戦火を逃れて残った、長屋のある下町・墨田区京島

長屋の存在は、街の文化を形づくる。墨田区京島は、2度の災禍にも奇跡的に食い止め、古い長屋が残された稀有な町だ。町を歩けばあちこちで、さまざまな木造住宅に出合える。長屋好きにはたまらないだろう。お店の人と買い物客の雑談に花が咲く近所の商店街は、昭和の下町の面影を感じさせる。ここが東京都であることを忘れてしまいそうだ。

この墨田区京島・向島を舞台に、2021年10月1日〜31日に、地域型イベント「すみだ向島EXPO2021」が開催された。2回目となる今回のテーマは「隣人と粋でいなせな日」。芸術監督のヒロセガイによって集められた、10名の現代アーティストによる作品展示のほか、関係住民40組以上の参加企画なども、街に点在する長屋をはじめとした各所を舞台に繰り広げられた。会場を巡りながら街歩きを楽しめるという、一石二鳥のイベントである。

近隣の商店街にも老若男女が行き交い賑わう近隣の商店街にも老若男女が行き交い賑わう

「今年のテーマは、『隣人と粋でいなせな日』。会期の1ヶ月間は、街のゲートが開いている状態です。この時期にしか入れない建物もあります。街に足を運んでもらい、この街の関係住人をつくるという目的があります」と話すのは、すみだ向島EXPO2021 実行委員会・委員長の後藤大輝さん(暇と梅爺株式会社)。「すみだ向島EXPO」の発起人であり、京島長屋文化連絡会・会長や京島まちづくり協議会・委員などの役割も担っている。

近隣の商店街にも老若男女が行き交い賑わう(左)すみだ向島EXPO2021 実行委員会・委員長の後藤大輝さん。暇と梅爺株式会社の事務所にて。写真提供:すみだ向島EXPO実行委員会
近隣の商店街にも老若男女が行き交い賑わう「すみだ向島EXPO 2021」の実行委員たち。ボランティアスタッフも積極的に関わっている。これを期に移住してきた学生もいるという。PRマネージャーの山越栞さんも、2年前にこの街に居住。現在は築70年の長屋で暮らしている。「町ゆく人に声かけると、全員挨拶を絶対返してくれるという奇跡的な文化があるんです」と山越さん(写真一番左)

失われていく長屋の危機感から生まれた「すみだ向島EXPO」

「20年ほど前から、この地域では防災や課題解決のためのアートや、表現活動のイベントも積極的に行われてきました。表現活動を受け入れやすい土壌がこの街には備わっています。また、もともと建築業界、学生の題材になりやすい地域でもあり、まちづくり関連の方も多く住んでいます」

後藤さんが長屋と下町の雰囲気に惹かれ、京島に移住したのは13年前。人が集まる交流拠点を一軒スタートさせると、噂を聞きつけたアーティストやクリエイターたちが次第に集まり、長屋に住み、さまざまな表現力を開花させていったという。歴史を重ねた家屋の持つ雰囲気には、どうやらクリエイティビティを発揮させる力があるようだ。

「すみだ向島EXPO2021」の拠点となった「京島駅」。2階建ての古い木造建築を改修した。今後は、左側スペースは飲食店となり、右側スペースは定期的なイベント会場として利用される「すみだ向島EXPO2021」の拠点となった「京島駅」。2階建ての古い木造建築を改修した。今後は、左側スペースは飲食店となり、右側スペースは定期的なイベント会場として利用される

しかしこの街でも、道路の拡充などの都市開発が進み、長屋の取り壊しが日々行われている。また古い物件の所有者も、相続された築古物件の扱い方がわからず、空き家のままになっていることも多い。長屋が住宅メーカーに売却された後、新築の建売住宅に変わってしまうというケースも少なからず発生している。これらを問題視した後藤さんは、2019年に暇と梅爺株式会社を起業。古い長屋を大家から預かり、補修・サブリースを行うことで、古い長屋を守っている。

「京島ならではの雰囲気が、今後失われてしまうかもしれない。この町の存在と魅力を、訪れる人に知ってもらい、住人には改めて気づいてもらえる機会になれば嬉しいです。まずは、僕らがこの街の何を残していきたいのか、関係する人たちと対話し伝えていくことを、急務として取り組んでいます」と後藤さん。

今回の会場として使用されている長屋は、後藤さんが関わることで利活用が進んだ物件ばかり。「すみだ向島EXPO」の誕生には、こうした危機感が背景にある。

「すみだ向島EXPO2021」の拠点となった「京島駅」。2階建ての古い木造建築を改修した。今後は、左側スペースは飲食店となり、右側スペースは定期的なイベント会場として利用される長屋を改修して住んでいる人もいる。実は、隣り合う店舗の利用者が友人同士。一階の壁の一部がぶち抜かれ自由に行き来できるようになっている
「すみだ向島EXPO2021」の拠点となった「京島駅」。2階建ての古い木造建築を改修した。今後は、左側スペースは飲食店となり、右側スペースは定期的なイベント会場として利用される路地の奥に迷い込むと、昔ながらの長屋群が残されている風景に出合うことも

住民が関わる企画も開催

「すみだ向島EXPO2021」では、芸術監督のヒロセガイによって招聘された現代アーティストの作品が街なかの各所に展示される「テーマプロジェクト」だけでなく、この街と関係性を築いてきた人々による「隣人プロジェクト」というカテゴリのもと、さまざまな企画が展開された。

プレイベントとして行われたのは、住人の発案により行われた向島芸者の席。老若男女の参加者がお座敷遊びを体験した。イベントのテーマである「隣人と粋でいなせな日」を、まさに形にした企画となった。ほかにも街の飲食店の夫婦が企画したのは、近隣小学校の子どもたちが描いたポスター企画。子どもたちの手描きのイラストが町中に貼られ、イベントを賑やかせた。これらの住人と実行委員による企画は、道端での立ち話の中から生まれたという。

隣人プロジェクトの作品。中里和人+東京造形大学関連有志「島巡り 向島クルージング」隣人プロジェクトの作品。中里和人+東京造形大学関連有志「島巡り 向島クルージング」
隣人プロジェクトの作品。中里和人+東京造形大学関連有志「島巡り 向島クルージング」「隣人プロジェクト」の様子。開発好明プレゼンツ『軒下プロジェクトvol.3』。建物の軒下に展示され、街歩きの途中に鑑賞できる
隣人プロジェクトの作品。中里和人+東京造形大学関連有志「島巡り 向島クルージング」隣人プロジェクトのひとつ、小畑亮吾「夕刻のヴァイオリン弾き」。一日一回18時になると窓からヴァイオリン弾きが現れ、演奏にて時報を告げる
隣人プロジェクトの作品。中里和人+東京造形大学関連有志「島巡り 向島クルージング」「わたしとすきな町」をテーマに、子どもたちが描いたポスターが飾られた

1ヶ月間だけ誕生した空き地、「京島クロスロード村」

「すみだ向島EXPO2021」会期中には、偶発的に生まれた催しも多くあった。興味深いのは、「京島クロスロード村」だろう。2021年10月末までの期間限定で、UR都市機構が保有している空き地を実験的に活用するというものだ。竹で組んだ櫓に陶芸家・小孫哲太郎さんが村長として1ヶ月間生活するという「望郷哲太郎」のほか、民家の解体で出た古材をリユースした「不死鳥喫茶」では、飲食の提供や物販ブースが併設され、ワークショップやゲリラ的なイベントが行われた。近隣の子どもたちが、櫓をアスレチックとして遊ぶ様子も日常の風景となっていた。

この場所で墨田区長を招いて、住人とのトークイベントも行われた。「この街で大切にしたいこと」「街の建物や景観を生かしたまちづくり」「下町の魅力と文化を発信するためにできることは何か」など、積極的な対話が繰り広げられた。

「住人が生き生きと表現できる街は、住みやすい街だと思うのです。個人の表現が集合体となり、それが日常となることで、自ずと街の活性化につながっていくのでは?そのきっかけや気付きの場が、『すみだ向島EXPO』のようなイベントの役割なのではないでしょうか」

1ヶ月限定で誕生した「京町クロスロード村」。京島3丁目、明治通りと四ツ目通りの交わる角の空き地が活用された1ヶ月限定で誕生した「京町クロスロード村」。京島3丁目、明治通りと四ツ目通りの交わる角の空き地が活用された
1ヶ月限定で誕生した「京町クロスロード村」。京島3丁目、明治通りと四ツ目通りの交わる角の空き地が活用された店頭でおでんやドリンクを販売する「不死鳥喫茶」
1ヶ月限定で誕生した「京町クロスロード村」。京島3丁目、明治通りと四ツ目通りの交わる角の空き地が活用された櫓はアスレチックとしても遊べるつくりに

「すみだ向島EXPO 2021」を終えて見えた課題

2年目となった「すみだ向島EXPO」には、賛同や応援の声が高まる一方で、昔から懸念されてきた、防災面での不安の声も出てきている。

「会場に使用したすべての建物は、空き家を修繕する際に補強を行い、耐火性能も上げています。耐震性能を向上する改修についての補助金を活用して、修繕に取り組んでいる物件も多くあります。こうした事実を伝える機会が足りていなかったのが現状です。このことを受け止め、来年2022年の開催に向けて動いていきたいです」と後藤さんは話す。

会期終了後は、今回参加できなかった住人や関心を抱いてくれている人たちに対して希望者を募り、改めて説明をするツアーを計画している。

「すみだ向島EXPO 2021」の会場にもなった長屋。補修工事がなされた後、クリエイターが居住する「すみだ向島EXPO 2021」の会場にもなった長屋。補修工事がなされた後、クリエイターが居住する

古い建物が集まっている木造密集市街地は、震災・防災に弱い傾向にある。安全を確保するために、古い家は取り壊されてきた。道路が広くなったことで、別の問題も起こっている。車が勢いよく走れるようになったことで、歩行者が危険を伴うケースも実際にあるという。またハウスメーカーの建売住宅が増えている今、住民同士も疎遠になり、町内会の活動や祭りなどのつながりも希薄にありつつある。

「だからこそ、今後に向けて『対話』の場を設けることは大切だと考えています。かつてこの街では、知り合い同士が顔を合わせて問題を解決していくような、ある種、下町ならではの対話があったはず。異なる意見を持っていたとしても、自分の街を好きだという思いは変わらないはず。今では、住人同士で街のことを語り合う機会も少なくなっています。地域で築かれる関係性のあり方についても、改めて考え直す必要があるのではないでしょうか」と後藤さん。

全国に視野を広げてみると、どの地域にも似たようなケースは見られるだろう。昭和から平成、そして令和となった今こそ、根本的な対話が必要な時期にきているのかもしれない。「すみだ向島EXPO2021」を経て生まれた気づきと課題に対して、京島はどう歩んでいくのか、これからを見守りたい。

▶すみだ向島EXPO 2021
https://sumidaexpo.com/

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