まちびらきから約50年、団地内を巡る住民バスを運行

上/173.5ヘクタールにも及ぶ菱野団地。開発は、一戸建住宅と集合住宅を合わせて7,032戸、人口3万人を目指して進められた。2018年4月1日時点では人口1万2,199人で、市全体の約1割に相当する。下/菱野団地の住民バス。団地内の幼稚園や保育園児、小中学生などから募集した絵柄で、親しみやすくしている(写真提供:瀬戸市役所)上/173.5ヘクタールにも及ぶ菱野団地。開発は、一戸建住宅と集合住宅を合わせて7,032戸、人口3万人を目指して進められた。2018年4月1日時点では人口1万2,199人で、市全体の約1割に相当する。下/菱野団地の住民バス。団地内の幼稚園や保育園児、小中学生などから募集した絵柄で、親しみやすくしている(写真提供:瀬戸市役所)

昭和期に全国各地に誕生した団地は今、いずれも大きな課題に直面しているといわれる。建物の老朽化、人口減少による空き家、高齢化など。当サイトでも、そういった課題への取り組みをたびたび取り上げているが、今回は愛知県瀬戸市の菱野団地についてご紹介したい。

2017年11月に住民代表、NPO法人、市民団体、民間企業、学識経験者、行政が参加する菱野団地再生計画検討委員会を設立。菱野団地のあらたなまちづくりについて検討を進め、2019年3月に「菱野団地再生計画」を策定した。

その計画をスタートさせるきっかけとなったのが、団地内を走る住民バスの取り組みだったという。

瀬戸市南部に位置する菱野団地は、1970(昭和45)年から入居が始まった。黒川紀章が設計を担当し、原山台、萩山台、八幡台と3つの住区に加え、ワンセンター方式といわれる、中心地区の菱野台に商店街、郵便局、金融機関などが整備された。名古屋への通勤圏であり、注目を集めたニュータウンだ。

しかし、瀬戸市が2010(平成22)年をピークに人口が減少し始めたのに対し、菱野団地は1984(昭和59)年をピークに減少し続けている。ピーク時の2万1,746人から、現在の人口は1万3,000人を下回っている。さらに高齢化率も市全体の平均をぐっと上回る4割超えに。

そこで瀬戸市は、国の施策のひとつにもなっているコンパクト・プラス・ネットワーク(地域公共交通と連携したコンパクトなまちづくり)の方針を上位計画に掲げた。

「菱野団地内は、公共交通機関として名鉄バスが運行していますが、バス停から300m範囲の円を描くと、それぞれの住区に空白地域が存在してしまい、移動手段が十分とはいえませんでした。さらに菱野団地は、山を削って造られたため、起伏が多いところがあります」と、瀬戸市役所 都市整備部 都市計画課の矢野公嗣さん。

高齢者にとって坂道を上り下りして、バス停まで出向くことが厳しい場面もある。名鉄バスやタクシーに乗り継ぎができたり、通院や買い物に行ける生活交通の確保が望まれていた。

地域主導型の住民バスが団地を構成する3つのエリアをまとめるきっかけに

上/菱野団地 住民バスの路線図。3エリアそれぞれ外周とその中をバスが走り、交通の空白地帯を極力なくす、利用しやすいルートに。現在、バスの運営費は、85%が市の補助で、残り15%を菱野団地の3つの自治会で負担している。(資料提供:瀬戸市役所) 下/菱野団地は山を切り開いて造られたため、坂道が多い上/菱野団地 住民バスの路線図。3エリアそれぞれ外周とその中をバスが走り、交通の空白地帯を極力なくす、利用しやすいルートに。現在、バスの運営費は、85%が市の補助で、残り15%を菱野団地の3つの自治会で負担している。(資料提供:瀬戸市役所) 下/菱野団地は山を切り開いて造られたため、坂道が多い

「実を言うと、住民側から10年ほど前に、瀬戸市が運行しているコミュニティバスを団地内にも走らせてもらえないかと相談しましたが、折り合いがつかなかった経緯がありました」と語ってくださったのは、瀬戸市自治連合会会長・八幡台自治会会長の伊藤勉さん。菱野団地の3地区での会合でも相談を重ねたが、費用面などで断念していたという。

そんな中、あらたなコミュニティ交通を考えていた瀬戸市が着目したのが、他自治体で取り組まれていた、地域が主体となり持続可能な運行を可能とする地域主導型交通。住民に提案、検討を重ね、2017年7月~12月に社会実験を行うことになった。

ワンボックスカーと、群馬県桐生市から借りた低速電動バス「eCOM-8」で行った社会実験は、半年間で利用者が約5,000人にのぼり、高齢者だけでなく、小さな子どもがいる若い家族にも喜ばれた。

そして、住民から寄せられた運行再開の声をはじめ、実験結果の検証を通じて、2018年8月から運行再開を決定。地域から有償ボランティア(¥500/1時間)の運転手を募集し、団地内の保育園・幼稚園児や小中学生が描いたデザインの10人乗りワンボックスカー2台が、住民を乗せて走っている。平日のみだが、9時台から15時台まで、全10便が30分おきに走っているので、利用しやすい。「日に日に乗っていただける方が増えているんです。運転免許を返納して、高齢のご夫婦がバスに乗って買い物に行くということも多くなっているんですよ」(伊藤さん)

社会実験を行うに至るまでには、それぞれの課題を抱える3つの地区での合意形成に時間がかかったが、「何か1つをやろうと思ったときに、まとまっていこうという機運が生まれた」と伊藤さん。それは、団地再生に向けて大きな力になる。

住民ワークショップ実施から、イベント開催へ

住民ワークショップをきっかけに2018年11月に開催した「菱野団地わいわいフェスティバル」の様子。かつては商店街などで夏祭りや催しがあり、住民同士が顔を合わせる機会もあったが、ここ20年ほどはなくなってしまっていた。「地域の方も望まれていたんだなと思いました」と矢野さん(写真提供:瀬戸市役所)住民ワークショップをきっかけに2018年11月に開催した「菱野団地わいわいフェスティバル」の様子。かつては商店街などで夏祭りや催しがあり、住民同士が顔を合わせる機会もあったが、ここ20年ほどはなくなってしまっていた。「地域の方も望まれていたんだなと思いました」と矢野さん(写真提供:瀬戸市役所)

「住民バスは、菱野団地をひとつにまとめ、移動手段だけでなく、車内で住人同士のコミュニケーションが生まれるという、コミュニティの場にもなりました。この取り組みをまちづくりへ発展させ、交通とまちづくりを一体となって進めていく。そのために、交通、福祉、子育て、定住など、あらゆる分野を横断したハード、ソフトの両面のプロジェクトを、みんなで共有して進めていこうというのが、菱野団地再生計画の目的です」(矢野さん)

2017年11月から始まった菱野団地再生計画の策定に向けての動きでは、菱野団地再生計画検討委員会での話し合いだけでなく、住民の意向や提案を大切にするため、住民ワークショップ「カタリバ」を開催。

子育て世代から高齢者まで幅広い住民に参加してもらい、菱野団地のいいところや困っている点などをざっくばらんに語り合うことから始めたワークショップ。実際にアクション(社会実験)を起こしてみようとたどりついたのが、2018年11月4日に開いた「菱野団地わいわいフェスティバル」だ。

団地の3つの地区が一体的に活動するきっかけとしてマルシェや飲食ブースの出店のほか、高齢者と子どもの交流の場に。そして、日常的な居場所になるようにとの思いも込めて、センター地区にある中央広場テラスを整備して会場とし、”みんなのやってみたいこと”を行った。

「準備期間が短く、周知が難しかったのですが、800人くらい来ていただけました」(伊藤さん)。午後からは雨になってしまい、早めに切り上げてしまったが、来場者アンケートでは9割が満足と回答があった。

住み続けたい、住みたくなる快適なまちをめざして。”みんなでつくる”10年

さて、ここで、「みんなでつくる、住みよいまち 菱野団地」という理念のもとに策定された菱野団地再生計画の基本方針をご紹介したい。

①センター地区を活用した交流拠点づくり
②安心・安全に暮らせる環境づくり
③若い世代に住みたいと選ばれる団地づくり
④高齢者がいきいきと暮らせるまちづくり
⑤多文化共生の地域づくり

この5つの方針には、それぞれ、まちのにぎわい創出や景観・環境づくり、福祉サービスなど全20の取り組みが具体的に定められている。

そして、その取り組みは、10年間の計画期間のうち、3年後の2021年度までの先行プロジェクトと、10年後の2028年度までの中・長期計画に分けられている。

先行プロジェクトでは、センター地区整備、エリアマネジメント団体によるプロジェクト、住民バス、空き家利活用、県営住宅の更新とある。いずれも詳細は瀬戸市のホームページに掲載されているので参照していただきたい。

センター地区にある菱野団地商店街。空き店舗も点在し、寂しい印象を受ける。再生計画の先行プロジェクトでは、こういった空き店舗などの既存ストックを生かして多様な活動ができる場所の創出も図るセンター地区にある菱野団地商店街。空き店舗も点在し、寂しい印象を受ける。再生計画の先行プロジェクトでは、こういった空き店舗などの既存ストックを生かして多様な活動ができる場所の創出も図る

再生計画を実行するエリアマネジメント団体の設立

上/エリアマネジメント団体「未来の菱野団地をみんなでつくる会」の設立総会。住民など62名が参加し、質疑も活発に行われたという。(写真提供:瀬戸市役所)下/今回の取材にお答えいただいた未来の菱野団地をつくる会会長の伊藤さん(右)と瀬戸市役所の矢野さん(左)。伊藤さんは瀬戸市自治連合会会長、八幡台自治会会長、菱野団地コミュニティ交通運行協議会会長も務めている上/エリアマネジメント団体「未来の菱野団地をみんなでつくる会」の設立総会。住民など62名が参加し、質疑も活発に行われたという。(写真提供:瀬戸市役所)下/今回の取材にお答えいただいた未来の菱野団地をつくる会会長の伊藤さん(右)と瀬戸市役所の矢野さん(左)。伊藤さんは瀬戸市自治連合会会長、八幡台自治会会長、菱野団地コミュニティ交通運行協議会会長も務めている

再生計画を立ち上げるための住民ワークショップを終え、伊藤さんは「地域で主体的にやっていこう」と「未来の菱野団地をみんなでつくる会(通称:みんなの会)」を立ち上げた。

「再生計画は、推進協議会と共に、エリアマネジメント団体を設立して実現していこうと考えています。エリアマネジメント団体とは、地域の課題を自分たちで解決していくために色々な取り組みを横展開で手を取り合ってやっていこうというもの。協議会が計画の進捗状況を確認したり、見直したりするのに対し、エリアマネジメント団体は事業者や行政などと連携しながら取り組みを実行するというかたちで、みんなの会がそれにあたります」(矢野さん)

みんなの会は2018年12月から準備をし、2019年4月に設立総会を開催。エリアマネジメント団体として、菱野団地が一体となり、新たなまちづくりに取り組んでいく。

まずは、にぎわい創出のプロジェクトとして、2019年10月26日に商店街と連携して「みんなの会 わいわいフェスティバル」の開催が決定した。中央広場を中心とした商店街などを会場として、マルシェや幼稚園児の歌とおゆうぎ、音楽演奏、社交ダンスなどのステージ発表、焼きさんまやおにぎりなどの販売をする「菱野商店街のさんま祭り」などを行う。

住民が主体となることについて伊藤さんは「住民の声は大きいですよね。実現できる、できないは別にして、ある課題についてどうしようかと考えを示せば、方向が定められますから。そうすると住民の意識も高まります。それが大事だと思っているんですね。最終的に全部は解決できないかもしれないけれど、1つずつ解決していければいいなと思います」と語る。

そして矢野さんも「地域の方が地域の方にこうやっていきましょうと声をかけあい、団結していくのは心強いです。菱野団地の力強さを感じました」と言う。

地域主体の活動を進めるにあたり、「仲間をどうやって増やすか」と「活動費をどうやって生むか」が目下の悩みでもあると伊藤さん。

まだ始まったばかりの再生計画。住民の声をすくいとり、住民ができることを進めていく。市もできることを行い、サポートする。そのバランスのよさが住みよさにつながっていくのではないかと思う。菱野団地の未来に大いに期待したい。SNSなどでの情報や魅力の発信も取り組みのひとつであり、菱野団地専用のホームページが出来上がったので、ぜひご覧いただきたい。

取材協力:未来の菱野団地をみんなでつくる会、瀬戸市役所 都市整備部 都市計画課
http://www.city.seto.aichi.jp/bunya/hishinodanchi-aratanamachidukuri/

参考:菱野団地再生計画
http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2019011700012/

菱野団地ホームページ
https://hishinodanchi.com/

2019年 09月17日 11時05分