デンマークを代表する家具デザイナー、フィン・ユールの邸宅を忠実に再現

アルネ・ヤコブセン、ハンス・J・ウェグナー等と並び、デンマークを代表する近代家具デザイナーの1人である“家具の彫刻家”フィン・ユール(1912-1989)。独特の曲線が特徴の「世界で最も美しいアームを持つチェア」と評された代表作『Easy Chair No.45』は現在もリプロダクト生産が続けられており、没後30年以上が経過したいま人気はさらに過熱している。

フィン・ユールがまだ駆け出しの建築家だった30歳のとき、生涯唯一となるマイホームを自ら設計・建築した。その『フィン・ユールハウス』はコペンハーゲン郊外に現存しており、オードロップゴー美術館の展示建物として一般公開されている。北欧デザインファンであれば「一度は見てみたい」と憧れる建物だ。

しかし、はるばるコペンハーゲンまで出かけなくても、日本国内で“フィン・ユールのマイホーム”を体感できることをご存知だろうか?場所は岐阜県高山市。デンマークから8690kmも離れた日本の高山に、なぜ『フィン・ユール邸』が誕生したのか?その経緯について、運営を行うNPO法人フィン・ユール アート・ミュージアムクラブの理事長であり、キタニジャパン代表取締役社長の東庄豪さんに話を聞いた。
※当記事内ではデンマークの邸宅をフィン・ユールハウス、高山の邸宅をフィン・ユール邸と表記する。

▲JR『高山』駅から車で約10分。雄大な山々に囲まれたキタニ本社の敷地内に「高山のフィン・ユール邸」が建っている。庭も含めると広さは約400坪。空と緑だけが周囲に広がる高台の邸宅は、まるでデンマークからつながる別世界のようだ▲JR『高山』駅から車で約10分。雄大な山々に囲まれたキタニ本社の敷地内に「高山のフィン・ユール邸」が建っている。庭も含めると広さは約400坪。空と緑だけが周囲に広がる高台の邸宅は、まるでデンマークからつながる別世界のようだ
▲JR『高山』駅から車で約10分。雄大な山々に囲まれたキタニ本社の敷地内に「高山のフィン・ユール邸」が建っている。庭も含めると広さは約400坪。空と緑だけが周囲に広がる高台の邸宅は、まるでデンマークからつながる別世界のようだ▲NPO法人フィン・ユール アート・ミュージアムクラブ理事長の東庄豪さん。キタニジャパンは岐阜県高山市に本社を置く家具メーカー『キタニ』の販売会社であり、2008年に同NPO法人を設立。『フィン・ユール邸』の運営を行っている。「構想から約5年を経て、2012年1月30日に高山のフィン・ユール邸が完成しました」と東さん

ウィズコロナ時代の住まいのヒントが詰まったフィン・ユールのマイホーム

「30年ほど前から、キタニジャパンではもう作られなくなってしまったデンマーク家具のライセンスを取得し、名作デザインを残していくための取り組みを続けてきました。当時はちょうど日本でも北欧家具が注目されはじめた頃で、当社がライセンス契約を結んだデザイナーのひとりがフィン・ユールでした。

契約の過程でコペンハーゲンのフィン・ユールハウスを何度か訪れる機会があったのですが、実際に中へ入ってみると本当に素晴らしい邸宅だったので、漠然と“いつかこんなゲストハウスを高山に再現して、家具だけでなく北欧の生活スタイルの良さを伝えたい”と考えるようになりました。そして、ライセンス契約が10年目を迎え、お互いの信頼関係が成熟したタイミングで、高山にフィン・ユール邸を造らせていただくことになったのです」(以下、「」内は東さん談)

フィン・ユールがマイホームを設計した1942年は、ちょうど第二次世界大戦の真っただ中。華美であることは良しとされない時代であり、「質素ながらも、いかに暮らしの風景の中に愉しみを見出すか?」の工夫が随所に窺える。この点は、外出自粛等で様々な制約を強いられる「ウィズコロナ時代の住まいの在り方」のヒントになりそうだ。

▲延床面積51坪(172m2)の木造平屋建て。フィン・ユールハウスには地下室があり、ボイラー室やワインセラーがあるそうだが、高山の雨量や積雪を考慮して地下は省いたという。「地下室以外はすべて忠実に再現しました。“増改築を繰り返したフィン・ユールハウスよりも、高山の邸宅のほうがフィン・ユールの哲学を感じる”とお褒めの言葉をいただくこともあります(笑)」▲延床面積51坪(172m2)の木造平屋建て。フィン・ユールハウスには地下室があり、ボイラー室やワインセラーがあるそうだが、高山の雨量や積雪を考慮して地下は省いたという。「地下室以外はすべて忠実に再現しました。“増改築を繰り返したフィン・ユールハウスよりも、高山の邸宅のほうがフィン・ユールの哲学を感じる”とお褒めの言葉をいただくこともあります(笑)」
▲延床面積51坪(172m2)の木造平屋建て。フィン・ユールハウスには地下室があり、ボイラー室やワインセラーがあるそうだが、高山の雨量や積雪を考慮して地下は省いたという。「地下室以外はすべて忠実に再現しました。“増改築を繰り返したフィン・ユールハウスよりも、高山の邸宅のほうがフィン・ユールの哲学を感じる”とお褒めの言葉をいただくこともあります(笑)」▲玄関側から建物を眺めると、一見したところ質素な造りのようにも見えるが、これは戦時下の建物ならではの工夫。日照時間が少なく曇り空の多いコペンハーゲンの風景に合わせ、外壁はややグレーがかったトーン。雨どいは屋根と一体化している。高山のフィン・ユール邸建築にあたり、デンマーク側からは当初の設計図など資料一式が快く提供された。その資料に基づいて現地調査を行い、日本の建築基準や法律、高山の住宅性能に合わせて地元高山の設計会社が設計を行った
▲延床面積51坪(172m2)の木造平屋建て。フィン・ユールハウスには地下室があり、ボイラー室やワインセラーがあるそうだが、高山の雨量や積雪を考慮して地下は省いたという。「地下室以外はすべて忠実に再現しました。“増改築を繰り返したフィン・ユールハウスよりも、高山の邸宅のほうがフィン・ユールの哲学を感じる”とお褒めの言葉をいただくこともあります(笑)」▲「凍害や耐震性にも配慮して強固な基礎を打っているので、本当は中の構造もお見せしたいぐらいかなりしっかりした建物です。外壁はレンガの上に漆喰を塗っているのですが、フィン・ユールハウス側から“レンガをキレイに積み過ぎないように”との指示があったので、あえて素人が積んだかのように凹凸を出して仕上げてあります。表面の漆喰もわざと色むらを出しました。湿度の変化によって壁の色が変わり、自然の風合いが感じられます」

「絶対に守ってほしい」と言われたのは、西向きの方位

デンマークを100%コピーするだけなら意味がない。“高山のフィン・ユール邸”を建ててほしい──フィン・ユール邸を高山で再現するにあたり、フィン・ユールハウス側から最初に伝えられたのがこの言葉だった。これは「それぞれの土地や風土・気候に合わせて住まいは存在すべきものである」というフィン・ユールの設計思想でもあるのだろう。ただし、1つだけ「絶対に守ってほしい」と言われたことがあったそうだ。

「フィン・ユール邸はメインのリビングが西向きになっています。この“西向きの方位”だけは絶対に変えないでほしいと言われました。日本では西日が嫌われますが、デンマークは一年の半分ぐらいが曇り空で、光をとても大切にしているので、コペンハーゲンのフィン・ユールハウスでも光を採り入れる緻密な設計が行われています。そのため、建物を再現する上で『方位』はとても大切な要素なのです」

▲玄関を入ると、最初に目に飛び込んでくるのはブルーのベンチが置かれた西向きのガーデンルームだ。質素に設計された建物外観からは想像できないが、ゲストはこの場所に立って初めて「美しい広い庭」の存在を知ることになる。「戦時中でしたから、外から見えない場所に様々な工夫を施してゲストをおもてなししていたようです」▲玄関を入ると、最初に目に飛び込んでくるのはブルーのベンチが置かれた西向きのガーデンルームだ。質素に設計された建物外観からは想像できないが、ゲストはこの場所に立って初めて「美しい広い庭」の存在を知ることになる。「戦時中でしたから、外から見えない場所に様々な工夫を施してゲストをおもてなししていたようです」
▲玄関を入ると、最初に目に飛び込んでくるのはブルーのベンチが置かれた西向きのガーデンルームだ。質素に設計された建物外観からは想像できないが、ゲストはこの場所に立って初めて「美しい広い庭」の存在を知ることになる。「戦時中でしたから、外から見えない場所に様々な工夫を施してゲストをおもてなししていたようです」▲「コペンハーゲンのフィン・ユールハウスは閑静な住宅街の中にあり、美術館や公園の緑に面した立地で、どの部屋からもグリーンが見える設計になっています。この高山の自然の景観があるからこそ、フィン・ユールハウスの窓辺の風景をリアルに再現することができました」
▲玄関を入ると、最初に目に飛び込んでくるのはブルーのベンチが置かれた西向きのガーデンルームだ。質素に設計された建物外観からは想像できないが、ゲストはこの場所に立って初めて「美しい広い庭」の存在を知ることになる。「戦時中でしたから、外から見えない場所に様々な工夫を施してゲストをおもてなししていたようです」▲室内のプランターも再現。右手の階段を上ると、奥にはキッチン、ダイニング、主寝室などのプライベートゾーンが広がる。このガーデンルームが今で言うところのPP分離(PublicとPrivateを分けること)のスペースになっている(画像をクリックすると全体表示)

図面を基に建ててみて初めてわかった、フィン・ユールの「仕掛け」の数々

「当時の図面を基に建物を造ってみて初めてわかったこともありました。例えば、建物と庭の高さの関係。日本の建築概念ではまずありえないことですが、建物のほうが庭のグランドレベルよりも80センチ低くなっているんです。これは、リビングのソファに座った時にちょうど目の前に庭のグリーンが見えるようにするための視覚的な仕掛けです。

また、外観を見ると直線的な建物のように感じますが、室内には丸みのあるデザインが随所に取り入れられていて、角を丸くしたり面取りをしたりと“家具の彫刻家”と呼ばれたフィン・ユールらしい独特の曲線が生かされています。

室内には黄色・青色・レンガ色など本当にたくさんの色が使われているのですが、それらの色が不思議と主張し合うことなく空間に馴染んでいます。単に派手な原色を使うのではなく“自然の中に存在する色を使っているから違和感なく馴染むのだ”ということがわかりました」

▲フィン・ユールが目指していたのは「テントの中で暮らすような家」。床のレベルを地面と同じにするこで、テントの中の風景を表現している。オーニングを下げると、陽光が黄色を透過して室内へ入り込むため、室内の色=空気感が変わってふわっとあたたかくなる。これもフィン・ユールの巧みな仕掛けだ▲フィン・ユールが目指していたのは「テントの中で暮らすような家」。床のレベルを地面と同じにするこで、テントの中の風景を表現している。オーニングを下げると、陽光が黄色を透過して室内へ入り込むため、室内の色=空気感が変わってふわっとあたたかくなる。これもフィン・ユールの巧みな仕掛けだ
▲フィン・ユールが目指していたのは「テントの中で暮らすような家」。床のレベルを地面と同じにするこで、テントの中の風景を表現している。オーニングを下げると、陽光が黄色を透過して室内へ入り込むため、室内の色=空気感が変わってふわっとあたたかくなる。これもフィン・ユールの巧みな仕掛けだ▲建物よりも庭のほうが80センチ高い。そのため室内から庭を眺めると、視界に映る緑のボリュームが増して見える。「フィン・ユール邸の中で過ごしていると、外よりも自然の光や緑を感じることができます」
▲フィン・ユールが目指していたのは「テントの中で暮らすような家」。床のレベルを地面と同じにするこで、テントの中の風景を表現している。オーニングを下げると、陽光が黄色を透過して室内へ入り込むため、室内の色=空気感が変わってふわっとあたたかくなる。これもフィン・ユールの巧みな仕掛けだ▲天井高は3m。壁面は基本「白」で統一されているが、どの部屋も純白ではなく、外壁の漆喰と同じ少し朽ちたような「グレートーンの白」をあえて好んで使っている
▲フィン・ユールが目指していたのは「テントの中で暮らすような家」。床のレベルを地面と同じにするこで、テントの中の風景を表現している。オーニングを下げると、陽光が黄色を透過して室内へ入り込むため、室内の色=空気感が変わってふわっとあたたかくなる。これもフィン・ユールの巧みな仕掛けだ▲リビングルームの本棚は天井の傾斜に合わせて設計されている。「西洋の建物には珍しく引戸式の『雨戸』が採用されています。これは戦時中に光を外へ漏らさないための工夫であり、フィン・ユールが日本の建築様式を参考にしたようです」

日本の建築様式とよく似ているから「北欧建築」とは相性が良い

▲グレートーンの白を多用しているフィン・ユール邸だが、キッチンだけは「真っ白」で統一されている。「家の中でキッチンがいちばん暗い場所にあるので、光を反射して明るくするために真っ白にしたようです。食器棚の扉もガラスになっていて、奥まで光が届く設計になっています」▲グレートーンの白を多用しているフィン・ユール邸だが、キッチンだけは「真っ白」で統一されている。「家の中でキッチンがいちばん暗い場所にあるので、光を反射して明るくするために真っ白にしたようです。食器棚の扉もガラスになっていて、奥まで光が届く設計になっています」

コロナ禍を受けて自宅で過ごす時間が増えたことで、近年は良質な住まいへの住み替えニーズが高まっているが、ここ高山のフィン・ユール邸にも「マイホームづくりのヒントにしたい」と見学に訪れる人が増えているそうだ。

「はるばる関東方面からお越しになるお客様が多く、これから家を建てる方、リノベーションを考えている方が工務店さんと一緒に見学されるケースが増えています。“そっくりこのまま真似して建てたい”とおっしゃる方も多いですね。

見学した方は皆さん口を揃えて「なんだか心地良い」とおっしゃるんですが、実は私たちスタッフも、何度入ってもフィン・ユール邸には飽きません。晴れた日も、雨の日も、曇りの日も、それぞれの季節や時間ごとに色や光の違いを楽しむことができて、心地良く過ごせるんです。

デンマークで設計された家が、どうしてこんなに日本人に馴染むのか?と不思議に思ったのですが、よくよく考えてみると、当時の北欧建築というのは東洋、特に日本の建築様式の影響を大きく受けていて、屋根が瓦葺だったり、窓辺にすだれがかかっていたり、室内に井草が使われていたりと、昭和の時代の日本の家によく似ている…だからどこか懐かしく感じられて相性が良いんでしょうね」

▲グレートーンの白を多用しているフィン・ユール邸だが、キッチンだけは「真っ白」で統一されている。「家の中でキッチンがいちばん暗い場所にあるので、光を反射して明るくするために真っ白にしたようです。食器棚の扉もガラスになっていて、奥まで光が届く設計になっています」▲天井いっぱいまでの高さを設けた窓は、当時としてはかなりアバンギャルドな設計だったという。「日本の建築の影響を受け、このような窓の設計にしたようです。当時ヨーロッパでは日本文化が注目を集めていたため、フィン・ユールだけでなく、多くの建築家が影響を受けています」。邸内の家具はキタニが再現。照明はデンマークのヴィンテージアイテムを探し出して設置したそう
▲グレートーンの白を多用しているフィン・ユール邸だが、キッチンだけは「真っ白」で統一されている。「家の中でキッチンがいちばん暗い場所にあるので、光を反射して明るくするために真っ白にしたようです。食器棚の扉もガラスになっていて、奥まで光が届く設計になっています」▲居室ドアはまるで額縁のようなクラシックなディテール。「このモールディングの陰影が実に美しい。よく見ると入口側と出口側で角度が違っていて、入る時と出る時で見え方が変わります。こうしたこだわりについても皆さんにご覧いただきたいですね」

「モデルハウスを兼ねた公民館」として地域へ貢献する建物に

▲ターコイズブルーの天井がお洒落なバスルーム。天井高いっぱいの大きな窓から緑を眺めることができる。スイッチ、コンセント等のパーツをよりリアルに再現するため、邸内ではデンマークと同じ200ボルトを採用している▲ターコイズブルーの天井がお洒落なバスルーム。天井高いっぱいの大きな窓から緑を眺めることができる。スイッチ、コンセント等のパーツをよりリアルに再現するため、邸内ではデンマークと同じ200ボルトを採用している

高山のフィン・ユール邸は築10年。そろそろ修繕が必要になる頃だが、建物の維持・管理については、協力企業や地元有志など会員らの寄付によって賄われている。

「NPO法人では、定期的にワークショップを開いて地域の子どもたちと一緒に漆喰塗りを行うなど、建物が老朽化していく過程や補修作業についても体験していただく機会を設けています。

また、最近は読み聞かせの会、企業セミナー、結婚式の前撮りや家族写真の撮影などで利用していただく機会も増え、“モデルハウスを兼ねた公民館”のような存在になっています。このフィン・ユール邸を通じて様々な地域交流の機会が増えたら嬉しいですね」

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季節や時間の移ろいに合わせて光を愉しむ、窓辺に映る風景を住まいの一部にする、家の中でも家族同士が心地良い距離をとる──フィン・ユールが自身のために建てたマイホームの中には、自宅で過ごす時間をより充実させるためのアイデアが満載だった。

折しも、現在東京都美術館(台東区上野公園)では『フィン・ユールとデンマークの椅子』展を開催中(2022年10月9日まで)。日本で再び脚光を浴びる「フィン・ユールの空間美学」を、皆さんも高山の地で体感してみてはいかがだろうか?

■取材協力/フィン・ユール アート・ミュージアムクラブ
https://finn-juhl-house-takayama.org/

▲ターコイズブルーの天井がお洒落なバスルーム。天井高いっぱいの大きな窓から緑を眺めることができる。スイッチ、コンセント等のパーツをよりリアルに再現するため、邸内ではデンマークと同じ200ボルトを採用している▲ゲストルームには折り畳みベッドが。壁面には井草が使われている(画像をクリックすると全体表示)
▲ターコイズブルーの天井がお洒落なバスルーム。天井高いっぱいの大きな窓から緑を眺めることができる。スイッチ、コンセント等のパーツをよりリアルに再現するため、邸内ではデンマークと同じ200ボルトを採用している▲フィン・ユール邸内には、たくさんの椅子やベンチが置かれている。「ベンチを随所に配置することで、家の中でも人と人との心地良い距離感を保てるよう計算されています。こうした空間と家具のバランスも、住まいづくりの参考になると思います」