直売所の多い千葉県に引っ越し、農業に目が向いた
首都圏近郊には意外に農地がある。意識して周囲を見回すとあちこちに直売所があり、多品種の野菜が販売されていることも。
2020年6月に千葉県流山市で実証実験がスタートした、新聞販売店網を利用した地元野菜の直売支援サービス「チョクバイ!BOX」を企画した中島慶人氏がそれに気づいたのは5年前。都心から妻の実家がある流山市に引っ越し、都内ではあまり見かけなかった直売所を訪れた、個人的な出会いがきっかけだった。リーズナブルに新鮮な野菜が購入できるのはもちろん、変わった種類の野菜もあり、中島氏はすっかり直売所ファンになった。身近で農家の仕事を見る機会が増えたことで、農業が抱える問題にも気づいた。
「農業は卸、仲卸などと流通が複雑で、農家はある意味メーカーであるにも関わらず、自分で値段を決めることができず、利益が非常に少ない。直接消費者に届けることができれば中間経費が減り、自分で値付けして収益を3倍、4倍にできる。今、日本の農家は100万人ほどに減ってしまっているのですが、農業はそれだけの人数で1億人の胃袋や心を満たす可能性のあるすごい仕事です。このままではいけない、なんとか応援したいと思うようになりました」。
最初に手掛けたのが直売所を紹介するウェブサイト「チョクバイ!」である。全国の直売所・マルシェや体験観光農園が検索でき、日本全国の情報が手に入る。だが、情報を得るだけではなく、もう一歩進めて買えるようにできないかと考えた。配送料をできるだけ抑えて運ぶ仕組みが作れないか、ドローンなども含めて検討していたところに上司の一言があった。
地域密着型ビジネスの代表、新聞販売店に着目
「新聞販売店の配達網を活用できないか」
新聞販売店は特定の地域に毎日、朝晩、新聞を配達するのが仕事。地元に詳しく、効率的にモノを配達するノウハウもある。配るだけでなく、仕事には集金も含まれており、野菜の場合もと考えると、ありそうでなかった組み合わせである。
そこで中島氏がアプローチしたのが流山市で読売新聞を扱う青木新聞店の青木茂氏だ。同店は地域で60年以上にわたって経営してきており、しかも、地域のための活動にも熱心に取り組んできた。東武野田線初石駅の近くにある店舗2階にはホールがあるのだが、そこを利用して敬老の日に落語会、夏休みにサマースクールを開いたり、商店街と組んでフリーマーケットを開催するなど内容は実にさまざま。
「新聞販売店は新聞という情報を届けるだけではなく、地域に安心と安全も届けていると思っています。かつて携帯がなかった頃には配達の自転車に10円玉を貼り付けて回らせていたことがあります、これは何かあったら公衆電話から連絡するため。新聞が溜まっていたことで異変を察知、倒れていたおばあちゃんを早期に発見できたことなどもありました」と青木氏。以前から、地域とともに仕事をしてきた人たちなのだ。
そんな青木氏が中島氏の話に興味を持たないわけがない。農家も消費者も喜び、地域のためになる、しかもわれわれにしかできない事業だと賛同、一緒に進めることになった。
1,300円で週に1回、6種類ほどの野菜が届く
チョクバイ!BOXには地元の新聞販売店が地元の農家の野菜を配達するという点に加え、いくつものコスト削減、使い勝手への知恵がある。そのひとつがジュート製で繰り返し使えるエコバッグの利用なのだが、これは青木氏のおかげで実現できたアイデア。
「中島さんと話をしていてすぐその場でエコバッグを扱っている友人に相談の電話をしました。一般に野菜の宅配では段ボール箱を使いますが、段ボールは使った後でゴミになるだけ。新聞配達のバイクに積むことを考えても段ボールでは積載しにくい。また、段ボールに詰めて伝票や送り状を用意してという作業を省き、バッグに野菜を入れるだけということにすれば農家の手間も減ります」(青木氏)
関わる人の手間を少しずつ省いてシンプルにすることでコストを下げようというわけだ。地元の主婦や農家、JA、自治体の農業振興部署などにも話を聞きながら、最終的に1,300円(送料・税込)の価格に落ち着いた。配達日は毎週木曜日。木曜日にしたのは週末に買い物に行った食品がちょうど品薄になるタイミングだからだという。朝収穫した野菜をエコバッグに入れ、夕刊を配り終えたスタッフが配達に回る。
入っている野菜は6種類ほどで、家族3人が2日で食べきれるほどの多品種少量。週替わりでいろいろな地元農家の作物が入る仕組みになっており、単品しか作っていない農家も参画できる仕組みを設けている。単品で一箱単位という一般的な野菜の直販に比べると安価で持て余すことなく食べ切れる量にこだわった。
野菜を通じて顔の見える隣人に
2020年6月の実証実験では新聞販売店が受付、登録などの作業も担った。どんな野菜が届くかを楽しんでもらおうと、野菜の種類はお任せで何が入ってくるかは分からない。普段スーパーの店頭で目にする以外の品もあり、最初はさまざまな問合せが入ったという。
普段は葉付きで売られていることのない人参。葉が付いていたことに驚いた人からは「食べられるのか、どうやって食べるのか」という問合せが入った。ヤングコーンが入ったときには「できそこないのトウモロコシがきた」という電話もあった。
もちろん、驚きや怒りの電話だけではない。鮮度の良い野菜は何よりの贅沢。「野菜ってこんなにおいしかったの!」という喜びの声も相次いだ。現在は、それぞれ食材の紹介、レシピなど農家からのメッセージが添えられており、それを読んだ方からコメントを伝えられる仕組みも設けている。多くの農家にとって消費者から直接コメントをもらうのは初めての体験。自分の仕事に誇り、やりがいを感じた人も多かったのではなかろうか。消費者にとっても地元の、住所を見れば分かるほどの近所に素晴らしい野菜を作っている人がいるということは驚きだったはず。野菜を通じてこれまで近くにいたにも関わらず、顔が見えなかった存在が顔の見える隣人に変わったのではないかと思う。
「チョクバイBOXにはいろいろな農家さんの作物と情報が入っているので、知ってよいと思ったら、次は直売所やマルシェにも足を運んでみてほしいと言っています。会って、話をして、そこから新しい地域の交流、繋がりが生まれたらと思っています」と中島氏。近所の農家から直接買い物をするようになれば市内で経済が回る。「地域内で循環するような経済圏の実現も目指すところです」
「食の安全」がまちの新しい魅力にも
2020年11月から専用コールセンターを設置するなど本格的な取組みに発展。流山市では全域が配達エリアになり、さらに松戸市、柏市の一部の農家、新聞販売店も参画することに。現状では30代の子育てファミリーから90代の高齢者まで週200件ほどの利用者があり、今後は適宜新聞の折込広告などで告知をしていく予定。配達員が集金に行ったときに質問されることもあり、口コミでも広がりつつある。システムも整備され、Web決済を選択できるようにもなった。
さらに今後は新聞販売店がこの取組みで収益を上げられるよう、商品ラインナップを増やすなどの手を考えていきたいと中島氏。地元の道、住んでいる人を知り尽くした新聞販売店の配達網はさまざまな可能性を秘めている。特に青木氏のように新聞配達に見守りとしての意味があることを意識している人たちが働いている地域なら、幅広い年代の人に安心を届けられるはずである。ちなみにチョクバイ!BOXでは野菜購入にあたって新聞を購読する必要はない。
最後に利用者の方々に聞いたサービスの魅力を少しご紹介しよう。お料理上手でベーグルの先生でもあるTさんは「何が来るのか楽しみ」とした上で「鮮度が良いから長く楽しめる、地産地消ができてうれしい、地域の繋がりや旬が感じられる、重いモノや大きな野菜は宅配してもらえて助かる、農家さんの調理や保存方法のアドバイスメモが嬉しい」とさまざまなメリットを挙げてくれた。最近作ったものはルッコラの米粉ケーキ。ほろ苦い印象があるが、実際にはそんなことはないそうだ。
Kさんは、地元の農家を応援することにつながると思っただけで気持ちが上がるという。野菜、サラダ好きでもあり、大根の葉を干してふりかけにしたり、春菊をジェノベーゼ風にしたりと届いた野菜を余すことなく活用している。届いた野菜で調理するとなれば、料理の応用力が育つのかもしれない。
取材後、ウチの近所にもこんなサービスがあればいいのにと思った。毎週、新鮮な野菜が玄関先に届けられるまち。近隣に安心して買える農家さんのいるまち。チョクバイ!BOXはまちの新しい魅力になりそうだ。
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