/取材にご対応くださった宮本久美子さん。かさでらのまち食堂の設計者であるとともに、かさでらのまち食堂運営委員会の一人として運営に携わる。ナゴヤ商店街オープン2020では、名古屋市西部にある新大門商店街のアドバイザーとしても活躍中。(以上、写真提供:宮本久美子さん)

ビル全体を“まちに開くビル”へ

ナゴヤ商店街オープンのワークショップには民泊の事業者が参加しており、民泊をやりたいというアイデアも出ていたことで、上階の改修も計画された。食堂の改修が始まるとともに上階の改修設計を進め、いざビル全体の改修へとなったところで、以前のむちゃな改修による問題が判明してしまった。

食堂の工事費が当初450万円と想定していたのが、以前の改修跡を修繕するため850万円に膨れ上がっていて、お金が足りなくなることに。そこで、経済産業省の平成31年度予算「商店街活性化・観光消費創出事業」に申請。民泊事業でインバウンド来街者の招致と、商店街の活性化の見込みで無事に採択され、補助金を受け取ることができた。

かさでらのまち食堂は、“シェア”がテーマ。「私たちはキッチンと時間と空間のシェアといっています。空間のシェアは、卓をシェアすること。キッチンは、シェフのみなさんでシェア。時間は、食堂が日替わりでシェアされているということです」

そこから上の階も“シェア”を基軸とすることにした。「商店街の小売業はこの先、細々とやっていくしかないのではと思いました。そのなかで、いろんなものをシェアして、近隣に住んでいる人のサードプレイスのような場所になるのが向いているのではと。また、副業のような形ができる場所もあったらいいのではと考え、“まちの居場所を増やす”ということで再生をしました」

ビルは、「かさでらのまちビル」と名付けられ、2020年4月11日にグランドオープン。

1階は無料で貸し出す寺子屋「かさてらこや」とコインランドリー、そして民泊施設「デラstay」。民泊は2階にも部屋が設けられている。3階にはコワーキングスペース「かさロン」と、レンタルキッチン兼、7年ほど前からビル屋上で飼育されてきたミツバチのハチミツを加工する拠点である「はにーずキッチンラボ」がある。

もともと各室に備わっていたバーカウンターをそのまま残し、バーに住む、バーで学ぶ、バーで働くというコンセプトの設えになっている。

「かさてらこやは、コインランドリーを民泊に泊まった人や近隣の人にご利用いただくことで、その収益で光熱費をまかなっています。狭い場所ですが、バーカウンターを挟んで、先生となる1人と、生徒さん5人という形で事業ができます。ここで事業がうまくいったら、近隣の空間にステップアップしていってもらえたらという思いで、利用料は無料にして、支援しています。食堂も同じで、ここでうまく稼働できたら、商店街で起業してほしいという思いを持っています」

左上/現代版の寺子屋をテーマに、無料で貸し出すスペース「かさてらこや」。“誰もが先生になれる”とし、教室などを開くことができる。左下/民泊「デラstay」の一室。既存のバーカウンターを残した特徴的な空間になっている。民泊は3人までの部屋が2室、4人用が1室の計3室あり、各室はミニキッチン、トイレ、シャワーブース、Wi-Fiを完備。右上/コワーキングスペース「かさロン」は、宮本さんが代表を務める建築設計事務所で運営。最大6名が利用でき、バーカウンターを残した制約があるなかで、“豆書斎の連なり”というテーマで、中空ポリカで仕切り、空間を設えた。(以上、写真提供:宮本久美子さん)右下/ビルの屋上で7年前から、笠寺のまちづくり団体が養蜂を行い、採取されたハチミツは「観音はちみつ」と名付けられている。3階にある「はにーずキッチン」は、菓子製造許可をとり、このハチミツを使ったお菓子を作って、マルシェなどで販売する活動もできるようになっている左上/現代版の寺子屋をテーマに、無料で貸し出すスペース「かさてらこや」。“誰もが先生になれる”とし、教室などを開くことができる。左下/民泊「デラstay」の一室。既存のバーカウンターを残した特徴的な空間になっている。民泊は3人までの部屋が2室、4人用が1室の計3室あり、各室はミニキッチン、トイレ、シャワーブース、Wi-Fiを完備。右上/コワーキングスペース「かさロン」は、宮本さんが代表を務める建築設計事務所で運営。最大6名が利用でき、バーカウンターを残した制約があるなかで、“豆書斎の連なり”というテーマで、中空ポリカで仕切り、空間を設えた。(以上、写真提供:宮本久美子さん)右下/ビルの屋上で7年前から、笠寺のまちづくり団体が養蜂を行い、採取されたハチミツは「観音はちみつ」と名付けられている。3階にある「はにーずキッチン」は、菓子製造許可をとり、このハチミツを使ったお菓子を作って、マルシェなどで販売する活動もできるようになっている

“まちを借りる”という活動への広がり

かさでらのまちビルの改修に着工する前の2019年10月、宮本さんは近隣のシェアスペースを一元管理して借りられるようにするシステムの活動団体「笠寺スペースバンク」の立ち上げに関わった。

「このビルが整った後、ビルのなかでの循環=利用者が各施設を巡ってくれることを目指していましたが、その次は、まちのなかの施設と循環をしたいと思いました。意外と探してみるとシェアオフィスなどがたくさんあり、それらと連携していく方法を模索しているところです。コンセプトは、『まちを借りよう。』です」

笠寺スペースバンクが一元管理するのは、シェアオフィスのほか、料理ができるスペース、民泊施設、シェアハウス、イベントスペース。ここには、かさでらのまちビルの各施設も含まれる。

「都心のシェアオフィスやコワーキングスペースは、広くて設備も整っていて、使い勝手がすごくいい。一方、笠寺界隈の施設は、どれも小粒で、設備が最新でないところも。けれども、だからこそできることを探して、小粒なものを連携して借りることができればいいのではと考えました。例えば今日はここのコワーキングスペースで仕事を、明日は別のイベントスペースで、そのあとにまた別の施設で打ち合わせを、といった使い方ができると、まちを横断するというアクセスが生まれるわけです。そうすると笠寺のまち自体が活動拠点になります。連携することで収益もアップしますが、まち自体に愛着がわく、まちを使っている意識が出てくるようにしたいと、システムをつくりました」

笠寺スペースバンクでは、「まち借りツアー」を行う。利用希望者が希望のスペースやどんなことがしたいかをメールし、各施設からの返信を受けて、相談や見学日を調整していく。そのなかで候補になったスペースを見学するというものだ。個別利用だけでなく、できることがあらためて見つかり、可能性が増えるのではないだろうか。

まちに展開することで、最終的には住人が増えてくれることを目標にしているそうだ。

笠寺スペースバンクのパンフレットより、施設の一覧笠寺スペースバンクのパンフレットより、施設の一覧

魅力的な商店街にするために

宮本さんが手がけた、かさでらのまちビルオープンを知らせるチラシ宮本さんが手がけた、かさでらのまちビルオープンを知らせるチラシ

かさでらのまち食堂、かさでらのまちビルができても、一施設だけではだめで、「まちのなかで結びつきを強めていかないと、まち全体が盛り上がっていかない」と宮本さん。

笠寺観音商店街では、7年前からまちづくりの活動が始められていたことで、「地域の人の横のつながりが結構強いエリアになっていた」と振り返る。もともと閉鎖的なところがあったが、そういった活動があったからこそ、ナゴヤ商店街オープンのワークショップで外の人が入ってきても受け入れることができたのではないかという。

そして、そのまちづくりの団体の人たちとの連携は、食堂づくりにも“まち借り”のシステムにも大きな力になった。

「まちの人も連携を望んでいてくれたと感じる」そうで、例えば民泊のデラstayでは、コロナ禍でインバウンドが減少してしまったところで、国内旅行者向けに、まちと連携した宿泊プランを作成。ミツバチの採蜜をしたり、宿泊者にハチミツをシャンプーに混ぜて使うことを提案したりもしているそうだ。また、笠寺観音の境内にある池に生息する亀を観察したり、毎月6の付く日に開催される六の市に出かけられることをPRしたり。プラン利用者は、連携した商店街の4つの店のいずれかで、観音ハチミツを取り入れたモーニングを味わうことができる。

宮本さんは「まちへの展開はまだまだこれから」と語る。笠寺スペースバンクでも、学生などさまざまな意見を取り入れながら、いいアイデアを生み出そうとしている。

「今までの商店街は、いわゆる買い物をする場所でしたが、今はそれだけでは成り立ちません。訪れた人の居場所を確保して、滞在できる時間を延ばすような工夫が必要なんですね。今までになかった“何か”をつくる。店内に増やせないならば、外につくることを考えればいいと思うんです。そういう場所をつくって、魅力的な商店街にすること、それが大きな目標です」

また、ナゴヤ商店街オープンでの空き店舗再生の活動を通して感じたことを教えてくれた。

「こういう活動は、建築を扱える人、グラフィックを扱える人、地元のキーマンになる人、この3者がいないと絶対にいけないと思うんです。このなかで、建築と地元のキーマンはそろいましたが、グラフィックができる人がいなくて、今はチラシやPR動画などは私が制作しています。私自身が大事にしているのは、いいデザインとして売り出すこと。よくないデザインだと見向きもされないことがあります。ホームページをつくるにしても、プロの意見があると心強い。その支援を名古屋市さんも考えてくれているみたいですが、グラフィックが得意な方が仲間になってくれるとうれしいですね」とのこと。

「先進的な事例が話題になっているような他地域の商店街は、ITやグラフィックをやっていた人が集められていることで、うまく機能している印象がある」そうだ。

今後、PRする力も増して、ますます魅力的になっていく笠寺商店街に注目していきたい。


かさでらのまち食堂 http://kasaderanomachi.com/ks/
笠寺スペースバンク https://machikari.nagoya/

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