「グラントワ」という建物との出会いが人生を変えた
自分が住んでいるまちが嫌だと都会に出ていく人たちがいる。
島根県益田市にあるマスコスホテルの社長、洪昌督さんもそんな一人だ。
高校卒業までを益田市で過ごしたものの、その当時の地元に対する印象は最悪だったという。家族がいて、自然環境に恵まれた地ではあるものの、そこで大人になり、働くと考えるとまちに魅力を感じることができなかったのだ。
しかし、事業を営む家の一人息子である。東京でクリエイターとして仕事を続けることを諦め、沈痛な思いで地元に帰ってきたのが今から15年前、28歳の頃だった。そこで出会ったのが2005年に誕生した島根県芸術文化センター、「グラントワ」。日本を代表する建築家の一人、内藤廣さんの手によって生まれたこの建物は地域の伝統的な産業である石州瓦を全身に纏った堂々たる姿で益田川沿いにたたずんでいる。
洪さんが少年時代にこの地にはいないと感じていた本物のクリエイターの作品がこのまちに誕生していたのである。この出会いが洪さんを変えた。まちの捉え方がマイナスからプラスに大きく逆転。このまちでクリエイティブな仕事をするという方向へと舵を切ったのである。
「『住んでいる場所ではなりたかった自分になれない』というのは言い訳に過ぎない。どこにいてもクオリティを高めていくことはできる。逆に東京ではできない、地方だからできることもあるはず。そう思ったのです」
グラントワが人生を変えたと言っても過言ではなかろう。
そこで、洪さんは益田工房というデザイン会社を立ち上げ、地道に地域で活動してきた。それがある程度軌道に乗ってきたところで、気になり始めたことがあった。外から来た人たちに「グラントワは良いけれど、益田のまちはいまひとつ」と思われているのではないかということ。それは嫌だと洪さんは思った。
始めてから水脈に当たるまで半年、苦難の温泉掘削
そこで考えたのがホテルを作ること。
実際問題として益田市にはホテルが足りていなかった。駅周辺にはビジネスホテル、旅館はあるものの、規模の小さな、泊まるだけという施設が大半。それでグラントワを良しとする人たちを満足させられているだろうか。
洪さんはすぐさま益田駅周辺で土地を探し始めた。益田駅前裏手の路地には100軒以上の飲食店がコンパクトにまとまった一画があり、その魅力が頭にあった。美味しく、レトロな雰囲気も味わえる飲食店街とグラントワ、どちらにもアプローチしやすい場所に宿を作れば益田の2つの楽しみを一度に味わえることになる。
そこで見つけた土地はグラントワ通りと名づけられた駅前の大通りに面した場所。なんともベストなロケーションだ。
だが、本当のことを言えば、その時点では洪さんはそれほど本気でホテル経営に乗り出すつもりではなかった。ここにホテルがあればまちが面白くなるはずという、ある意味、勢いに任せた妄想だったのだが、その話を聞いた洪さんの父はすぐにその土地を押さえてしまった。洪さんいわく「父は攻めることしか考えていない昭和の経営者。私以上に行動力のある人間」。やるならすぐに行動ということである。
そこで洪さんは温泉を掘ってみて、それで出たらホテルをやることにしようと父に提案した。やるからには確実に成功させたい。そのためにはネタはたくさんあった方が良い。そう思った時に浮かんだのが温泉。益田市郊外には温泉のある宿はあるが市中心地の宿で温泉のある施設はない。温泉があればひとつ差別化できる。
だが、これはこの先も続く苦難の道の一歩目だった。
「購入したのは更地でしたが、温泉掘削の前に埋まっていた瓦礫の撤去という出費の嵩む作業がありました。きちんと処理されていない土地だったのです。
瓦礫撤去後、掘削を始めたのですが、これがなかなか出ない。事前に松江にある温泉掘削会社社長に相談し、掘れば出る可能性があることは分かっていましたが、それが何m、あるいは何百mで出るかは分かりません。ある程度掘って状況を見て、さらに掘るかどうかを検討しながら掘り進めるという作業を重ねて数か月。最後にあと百mを掘るかどうかを悩みに悩んで、これで出なかったらおしまいにしようと決断したところ、そこで出ました。温泉成分を含んだ水脈に当たったのです」。
志を高く持ち、外に目を向けたホテルに
結果、ホテルを建設することが決まった。これには父だけでなく、融資をしてくれた銀行も喜んだ。
「支店長が文化事業、地域づくりなどに関心のある人で、新しいカルチャーを発信する拠点としてのホテルというコンセプトに共感、前向きに融資をしてくれました。この姿勢はその後のコロナ禍、さらにそれ以降も変わっていません。おかげで新たな借り入れ、支払い条件の延長などができ、現在も営業を続けられています」。
温泉が出た後の問題はどういうホテルを作るか。地域づくりの一環として作られる宿の場合、コンパクトなゲストハウスになることが少なくないが、その選択肢はなかった。
「グラントワ、つまり本物を見に来た人に満足していただく宿がコンセプトですから、ただ泊まれるだけではダメ。宿泊施設自体は不足しているのでチープなホテルを作ってもお客さんは入りはするでしょうが、それではやる意味がありません。安さだけでは大手とは戦えないと思ってもいます。
県はこの土地にグラントワを作ってくれたので、民間の私としてはそれに応える文化事業としてのホテルにしたいと考えました。このまちの人間として『誇れるか否か』、それを理念にしています」。
この考えの根底には洪さんの外に向けた視線がある。
視線には外に向けるものと内に向けるものがあるとしよう。地方では内側に向きがちだと洪さん。土地が豊かで米や野菜がよく育ち、海があって魚も美味しい。がりがり稼がなくても生活は成り立ち、余暇を楽しむ時間はいくらでもある。海や山など遊び場にも恵まれている。都会に住む人のように常に上を目指して競争しなくても十分に幸せに生きていける。だが、人としてはそれで良くても、まちとしてはどうだろう。
「競争をしたくないとのんびり暮らしているうちに高齢化が進み、人は減っていきます。行政も地元の満足だけを考えていたら一緒にどんどん活力を失っていく。そうしているうちに地方にも大手が進出、地方の会社は仕事を奪われ、競争したくなくとも競争に巻き込まれる。であれば、自分たちの志を高く持ち、外を向くしかありません」。
ライフスタイルホテルであり、クラフトホテルでもある
建設が始まったのはちょうど東京五輪の建設ラッシュのタイミングで、資材、人件費その他あらゆるものが上がり始めていた。当初の予算よりも実際に出ていく支出が増え、その中でどこを妥協するか。
ここで銀行も含めて、地域と信頼関係があることが強みとなった。
「建てるのはタダの箱ではなく、本物の技術と素材を生かし、経年変化で価値が向上するもの。時間とともに価格も上げていけるものをと考えました。その結果、地域の職人さんなど仲間たちと一緒に作り上げたホテルになりました」。
館内に置かれている机、椅子、ソファなどの家具類は江津市のdesign office SUKIMONOにデザイン、製作してもらったもの。材としては木目のはっきりした栗が多用されている。栗はタンニンを多く含んでいるため、経年とともに色が徐々に濃くなる。栗色からやがて黒褐色へ。時間の経過とともに風合いを増す材なのである。
風合いがある一方で栗は軽くて弾力のある材のひとつでもある。座り心地が良く、移動も容易で、子どもや高齢者にも優しい。
「何回も試作品を作っていただき、ひとつひとつ、良いと思うものを作っていきました。それ以外でも石見焼、萩焼などの食器類、浴衣などもオリジナルで、一部はロビー、オンラインで販売もしています」。
マスコスホテルは新しいカルチャーを発信する拠点となることを目的としたライフスタイルホテルであると同時に空間デザイン、インテリア、器、ファブリックなどのすべてにおいて地元の窯元、職人などと共同で開発することにこだわったクラフトホテルでもあるというわけである。
廃物も利用、オリジナリティのある空間に
その一方で面白いと思う素材は廃物も利用した。たとえば1階にあるレストランの天井に使われている板は住宅を壊す時に廃棄されるはずだった床板を裏返したもの。同様にキッチンのカウンターに貼られているタイルも廃物だ。
真似をするのが嫌い、マーケティングで当てに行くのも嫌いで自分の中から生まれるオリジナルを優先したいという洪さんは匂いのないものには惹かれないともいう。それが新築でありながら、廃物など古いものをも取り混ぜた独特の空間になっているのだろう。
そんな紆余曲折を経てマスコスホテルが開業したのは2019年春。開業後すぐにコロナが到来した。
「大きな借金をして始めた事業ですし、スタッフもいる。毎日、どうやって稼ごうかと考え、益田でもっとも早くテイクアウトを始めました。すぐに地元の大手スーパーとも提携、そこでも販売してもらいました」。
ビジネスであれば当然の対応と思うものの、地元ではそれほどの危機感はなかったとか。夫婦、家族で持ち家を利用して営業している場合、給料はなくても生活していくにはさほど問題ないケースもあるからだ。危機に際しては羨ましいように思えるが、長い目で見ると進化も変化も起こりにくい。家族経営の飲食店が店主の高齢化に伴ってひっそりと姿を消していくのもそういうことなのだろう。
ホテルには近隣の火力発電所建設のための人達が多く滞在、それで救われたという。以降もビジネスユーザーが中心となっており、それ以外の人を呼びたいというのが現在の願い。せっかくグラントワがあるのである。一緒にまちを盛り上げていきたいと考えているのだ。
「グラントワの大ホールを活用、公演があればそこへの来場者だけで駅周辺は潤います。私たちだけでなんとかなる問題ではないので、危機感を共有、まちへの影響の大きさを自覚していただいて公演を増やし、まずは駅周辺の賑わいを取り戻せたらと考えています」。
ロードバイクを持ち込める客室、日帰りが可能な温泉も
益田市自体は今から800~400年前に国内はもちろん、朝鮮半島や中国、東南アジアとの交易で栄えた都市。江戸時代に城下町にならなかったことで中世の町並みが残っているとして2020年に文化庁の日本遺産にも認定されている。歴史マニアには相当に面白いまちだそうで、今後はそれを生かしたまちづくりも考えていきたいと洪さん。
「江戸期にこの地を去ったかつての領主益田氏が築いた山城、七尾城が再現できたら面白いかもしれません」
洪さん個人的には宿泊者が全員参加するホテルの音楽フェスをやりたいという夢もある。自身が長らく音楽をやってきたからで、オリジナル、作家性を大切にする姿勢はそこから生まれたものだろう。
最後にホテルの紹介を。7階建て、全85室のホテルで、部屋はダブルベッドを基本にしたスタンダードタイプ、それよりも広めのスーペリアタイプの2種類があり、どちらも無垢材の床、腰壁が印象的。全室に土間もある。一部には旅館のように畳スペースのある部屋も用意されており、家族で一部屋に宿泊するといったニーズにも対応できる。
益田市は自転車のロードレースが盛んな土地で、そのため、マスコスホテルも全客室にロードバイクが持ち込めるようになっている。
2階には益田温泉があり、男湯、女湯の間にはソファ、写真集などの置かれたスペースが配されている。浴室はプールのようにも見えるシンプルなもので、どちらにもサウナがある。全体としてモダンなリゾート地といった佇まいだ。日帰り入浴もでき、日中入浴(11時~16時59分まで)ならタオル付で1100円+消費税で利用できる。
1階にはフロント、ホテルで使われている品が販売されているコーナーがあり、その奥がバー&ダイニング。車寄せ、公道に面して大きな窓が取られた明るい空間で、宿泊客はここで野菜たっぷりの朝食をとる。夜は地元産の野菜、魚介や肉類を使った料理に地酒、ビオワインその他の酒類が楽しめる。裏手の飲食店街で食事をした後、バーで締めの一杯という使い方もいいだろう。
ホテルにはまちの顔として、まちのやる気を見せるものとしての意味があると洪さん。グラントワがマスコスホテル誕生のきっかけとなったように、次はマスコスホテルのやる気に刺激を受けた何かが生まれてくることに期待したい。
■取材協力
島根県芸術文化センター グラントワ https://www.grandtoit.jp/
MASCOS HOTEL(マスコスホテル)https://mascoshotel.com/
益田工房 https://masudakohboh.com/
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