一貫した基準を必要とする不燃化政策の効果

「火災による建物等の延焼を防ぎます」として、都は市街地を燃えにくくする不燃化特区の着実な実施を打ち出し、「2020年までに整備区域内の不燃化 延焼による焼失ゼロ」を目標に掲げている。

前回の記事(※焼失確率分析による木造密集地域対策の見直し①~想定される延焼過程から従来の防災対策を考える))で述べたように、焼失確率の著しく高い地域は、整備区域の範囲を超えて環状八号線の外側にまで広がっている。不燃化の対象範囲を、整備区域に絞り込むことは問題の矮小化である。

この矮小化は、木造密集地域の定義を変更することで、対象面積が1997年の24,000haから2012年の1,683haにまで毎回減少していることにも表れている。詳しくみてみよう。1997年の東京都住宅白書では、木造密集地域の定義は「木造建物棟数70%以上」「老朽建物棟数30%以上」「住宅戸数密度55棟/ha以上」「不燃領域60%未満」とされ、その規模は24,000ha、210万世帯(都内)と推計されていた。

それが2010年の防災都市づくり推進計画では、その定義が「老朽建物棟数45%以上」「建物倒壊危険度5」「火災危険度5」と変更され、対象面積は7,000haに縮小された。重点整備地域はその中で波及効果が期待される地域として、2,400haである。2012年の国土交通省の住生活基本計画では、地震時等に著しく危険な密集市街地として、「住宅戸数密度80戸以上」「不燃領域40%未満」等の基準をとって、対象面積は1,683haまで縮小している。

これでは、火災リスクの隠蔽工作と言われても仕方がない。そもそも一貫した基準がなければ、不燃化政策の効果も測ることはできない。これからは、現状分析や効果測定は焼失確率で一貫させるべきではなかろうか。

準耐火造と防火造の差

東京都の防災プランでは、公助の取組として、延焼遮断帯整備と並び、不燃化特区の推進とともに制度の運用改善によって建物の不燃化を掲げている。その一環として、都は従来の防火地域・準防火地域指定に加え、2003年から主に木造密集地域を対象に新たな防火地域制度を施行した。対象地区一帯もこの新防火地域の指定を受け、延床面積500m2以下の建物には準耐火建築物、500m2超ないし4階以上の建物に耐火建築物を要求される。

この制度の期待効果を焼失確率から求める。もし地区内の全棟が準耐火造に改築されれば、延焼過程ネットワークは図7左のようにほとんど分断される。その結果、延焼過程ネットワークに含まれる木造家屋は最大で83棟、従って焼失確率は6.0%以下に抑えられる。劇的な効果である。ちなみに準防火地域指定として、裸木造全347棟を防火造に建て替えた場合(図7右)を試算すると、延焼過程ネットワーク内の棟数は最大3,089棟、焼失確率は68.6%となる。準耐火造と防火造の差は大きい。

図7 防火地域指定の効果図7 防火地域指定の効果

木造密集市街地における建替えの実情と課題

しかし制度施行後10年を経ても、一帯には木造347棟、防火造2,328棟が残る。中野区全体でも裸木造の新築は抑えられたが、裸木造17,400棟(2003年では21,200棟)が残り、防火木造の新築は継続されている(図8)。

この背景の一つには、持家層に建替え意欲が低いことが指摘される。中野区野方地区のアンケートによれば、持家居住者のうち「建替えるつもりはない」66%、その理由は、「現在の住居に満足」28%、「高齢であるから」「経済的理由から」18%、と報告されている(川岸梅和・大村敏・北野幸樹・町田有司:木造密集市街地におけるまちづくり手法に関する研究,東京都中野区野方地区居住者の意識特性について, 2006)。

また建替え意欲があっても、敷地の状況により建替えが困難な区画も少なくない。この地区のある町丁全864区画のうち、接道不良で法規面ないし施工面から単独建替えができない区画は133区画(割合にして15.4%)を数える。

建替え困難な区画にある裸木造を残したまま、仮に防火造を全て準耐火造に建て替えたとしても、延焼過程ネットワーク内の棟数は最大1,302棟、次は928棟、従って焼失確率は62.4%、50.2%となる。このように接道不良等の理由で裸木造を残したままでは、防火地域指定による防災効果には限界がある。

新しい防火地域として指定し、網をかけただけでは不燃化は進まない。だからといって建築条件を緩和することは、公平性に欠き、建築指導の一貫性を損なう。

図8 木造・防火木造の建築件数推移(中野区)図8 木造・防火木造の建築件数推移(中野区)

共同建替えによる選択的不燃化

延焼過程ネットワークは、スケールフリー性を備えている。したがってネットワークを分断するにはハブを選択的に除去すること、すなわち延焼過程ネットワーク内において延焼限界距離内により多くの建物がある延焼危険建物から順次耐火造に建て替えることで、効果的にネットワークを分断することができる(図9)。

この方法を対象地区一帯に適用すると、1,134棟(全体の35.3%)を耐火造に建替えることで、延焼過程ネットワークは最大74棟(次が60棟)に分断され、焼失確率は5.4%以下になる。

このとき、接道側区画に接道不良区画を含めて、共同建替え事業を行う。例えば、この対象地域のある町丁においては、接道区画1区画と、接道不良区画の1区画を統合すれば56か所(計112区画)、2区画では19か所(計57区画)、3区画では13か所(計52区画)、つまり4区画まで統合すれば、どの接道不良区画も法規・施工面で接道条件を満たすことが確認されている(図10)。区画統合によって各地権者には資産差益が生じるために、組合方式によれば資金負担なく従前と実質的には同等の居住空間を取得可能であることも詳細な事業性評価から確認されている。都区部の木造密集地域であれば、おおよそこの方式が適用できる。

そして、この事業については、公的負担は特に必要ではない。建築規制も緩和もないので、公平性も保たれる。敷地面積数百m2ほどの小規模な開発なので、大規模再開発事業と違ってタワー公害による新たな社会的費用も生じない。公的に求められるのは、延焼危険建物を指定し建替えを勧告すること、揉めないように土地評価基準価格を査定すること、と考えられる。これ以上に焼失確率を効果的に抑える方法がないのなら、従来の防災対策を転換して、建替え勧告と価格査定について検討を集中して制度化を急いでほしい。

(左)図9 選択的不燃化の効果 (右)図10 区画統合の例(左)図9 選択的不燃化の効果 (右)図10 区画統合の例

不燃化推進のために

以前ならば、地域の火災危険度を測るのに、住宅戸数密度や不燃化領域率といった地区単位のマクロの指標ぐらいしかなかった。そのため防災対策としても、
①延焼遮断帯の整備によって地区を超える火災を抑える
②火災危険度の高い地区に絞って不燃化を推進する
③地域住民による初期消火活動を促す
という戦前の防空法に由来するような方針を続けざるを得なかったのだろう。

いまはGISデータによって建物単位に位置・構造などが分かり、手元のパソコンでプログラムを作動させれば、延焼過程ネットワークの作成とネットワーク内の木造棟数等もその場で明らかにできる。したがって、火災危険度はこうしたミクロのデータに基づく焼失確率として簡潔に一貫性を持って示すことができる。

この焼失確率分析は、防災対策の期待効果と限界も一元的に表す。
その結果、火災危険度の著しく高い地域が、従来の整備地域の外側に多く分布していることが判明した。そして、住民による初期消火活動の促進、延焼遮断帯の整備、不燃化特区の推進、防火地域指定、さらに感震ブレーカー設置といった防災対策も、焼失確率を10~20ポイント下げる効果に留まるという残念な試算結果が示される。

でも悲観するには及ばない。建物単位の延焼過程ネットワークを分析すれば明らかなように、延焼危険建物(延焼の及ぶ距離内により多くの木造建物がある建物。老朽化した裸木造などが対象)から順次不燃化すれば、全体の2~3割を建て替えることで大規模火災は起きなくなる。接道不足で単独では建替えが困難な区画も、接道側の区画と統合して組合方式で共同建替えを行えば、資産効果によってどの地権者も資金負担なく元の実質的な居住空間を確保することができる。

この方法は建築規制の緩和も特段の助成金も必要ではない。公的に要請されるのは、延焼危険建物への建替え勧告、土地価格の査定、を制度化することであろう。

2016年 03月23日 11時06分