江戸時代の人気土産だった「有松絞り」。今はゲストハウスへ訪れる海外・国内客の9割が知らない…
連子格子の商家やなまこ壁の蔵が建ち並ぶ「有松」の町並み。実はこちら、名古屋市緑区にある町の風景だ。名鉄の有松駅から徒歩数分の路地を入ると、江戸時代へタイムスリップしたような光景が広がり、驚かされる。
「有松」は、江戸時代初期の1608年、東海道のにぎわい創出のために新しくつくられた町。近隣の町から移住してきた8名が町を開き、「絞り」という産業を起こして発展してきた。国の伝統工芸品にもなった「有松絞り」を一躍有名にしたのは、参勤交代を終えて帰国する大名たち。国へのお土産として美しい手ぬぐいや反物を買い求め、評判が全国に広がったのだとか。
「ところが今では『ここは何で古い町並みが残っているの?』『有松絞りって何?』とお客様に聞かれることが多くて。自分たちが思っているほど、有松は知られていないことを実感しました」と話すのは、同町で『ゲストハウスMADO』を営む大島一浩さん。
そこで今回は、海外で働いていた大島さんが故郷・有松にゲストハウスをオープンした理由や、ゲストハウスの場を生かしてスタートさせた“交流プロジェクト”についてお話を伺った。穏やかにしなやかに取り組む大島さんの姿勢に、まちのファンづくりのヒントがありそうだ。
江戸の面影を格子窓から眺める。「MADO」をテーマにしたゲストハウス
2015年8月、大島さんは有松の町並みの一角に『ゲストハウスMADO』をオープンした。それまで上海で10年ほどアパレル関連会社を経営していたが、世界情勢の変化により、会社を部下にゆずって帰国することにしたという。
「日本に戻って『さて、何をやろう!』と考えたときに、大学生の息子2人がゲストハウスを使って旅をしていたことから、ゲストハウスに興味を持ち始めました」
“ゲストハウスを開くなら、外国人観光客が喜ぶ古い町並みがいい”と単純に考えていた大島さん。当初は高山や四国までエリアを広げて物件を探していたそうだが、大島さんの地元である有松で「いい物件が空きますよ」という情報をキャッチした。つまり、有松を拠点に選んだのは、偶然の出会いだったのだ。
こうして縁あって有松で見つけた物件は、元々は大工さんの自宅だったという築約100年の古民家。行政のサポートにより取り壊されずに維持されており、店舗として活用されていたものだそう。
「この建物を見てとくに印象に残ったのが、連子格子の窓です。格子窓ごしに外の景色を眺めて、のんびりと寛いでほしい―。そう考えて『ゲストハウスMADO』と名付けました。オープン当初は宿泊客の7割が海外からの観光客でしたが、ゲストハウスブームもあり、最近は国内のお客様も増えています。このゲストハウスを海外・国内・地元の人々を繋ぐ“交流の場”にしていきたいですね」
ちなみに客室は相部屋になり、布団を敷いて就寝する“日本の伝統”スタイル。ふすまで仕切られているので、大島さんがさりげなく声をかけるとゲストが集まり、会話が弾むことも多いとか。床座でくつろぐ日本家屋のゲストハウスは距離感が近く、自然体の交流を生み出すのにうってつけだと感じた。
「有松絞り」の知名度アップと若手作家の発表の場として『MADOマルシェ』をスタート
さて『ゲストハウスMADO』で有松の知名度不足を知った大島さんは、次なる一手に打って出た。
「実は、地元の名古屋市民・緑区民でも、有松の古い町並みや有松絞りのことを、あまり知らない方が多いんです。“まずはご近所の方に知ってもらうのが最優先!”と感じ、若手絞り作家に集まってもらい『マルシェをやってみようか』と話し合いました」
マルシェを開く目的は、大きく2つ。ひとつは、野菜やクラフト品の販売、ワークショップなども並べて楽しさを演出し、「有松」の町に来て「有松絞り」を知ってもらうこと。もうひとつは「若手作家の作品発表の場にする」ということ。
「今回集まった4名の若手絞り作家が、マルシェのために『IST』というチームを結成し、絞り染めの技法で和紙を染めた有松の折り紙『ARIGAMI』を考案しました。和紙を1枚1枚染めるというとても手間のかかる作品なのですが、これをマルシェで販売することにしたのです」
こうして2016年4月の晴れた土曜日、ゲストハウスの横で第1回『MADOマルシェ』がオープン。予想を超える人数が集まり、商品を手に取ったり、パンやスープなどのカフェメニューを味わったりと「のんびりと滞在して楽しむ姿が見られたのがうれしかった」と大島さん。
「僕はゲストハウスオーナーなので、マルシェでも皆さんに交流してほしいんです(笑)。若手作家と気軽におしゃべりをして、有松の町や有松絞りに興味を持ってもらえればいいなと思っていますね」
カラフルな有松絞りなど、若手作家のみずみずしい感性に期待
今回『MADOマルシェ』に参加する若手絞り作家集団『IST』のメンバーにもお話を伺った。
伊藤木綿さんは芸大の同級生である村口実梨さんと、2011年にカラフルな有松絞りを提案するお店「まり木綿」をオープン。藍色を中心にした伝統的な有松絞りに、新しい風を吹き込んだ。
「芸大の実習で有松絞りの作品に取り組んだ時に、さまざまな色で染めた作品が評価され、商品化されたんです。和装会社などからサポートを受けることができ、私たちは運よくこのお店を開くことができました」
有松絞りは時代ごとに職人がそれぞれの技法を追求してきたこともあり、技法は今や100種類以上。伝統工芸品でありながら、モノづくりの自由度が高いという。
ただし、多くの若手作家にとっては、自分の作品を発表する場は少ないのだそう。だからこそ『IST』は、新たな絞り作品を自由に考えて発表できるよい機会になったようだ。
「“気軽に買える有松のお土産が少ないよね”という話から、『IST』のメンバーで和紙を有松絞りの技法で染める折り紙『ARIGAMI』を思いついたんです。カラフルな絞り、白黒のモードな絞り、伝統的な藍色の絞りとバリエーション豊かな4つの技法でメンバーが染色しました。マルシェでは、“お土産に”と手に取っていただく方も多かったですね」
今後は、「ARIGAMI」から派生した紙の作品の構想を練っているそう。『MADOマルシェ』だけで出会える、みずみずしい感性が生かされた作品たちを楽しみにしたい!
ゲストハウスはカフェとしても開放。「地元の人もどんどん訪れて」
『ゲストハウスMADO』は、昼間は「MADOカフェ」としてオープンしている。国際色豊かなスープランチがそろい、その種類はフランス風、オランダ風、トルコ風、エストニア風まで実にグローバル!
多国籍なスープを味わい、江戸時代の面影を格子窓ごしに眺めていると、旅に出ているような錯覚を受ける。このカフェも「交流の場にして、有松を知ってほしい」という大島さんの思いの表れ。マルシェやカフェから、少しずつ有松ファンが増えていくに違いない。
取材協力/
ゲストハウスMADO
http://www.guesthousemado.com/
まり木綿
http://marimomen.com/
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