森林面積95%の村のコンセプトは「NEVER FOREST」
長野県西南部、岐阜県と愛知県の県境に位置する根羽村(ねばむら)。森林が占める割合は95%に及ぶ、山あいの村だ。現在、約900人が暮らしているが、高齢化率が50%を超える限界集落でもある。
ここで2016年から掲げているコンセプトが「NEVER FOREST(いまだかつてない森)」。昔から村民の暮らしと密接だった森の中には、愛知県へと流れる一級河川、矢作川の源流もあり、村民だけでなく下流域の人々の生活にも関わる大切な資源ととらえている。その森とともに生きていくこと=森づくりが村づくりにつながる。
村づくりで過疎化の状況を打破しようと、村名の“根羽”にかけた「NEVER GIVE UP(ネバーギブアップ)」宣言をして、さまざまな挑戦を行っている。その結果、2020年度は平成以降初の社会増に。また関係人口の創出も着実に成果を出しているという。
そんな根羽村の取組みを取材してきた。まずは、大久保憲一村長に聞いた、村づくりと切り離せない森づくりの話からご紹介する。
明治期に始まった全村民が参加する森づくり
昔から根羽村の人々の多くは林業に従事。資源となる山を守るため、村民みんなで一緒に管理をしていこうと1907(明治40)年に村有林の貸付・分収林制度を導入することにした。全国でも珍しい取組みだ。
一戸当たり貸付林2.5ヘクタール、分収林3ヘクタールの合計5.5ヘクタールが分け与えられ、私有林も含めて全戸が森林所有者に。材価が高かった昭和30~50年代には、例えば子どもの入学や家を買うといった大きな出費が必要なときに、自身が持つ森林の木を売れば財産になった。
1964(昭和39)年の木材輸入完全自由化の影響で、次第に産業としては苦しい時代になっていく。だが、代々、森林の恩恵を受けてきたことから、山を守っていこうという思いは脈々と受け継がれている。
矢作川の流域連携から村づくりへ
大正期にまた大きな動きがあった。村に源流がある矢作川の下流域の愛知県安城市を中心にした地域に、明治期に完成した農業用水の「明治用水」がある。それを管理している組合、明治用水土地改良区が「水を使う者は自ら水をつくれ」を掲げて、1914(大正3)年に根羽村の564ヘクタールもの土地を購入し、水源かん養林の造成が始まったのだ。
水資源を守るための森を育てる。大久保村長は「100数年前に環境に配慮して山を作ってきたというのは、まさに明治用水の先見のある思い。そしてそれが矢作川流域の地域と連携する礎になりました」と語る。
根羽村の森が生む水を守ることは、下流域の人々の暮らしも守ることになる。その使命感が持続可能な村づくりへの源になる。
ちなみに、流域連携のなかでも、明治用水土地改良区のある安城市とは特に関係が深い。1922(大正11)年に村は約1,300ヘクタールの土地を国と官行造林の契約をした。国が植栽から管理まですべての費用を出してくれる代わりに、伐採した木の利益は半々で得るというものだ。それによって村財政が潤い、以前の役場の庁舎を建てる費用や、上水道や学校の整備に充てることができた。同時に収益の一部は再造林のほかに、水源地を守るためにそこの土地を買い取る費用にしていたが、48ヘクタール分の立木買取代が足りなかったところ、安城市が代替してくれることに。契約としては「矢作川水源の森分収育林」というもので、1991(平成3)年に森林法に新たに加えられた「森林整備協定」に基づいた全国初の自治体間の取組みでもある。この契約は2021年までの期間だったが、あらたに環境林として残し、村民や市民が利用できるようにしていくための契約変更の手続きが進められているそうだ。
地域内での循環と地域外との交流で活性化させる
大久保村長が、森林率95%、人口900人の山村が生き抜いていく地域モデルをつくるための実践ポイントとして挙げるのは3つ。
1.「トータル林業」による地場産業の軸をつくる
2.地域内での循環システムをまわす
3.流域連携を通じて、地域市場の拡大・及び地域内に不足する資源を補う
「根羽村では基本的にいまある資源を使って地域づくりをしています。森林を守りながら、木を使い、そしてそれをつなぎながら村をつくるのです。働く場所や機会をつくり、地域のなかでお金を回し、地域のなかで教育や医療、福祉といったサービスを回す小さな仕組みをつくり、それだけでは補完できない部分を矢作川の流域地域やほかの都市部へ。根羽村のいろいろな資源を活用してもらって、都会にあるいろいろな資源を共有する、そんな相互補完というような位置付けで地域をつくりましょうという取組みを行っています」
トータル林業とは、森づくりの一次産業、森から伐採された木を製材・加工する二次産業、その製品を使う三次産業というサイクルができること。
二次産業については、もともと7軒あった製材工場が次々となくなり、1998(平成10)年に最後の1軒が閉鎖されるとなった。根羽の林業がなくなってしまう危機感から村が買い取り、村長が組合長を務めて村の全戸が組合員である森林組合が受託して製材を始めた。
三次産業では、2015(平成27)年に開所した地域密着型特別養護老人ホーム「ねばねの里なごみ」を地元材ほぼ100%で建設したほか、役場のリノベーションや木造の村営住宅、薪ボイラーのエネルギー源、子どもたちのための木のおもちゃ製作などで木を利用している。
そういった仕組みが村内で循環するほか、一次産業である森林整備のために安城市以外にも、流域圏にある企業のアイシングループ10社から支援金を受けたり、社員やその家族と環境学習や体験交流事業の実施、三次産業として大阪府に工場を構える会社と事業を連携して間伐材のスギを活用してつくる布製品の展開も予定している。
この取組みで関係人口が増え、地域のさらなる活性化が期待されている。
誇りと自信を持って次世代に引き継いでいける村へ
小さな村の大きな挑戦ともいえるだろうか。わが村づくりだけでなく、村の宝でもある森が育む水源を必要とする流域のまちのことも考えた取組みを長く行っていることは先駆的で素晴らしい。また現代日本において厳しい状況とされる林業を基幹として活性化を目指すことも。
大久保村長に今後の村について聞いてみると、「やっぱり人が住み続けられる村。いま住んでいる人たちが誇りと自信を持って次世代に伝えていける村というのが一番の理想かなぁ」とのこと。
100年以上前から山を守る意識が高かった根羽村だが、現代になって少し薄らいでいるのも事実だそうで、そのあたりも村としてもう一度高めていかないと、という思いもあるそうだ。
森林を保全し、その資源を有効に使い、人々の暮らしをつなぐという循環が、村の未来へと発展する。
次回は“人”に着目し、移住や村の暮らしの充実を図る取組みについてご紹介する。
取材協力:根羽村役場 http://nebamura.jp/
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