建築家と消防士にトラウマ

「建築」の仕事をするようになってから30年、この映画をずっと見たいと思っていた。

建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET 編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。今回取り上げるのは、1975年に公開された米国映画「タワーリング・インフェルノ」。パニック映画の最高峰ともいわれる名作だ。

「インフェルノ」というのは「地獄の光景」という意味だ。直訳すれば、「超高層ビル地獄絵図」。

初めて見たのは、劇場公開から数年後の日曜洋画劇場だった。映画解説者の淀川長治氏(1909~98年)が「タワーリング・インフェルノ、怖かったですねえ」と、小学生だった自分の背中をさするように話していたように思う。千葉県の田舎に住んでいた自分は、超高層ビルなど見たこともなく、映画内のそびえ立つビルは、ただの怖さの塊にも思えた。その段階で建築家と消防士は自分の職業選択から外れた。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

火災発生の「ありそう度」に驚く

大人になり、自分の意思とは関係なく、建築雑誌に配属された。その雑誌でビル災害の記事を書くたびに、この映画のことが気になっていた。「あれはどのくらいリアルな話だったんだろう」と。

忙しさにかまけて今になってしまったが、改めて見て損はなかった。そして、その「ありそう度」に驚いた。

この映画を象徴する名セリフとして、ここを選びたい。

「コストを削るなら階数を削れ」──by 建築家役のポール・ニューマン

サンフランシスコに建設された世界一高い超高層ビルの展望フロア(135階)で竣工記念パーティーが開かれている最中に、大規模火災が起こるという話である。このセリフは建築家が、ビルオーナーのジム・ダンカン(ウィリアム・ホールデン)に向かって言う言葉だ。

映画中で詳しい説明はないが、ビルオーナーは施工会社でもあるらしい。大手建設会社が自社の施工で世界一高いビルを建てたという設定のようだ。火災の原因は、コストダウンのために、設計仕様と異なる安い配線コードを使ったこと。竣工パーティーで、全館の照明を一斉に点灯したことにより、配線に負荷がかかり、漏電して発火する。手抜き工事のためか、スプリンクラーも作動しない。

実際に、漏電によるビル火災は世界のあちこちで起こっており、その原因が「コストダウン」と「手抜き工事」というのもリアリティーがある。「コストを削るなら階数を削れ」。これは、構造計算書偽造事件(姉歯事件)のときにマンション所有者がマンションデベロッパーに対して思ったことと同じだろう。いつの時代も、建築事故のほとんどは人災だ。

建築家と消防士の溝

レスキュー隊員のごとく活躍する建築家役のポール・ニューマンが、完全な「ヒーロー」として描かれていないのもリアリティーがある。この映画はいわゆるダブル主演で、もう1人の主役は消防隊長、マイケル・オハラハン役のスティーブ・マックィーンだ。

火災が発生し、初めて2人が顔を合わせたとき、消防隊長は建築家に向かって吐き捨てるように言う。「設計屋め」。「設計屋は高さを競い合う」。

消防隊の奮闘でなんとか火を消し止めるが、200人が亡くなる。ラストシーンの別れ際も、消防隊長は建築家に手厳しい。「今にこんなビルで1万人の死者が出るぞ」。

そして、この名セリフ。

「それまで俺は火と闘い、死体運びさ。安全なビルの建て方を聞かれるまで」──by 消防隊長役のスティーブ・マックィーン

映画の中でやや気になったのは、建築家がビルの細部を知り過ぎていること。おそらく実際の超高層ビルの設計では、主任建築家が電気配線の仕様をスラスラ答えられるとは考えにくい。この辺りは、人物像を分かりやすくするためなのか、米国では「建築家=全能のクリエイター」と捉える傾向があるのか…。

それともう1つ。クライマックスのネタばれになるので詳しくは書けないが、映画のラストシーンの消火方法を用いても、おそらく今の超高層ビルの構造では火は消せない。屋上にあれほど巨大な「あの設備」はない。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

架空の超高層ビルがカッコいい!

そういう気になる点を差し引いても、十分、「リアルだ」といえる映画だった。超高層ビルの設計をする人には必ず見ることを義務付けてほしいくらいだ。超高層マンションに住もうという人も、一度見てみるとよいだろう。避難訓練の重要性が分かる。

ところで、舞台となる「グラス・タワー」の外観デザインのカッコよさにも驚いた。これは著名な建築家か、超高層を得意とする設計事務所がこのために設計したのではないか…。全体を貫くリアリティーは、このビルのデザインの本気度に負うところも大きいと思う。

■ 関連サイト
BUNGA NET( https://bunganet.tokyo/

■映画「タワーリング・インフェルノ」
1974年製作、アメリカ(日本公開は1975年)、2時間45分
原題:The Towering Inferno
監督:ジョン・ギラーミン
脚本:スターリング・シリファント
出演:スティーブ・マックィーン、ポール・ニューマン、ウィリアム・ホールデンほか

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

2020年 11月22日 11時00分