夏には快適だった江戸の長屋暮らし

鈴木春重の浮世絵「蚊帳美人」。蚊帳の中で、蚊遣に火をつけて、蚊を追い払っている様子が描かれている。江戸の夏に蚊帳は必需品だった鈴木春重の浮世絵「蚊帳美人」。蚊帳の中で、蚊遣に火をつけて、蚊を追い払っている様子が描かれている。江戸の夏に蚊帳は必需品だった

梅雨入り前に各地で真夏日を記録した今年の日本列島。この夏もまた記録的猛暑となりそうな気配であるが、エアコンなどなかった江戸時代、人々はどのような住宅に住み、どのように暑さをしのいでいたのだろうか。

中世の歌人・随筆家の吉田兼好は、代表作『徒然草』第55段で、住まいについて記している。「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き頃わろき住居は、堪へがたき事なり(中略)天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所をつくりたる、見るもおもしろく、萬の用にも立ちてよしとぞ」

意訳すると「家を建てるときは、夏を主眼に考えるべきだ。冬はどんなところでも住むことができる。暑い時季に住み勝手の良くない家は耐えがたい。天井が高い部屋は冬は寒く、夜は灯りも暗い。建築の際には使わない部屋を作っておくと、見た目も面白く、さまざまな用途に使えるので、よい」と、なる。

吉田兼好は京都、鎌倉、大阪に住んでいた。いずれも高温多湿の地である。住まいに対する吉田兼好の思想は、同じ高温多湿の江戸にもいえることだ。

江戸下町の庶民の住まいといえば長屋である。典型的な長屋の間取りは、「九尺二間の裏店」と呼ばれ、間口が9尺(約2.7m)、奥行きが二間(約3.6m)。入口を開けると土間で、奥に三畳、あるいは四畳半の部屋が1室あるだけ。現代風にいうなら1Kということになる。部屋はたいがい裏庭に面している。

こうした単純な造りの住まいだから、表戸と裏窓を開けておくだけで風通しがよく、けっこう涼しかった。直射日光はすだれやよしずで防いだ。暑い夜は一晩中でも開け放っているから、蚊に悩まされる。そこで蚊帳を吊って蚊の侵入を防いだり、蚊遣(かやり)といってカヤノキや杉、ヨモギなどの青葉を焚くことで蚊を追い払った。

打ち水も行なわれた。水を撒けば、熱い地面を冷やし、気化熱で気温の上昇も抑えられる。物理的に気温を下げるのに有効な手段である。

見た目に涼を呼び込むのも江戸っ子の粋

夏の始まりを告げる風物詩、浅草のほおずき市夏の始まりを告げる風物詩、浅草のほおずき市

それでも家の中が暑くてたまらない、というときは気温が低い場所へ足を運んだ。これが「夕涼み」だ。江戸は街中を縦横に運河や水路がめぐる川の町。水温は気温より低いため、水の上を渡って吹いてくる風は確実に涼しい。水辺で涼むだけでなく、船に乗って川の上で過ごすことも行なわれた。いわゆる納涼船(すずみぶね)だ。隅田川など船で遊覧し、仕出し料理や酒肴を楽しむ。現代でいう「屋形船」だ。江戸時代は「屋根船」と呼ぶ船が多かった。船上で感じる川風は一層涼しく、ぜいたくではあるが庶民にも手が届く楽しみだった。

日が高いうちに湯屋(銭湯)へ行って汗を流してしまうのも、江戸ならではの習慣。さっぱりしたところで湯上りの夕涼みとしゃれ込むのは、現代人の感覚からすると最高の贅沢、といった気もする。

行事や風習からも涼を求めることができた。7月9日・10日は浅草観音のほおずき市。それから各地で開かれる草市。草市は本来、盆行事の用品を売る市だが、売っているのは蓮の葉やミソハギの小束、白ナスなどで、こうした物を軒先に吊るしたりすることで楽しんだりもした。季節限定の商品を扱う商人を際物屋(きわものや)と詠んだが、この季節の際物は風鈴や団扇。狭い長屋暮らしでも、ほおずきや野の草を飾ってみたり、風鈴をぶら下げて風の音に涼を感じることはできる。もちろん実際に気温が下がるわけではないが、見た目に涼を呼びこむことで暑さをしのごうというのは江戸っ子の粋だ。

江戸時代は現代より気温が低かった

鳥居清長の浮世絵「大川端夕涼」。夏の大川端(隅田川沿い)で夕涼みを楽しむ女性たちが描かれている

鳥居清長の浮世絵「大川端夕涼」。夏の大川端(隅田川沿い)で夕涼みを楽しむ女性たちが描かれている

ただ、こうした「風流」ともいえる夏の過ごし方を、そのまま現代の夏に実践するのは、実は簡単ではない。夏といっても、江戸時代と現代とでは、暑さの質が異なるし、生活事情も異なるからだ。

気象史では、西暦1400年ころから1850年前後までは、全地球的な小氷期として、平均気温は2度前後低かったとされている。特に18世紀は低温化していた。18世紀の江戸で気温を測ったデータはないから確実ではないが、冬場の降雪日数は現在よりはるかに多く、江戸で2mの積雪が記録されたこともある。

江戸時代が小氷期だったこと、アスファルトやコンクリートの輻射熱がなかったことなどを考え合わせると、おそらくは、盛夏の時期でも最高気温が30度に達する日は数えるほどだったのではないかと思われる。ちなみに、ここ10年(2005年~2014年)で8月に真夏日を記録した日数はトータルで231日。毎年平均して、8月1日~31日のうち23.1日が真夏日だった、ということになる。しかし、平年気温よりも2度低いという前提にすると、真夏日の数は平均11.2日と半減するのだ。だから、打ち水や風鈴の音などでも、感じられる涼やかさは、現在に比べればずっと心地よかったはずだ。ふらりと川端に出かけて川風に当たるだけで心地よい。江戸で夕涼みが盛んだったのも、現代よりも平均気温が低かったことが背景にはあると思われる。

窓と表戸を開け放つことは、現代では防犯上の心配もある。しかし江戸時代の庶民は、治安もさほど悪くはなかったことから、泥棒を心配することもなく、開けっ放しにすることができた。もっとも泥棒に盗まれるほど金品を持っていなかったということもあったかもしれない。

プライバシーの問題もある。江戸の長屋では夫婦げんかも隣近所に筒抜けだった代わりに、長屋の住人全員がひとつのファミリーのような結びつきがあった。しかし現代ではそうした密接な近所づきあいは稀だ。

すだれやよしずを生活に取り入れよう

すだれは軒先にぶら下げて日除けにするすだれは軒先にぶら下げて日除けにする

江戸時代と比べると、現代は過密化した都市部の暮らしや、騒音、防犯、プライバシーの保護、あるいは敷地条件、隣人関係など、住まいを取り巻く環境が一変している。窓を閉めてクーラーをつけるといった生活になるのは、ある意味仕方がないことかもしれない。しかし、そんななかでも現代の暮らしに応用できそうな江戸の風流、江戸の知恵はいろいろとある。

江戸の庶民は窓や戸を開け放つことで通風を良くし、涼を得ていた。しかし、外気温が30度を超えている状態では、窓を開けるとかえって室内の気温が上がってしまうこともあるので、現代は状況に応じてということになる。

江戸でおなじみのすだれやよしずは現代も有効だ。すだれもよしずも、竹や葦を材料に、すのこ状に編んだもの。その違いは、すだれは窓や軒などからぶら下げて使う、よしずはすだれよりも大型で、立てかけて使うということ。

すだれはカーテンと似たイメージがあるが、風を通す分、カーテンに比べ窓を開けたときに風が通る。カーテンを外し、代わりにすだれをぶら下げてみるのも一案だ。
よしずは、屋外から窓に立てかけて日射を遮るため、カーテンと比べると室内に熱がこもりにくいという利点がある。最近よくいわれる、植物を茂らせて日光を遮るグリーンカーテンも同じ原理だ。ただ、グリーンカーテンは植物を育てる手間がかかる。よしずならばその手間がなく買ってすぐ使えるから、お手軽という意味では現代人向きかもしれない。

すだれもよしずも、ホームセンターなどで比較的廉価で手に入る。見た目も涼やかなので、試してみる価値は大いにある。

甘酒は夏にこそ味わいたい!

よしずは立てかけて日差しを避ける。見た目も涼しげよしずは立てかけて日差しを避ける。見た目も涼しげ

それと、夕涼み。夕方気温が下がったところで打ち水をする。マンションならば、ベランダによしずを設置し、これに水をかけてやると涼しさが違う。こうした夕涼み時の定番ドリンクといえばビール、という向きも多いだろうが、ここでおすすめは熱い飲み物。江戸っ子は、暑い盛りに熱い甘酒や麦湯、飴湯などを好んで飲んだ。氷が簡単に手に入らない時代だから、熱い飲み物で汗を引かせるということをしていた。冷たい飲み物をがぶ飲みするよりは、健康にもいい。特筆すべきは甘酒で、嘉永6年(1853)に記された『守貞謾稿(もりさだまんこう)』には、甘酒売りについて、主に京阪のことだが、もっぱら夏の夜だけ売っている、としている。麹の甘酒は、現代では「飲む点滴」といわれるほどの滋養に満ちた飲み物。夏バテの時期にこそ飲むもの、という考えが江戸時代にはあったのだ。

江戸の暑気払いは、現代感覚からしても理屈にかなっているものもあれば、合理性だけでは説明できない、五感で感じるものもある。しかし、風鈴の音に涼を思う感性は、エアコンの風になれた現代人でも理解できるはず。江戸の昔から私たちが受け継いできたその感性が、暑い夏を少しでも過ごしやすくするのだ、と思う。

2015年 07月13日 11時04分