空き家を利活用してコワーキングスペースに
愛知県の南東部に位置する豊川市。商売繁盛のご利益で知られる豊川稲荷の門前町としても親しまれているまちだ。その豊川稲荷から西へ車で10分程の場所に、市内初のコワーキングスペース「TOCOTOCO(トコトコ)」が2019年10月末にオープンした。
ここを運営するのは、豊川市で1950(昭和25)年に創業した工務店、株式会社イトコー。築52年の空き家をリノベーションし、地域の人が集まる場所へと生まれ変わらせた。
「こちらのオーナーさんから空き家をどうしようかというご相談があり、当初は壊してアパートにとのお話もありましたが、まだ使える建物でしたので壊してしまうのももったいないなと。そこで、地域に開いたスペースにするのはどうでしょうかとご提案しました」と、教えてくださったのは、発案者であるイトコーの戸建部門 営業統括マネージャーの松原登志雄さん。
2020年6月に3代目社長に就任したばかりの伊藤博昭さんもご同席くださり、経緯や建物、今後の展望について伺った。
メインターゲットは子育て中のママ世代
施設名の「TOCOTOCO」は、「この地域の言葉で場所を意味する所(ところ)のことを“とこ”と言うことと、小さな子が“とことこ”と走りだすように夢に向かっていく人たちを応援したいという思いから」と松原さん。
ライター、IT関係者、あるいはミニチュアハウスの製作のためにと、さまざまな人々が利用しているが、メインターゲットとして想定しているのは小さな子どもを育てているママたち。
「子育てと仕事」をコンセプトに、自宅では仕事に集中できないという悩みに応えながら、子育て、仕事、そしてコミュニティをつなげる場所になることを願う。そのため、アットホームな雰囲気の空間に仕上げた。
1階はコワーキングスペースとして、4人掛け、6人掛けのテーブルが1つずつと、カウンタースタイルの机に4席分。2階はレンタルスペースとなっており、ヨガをはじめとする教室や勉強会、セミナーなどに利用できる。このメイン建物と半外空間でつながった離れにもコワーキングスペースがあり、個室としても使えるのでミーティングなどの利用にも。また、この離れにはキッズスペースを備えているので、子どもを連れてきてもOKだ。
そして、ちょっとひと息したい、というときに使えるようにメイン建物の1階にはカフェスペースがある。ここでは建物のオーナーさんが常駐して飲み物を提供。コワーキングスペースの利用者だけでなく、地域の人の集いの場にもなっており、取材当日もご近所の方々が話の花を咲かせていた。
モデルハウスとしての役割
実は、TOCOTOCOにはもう一つの“顔”がある。イトコーのモデルハウスでもあるのだ(事前予約が必要)。
「実は、リノベーションのモデルハウスとして当社がお借りしているんです。モデルハウスは、使われていない時間が多いんですよね。それがもったいないなと思って、もっとたくさんの人に気軽に来てもらうためにはどうすればいいかと考えるなかで、コワーキングスペースの案が出てきたんです。豊川にはそれまでレンタルスペースはあっても、コワーキングスペースはありませんでした。人がいろいろな形で集まる場所になれたらいいなと思いました」(松原さん)
モデルハウスという面では、子育て中のママをコワーキングスペースのメインターゲットにしていることが非常に大きな利点にもなる。「ママさんたちは家のリフォームや新築を検討する世代でもあります。実際にここを使ってもらって、リフォームやリノベーション、あるいは新築を当社に相談してみよう…と思ってもらえたらという期待も。TOCOTOCOは、モデルハウスでもあるし、みなさんに気軽に使ってもらう仕事場でもあるし、空き家の利活用の提案の場でもある。一つの建物にいくつかの役目を持たせて、いろんなアンテナに引っかかってもらえたらなと」(松原さん)
建物は増築されていたが、現在の建築基準に合わせて安定していない部分を減築。離れとは半外空間でつなぎ、バランスを整えた。また、断熱、耐震改修を加え、リノベーションのモデルハウスとして見学してもらえる造りに。
1階のコワーキングスペースでは、構造を補強するブレース(筋交い)をあえて見せて、壁による圧迫感をなくしている。また、窓周りは耐震性の弱いところであるが、ここでは耐震フレームを入れて耐震性を高めている。
「ここは、もともと土壁の建物でした。土壁をすべて取りさってしまうのではなく、耐震強化の必要性のないところはそのままにしました。それが結果的に断熱材の代わりになったりもしています」(伊藤さん)
モデルハウスとして面白いなと思ったのが、メイン建物2階と離れは、あえて断熱性に手をつけていないというところ。
「快適に過ごせる1階の空間との違いを体感していただくことができます」(松原さん)
「温度差はもちろんですが、もっと感じるのは“音”ですね。建物の前は車通りが多い道で、1階にいるとそれほど気になりませんが、2階だと音が大きく聞こえます。やはりリフォームやリノベーションとなると、目が一番いくのはキッチンをはじめとする水回りなど表層的なところです。けれど、長期にわたって住む住宅ですから、根本的なところを変えることで、快適性は大きく改善されることを感じてもらえたら」(伊藤さん)
コワーキングやカフェを利用して、建物のよさを実感できる。一度だけでなく、何度か通って、時間を過ごしながら、その魅力を知り、自分の家の参考になる。実に有益なことではないだろうか。
①リノベーション前の建物。真ん中部分は減築して、半外の廊下でつなぎ、左側の建物を離れにした(写真提供:イトコー)②あえて断熱性などに手をつけていない2階。実際、1階との外の騒音の響きの違いに驚いた。窓や階段の手すりなどは昔のものを残し、内装的には雰囲気づくりにも役立っている。左側の壁に見えるのは、土壁を額縁のように一部だけ残したところ
③スチール製のブレースで補強しつつ、壁にしないことで開放的な空間に。右の白いものは、エアコンに代わる冷暖房システム「エフコン」。放射式パネルによる冷暖房を実現し、オイルヒーターのように風も音も出ず、体に優しいといわれ、一般家庭での導入も増えているそう
④もとの建物の梁を活かした吹き抜けの天井部分。壊して初めて状態が分かるリノベーションならではの苦労もあったそうで、梁も折れていたところは新しいものに差し替えている
人が集まる場所「GOOD-TIME PLACE」
イトコーが力を入れている「GOOD-TIME PLACE」。アウトドアキッチンにして家の中と外をつなぎ、気軽に集える場に。イトコーが目指す「自然と共に生きる、健康的で愉しい暮らし」という考えに基づいたもの近年、建築業界では、ストック=中古物件を見直そうという動きがある。新築が主であるイトコーでも、この建物を見てリノベーションの相談がすでにあったそうだ。
イトコーでは、屋外に屋根付きのアウトドアキッチンを設けた半外空間を「GOOD-TIME PLACE」と名付け、力を入れている。土足のままでも入っていける空間で家族や近所の人と気軽にくつろげるといった“外に開いた”住宅だ。
「TOCOTOCOもある意味、そういう場所なんです。一般家庭だったところを社会に開いて、人が集まる場所を作りましょうと。『GOOD-TIME PLACE』は仲間内のような感じですけれど、TOCOTOCOはオーナーさんがカフェで働いていてくださり、コワーキングの方がいらっしゃって、社会に対して開いている場所。昔の縁側は、近所の方が来てお茶を飲んで、お話する場所でした。そういうスペースを今風に考えると『GOOD-TIME PLACE』で、社会的に考えると、このTOCOTOCOのようにお店として開いているということです」(松原さん)
「人が疎遠になってきて、分断されてしまったものを、ちょっと開く。建物のデザインと共に、心も開いていくような感じになっていくといいなと思っています」(伊藤さん)
松原さんは、「開き方は、度合いとかスタイルとかさまざまでしょうが、もう少し外にオープンに暮らしていけたら、もっと豊かになるんじゃないかなという思いで取り組んでいます」とも語った。
縁がつながっていくことを期待
上/取材にご対応くださった、イトコーの3代目社長・伊藤博昭さん(右)と戸建部門 営業統括マネージャーの松原登志雄さん。下/イトコーが発行するフリーペーパー「ヒト・コト・モノ」。豊川市のある東三河エリアの人や施設などを紹介する。「これもイトコーという会社が、地域社会にオープンマインドで開いているよというきっかけのひとつでもあるんです」と伊藤さん。イトコーでは地域とのつながりも大切にし、本社敷地内でのマーケットを年1回開催したり、講座や企画展などのイベントも行っている
オープンから、年が明けて徐々に認知度が高まってきたところで新型コロナウイルスの感染拡大となったが、8月ごろから利用者が少しずつ戻ってきているそうだ。
伊藤さん、松原さんは、TOCOTOCOから“つながり”ができていくことを期待している。
「人が集まるところは、いい運気があるんじゃないかと思うんですね。そのお役に立てれば。今はコロナの影響で分断されてしまったりしていますが、ここで集まったご縁がつながって、輪になっていくとうれしいなと思います」(伊藤さん)
近隣地域のコワーキングスペースと連携し、人のつながりの共有を目的とするコワーカー登録の促進も行っている。
長く一般家庭の営みを支えてきた家が、いくつもの役割を持った社会に開かれた場に生まれ変わった。新しいワークスタイルの場として、住まいの見本として、くつろぎの場として…。豊かな暮らしのための場所として、再生し、人々や地域をつないでいく。
取材協力:株式会社イトコー https://itoko.co.jp/
TOCOTOCOホームページ https://tocotocoitoko.com/
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