不適格な擁壁は災害時に壊れやすい
まず、擁壁(ようへき)とは何かである。簡単にいうと、崖が崩れてこないように斜面を保護する構造物(工作物)であり、どのような場所に擁壁が必要かは各地方公共団体が条例で定めている。
自治体によって多少差はあるが、一般的には崖の傾斜が30度を超えており、2m(*)を超える高低差がある場合には当該部分を崖とし、擁壁等の安全対策を講じるか、建物を崖から崖の高さ分など一定距離離すようにすべしというもの。敷地が広ければ擁壁を造らず、崖から遠く離れた場所に家を建てればよいわけだが、都市ではそれは難しい。そのため、多くの宅地に擁壁が造られているのである。
その住宅の安全を守るはずの擁壁が近年、あちこちで崩れている。2011年の東日本大震災以降、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震その他の地震で、あるいは豪雨によって崩壊、住宅に被害を及ぼしているのだ。2021年に大阪でおきた擁壁が崩れて2棟の住宅が崩落した事故も記憶に新しいところだ。
「これらの被災した擁壁には共通項がある」と、各地震の現場を調査してきたパシフィックコンサルタンツ株式会社 国土基盤事業本部地盤技術部部長で地盤品質判定士の門田浩一氏はいう。
「増積み擁壁、二段擁壁、空石積擁壁など宅地造成等規制法、建築基準法に不適格な擁壁での被害が多く、適格擁壁では被害は少なく、被害程度もそれほど大きくないことが多いのです。ただし、揺れが非常に大きく、宅地地盤そのものが変動している場合には適格擁壁も被災しています」
つまり、住宅を購入する際には適格擁壁かどうかを確認し、それを選んでおけばある程度被害は防げるというわけだが、そもそも、適格、不適格擁壁を理解できている人が少ないのではなかろうか。
(*)札幌市など3mとしている自治体もある
不適格擁壁のある不動産も販売されている
マニュアル内で紹介されている7種類の擁壁。そのうち、④以降は不適格なものだが、街中でよく見かけはしないだろうか出典:国土交通省 宅地擁壁の健全度判定・予防保全対策マニュアル
https://www.mlit.go.jp/toshi/content/001474700.pdf
そこで見ていただきたいのが国土交通省が2022年4月に公開した「宅地擁壁の健全度判定・予防保全対策マニュアル」である。国土交通省の宅地防災のページにはこの前身となるマニュアル等が案として長らく掲出されていたのだが、このところの相次ぐ被災を受けてのことだろうか、90ページ余に及ぶ正式なマニュアルとしてまとめられたのである。基本的には行政の担当者向けだが、消費者にも参考になる部分は多い。
マニュアルの冒頭にある擁壁の種類は7種類。そのうち、空石積み擁壁、増積み擁壁、二段擁壁、張出し床版付き擁壁は宅地造成等規制法等の技術的基準に適合しない、いわゆる不適格擁壁である。
ぱっと見て分かりやすいのは増積み擁壁だろうか。マニュアルの写真ではブロックを積んだ擁壁が上に足されているが、ブロックは擁壁に使用すべき材ではなく、ブロックで擁壁が作られている時点で危険と思ったほうがよい。
二段擁壁は増積み擁壁が少しずれたものと思えば分かりやすい。擁壁の後ろにまた擁壁を造作るというやり方で作られたものである。
空石積みは石を積み上げただけでコンクリートで一体化されていない擁壁で、コンクリートの利用が一般的になる前の、古い時代のものもある。ただし、古い時代でもお城の城壁のようにしっかり作られているものは強く、そうそう簡単には崩壊しないとされている。
ここには出ていないが、昭和の時代によく使われていた大谷石積み造擁壁の一部(大臣認定を受けている大谷石積み造擁壁もある)、コンクリートや煉瓦などのがらを利用したガンタ積み擁壁は空石積み擁壁の一種とされ、これらも適法ではない。
張出し床版付き擁壁は擁壁上部に床版を張り出して設けてあるもので、これも見た目ですぐ分かるはずだ。
しかも、こうした不適格擁壁が含まれる土地、住宅も普通に販売されている。多くの人はプロである不動産会社が売っているのだから大丈夫だろうと思うようだが、それすべてに当てはまるわけではない。擁壁が不適格でも売買はできる。それを危険と思って回避するか、知らずに買うかはその人次第というわけである。
もうひとつ、気をつけたいのはわが家の背後などといった隣地に擁壁があり、それが不適格である場合。わが家の土地に含まれる擁壁であれば自分で危険に対処できるが、隣地にあるとなれば対処をお願いしても応じてもらえるとは限らない。行政に相談しても解決できないことが多く、トラブルになりがち。斜面地では自分が買おうとしている不動産周辺の擁壁もチェックしたほうがよいわけだ。
築後50年までならそれほど問題なし、それ以上は……
適格に施工された擁壁でも、時間が経てば劣化する。当初の施工状況やその後の管理などによっても異なるが、築後50年くらいまでは問題ないといわれると門田氏。
「理想的には家の建替えと同時に擁壁などの外構もやり替えるのがよいのではと考えています。年数でいえば60年くらいでしょうか。ところが、最近は擁壁は古いままで、上の建物だけを建替える例が少なくないようです」
その背景には宅地造成工事規制区域でも開発面積が500m2以下の場合、擁壁があっても2m以下あるいは既存の擁壁がある場合は、いずれも建築確認申請が不要という事情がある。確認申請をする場合には強度計算、基礎計算をするなど法律に則った設計、工事が必要とされるが、確認申請不要の場合には当然、それらも不要。売る側にとっては手間も費用も省けるが、本当に適格に設計、工事されているかどうかは誰にも分からないことになる。それをどう考えるか。買う人はよく考えるべきだろう。
ちなみに2mを超える擁壁の場合には工作物建築確認及び検査済証を取得することで的確に設計、施工されているかを確認することができるが、2m以下の場合には事業者に図面、工事記録、工事記録写真などそれに類するものを見せてもらうことが確認になる。そうしたものをきちんと保存、閲覧に応じてくれるなら信用できるだろうし、そうした記録がない場合には少し疑ってみてもよいかもしれない。
擁壁の劣化はまず水で見る
前出の国土交通省「わが家の宅地点検② ~擁壁編~」には古い擁壁の健全度を見るためにチェックすべき点が詳細に記載されている。そのうち、素人でも見て分かるだろうポイントが2点。まず、ひとつは湧水、排水など水に関する状況だ。
「擁壁の劣化で主要因となるのは水。湧水がある、排水口がない、詰まっているなどで擁壁内に水が溜まることで水圧が土を押し、擁壁を変形させてしまうのです。そこでチェックすべきは擁壁に水がしみ出していないか。3m2に1ヶ所以上、内径75mm以上の水抜き穴があり、それが機能しているかどうかなどです。
擁壁と水の関係が分かれば、擁壁の管理は水の管理であることが分かります。水抜き穴にごみを詰まらせない、草や木を生やさないようにするだけで劣化は防げるのです。町内会で町内の清掃をするときに一緒に擁壁も見守るようにすればそれだけで効果的です」
ひな壇の住宅地では自宅の擁壁の手入れが隣地に入らないとできないこともあるが、町内で一斉に手入れをすることにすればできるのではないかと門田氏。おそらくこれまでどこの住宅地でも行われてこなかったことだが、宅地の老朽化、災害の激甚化を考えると新しい防災習慣として斜面地の住宅街にお住まいの皆さんには提案したいところである。
3m以上の擁壁には内部の盛土が沈む危険も
2つ目のチェックポイントは擁壁の変形だ。ひび割れ、ずれ、ふくらみ、傾きなどといったものがあれば要注意である。これについては作り方によってどこを見るべきかが微妙に違うので、マニュアルを参照しながらチェックしてみてほしい。
もうひとつ、「わが家の宅地点検② ~擁壁編~」健全度判断のところで気になるのが擁壁の高さだ。高ければ高いほど採点が高く、つまり悪くなっているのである。これは擁壁というより、内部の盛土の問題だと門田氏。
「擁壁が高くなればなるほど、その内側の盛土も高くなります。きっちりと締め固められていればいのですが、そうでない場合には地震で揺れが生じた場合、土地が下がってしまうことが考えられます。1mで3cm沈むと想定した場合、3mで9 cm。盛土が3mを超えてくると住宅への被害が出やすくなります」
特に擁壁の角に当たる部分は人力で締め固めることになり、時間とお金がかかる。きちんと締め固められているかどうかは造成が終了した後では分からないことを考えると、眺望がよく、採光、通風に優れているといっても極端に高い擁壁上の土地、特に角地は選ばないほうが賢明かもしれない。
さて健全度判断した結果は「当面の危険性はない」「予防を考える必要がある」「危険」(いずれも意訳)という3段階に分けられるのだが、問題は危険な状態と考えられる場合だ。補修、再建にはいくら費用がかかるのか。これまでは目安となる数字が公的な機関から公開されておらず、不安に思う人が多いのだろう。擁壁で検索をかけると耐用年数、費用などが同時に検索されていることが分かる。
擁壁再構築、補修には百万円単位の費用が必要なことも
今回のマニュアルにはそれが明記されている。たとえば、擁壁を再構築する場合には練石積み造擁壁工法では10m(一般的な一戸建て、高さ3m、諸経費率60%と仮定して算定、以下同じ)で550万円、鉄筋コンクリート擁壁工法で320万円、重力式コンクリート擁壁工法で240万円である。
補強、補修の場合には状況に応じてかなり価格差がある。補強では360万円の地山補強工法から550万円のグラウンドアンカー工法などがあり、補修でも目地詰工法の1mあたり1万6,000円から、沿打工法の110万円(10m、高さ3m、諸経費60%)なども。しかも、施工にあたっては予算で選ぶのではなく、擁壁、周囲の状況などで選ぶことになるため、予算がないから安い工法でというわけにいかないのが難しいところ。
「もし、手を入れようと思うなら建物が建つ前がお勧めです。建物が建ってからだと制約が多く、選べる工法も限られてきます。やり直しも大変です」
そんなに費用がかかるならやめておこうと思う人もいるかもしれないが、今後の法改正で擁壁の安全を確保する義務を負う土地所有者は一気に増えることになる。これまでも崩落などが起きたときには土地所有者は民事で責任を負わなければならなかったが、今後は厳しい行政罰も予定されているのである。
「熱海の土石流をきっかけに宅地造成等規制法を抜本的に改正、宅地造成及び特定盛土等規制法としてすでに閣議決定されています。1962年に施行された宅地造成等規制法は造成による崖崩れまたは土砂の流出による災害を防止するための規制を行う法律で、宅地造成工事規制区域を決めており、この区域内では土地所有者は擁壁の安全を確保する義務を負います。ところが、規制されている区域は国土のわずか2.7%。新法はより広い区域を指定することになり、義務を負う人もぐんと増えるはずです」
擁壁改修等に助成を出す自治体も
多額の費用が必要になる擁壁の再構築、補強、補修だが、自治体によっては融資、助成などを行い、所有者の経済的な負担軽減を図っているところもある。マニュアルでは参考資料として地方公共団体等の独自の支援制度(例)を紹介しており、それによると融資制度は住宅金融支援機構、仙台市、横須賀市、金沢市、京都市、呉市、北九州市、福岡市が行っており、助成金制度があるのは仙台市、高崎市、横浜市、川崎市、横須賀市など。
擁壁工事が多額に及ぶことに対応して助成金も上限額が400万円、500万円などとそれなりの額となっており、上手に利用できれば安全を比較的安価に手を入れられるかもしれない。該当する自治体に住んでいる人は検討してみたいところ。マニュアルではすべての自治体を挙げているわけではないので、自分が住んでいる自治体に聞いてみる手もある。
また、擁壁についての不安、疑問があるときには一般社団法人地盤品質判定士会に相談するという手もある。同協会のホームページ内には個人向けに「宅地の地盤相談」という相談コーナーがあり、メールでの返答だけなら無料で相談に応じてもらえる。写真、図面など状況が分かる材料を揃えて相談すればメールだけでもある程度のことが分かるかもしれない。面談(オンライン含む)、現地確認を伴う相談、書面の作成などは有料だ。
気候変動のせいなのか、時代のせいなのか、いずれにせよ、災害の多い時代である。備えられることには備えておきたいものである。
宅地擁壁の健全度判定・予防保全対策マニュアル
https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_tobou_tk_000069.html
一般社団法人地盤品質判定士会
https://hanteishi.org/
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