「大山阿夫利神社からの眺め」がミシュラン2つ星を獲得
今年6月、神奈川県伊勢原市は朗報に沸いた。『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン改訂第4版(フランス語)』で、丹沢大山国定公園の一角にある「大山(おおやま)」が1つ星に、「大山阿夫利(あふり)神社からの眺望」が2つ星に輝いたのだ。
とはいえ、「大山」と聞いてすぐにピンと来る人は、関東でもそう多くはないかもしれない。大山は伊勢原市・秦野市・厚木市の境にある標高1252mの山。関東百名山の1つでもあり、古くから神が宿る霊山として崇められた。江戸時代に入ると、大山に参詣する「大山講」(注)が関東各地で組織され、門前には参詣者を泊める宿坊が軒を連ねた。最盛期の宝暦年間には、年間20万人が大山に参詣したといわれ(当時の江戸の人口は約100万人)、往時の隆盛は古典落語の「大山詣(まい)り」にも偲ぶことができる。
明治以降、大山は紆余曲折の歴史をたどったが、大山講の伝統は今も脈々と受け継がれている。山麓では38の先導師旅館(宿坊)が営業しており、歴史ある霊山ならではの情緒を味わうことができる。また、名物の豆腐料理を目当てに門前を訪れる人も多い。
だが、かつてはお伊勢まいりに次ぐ隆盛を誇った大山まいりも、戦後は衰退の一途をたどった。伊勢原市役所商工観光振興課 副主幹・新倉敏之氏はこう語る。
「大山講の方々の高齢化が進み、門前町も近代化から取り残された。宿坊や参道も昔ながらとあって、参詣者や観光客の足も徐々に遠のいていったのでしょう。大山地域を訪れる人の数は、10年ほど前から右肩下がりで減っているのが実情でした」
(注)大山講:大山に参詣する同業者などの集団
門前町の再生を目指して、「平成大山講」プロジェクトが始動
なんとか大山に、かつての賑わいを取り戻すことはできないものか――地元が再生の道を探り始めた折も折、平成24年度に神奈川県で、「横浜・箱根・鎌倉に次ぐ”新たな観光の核づくり”」の認定事業がスタート。伊勢原市は、県から大山地域の再生支援を取り付けようと動き出した。
歴史的観光地である大山の魅力を再発見して、日本文化の発信地とし、歴史体験と安らぎの場として国際観光地「大山」の実現を目指す――伊勢原市の提案は県によって採択され、大山地域は大磯地域、城ヶ島・三崎地域と並ぶ”第4の国際観光地”候補として認定された。
こうして平成25年度、「大山魅力再発見『平成大山講』プロジェクト ~体感!悠久の歴史・安らぎの霊峰大山」が発足。地域と企業・大学・行政が手を取り合い、大山はいよいよ再生に向けて走り出したのである。
「今は御朱印ブームなどの影響で、神社を訪れる若い世代も増えています。ミシュランから高く評価されたことも、大山が注目を浴びるきっかけになるでしょう。大山からの眺望や大山講の歴史、風情ある佇まいの宿坊など、素材はいろいろあるにもかかわらず、今まではその魅力がうまく発信できていなかった。『平成大山講』プロジェクトの取り組みを通じて、多くの方に大山の魅力を知っていただければと考えています」(新倉氏)
大山のエキゾチックな魅力をアピールし、外国人観光客を誘致
現在、大山では、年末年始と連休、秋の紅葉シーズンに観光客が集中しており、夏と冬のオフシーズンにいかに観光客を呼び込むかが課題となっている。また、門前の宿坊に泊まる人も年々減少しており、地域経済が低迷する大きな要因となっている。
そこで、「平成大山講」プロジェクトでは、通年で賑わいを取り戻すための取り組みに着手。その一環として、門前町に江戸情緒を取り戻そうと、店先に吊るす縁起物「布まねき」の製作・配布を始めた。
また、大山の“国際観光地化”を目指して、外国人観光客誘致の取り組みも強化。多言語パンフレットや案内板などの充実を図り、門前町の人々を対象に英会話講座を開くなど、外国人の受け入れ体制の整備も進めている。さらに、留学生を宿坊に招いて、大山まいりを体験してもらうプログラムも展開。外国人に「エキゾチックな大山」を体感してもらうことで、海外からの観光客誘致に役立てたい考えだ。
「大山に来た外国人観光客に、ツイッターで大山の印象を発信してもらおうと、Wi-Fi環境の整備も進めています。今のところ、大山阿夫利神社の下社まではWi-Fiが使えるのですが、山頂ではまだ使えないんですね。今後は民間や県に協力してもらいながら、山の上でもストレスなく無料のWi-Fiが使えるようにしたい。山頂からは富士山がよく見えるので、眺望の素晴らしさを世界に向けて発信してもらえれば、ミシュラン効果も出てくるのではないかと期待しています」(新倉氏)
地の利を活かせば、“第2の高尾山”となることも夢ではない
とはいえ、課題も少なくない。その1つが、参道のバリアフリー化だ。
現在、阿夫利神社下社まではケーブルカーが運行されているが、山麓の駐車場やバス停から大山ケーブル駅までは15分ほど歩かなければならない。参道は坂道や階段が続き、高齢者の足が遠のく原因となっている。
「いずれは参道や坂道の途中に手すりや休憩スペースを設け、安心して登れるような環境にしていきたい。お年寄りや体の不自由な方をサポートするための人材育成も必要です。昔ながらの大山の雰囲気を守りつつ、いかにバリアフリー化を進められるか。そこが腕の見せどころですね」(新倉氏)
現在、伊勢原駅から大山へのアクセスルートである大山バイパスの整備が進められており、将来的には国道246バイパスの整備や新東名・伊勢原北インターチェンジ(仮称)の建設も予定されている。道路の整備が進めば、さらなる観光客増が見込める反面、駐車場が不足してますます渋滞がひどくなる懸念もある。「今後は駐車場をいかに確保するかが課題」と、新倉氏は語る。
とはいえ、交通の便が改善されれば、大山の観光振興にとって追い風となることはいうまでもない。
都内から大山地域までは車で1時間弱。鉄道を使ったとしても、新宿駅から最寄りの伊勢原駅までは急行で1時間ほどの距離である。この恵まれた地の利を活かし、「美しい自然の中で神秘的な日本を体験できる」ことをアピールできれば、大山が”第2の高尾山”として脚光を浴びることも夢ではない。
四季折々の表情を楽しみながら、”大山の粋”を感じてもらいたい
平成25年度に始まった「平成大山講」プロジェクトも3年目に入り、取り組みは着々と進んでいる。
8月のお盆期間中には「絵とうろうまつり」を開催。地元の小中学生や門前の人々が手作りした絵とうろうを参道に並べ、幻想的な“光の回廊”で訪れる人を魅了した。また、10月24日には毎年恒例のジャズフェスティバルも予定している。
「今後は、大山からの眺望を楽しんでもらえるよう、夜景観光にも力を入れたい。大山からは星空がきれいに見えるので、星の観察会なども計画していきたいですね」(新倉氏)
さらに、産業能率大学のホームページ内にあるデジタルアーカイブを通じて、丹沢・大山の歴史と文化を紹介。日本語版に加えて多言語版も提供しながら、海外への情報発信を強化していくという。
こうした取り組みの成果は、着実に実を結びつつある。
大山地域を訪れた参詣者や観光客の数は、平成24年には104万人だったが、プロジェクトが始まった平成25年には110万人と6万人も増加した。
「英会話でのサービスと、大山らしい日本情緒あふれるおもてなし。その2つで外国人のハートをつかみ、日本人にも古きよき日本を味わってもらいたい。そのためにも、神社やお寺の凛とした空気を味わい、大山の“粋”を感じていただければ。ミシュラン2つ星に輝いた大山阿夫利神社からの眺望は、昼夜・季節の区別なく楽しむことができます。四季折々に足を運び、ぜひ、大山ならではの魅力を感じていただければと思います」(新倉氏)
今年6月、伊勢原市は、大山・日向地区の「日本遺産(Japan Heritage)」(※)への登録を目指す方針を発表。歴史ある伝統的な町並みを後世に伝え、大山詣りという“ストーリーの力”によって地域再生を目指す決意を改めて表明した。
では、大山の門前町では具体的にどのような取り組みを行っているのか。次項では、先導師旅館や門前町の取り組みをご紹介したい。
※日本遺産(Japan Heritage):地域活性化を目的とした文化庁の事業で、地域に点在する文化財をストーリーとして認定する。2020年までに約100件の登録を予定している。
公開日:






