デンマークを代表する家具デザイナー、フィン・ユールの邸宅を忠実に再現
アルネ・ヤコブセン、ハンス・J・ウェグナー等と並び、デンマークを代表する近代家具デザイナーの1人である“家具の彫刻家”フィン・ユール(1912-1989)。独特の曲線が特徴の「世界で最も美しいアームを持つチェア」と評された代表作『Easy Chair No.45』は現在もリプロダクト生産が続けられており、没後30年以上が経過したいま人気はさらに過熱している。
フィン・ユールがまだ駆け出しの建築家だった30歳のとき、生涯唯一となるマイホームを自ら設計・建築した。その『フィン・ユールハウス』はコペンハーゲン郊外に現存しており、オードロップゴー美術館の展示建物として一般公開されている。北欧デザインファンであれば「一度は見てみたい」と憧れる建物だ。
しかし、はるばるコペンハーゲンまで出かけなくても、日本国内で“フィン・ユールのマイホーム”を体感できることをご存知だろうか?場所は岐阜県高山市。デンマークから8690kmも離れた日本の高山に、なぜ『フィン・ユール邸』が誕生したのか?その経緯について、運営を行うNPO法人フィン・ユール アート・ミュージアムクラブの理事長であり、キタニジャパン代表取締役社長の東庄豪さんに話を聞いた。
※当記事内ではデンマークの邸宅をフィン・ユールハウス、高山の邸宅をフィン・ユール邸と表記する。
ウィズコロナ時代の住まいのヒントが詰まったフィン・ユールのマイホーム
「30年ほど前から、キタニジャパンではもう作られなくなってしまったデンマーク家具のライセンスを取得し、名作デザインを残していくための取り組みを続けてきました。当時はちょうど日本でも北欧家具が注目されはじめた頃で、当社がライセンス契約を結んだデザイナーのひとりがフィン・ユールでした。
契約の過程でコペンハーゲンのフィン・ユールハウスを何度か訪れる機会があったのですが、実際に中へ入ってみると本当に素晴らしい邸宅だったので、漠然と“いつかこんなゲストハウスを高山に再現して、家具だけでなく北欧の生活スタイルの良さを伝えたい”と考えるようになりました。そして、ライセンス契約が10年目を迎え、お互いの信頼関係が成熟したタイミングで、高山にフィン・ユール邸を造らせていただくことになったのです」(以下、「」内は東さん談)
フィン・ユールがマイホームを設計した1942年は、ちょうど第二次世界大戦の真っただ中。華美であることは良しとされない時代であり、「質素ながらも、いかに暮らしの風景の中に愉しみを見出すか?」の工夫が随所に窺える。この点は、外出自粛等で様々な制約を強いられる「ウィズコロナ時代の住まいの在り方」のヒントになりそうだ。
「絶対に守ってほしい」と言われたのは、西向きの方位
デンマークを100%コピーするだけなら意味がない。“高山のフィン・ユール邸”を建ててほしい──フィン・ユール邸を高山で再現するにあたり、フィン・ユールハウス側から最初に伝えられたのがこの言葉だった。これは「それぞれの土地や風土・気候に合わせて住まいは存在すべきものである」というフィン・ユールの設計思想でもあるのだろう。ただし、1つだけ「絶対に守ってほしい」と言われたことがあったそうだ。
「フィン・ユール邸はメインのリビングが西向きになっています。この“西向きの方位”だけは絶対に変えないでほしいと言われました。日本では西日が嫌われますが、デンマークは一年の半分ぐらいが曇り空で、光をとても大切にしているので、コペンハーゲンのフィン・ユールハウスでも光を採り入れる緻密な設計が行われています。そのため、建物を再現する上で『方位』はとても大切な要素なのです」
図面を基に建ててみて初めてわかった、フィン・ユールの「仕掛け」の数々
「当時の図面を基に建物を造ってみて初めてわかったこともありました。例えば、建物と庭の高さの関係。日本の建築概念ではまずありえないことですが、建物のほうが庭のグランドレベルよりも80センチ低くなっているんです。これは、リビングのソファに座った時にちょうど目の前に庭のグリーンが見えるようにするための視覚的な仕掛けです。
また、外観を見ると直線的な建物のように感じますが、室内には丸みのあるデザインが随所に取り入れられていて、角を丸くしたり面取りをしたりと“家具の彫刻家”と呼ばれたフィン・ユールらしい独特の曲線が生かされています。
室内には黄色・青色・レンガ色など本当にたくさんの色が使われているのですが、それらの色が不思議と主張し合うことなく空間に馴染んでいます。単に派手な原色を使うのではなく“自然の中に存在する色を使っているから違和感なく馴染むのだ”ということがわかりました」
日本の建築様式とよく似ているから「北欧建築」とは相性が良い
▲グレートーンの白を多用しているフィン・ユール邸だが、キッチンだけは「真っ白」で統一されている。「家の中でキッチンがいちばん暗い場所にあるので、光を反射して明るくするために真っ白にしたようです。食器棚の扉もガラスになっていて、奥まで光が届く設計になっています」コロナ禍を受けて自宅で過ごす時間が増えたことで、近年は良質な住まいへの住み替えニーズが高まっているが、ここ高山のフィン・ユール邸にも「マイホームづくりのヒントにしたい」と見学に訪れる人が増えているそうだ。
「はるばる関東方面からお越しになるお客様が多く、これから家を建てる方、リノベーションを考えている方が工務店さんと一緒に見学されるケースが増えています。“そっくりこのまま真似して建てたい”とおっしゃる方も多いですね。
見学した方は皆さん口を揃えて「なんだか心地良い」とおっしゃるんですが、実は私たちスタッフも、何度入ってもフィン・ユール邸には飽きません。晴れた日も、雨の日も、曇りの日も、それぞれの季節や時間ごとに色や光の違いを楽しむことができて、心地良く過ごせるんです。
デンマークで設計された家が、どうしてこんなに日本人に馴染むのか?と不思議に思ったのですが、よくよく考えてみると、当時の北欧建築というのは東洋、特に日本の建築様式の影響を大きく受けていて、屋根が瓦葺だったり、窓辺にすだれがかかっていたり、室内に井草が使われていたりと、昭和の時代の日本の家によく似ている…だからどこか懐かしく感じられて相性が良いんでしょうね」
「モデルハウスを兼ねた公民館」として地域へ貢献する建物に
▲ターコイズブルーの天井がお洒落なバスルーム。天井高いっぱいの大きな窓から緑を眺めることができる。スイッチ、コンセント等のパーツをよりリアルに再現するため、邸内ではデンマークと同じ200ボルトを採用している高山のフィン・ユール邸は築10年。そろそろ修繕が必要になる頃だが、建物の維持・管理については、協力企業や地元有志など会員らの寄付によって賄われている。
「NPO法人では、定期的にワークショップを開いて地域の子どもたちと一緒に漆喰塗りを行うなど、建物が老朽化していく過程や補修作業についても体験していただく機会を設けています。
また、最近は読み聞かせの会、企業セミナー、結婚式の前撮りや家族写真の撮影などで利用していただく機会も増え、“モデルハウスを兼ねた公民館”のような存在になっています。このフィン・ユール邸を通じて様々な地域交流の機会が増えたら嬉しいですね」
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季節や時間の移ろいに合わせて光を愉しむ、窓辺に映る風景を住まいの一部にする、家の中でも家族同士が心地良い距離をとる──フィン・ユールが自身のために建てたマイホームの中には、自宅で過ごす時間をより充実させるためのアイデアが満載だった。
折しも、現在東京都美術館(台東区上野公園)では『フィン・ユールとデンマークの椅子』展を開催中(2022年10月9日まで)。日本で再び脚光を浴びる「フィン・ユールの空間美学」を、皆さんも高山の地で体感してみてはいかがだろうか?
■取材協力/フィン・ユール アート・ミュージアムクラブ
https://finn-juhl-house-takayama.org/


















