単身の高齢者が民間賃貸住宅に入りにくい理由
民間賃貸住宅に高齢者が入居の申し込みをしても、特に単身の高齢者の場合は、入居後の不安から賃貸人が拒否することがある。
その不安の内容を大別すると①賃貸借契約時の不安、②入居中のトラブルに対する不安、③孤独死した場合の不安ということになる。
①については、連帯保証人や緊急連絡先の確保ができるかという点や、家賃保証会社の審査に通るかという点、②については、本人に健康上等のトラブルがあったときの対応や、意思能力を喪失した場合に契約の解除ができるかという点、③については、孤独死が起きて事故物件化する可能性や、契約の終了における賃借権の相続の解除と残置物の処理などがあげられる。
賃借人が死亡すると賃借権と物件内に残された家財(残置物)の所有権は、その相続人に承継される
単身の高齢者が死亡した場合、契約の終了に時間がかかる点は賃貸人にとっては大きな問題だ。
民法では賃借権は相続の対象財産であることが規定されていることから、賃借人が死亡した場合、賃貸人は相続人を探し出し、相続人全員に賃借権の相続放棄をしてもらう必要がある。さらに、相続人がみつからない場合は、家庭裁判所に申し立てを行い、相続財産の管理人を選任し、残置物の処理や債務等の精算を行う必要がある。その手続きが完了するまで1年近くかかることもあり、その間は次の入居者の募集ができなくなってしまう。
そのような状況を回避するために、一代限りの契約を結ぶことができる「終身建物賃貸借契約」が2001年に創設された。
しかし、トイレや浴室等に手すりをつけるなど物件の適用条件や、図面の提出や行政による現地確認が必要といった手続きの煩雑さから、サービス付き高齢者住宅を除けばこの契約形態はほとんど使われていない状況だ。
国交省および法務省が「残置物の処理等に関するモデル契約条項(ひな形)」を策定
それに対して、国交省と法務省は「残置物の処理等に関するモデル契約条項(ひな形)」を策定し、6月7日に発表した 。
このモデル契約条項には、①賃借人が居住中に死亡した場合に賃貸借契約を終了するための代理権を受任者に授与する委任契約、②賃貸借契約の終了後、残置物を搬出し廃棄する等の事務を委託する準委任契約、が設けられている。
①は、賃借人の死亡時に賃貸人との合意によって賃貸借契約を解除する代理権を受任者に与えるというもので、②は、賃借人の死亡時における残置物の廃棄や指定先への送付等の事務を受任者に委託し、賃借人は「廃棄しない残置物」(相続人等に渡す家財等)を指定するとともに、その送付先を明らかにすること。さらに、受任者は、賃借人の死亡から一定期間が経過し、かつ、賃貸借契約が終了した後に、「廃棄しない残置物」以外のものを廃棄するが、換価することができる残置物については、換価するように努める必要がある、といった内容になっている。
対象となる入居者は、60歳以上の単身高齢者で、解除関係の事務委任契約の受任者は、まず賃借人の推定相続人が望ましく、それが困難な場合は、社会福祉法人や居住支援法人のような第三者を受任者とすることが望ましいとされている。そして、管理会社も受任者になることができるようになった。
このモデル契約条項は、その使用が法令で義務づけられているものではないが、モデル契約条項を利用し、死後事務委任契約を締結することで、単身高齢者の入居に対する抵抗感が減り、居住の確保がより進むと思われる。
“心理的瑕疵”についても、国交省によるガイドラインの策定が進んでいる
契約の終了の問題と合わせて、単身の高齢者の入居の受け入れにおいて、管理会社や賃貸人が感じている大きなリスクが、居室内で「孤独死」が発生し、それが「心理的瑕疵(かし)」とみなされ、いわゆる「事故物件化」することだ。
この問題に対しても、国交省は「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」(案)を策定し、パブリックコメント(意見公募)を開始した。
それに先立ち、筆者が所属する全宅連不動産総合研究所は、研究会を立ち上げ、「孤独死」と「事故物件」の関係を以下のように整理した 。
①孤独死については、原則として説明・告知の必要はないものとする。
②ただし、臭気等によって近隣から居住者に異変が生じている可能性が指摘された後に孤独死の事実が発覚した場合には、説明・告知をする必要があるものとする。
③、②の場合であっても、次の借主が、通常想定される契約期間の満了まで当該 物件の利用を継続した場合には、貸主は、その次の借主に対し説明告知する必要はないものとする。媒介業者は、業者としての通常の注意に基づき②の事実を知った場合に限り、上記②③と同等の取扱いをするものとする。
自然死=事故物件ではない!
研究会では「そもそも、“孤独死”や“事故物件”の概念や対象について、法令上の定義はなく取引通念上も一義的な解釈は存在しない。
一方、賃貸住宅で“死”という事実が発生することは通常ありうるということを基本にすべきだ。一般用語として“事故”とは思いがけず起こった悪い出来事、と意味するものとされていることからすると、賃貸住宅内で“死”があったという事実をもって“事故物件”となることは考えることはできない」と整理した。
さらに、「“瑕疵”とは物件が通常有すべき性能・価値の欠如を意味するものである以上、その要因となる事実は、賃貸物件に一般的にありうるものではなく、一人暮らしの者の“死”という事実が存在することが通常ありうるという前提に立てば、そのことだけをもって“心理的瑕疵”に該当することはできない。発見に至る経緯や後日借主が知る可能性などの“プラスアルファの要素”があるときに限り、心理的瑕疵と評価すべきであるということになろう。また、心理的瑕疵と評価される場合であっても、一定の期間経過後は、当該瑕疵は消滅するということになる」とした。
今回発表された「残置物の処理等に関するモデル契約条項」に加え、国交省による心理的瑕疵のガイドラインが正式に発表になれば、高齢者の入居斡旋に対する阻害要因はかなり削減されることになる。不動産業界としてもそれらを活用して、民間賃貸住宅における高齢者の居住の安定に努めていきたい。
残置物の処理等に関するモデル契約条項に関する資料
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001407753.pdf
残置物の処理等に関する契約の活用手引き
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001391723.pdf
<大家さんのための>単身入居者の受入れガイド
https://www.mlit.go.jp/common/001338112.pdf
「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」案の策定について
https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00017.html
全宅連「令和元年度住宅確保要配慮者のための居住支援に関する調査研究」報告書
https://www.zentaku.or.jp/cms/wp-content/themes/zentaku2020/assets/pdf/research/estate/research_project/archive2019/housing-support.pdf
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