菅首相の脱炭素宣言で関心が高まる「断熱」

上/竹内氏が設計した「山形エコハウス」。トリプルサッシを採用し、屋根には太陽光パネルと太陽熱温水器を積む 下/「鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜」はリノベーション・オブ・ザ・イヤー2019で総合グランプリを受賞。リノベーションで新築基準を遥かに超えるレベルの性能を実現し、温暖な鹿児島では高い断熱性能など必要ないという誤った通念をファクトで否定した点が評価された(竹内氏のスライドより)上/竹内氏が設計した「山形エコハウス」。トリプルサッシを採用し、屋根には太陽光パネルと太陽熱温水器を積む 下/「鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜」はリノベーション・オブ・ザ・イヤー2019で総合グランプリを受賞。リノベーションで新築基準を遥かに超えるレベルの性能を実現し、温暖な鹿児島では高い断熱性能など必要ないという誤った通念をファクトで否定した点が評価された(竹内氏のスライドより)

寒くて布団から出られない。暖房を入れれば光熱費もばかにならないし、外気温との差で結露が出て掃除にも骨が折れる。このような冬を過ごした人も多いのではないだろうか。実は高断熱・高気密の住宅に住めばこれらの悩みは軽減するし、夏の暑さも軽減する。

2020年11月、一般社団法人HEAD研究会 エネルギータスクフォースが主催する「断熱展2020 ~持続可能な暮らしに向かう、暖かい家~」が開催された。文字通り建築物の「断熱」に関するトークイベントであり、住まいの熱環境性能の重要性やその先にある快適性を、住まいのつくり手と住まい手にわかりやすく伝え、高断熱・高気密の住宅を普及させることを目的とする。本来同年2月に開催予定だったが、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、延期となっていたものだ。トークイベントは、それぞれ専門家がテーマに沿って断熱を語る形で進む。まずはHEAD研究会エネルギータスクフォース委員長・エネルギーまちづくり社代表取締役の竹内昌義氏によって、断熱を取り巻く環境が語られた。2020年10月、菅義偉新首相は所信表明演説で「脱炭素社会の実現」を掲げた。2050年までに温室効果ガスの排出を全体でゼロにするカーボンニュートラルを実現するというものだ。そもそも日本は、パリ協定に基づき2030年までに温室効果ガスの26%削減(2013年比)を目指すが、分野別では特に家庭分野で40%削減と大きな目標となっており、その命運を握るのが省エネ住宅(エコハウス)だというのだ。家庭のエネルギー消費のうち約30%を冷暖房が占めており、この冷暖房効率を上げるためには、住宅が高気密・高断熱であることが必要だ。つまり「断熱」は菅首相の所信表明を実現するために欠かせない要素であり、その普及には追い風が吹いているといえそうだ。

義務化しても使われる「抜け穴」を防ぐには

長野県の白馬高校でエネルギーまちづくり社が行った断熱改修ワークショップの様子。生徒たちは性能向上を身をもって感じることになる(竹内氏のスライドより)長野県の白馬高校でエネルギーまちづくり社が行った断熱改修ワークショップの様子。生徒たちは性能向上を身をもって感じることになる(竹内氏のスライドより)

「世界のエコハウスと日本のエコハウス」のテーマでは、東京都環境局地球環境エネルギー部環境都市づくり課の徳田堅氏による東京都の取組み紹介の後、株式会社リクルート住まいカンパニー SUUMO編集長の池本洋一氏が登壇。コロナ禍での在宅時間の増加によって自宅の快適性に敏感になる人が増え、管理会社へのクレーム件数が約2倍に。さらに3割の賃貸居住者が引越しを検討しているというデータを示した。引越しを検討する理由として、「遮音性に優れた住宅に住みたくなった」や「部屋数が欲しくなった」を差し置いて、「省エネ性に優れた住宅に住みたくなった」という人の増加幅が最も大きかったという(2020年5月と8月の比較)。コロナ禍の暑い夏で、家の断熱性能の重要性に気づいたのだ。

日本で定められた住宅の省エネ基準は義務ではなく、2000年に始まった住宅性能表示制度も任意である。長野県や鳥取県では、国の省エネ基準よりさらに高い水準となる独自の省エネ基準を設けて、性能レベルに応じて補助金を交付するなどして一定の成果を収めている例もある。
世界に目を向けるとどうだろうか。池本氏によると、アメリカ・ポートランド市では、住宅の広告にはエネルギーコストを可視化する表示が義務付けられており、データを自治体が保管することで、二次流通時にも表示可能な仕組みがつくられているという。欧州はさらに大規模で、欧州指令に基づき各国が表示義務を定めている。しかし、表示が義務化されているものの積極的に説明しない事業者の存在や、「未計算」として広告が可能という抜け穴もあるとのこと。各国が工夫を凝らして取組んでいるものの、必ずしもうまくいっているとはいえず、苦労しているのが実際のようだ。
しかしそれらに光明をもたらすものがあり、それは「教育」であると池本氏は語る。省エネ住宅を、快適性や健康効果に加えて、地球温暖化防止や気候変動抑止という文脈で学校教育・メディア教育を行うことで、消費者の意識が高まり、説明や表示を怠る不誠実な事業者は消費者に選ばれなくなるというのだ。日本でも前出のエネルギーまちづくり社による断熱ワークショップなど、民間による体感の場を提供する教育は行われているが、学校教育をはじめとした「公」での教育を充実させ、より広く啓蒙することが必要そうだ。

住宅投資額の低い日本は、安物買いの銭失い?

デンマークで断熱材として使用されるロックウール。外壁の外側に施工される(徳武氏のスライドより)デンマークで断熱材として使用されるロックウール。外壁の外側に施工される(徳武氏のスライドより)

続いては、デンマークと日本を股にかけて活動する株式会社ハルタの徳武睦裕氏。同社はデンマークの古い家具を修理し、日本で販売する事業を行っており、徳武氏はデンマークと日本の二拠点で生活。デンマークでは1780年築の家に住んでいる。徳武氏はデンマークの豊かな生活に触れ、デンマークの住宅に使われるロックウールの断熱材を日本でも普及させるべく設計事務所を開設した。
デンマークでは、建築後200年を超える住宅も資産価値が下がりにくいが、日本の場合どれだけ性能向上に投資したとしても、法定耐用年数を超えると建物の評価はゼロであり、「投資し損」になりかねないと指摘する。日本で展開する同社の高断熱住宅が売却される際、知識のない不動産会社によって不当に低く評価されることを防ぐため、同社は自社で宅地建物取引業免許を取得して二次流通時の評価の是正にも取組む。実際、新築時に3,000万円で建てた家を3,300万円で売却した例もあり、「価値をきちんと伝えれば、価格を下げなくても売れる」と徳武氏。日本の住宅評価のありかたの改革を訴えた。

同様に、日本の住宅投資額の低さを懸念するのは、近畿大学建築学部 学部長・アンチエイジングセンター教授の岩前篤氏だ。アンチエイジングセンターは、同大学医学部の主導でつくられた組織であるが、法学部や建築学部も参加する希有な組織である。岩前氏は、現在の住宅の耐久性では、健康寿命が延びる将来に対応できないという。例えば、現在は80歳で高齢者施設に入所するが、今後健康寿命が延びて100歳まで自宅に住み続けると仮定する。すると、80歳までしか使わない前提の耐久性で建てられた家は、80歳時にリフォームが必要となるが、現在80歳でリフォームをする前提で資金計画を立てている人は少ないだろうと岩前氏は指摘。100歳まで健康寿命が延びるのが50年後だとすると、まさに現在建てられている住宅が、50年後にその受け皿となることになる。決して遠い将来の問題ではないのだ。

「宝くじを買っている場合じゃない。断熱せよ」

上/2014年の冬季死亡増加率は北海道で最も低い 下/改修前の星氏自宅の天井。結露によって生じたカビは、アレルギーの原因にもなるという上/2014年の冬季死亡増加率は北海道で最も低い 下/改修前の星氏自宅の天井。結露によって生じたカビは、アレルギーの原因にもなるという

東京都立大学名誉教授で医学博士の星旦二氏は、歯に衣着せぬトークで会場の雰囲気を支配。「断熱は百薬の長 健康と断熱の密接な関係」と題し、ゼロ次予防の必要性を説いた。
ゼロ次予防とは、肺がんで死亡する人を減らすための予防策を例に挙げると、「タバコを売る自動販売機を撤去する」という対策がゼロ次予防にあたる。自己責任論ではなく、公的責任による支援環境の整備のことだ。健康を害して死亡することを防ぐための一次予防が減塩、二次予防が血圧測定と早期発見だとすると、ゼロ次予防は、断熱性能の低い「室温18度以下の住宅に解体命令を出すことだ」と星氏。
星氏は自身の研究分野を「PPK(ピンピンコロリ)」と称し、PPKの実現に必要な健康寿命を規定する要因として、WHOが1番目に「平和」、2番目に「住宅」を挙げていると紹介し、健康における住宅の重要性を説く。浴室などでの家庭内事故死は夏と比べて冬に多く、寒さは死亡リスクを高めるといえるが、実は日本で最も平均気温の低い北海道では、夏に対する冬の死亡増加率が全国で最も低いという。それは、高気密・高断熱の先進地域だからだと星氏は指摘する。
星氏自身も、17年前までは朝の室温が6度台にまで下がる低断熱の住宅に住んでいたという。その後高い金額をかけて断熱改修を実施した星氏は、「借金を抱えてでも断熱改修をしてよかった」と話す。「早く死ぬと損をする」というのが星氏の持論だ。「95歳まで長生きすれば、年金で1億円貰える。1億円貰おうと思ったら宝くじを買っている場合ではない、断熱改修が最大の先行投資だ」と強調し、会場を笑わせた。

目に見えない断熱性能を、消費者にどう伝えるか

とっとり健康省エネ住宅性能基準は、国の省エネ基準よりも高水準で、欧米の一部で義務化されている性能基準に匹敵する(鳥取県HPより)とっとり健康省エネ住宅性能基準は、国の省エネ基準よりも高水準で、欧米の一部で義務化されている性能基準に匹敵する(鳥取県HPより)

松尾設計室 代表取締役 松尾和也氏は、コロナ禍の2020年4月より動画投稿サイトYouTubeでチャンネルを開設した。きっかけは誤った情報をもとに太陽光パネルの設置を否定する動画を見たことだといい、消費者に正しい情報を届けるために自身で動画投稿を開始。今やチャンネル登録者数は4万人を超える。コメント欄にも丁寧に返信することで、チャンネル内がエコハウスのQ&Aのようになっているという。家づくりやリフォームを検討されている方は、一度チェックしておくといいだろう。

松尾氏は、先述した鳥取県が独自の住宅省エネ基準を設けて補助金を交付する仕組みの創設にもかかわった。「とっとり健康省エネ住宅普及促進事業」としてZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)レベル以上の独自基準を設けて、性能レベルに応じて補助金を交付する政策だ。加えて、県産材を用いる場合にはさらなる補助をすることで、域内経済の活性化を見据える。断熱性向上に伴う健康増進によって医療費も削減されることで、より一層の域内経済活性効果を生んでいると、前出のSUUMO編集長池本氏は評価する。
松尾氏は同事業において、県の独自基準策定に関する技術相談と、工務店に普及させるための講師を担った。松尾氏の教えを受けた多くの事業者が断熱性能の向上に取組むことで、事業者同士の目もあってか、断熱性能をUa値やC値といった客観的な数値で示すことが当然となり、「ポエム」のような謳い文句で断熱性能をごまかすことができない土壌ができあがっているという。

先の例で挙げた欧米の省エネ表示義務も同様だが、制度の整備や義務化だけでは抜け道はいくらでもあり、形骸化しかねない。制度の整備が先か、消費者の意識向上が先かという議論は尽きないが、私たちができることとして、「断熱」に関心をもち、知識を深め、より良質な「断熱」を求めていくことが第一歩だ。


【参考資料】
環境省 平成30年度エネルギーに関する年次報告
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2019html/2-1-2.html

消費者庁 冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_042/assets/consumer_safety_cms204_20201119_02.pdf