北陸新幹線の終着駅「敦賀」駅前に誕生した敦賀市の知育・啓発施設
2024年3月16日、遂に北陸新幹線が「敦賀」まで延伸し、福井県民待望の新幹線開業を迎えた。
JR西日本の計画によると、北陸新幹線は今後「京都」を経由して「新大阪」まで延伸する予定だが、現時点では延伸ルートの調整や環境アセスメントの遅れなど多くの課題が山積しており、事業着工の目途は立っていない。つまり「新幹線の終着駅」という敦賀のアドバンテージは今後もしばらく継続することになる。
新幹線開業を好機と捉え、今まさに敦賀市は発展機運の高まりを迎えた状態だが、実は新幹線開業に先立ってすでに“バズっている”施設があった。それが、敦賀駅西口(在来線側)のまちなみ口駅前に開業した敦賀市の知育・啓発施設「ちえなみき」だ。
敦賀市が公益施設として整備を行い、大手書籍販売・丸善の系列会社 丸善雄松堂と、編集者・松岡正剛氏率いる編集工学研究所が運営を行う新しいスタイルの公設民営書店で、2022年9月の開業からわずか3ケ月で来場者数10万人、1年で30万人を突破し大きな話題となった。
注目の北陸新幹線終着駅に誕生した人気施設「ちえなみき」はどのように誕生したのか?担当者に話を聞いた。
単なる集客施設ではなく、駅前に「上質な学びの場」をつくりたい
──橋詰さん(敦賀市都市整備部)「実はもともと敦賀駅前のこの土地は、民間企業の事業所用地として長年更地になっていたのですが、10年ほど前に北陸新幹線延伸を見据えて敦賀市が区画を整理し、約8000m2の市有地を生み出すとともに、どう有効活用するか?についてずっと検討していました。
岩手県紫波町のオガールプロジェクトや、青森県八戸市の八戸ブックセンターなど他の自治体の先進事例を視察した上で、地元市民の皆さんへのアンケートやワークショップ等を開催し、“駅前にどんな施設があったら嬉しいか?”についてサウンディング調査を行ったところ、『学生さんの勉強するスペースが足りない』『雨の日の子どもたちの遊び場がない』『ビジネスマンの方が使えるWi-Fi・コンセントのある待合いスペースがない』といった意見が多数寄せられました。
そこで総合的に検討した結果、市民の皆さんが普段使いにできる知育・啓発施設をつくろうということになったのです」
駅前に8000m2もの土地が空けば、通常なら大型商業施設の誘致を連想する人が多いはずだ。しかし、敦賀市が目指したのは「上質な学びの場づくり」だった。
──橋詰さん「実はもともと敦賀市では、前市長が『市民の知識レベルの向上』をミッションに掲げており、単に人を集めて賑わいを創出するだけの施設ではなく、上質な学びに触れる場所を整えるという定義が大前提になっていました。ただし、市税を使って事業を進めるわけですから、市民からの需要が無いとか、修繕費がかさみ負担だけが増えるとか、そういう施設は要りません。“身の丈に合った持続可能な施設”をつくりたいと考え、プロポーザルで民間のノウハウを活用することにしたのです」
公募型プロポーザル方式により複数の企業から提案を受けた結果、丸善雄松堂と編集工学研究所の共同企業体による《本屋でもない、図書館でもない、新しい知の拠点づくり》が採択された。
ちなみに、両者のタッグは今回が初ではなく、既に東京丸の内・丸善本店内の実験的書店「松丸本舗」を手掛けて話題を呼んだ実績がある。また「角川武蔵野ミュージアム」の館長としてお馴染みの松岡正剛氏による選書力や、空間設計手法も採択の決め手となった。
──橋詰さん「当初は図書館をつくるという議論も出ていたのですが、既に駅の近くには敦賀市立図書館がありますから、図書館とは違う形で本と出会える施設にしたかったんですね。行政判断としてはやや挑戦的ではありましたが、“本を売ること”で新陳代謝を生み出したいなと。開業に向けて7000万円の予算を投入し、3万冊の書籍を揃えました。
『otta』の建屋は官民連携の地域創生事業によって建設されたもので、そこへ『ちえなみき』がテナントとして入っています。約750m2の『ちえなみき』の総事業費は約5億円、そのうち内装費用が約2.8億円。上司からは“壁紙貼って書棚を並べるだけなのに何でそんなにお金がかかるんだ?”と言われましたが、空間設計へのこだわりは絶対に譲歩できない部分でした」
「シークエンス」と「奥の思想」によって創り出されたユニークな回遊空間
──荒川さん(丸善雄松堂エリアマネージャー)「私ども丸善雄松堂は、編集工学研究所さんとの共同企業体として管理事業者の指定を受け、運営を行っています。空間コンセプトである「World Tree~世界樹~」は公募段階から掲げていたテーマで、子どもの知育と大人の啓発、この2つが今後の敦賀の成長につながると考え、知育・啓発施設の開設を提案しました。
公募指名を受けた後も市民の皆さんの意見を募り、出張書店などのイベントを開催してリサーチを続けて、その結果館内のレイアウトや内装は当初の計画からどんどん変わっていきました。
公募段階では敦賀のモノをふんだんに使う予定だったのですが、地元の方から“もっと都会的な空間をつくってほしい”とのご要望をいただき、チューニング作業を経て『ちえなみき』の独創的な空間が完成したのです」
「ちえなみき」の空間設計の最大の特徴は「回遊性を楽しむ動線」が巧みに計算されている点だ。論理的な連続性をもたらす「シークエンス」と、見え隠れすることで関心を惹きつける「奥の思想」により空間がデザインされている。
また、一般的な書店や図書館は「静かに過ごさなくてはいけない場所」というイメージがあるが、「ちえなみき」では書棚と書棚の間にソファやベンチが置かれており、客同士が居合わせたり佇んだりできるスペースが各所に設けられている。本に触れ、本との出会いを楽しみながら、そこから会話が生まれることを狙っているのだ。
──荒川さん「全国で初めての公設民営書店でもあるため、今では『ちえなみき』が当社のフラグシップ的な事業となりました。おかげさまでいろいろな自治体から多くのお問合せをいただいているのですが、この『ちえなみき』を1つのプロトタイプとして各地へ展開していくだけでは同じ成功はありえません。事前の丁寧なリサーチやチューニングを含めて、その地域のことを知り、地元の皆さんから求められているモノを捉えてカタチにしていくことに、この事業の大きな意義があると感じています」
「ちえなみきは敦賀の自慢」──地元の皆さんにとって誇りとなる施設に
「ちえなみき」で現場運営を任されているのが店長の笹本さんだ。笹本さんは福井県鯖江市の出身。学生時代から本に関わる活動を行っており、縁あって現地採用された。
──笹本さん(ちえなみき店長)「この仕事に関心を持ったのは、従来とは違った体系の書店になると聞いたからです。どちらかというと図書館寄りの思想で、たくさんの本を売るというよりも、より良質な書籍空間を提供することを一番の軸にしているとのことでしたので、ぜひやってみたいと思いました。
従来型の書店には、どうしても利益が求められます。そのため売り上げ率の高い雑誌・漫画・話題のベストセラーなどが書棚の中心になりがちで、文学全集とか、大きな図鑑とか、売り場スペースをとってしまう書籍は置きにくいんです。しかし、売れ筋ではなくても手に取って読んでもらいたい本が世の中にはたくさんあります。公設民営書店である『ちえなみき』では、その分野を積極的に補填していきたいと考え、一般的な書店とはまったく異なる選書を行っています。これは地元の書店さんを守り、棲み分けを目指すためでもあります」
選書の特殊性もあって、当初は一人でひっそり訪れるビブリオフィリア(愛書家)が集まるのではないか?と予想していたが、実際にオープンしてみるとごく普通のファミリーやカップルが多く、客層の世代の幅広さに驚いたという。売り上げでは、コミュニティ・地域活性・農業・仏教・言語に関する専門書の人気が高い。この売れ筋も一般的な書店ではありえない傾向だ。
──笹本さん「先日、市外の方が来店されて“こういう施設が地元の駅前にも欲しかった”と言ってくださったんですね(笑)。その言葉を聞いて本当に嬉しいと思いました。また、敦賀市の皆さんは“ちえなみきは敦賀の自慢だから、他所から来た人には絶対ここを紹介するんだ”と喜んでくださっています。これからも地元敦賀の皆さんの誇りとなるような施設をつくっていきたいと考えています」
全国から視察の絶えない注目の公設民営書店。どんどん使い方を広げることが目標
全国から視察の絶えない注目の公設民営書店だが、収益に関してはあまり「欲」がないようだ。
──橋詰さん「敦賀市としては、プラスマイナスゼロをベースに考え、当面プラスにはならないだろうなと想定していました。そのため委託料という形で指定管理料をお支払いし、頑張っていただいて利益が生まれるようであれば、プラス分はすべて指定管理者さんに入る仕組みにしています。
これはあくまでも僕個人の意見ですが、書店として売り上げを伸ばすよりも、まずはもっとたくさんの人に『ちえなみき』の存在を知っていただくことが目標なんですね。開業から1年半が経過して感じたことですが、いろんな人がここを訪れて、いろんな使い方をしていただくと、施設全体がどんどん精通していく…。
例えば、今日も老夫婦がお二人で肩を寄せ合いながら本を読んでる様子を見かけて“ステキなシーンだな”と思いましたし、最近では卒業写真やマタニティフォト、商品の撮影を館内で撮らせてほしいといったご要望も増えていて、私たちの想定を超える使い方が広がっているんです。
もちろん利益率については今後の課題ですが、使い方が広がり変化していくことをむしろウェルカムと捉え、これからも『ちえなみき』をみんなで育てていきたい。それが、結果的に敦賀市のPRにつながると考えています」
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記念すべき北陸新幹線の延伸開業から約1週間(取材時点)、各駅の乗降客数の推移についてはまだ正式な数字が発表されていないが、敦賀市の試算では1日2万7000人が敦賀駅で乗降すると想定されており、新幹線開業前と比較すると約5.8倍に増える見込みとなっている。
「乗換えで通り過ぎる駅」から「はるばる訪れて滞留したくなる駅」へ──北陸新幹線の終着駅という称号に加え「ちえなみき」の本のパワーが、敦賀市の新たな交流人口を引き寄せることになりそうだ。
■取材協力/敦賀市知育・啓発施設 ちえなみき
https://chienamiki.jp/
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