国が推進する城泊・寺泊による歴史的資源を活用した観光まちづくり

2020年8月、「城泊・寺泊による歴史的資源の活用セミナー」がオンラインで2日にわたって開催された。

城泊・寺泊とは、城や寺院、神社での宿泊体験のこと。ヨーロッパでかつての貴族の城などを宿泊施設として利活用している事例があり、日本でも注目が高まっている。政府(観光庁)としても訪日外国人旅行者や富裕層向け宿泊体験コンテンツのひとつとして、取組みの支援を進めているところだ。

オンラインセミナーの冒頭、観光庁 観光資源課 課長補佐の平出要氏より、日本の観光立国としての現状が紹介された。2019年の訪日外国人旅行者数は3,188万人と過去最高を記録。その旅行消費額は前年比6.5%増の4.8兆円にものぼる。これは2012年から7年連続過去最高を更新しているそうだ。

観光先進国に向けて2016年3月に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」では2030年の訪日外国人旅行者数6,000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円の実現を目標に掲げる。しかし、訪日外国人旅行者の大多数が訪れる場所は、都心部や主要観光地に集中しており、地方部への流入が課題。目標実現のために地方への誘客、消費拡大等に力を入れる必要があるとしている。

ご存じのとおり、2020年は新型コロナウイルス感染症の影響により観光業も大打撃を受けている。今後は、旅行者自身が感染防止のために留意すべき事項をまとめた「新しい旅のエチケット」(発行元:旅行連絡会、協力:国土交通省・観光庁)の浸透を図りながら、インバウンドの回復に向けて取組みを進めていくとする。

今回のオンラインセミナーは主に観光地域づくり法人、宿坊経営者などの民間事業者、地方公共団体などを対象とし、政府が進める城泊・寺泊による歴史的資源の活用事業、専門家派遣を紹介するものであったが、まちづくりの観点からも興味深いものだった。

城泊編、寺泊編と2回に分けて記事でご紹介したい。

日本が観光先進国となることに向け、2016年に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」(オンラインセミナー資料より)。城泊・寺泊は、視点1の欄の2つ目の事項、「『文化財』を、『保存優先』から観光客目線での『理解促進』、そして『活用へ』」に基づいて推進日本が観光先進国となることに向け、2016年に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」(オンラインセミナー資料より)。城泊・寺泊は、視点1の欄の2つ目の事項、「『文化財』を、『保存優先』から観光客目線での『理解促進』、そして『活用へ』」に基づいて推進

国内初の城泊イベントを実施した長崎県平戸市の取組み

長崎県の平戸城の城泊運営を手がける株式会社百戦錬磨の上山康博氏(左)と長崎県 平戸市役所の藤田親央氏(右)長崎県の平戸城の城泊運営を手がける株式会社百戦錬磨の上山康博氏(左)と長崎県 平戸市役所の藤田親央氏(右)

まず、城泊編のトークセッション1に登壇したのは、株式会社百戦錬磨の代表取締役社長 上山康博氏と、長崎県平戸市 観光課の藤田親央氏。長崎県最北端の市である平戸市は、日本最古の南蛮貿易の拠点となった城下町だ。世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産も保有する。まちのシンボルである平戸城では、2017年に上山氏の会社と平戸市が連携して国内初の城泊を実施した。

平戸市は、本土と平戸島を結ぶ平戸大橋が開通した1977(昭和52)年には198万人の観光客を迎えたが、昨年の令和元年度には177万人に。また平戸城を訪れた人は、1981(昭和56)の23万6,000人をピークに、令和元年度には7万人と減ってしまっている。

その背景について、藤田氏は「宿泊されているお客さまが少ない」と指摘した。

そんななか、吉本興業グループによる「あなたの街に住みますプロジェクト」で、2012年に芸人が「平戸藩お笑い城代家老(初代平戸観光大使)」に就任して平戸城に住み、ガイドやイベントで盛り上げた。続いて先に紹介した、2017年の天守閣での宿泊イベントは、1泊2日で1組限定のところ、応募者総数は7,428組にのぼり、うち外国人が4,241組(欧米系3,736組)と、インバウンド需要が期待できる反響となった。

それらをきっかけに、城泊に着目し、通年営業の実施に向けて2019年から動き始めた。「2020東京五輪のインバウンド需要を目指していたので、1年4ヶ月という期間でつくりあげました」と藤田氏。東京五輪は延期となったが、平戸城の城泊は2020年秋にスタート予定だ。

地域資源の磨き上げから、さらに踏み込んで「創造する」

平戸城城泊の通年営業では、過去のイベント実施時の天守閣での宿泊ではなく、櫓(やぐら)のひとつで、最も海に近くて景色がよい懐柔櫓(かいじゅうやぐら)を利用することに。

「お城に関しては、1960年前後に復興で造られたところが多いと思います。それらは旧耐震のため、耐震補強をしなければなりません。つぶしてしまうか、再現するか、利活用するか。そういうところが地域の悩みではないでしょうか」と上山氏。

平戸城の懐柔櫓も耐震補強をし、改装。内部は、海外の人にも日本のイメージとされやすい「琳派」をテーマにしたきらびやかな空間となる。

宿泊施設としての改装にあたり、トイレや風呂場といった設備が必要となった。復元建造物ではあるが、周囲の石垣が有形文化財となっていたため、浄化槽を造るにあたって、発掘調査を行った。今回は埋蔵文化財が出なかったことで、改装を進め、2020年7月13日に完成した。

平戸市は、マーケティング分析から内部空間デザイン、建築設計、運営に至るまで、すべてを上山氏の会社である百戦錬磨に一任。実際の運営は、百戦錬磨のグループ企業となるKessha、日本航空株式会社(JAL)、設計デザイン会社の株式会社アトリエ・天工人(てくと)のJV(共同企業体)として出資した株式会社狼煙(のろし)が担当する。

民泊事業を多く手がけるノウハウを生かしながら目指すのは、「地域資源を磨き上げるのも大事ですが、さらに踏み込んで“造る”“創造する”こと」と上山氏。「そういうことをしていかないと新たなお客さま、新しい観光による地域の時代は来ないのではないかと思っている」と語った。

そして、平戸城の城泊では「料理に力を入れてやっていきたい。城泊のために、あるシェフを招聘し、平戸の食材を新しい料理として昇華させる、それを地域の人にも伝える。その流れで独自化、商品をつくっていくこともやっていきたい。いずれは“空飛ぶタクシー”も」と上山氏は構想を明かした。

一方、藤田氏は「お城をまずひとつのゾーンにし、農山村ゾーン、漁村ゾーンと区分けをして、平戸市を回遊してもらい、長期滞在を実現していきたい。宿泊を行う城下町、世界遺産、食文化の体験、農山村・漁業体験、漁業集落の祭り、文化継承…そういったものを取り入れながら体験コンテンツを増やしていくことで、長期滞在が可能になります」と、城泊をきっかけに地域に波及していく展望を話した。

①改装前の平戸城 懐柔櫓②改装後の平戸城 懐柔櫓③④“琳派”をイメージした懐柔櫓の内部パース(すべてオンラインセミナー資料より)①改装前の平戸城 懐柔櫓②改装後の平戸城 懐柔櫓③④“琳派”をイメージした懐柔櫓の内部パース(すべてオンラインセミナー資料より)

官民連携で展開する愛媛県・大洲城の城泊

バリューマネジメント株式会社 代表取締役の他力野淳氏(左)と一般社団法人キタ・マネジメント 事務局次長の村中元氏(右)バリューマネジメント株式会社 代表取締役の他力野淳氏(左)と一般社団法人キタ・マネジメント 事務局次長の村中元氏(右)

続いて、城泊トークセッション2では、バリューマネジメント株式会社 代表取締役の他力野淳氏と一般社団法人キタ・マネジメント 事務局次長の村中元氏が、愛媛県の大洲市にある大洲城の取組みを語った。

先の平戸市と同様、大洲市も滞在型の観光ではなく、どちらかというと日帰りが多かったという。

そんななかで、「城泊の取組みをきっかけに大洲市を知ってもらう、大洲の文化を知ってもらう、日本の文化を知ってもらう。その先に地域活性化がある」と他力野氏は言い、大洲城の活用をきっかけに循環することを目指す。

村中氏のキタ・マネジメントは、観光地域づくり法人(DMO)で、指定管理業務や旅行商品開発、物販業務などを行う。行政と民間事業の中核的な団体で、村中氏は市役所の観光まちづくり課職員も兼務する。

大洲城城泊は、文化財など伝統的建造物などの修復運用やホテル、旅館などの施設再生を行う他力野氏の会社と大洲市による“官民連携事業”として展開していく。

村中氏は事業をはじめる経緯について以下のように語った。「歴史的な価値を経済的な価値に変えていくことをしていかないと、文化財も含めて歴史的な資源を持続的に残していくのは困難な時期になっていると思います。特にローカルな都市になりますと、人口の減少で地域の財政力も徐々に小規模化していきますので、文化的な資源、歴史的な資源を財政的に支援するのは難しくなってきます。そういったときに文化財、歴史的資源そのものが稼げるようになっていくことが重要で、大洲はあらゆる歴史的資源をすべて活用することを観光ビジョンに掲げ、取組んでいます」

また他力野氏は、「城泊だけでなく、城下町とセットのまちづくりが大事だと思っていまして、天守を守っていくのも税収だけでは限界があります。歴史的資源を活用して観光で活性化させる。そもそも歴史的資源を守っていくためにも保存して、そのうえで活用していく」と説明した。

“見る文化財”から“体験する文化財”へ

大洲城は老朽化により明治時代に一部を残して天守閣が廃城となったが、地元住民の保全活動や寄付により復元された。1棟貸し切りで、木造天守に泊まれることが大きな特徴だ。

宿泊だけでなく、1617年の城主・加藤貞泰の入場シーンを再現し、鉄砲隊による火縄銃での祝砲、伝統芸能の鑑賞、市内にある国の重要文化財「臥龍山荘」を貸し切っての朝食といった企画を用意する。初年度の2020年は30泊30組に限定し、2名1泊で100万円(1名追加ごとに+10万円、各税抜き)という価格ではあるが、城主になった気分を味わえるという、ほかにはない価値がある。

大洲城の城泊は、一般公開後の時間、17時から翌朝9時までを活用する。しかし、その活用すること=価値観の変換には苦労も伴ったそうだ。

「お城というものは、価値観は年代(年齢)によって大きく違います。また人によっても。今まで見る文化財だったものを体験する文化財に変える、価値変換するには相当な馬力が必要です。10年先、20年先を考えたとき、今の若い方たちに地域の資源を大切にして活力ある経済を含め、生活を営んでいただきたいという思いがありましたので、地域の説明会、合意形成の場などでお伝えしました」と村中氏。厳しい意見もあったというが、行政が入っていることで理解してもらえることもあったという。

また、「議論のなかには、誰が儲けるんだ?という話がありました。今回の城泊事業では、実際に利益があるのは大洲市です。文化財を守っていくための資金として蓄積されます。これが今後の維持管理費にかけられていくというスキームをつくっています。それをお見せすることがご理解いただく重要な部分だったかな」と振り返った。

「われわれは体験を提供する側、大洲市は環境を整備する側、その官民連携でまちの魅力が最大化していく」との他力野氏の言葉があったが、今後に大いに期待していきたい。

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次回は、寺泊編をまとめる。

参考URL:https://shirohaku-terahaku.com/

大洲城の宿泊で体験できることのイメージカット。1泊100万円と高額だが、非日常の体験を提供。鉄砲隊や雅楽などを披露することで、文化を守っていくことも目的とする(オンラインセミナー資料より)大洲城の宿泊で体験できることのイメージカット。1泊100万円と高額だが、非日常の体験を提供。鉄砲隊や雅楽などを披露することで、文化を守っていくことも目的とする(オンラインセミナー資料より)

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