北海道新幹線は札幌へ。「岩宇」地域への波及効果は

「積丹(しゃこたん)ブルー」の異名をもつ青い海が人気の、北海道の積丹半島。その西側に位置する岩内町、共和町(ともに岩内郡)神恵内村、泊村(ともに古宇郡)の4町村は、郡の名前を取って「岩宇(がんう)」という地域名で呼ばれている。北海道新幹線の札幌延伸を2030年度末に控えて熱を帯びるニセコ地域や小樽市から近く、波及効果が期待されている。一方で人口減少に悩み、観光を地域づくりにどう生かすか、試行錯誤が続く。

「岩宇まちづくり連携協議会」広域観光部会のホームページで紹介されている4町村の地図「岩宇まちづくり連携協議会」広域観光部会のホームページで紹介されている4町村の地図

この岩宇を「世界水準の観光地」にするヒントを探る国土交通省のセミナーが2022年9月、泊村のコミュニティーホテルとオンライン上で開かれた。

セミナーでは、北海道出身で東京女子大学現代教養学部の矢ケ崎紀子教授(観光政策論、観光産業論)が基調講演。生まれ育った神恵内村で民宿を営む池本美紀さんと、岩内町に移住して旅行会社を経営する目黒沙弥さんが、取り組みを発表した。

「岩宇まちづくり連携協議会」広域観光部会のホームページで紹介されている4町村の地図泊村のコミュニティーホテルで開かれたセミナー

知人や親族に会いに行く「VFR」とは?

基調講演した矢ケ崎教授基調講演した矢ケ崎教授

矢ケ崎教授は元観光庁参事官で、国土審議会北海道開発分科会特別委員や、関係人口を増やすための観光庁「第2のふるさとづくりプロジェクト」座長を務めている。セミナーでは観光需要の構造やコロナ禍を踏まえたトレンドを紹介した。

旅行の目的として、広く知られている「観光・レクリエーション(レジャー)」と「業務(ビジネス)」に加えて、注目されている「帰省・知人訪問(VFR=Visit Friends and Relatives)を取り上げた矢ケ崎教授。「日本にはあまりないものの、帰省や知人訪問は世界的には大事な目的で、VFRは大きな割合を占めています」と説明した。

矢ケ崎教授は、新型コロナ流行前である2019年の観光庁の統計をもとに、レジャー目的は日本人国内旅行の6割を、訪日外国人旅行(インバウンド)の7割をそれぞれ占めているとして、「レジャー目的は『行かなきゃいけない』旅行ではなく、不安定で気まぐれな需要形態です」と指摘した。

好対照なのはバランス型のイギリスで、「レジャー」は4割、「ビジネス」が2割、「VFRなどその他」が3割という。「大事な人が元気かどうかを見に行くVFRは底堅い需要があり、パンデミックや災害が起きても最初に戻ります。地域に『自分にとって大切な人』ができれば、血縁関係がなくても需要をつくり出せます」と説いた。

基調講演した矢ケ崎教授矢ケ崎教授が「VFR」の説明で紹介したスライド

観光はあくまで手段。地域内での循環を目指す

VFRの旅行需要のつくり方として矢ケ崎教授は、①地域の人々の個人的な魅力とコミュニケーション力、②地域としての受け入れる雰囲気と環境整備③地域に根差す生活文化――の3点が重要になると伝えた。

また、観光による地域振興に必要な要素についても説明。旅行者数や1人当たり消費額、需要平準化に加えて「域内調達率(循環率)」を挙げた。地域での企業間の取引を精査し、お金がどのように流れているかを追跡することを勧めた。「地域内に安定した雇用を生み、観光によって一次産業などほかの産業を元気にし、自治体の税収が上がって生活環境が良くなることが最終的な目的です」と強調した。

地域内循環を高める方法を考えることは、地域内のさまざまなプレーヤーとの関係を太くすることに結びつく。これは矢ケ崎教授がVFRについて指摘した「魅力ある個人」や「受け入れる雰囲気」、「生活文化」を発掘し、磨くことにもつながりそうだ。

矢ケ崎教授が示した、地域内循環などに関するスライド矢ケ崎教授が示した、地域内循環などに関するスライド

セミナー会場になったコミュニティーホテル「ホテルカルチャーヴィレッジ泊」を経営する髙島将人社長は、「ホテルの中で完結するのではなく、宿をきっかけに地域内を周遊してほしい」とあいさつ。髙島社長は、岩内町で老舗旅館を経営する4代目当主。旅館は新鮮な料理で知られるため、新たに始めたコミュニティーホテルでも料理の提供を望む声はあったものの、宿の外に出向いてもらえるよう「食事なし」にした。

矢ケ崎教授が示した、地域内循環などに関するスライドホテルと地域の関係性について話す髙島社長
矢ケ崎教授が示した、地域内循環などに関するスライドセミナー会場になった「ホテルカルチャーヴィレッジ泊」

遠くの旅行者を受け入れるために欠かせない「広域連携」

民宿「きのえ荘」を営む池本さん民宿「きのえ荘」を営む池本さん

地域内での循環や、「人」をはじめディープな魅力を伝える上で、小規模な地域だと小回りと連携が利きやすい。その一方で、1つの地域だけでは集客面で限界がある。

岩宇地域のほか、小樽市やニセコ町などを含めた後志(しりべし)地方で活動する女性9人でつくる「しりべし女子会」(しり女)会長の池本さんは、人口が800人を切る神恵内村で民宿「きのえ荘」を営む。地元での活動を重ねる中で、神恵内村だけでなく、地域間の連携でアピールする大切さに気づいたという。人口が減り、産業が細っていく中で、「数年後にはなくなる仕事もある。神恵内だけでは村の観光は成り立たないので、近隣を周遊してもらうことが必要」という考えに至った。

池本さんは「しり女」に加え、性別を問わない若手経済人でつくる「しりべし未来ネットワーク」にも参加。各地を視察して視野を広めてきた。

矢ケ崎教授によると、物理的にも心理的にも近くにいる旅行客は、小規模な単一自治体でもPRしやすく、高頻度に訪れる傾向にある。その一方で滞在日数は短く、消費額は小さくなりがち。そのため、滞在日数が長く消費額が大きい客に訴求するために、複数の自治体で連携する必要があるとした。

矢ケ崎教授は、ラケットの面が広いと遠くから多くのボールを受けやすいことに例え、広域で集客しないと遠くからの旅行者を受け入れられないという理論を紹介。「誰でも知っているような大きな観光地ではないなら、他の人の肩を借りてください。地域連携が重要です」と伝えた。

具体的な方法として、①共通のターゲットや目指すイメージを明確化して共有し、全体的なアイデアを出す②人気や知名度がある観光地に前面に出てもらうなど役割分担を考える―を挙げた。矢ケ崎教授は、北陸新幹線の開業で金沢に人気が集中したことを紹介し、北海道新幹線の新駅ができるニセコ・倶知安エリアが注目されることが予想されるとして、岩宇として波及効果を得るPDCAを練るよう促した。

民宿「きのえ荘」を営む池本さん町村を越えて活動する「しりべし女子会」のメンバー。広域連携で魅力を発信している

旅人の目線で「地域の日常」をマーケティング

岩内町に移住し、地域の人と出会う旅を提供している目黒さん岩内町に移住し、地域の人と出会う旅を提供している目黒さん

池本さんに続き、タイ・バンコクからのリモートで岩内町の目黒さんが発表した。目黒さんは元スキー選手で、二度の世界一周や日本国内のヒッチハイク旅を経験。ある外国人社長に岩内町の魅力を熱弁され、オーシャーンビューやウインタースポーツ環境にほれ込み、町内の旅行会社に入社した。マーケティングに力を入れ、前年比236%という売り上げをもたらした。その後独立して2018年に「株式会社IWANAI UNITED」を設立。寺や寿司店、酒店など岩宇地域の多彩なプレーヤーに会う体験ツアーを開催している他、地元で親しまれるカフェバー「isalibi(いさりび)」を運営している。

「何よりも人にポイントを置いた商品開発をしています」と目黒さん。2度の世界一周を振り返り、「人を思い出します。何もない場所でも、すごくいい人に出会い、人を介して良いことがあった地域には、何度でも行きたくなる。そんな経験を何度もしました」と語った。

岩宇地域は自然環境という資産と、プレーヤー個々人の魅力を掛け合わせることで他にはない「日常」を体験できるため、世界に通用すると目黒さんはみる。ツアー参加者の反応から、「地元の人が当たり前と思うことでも、外の人にとっては非日常で特別。飾り気のない日常こそ本物で、世界に誇れます」と感じている。

矢ケ崎教授は、「外の人に『普通の日常』をおすそ分けしてください。それが伝わると地域のファンになり、大事な人ができて会いに行きたくなる。1回や2回来て終わりではない人と人との関係づくりが今、観光で注目されています」と同調した。

岩内町に移住し、地域の人と出会う旅を提供している目黒さん目黒さんがほれ込んだ、スキー場から見下ろす岩内町の冬景色

「大事な人に会う」が目的の旅を実現するには?

訪ねる目的となる「人」や、その地域を大切に思うファンをどうつくるのか。セミナーの質疑応答では、3人が経験やルーティンを語った。

イタリア好きという矢ケ崎教授は、小さな町でも子どもが駆け寄ってきて、「コンニチハ」とあいさつするというエピソードを紹介。「子どもたちは『先生に、知らない人を見たら挨拶しましょうと教わっている』と言うんです。それだけでその町のファンになりますよね」と話した。VFRの旅行需要の作り方として示した、「コミュニケーション力」や「受け入れる雰囲気」「生活文化」が表れているとも言える。

池本さんは、旅館の宿泊客とのこまめな連絡を意識している。日本海に沈む夕日が雨で見られなかった客には、後日SNSでメッセージを送ることもある。「常に神恵内村を感じてもらい、忘れてほしくないので、連絡は密にしています。帰ったら終わりではなく、連絡を取れる仲になりたいと思っています」。「しり女」メンバーの各拠点をはしごするリピーターもいるという。

宿泊者も楽しみにする、神恵内村の自慢の夕日宿泊者も楽しみにする、神恵内村の自慢の夕日

目黒さんはコンテンツを提供する地元のプレーヤーが主役になると考えている。プレーヤーがツアー実施前に抱く心配ごとを事前に解決することが、成功のカギという。「お客さんを感動させられるのは、プレーヤーの人間力やスキルあってこそ。それを引き出し、楽しさや成功体験を持ってもらうために、こちらで面倒な準備を徹底しています」と秘訣を話した。漁師宅での魚さばき体験では、外国人観光客へ教える女性は英語を話せなくとも生き生きと会話する。目黒さんは「心と心のコミュニケーションができ、最後は『離れたくない』と泣きそうになる参加者もいるほどです」と自信をのぞかせる。

これを受けて矢ケ崎教授は「(コンテンツを提供する人を)作り込むと、旅行者からすればプンプン匂う。自然のままでいてもらえると、客側にとっても魅力的に映ります。また客側と継続的にコンタクトを取ることで、もう一度来てくれるようになります」と話し、目黒さんと池本さんの取り組みに拍手を送った。

宿泊者も楽しみにする、神恵内村の自慢の夕日参加者と地域の人が楽しげに交流する「IWANAI UNITED」のツアー

「世界水準」の観光地をつくるためにできること

画面上で顔を合わせる矢ケ崎教授(左上)、池本さん
(右上)、目黒さん画面上で顔を合わせる矢ケ崎教授(左上)、池本さん (右上)、目黒さん

「世界水準の観光地」やそれを形にする方法について、3人はそれぞれどう考えているのか。

目黒さんは、岩内町の寿司店から独立した20代の女性が、ニセコ地域にあるホテルの最上階で海外客に食材を届けたことを紹介。女性が「岩内ってすごいんですね」と目を輝かせたことが印象的だったという。「地域との連携に加えて、次世代とも連携してバトンを渡していきたい。そのためには、世界の人に認められるためのアウターブランディングより、自分たちの地域を好きになるインナーマーケティングから始めるのが一番大事だと思います。若い人に外の世界を見てもらい、戻ってきた時の受け皿や人材育成の環境を整えて、一次産業を潤す。そうすれば『世界水準の観光地』になれます」と語った。

池本さんは「岩宇は自治体同士が手と手を取り合い、境界線のないお迎えができると思います。モニターツアーでの連携や情報共有をしているのが、私たちの強みであり、誇り。『世界水準の観光地』になれる気がします」と発表を締めくくった。

矢ケ崎教授は、大量の旅行者を受け入れる有名観光地と区別した上で、「人生において旅はなくてはならない」という価値観を持つ旅慣れた人をターゲットに据えるべきだと強調。「訪れた地域も人も大切にする旅行者だと、単なる消費行動にとどまらず、お互いに尊敬や敬愛の念が生まれる。そして『また大事な人を連れて来たい』と思ってもらえる。それができれば、もう世界水準です」とまとめた。

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