緻密な計算によって、自然の景観美を作り上げる
近年、植物の癒し効果や“緑のカーテン”による省エネ効果などが注目され、あらためてガーデニングへの関心が高まっている。
日本で最初のガーデニング・ブームが到来したのは90年代半ば。メディアを通じてイギリスの庭作り(イングリッシュガーデン)が紹介され、園芸店の店頭でも、さまざまなヨーロッパ原産の輸入植物が入手できるようになった。
だが、日本とヨーロッパとでは気候も風土も違う。冷涼な気候に適した草花を、高温多湿の日本の庭で育てることは容易ではない。このため、思い描いたような庭を作ることができず、途方に暮れる愛好家も少なくないという。
「寒冷な気候に適したイングリッシュラベンダーが、高温多湿の地域の日本で育つはずもありません。地中海原産のラベンダーのほうが日本の風土に合っているのに、そういうことが知られていないのです。ガーデニングが普及したといっても、庭作りに必要な知識はまだまだ不足しているのが現状です」
そう語るのは、ガーデンデザイナーの麻生恵さん。麻生さんは、1999年にロンドンのInchbald School of Designでガーデンデザインのディプロマを取得。以来、「心を解放するデザイン性の高い庭」をテーマに庭作りを続けてきた。
「イギリスの庭とは、『時間を軸として季節とともに変化する、冬の庭を基盤とした立体空間』のこと。日本の庭は定期的に木を剪定して形を整えますが、イギリスの庭は10年後、20年後の形を最初から計算して庭をデザインします。ボーンストラクチャーをしっかりと作った上で、草花が10年後にどのような形や幅、高さに変化するかを計算しながら、10~20cm単位で図面に植栽を書き込んでいく。緻密な計算によって“ナチュラル”な庭を作り上げていくのが、イギリスの庭作りの特徴です」
イギリス式庭園の発想は、日本の庭作りにも生かせる
麻生さんによれば、イギリス式庭園が自然の景観美を志向するようになったのは、当時の時代背景が大きく影響しているという。
「イギリスでもヨーロッパの影響を受けて、フランスのベルサイユ宮殿のような整形式庭園が主流になった時期があります。その後、行き過ぎた整形式庭園への批判や、18~19世紀におこった産業革命により生まれた中産階級の個人の庭の台頭、などの流れを背景として、イギリスの庭は独自の自然回帰の道を歩む事になった。それが、現代のイギリスのガーデンデザインを生み出すきっかけとなったのです」
だが、一見、自由かつ無造作にデザインされているように見えるイギリス式庭園も、実は厳しい制約の下で成り立っているという。イギリスでは歴史的景観を守るための規制が徹底されており、個人の住宅や庭園もその例外ではないからだ。
「古い家に住んでいる人は、 許可がなければ増改築もできないし、自宅の敷地内にある古く汚い構造物も保護リストに載ったら最後、一切手をつけられない。こうした制約の中で生まれたイギリスの庭作りの発想を学べば、日本の庭作りにも生かすことができる。たとえば、隣家のバケツや物置を隠して、狭い庭を居心地のよい空間に変えるにはどうしたらいいか――日本の庭作りをする上で、イギリスの庭から学べるものは大きいと思います」
庭作りのポイントは、「緑に囲われた居心地のよい空間を作る」こと
麻生さんによれば、イギリス式の庭作りのポイントとは「居心地のよい空間を作ること」。その上で、「家とのバランス」を重視し、「時間と構造をベースとして、光と影による立体空間を作っていく」ことが大切だという。
では、居心地のよい空間を作るにはどうしたらいいのか。
「まず、全体に光が通り、緑で囲われた空間を作ることが第一歩。この“背景”さえしっかりしていれば、どんな花や木を植えても素敵に見えます」
ところが、ガーデニング愛好家の多くは、花にばかり気をとられて、基本的な空間作りをおろそかにしがちだ。これでは順序が逆、と麻生さんは指摘する。
「まず庭の現状を把握し、太陽の動きや日当たり、風の向き、湿度、土の状態などの“科学”を考えた上で、庭が果たすべき“機能”を検討し、視界から隠すべきものをリストアップする。そうして初めて、緑に囲われた居心地のよい庭を作るにはどうすればよいかかが見えてくるのです。花のことを考えるのは最後でいい。私が庭をデザインするときは、図面に『花壇』とだけ書いて、『どうぞ、ここにお好きなものを植えてください』とお客様にお伝えします。花がなくても美しい庭を作ることが、イギリスの庭作りのポイントだといっても過言ではありません」
日本に自生する植物の造形美をガーデニングに生かす
では、初心者がイギリス式の庭作りを楽しむためのコツとは。
「気になる植物に出会ったら、スマートフォンなどで特徴を調べること。最低でも、植物の耐暑性や耐寒性、原産地などはチェックするべきでしょう。原産地を見れば、その植物がどのような環境や条件で育つのかが見えてきます。水はけのいい場所が好きなのか、それとも湿った土地が好きなのか。3年後にはどのぐらいの大きさに育つのか。それらをきちんと調べた上で、自分の庭に合った植物かどうかを見極めることが大切です」
園芸店の店員に訊いて情報収集をする方法もあるが、必ずしも正確な答えが返ってくるとはかぎらない。美しい庭作りをしたいのなら自分で情報を集めるべき、というのが麻生さんの持論だ。美しい庭作りをするためには、日本の気候風土にあった草花を選ぶのがコツ。そのためには、ヨーロッパの草花だけでなく、日本原産の草花をいかにうまく採り入れるかが今後の課題、と麻生さんは語る。
日本の植物をアートの目で採り入れ、新しい庭作りを追求したい
日本は世界でも類を見ないほどの豊かな生態系に恵まれ、イギリスとは比較にならないほど多様性に富んだ植物が自生している。にもかかわらず、それがガーデンデザインに生かされていない、と麻生さんは嘆く。
「たとえば、日本原産のギボウシやツゲは、イギリスでは大変アートな植物として扱われています。私が通った美術学校では、『ギボウシは多年草の中でも世界一パーフェクトな植物だ』と教えられました。日本人が気づかないだけで、日本の国土には造形的にも優れた植物があふれている。そろそろ、イギリス式のデザイン手法に学びつつも、日本に自生する植物を生かした庭作りをする段階に来ているのではないでしょうか」
ガーデニング・ブームの到来から20年。その間、日本では多くのデザイナーや愛好家が、ヨーロッパの植物を使った庭作りに挑戦し、失敗と挫折を繰り返してきた。その試行錯誤を経て、今、ガーデンデザインの世界では、日本本来の気候や風土にあった植物を見直す機運が生まれつつある。
「これからは、日本に自生する植物を“造形美”として見る方向に向かうでしょう。そこから、日本の新しいガーデニングが始まるのではないかと思います」
そう、麻生さんは力強く語った。
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