近年多発する大規模水害に向け、ハリケーン・ハービーから学ぶこと
近年、日本では台風による甚大な被害が発生している。いや、世界で、だ。そんななか、2020年5月12日に国土交通省、内閣府、関西大学社会安全学部、国際危機管理学会日本支部による「『大規模災害への備え』オンラインシンポジウム ~わが国は広域大規模水害にどう立ち向かうべきか~」が開催された。新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、インターネットを通じての配信という形になったが、視聴者数は800人を超え、関心の高さがうかがえた。
このシンポジウムは、2017(平成29)年8月に米国南部を襲ったハリケーン・ハービーの被害について、翌年に国土交通省と内閣府、防災研究者が合同で調査団を派遣して現地調査を行った成果を公表。それをもとに、日本での今後の大型台風への備えを考えるというものだった。
今回の記事では、第3部の「わが国が目指すべきレジリエンスを考える」を中心にレポートする。だが、まずはそのベースとなる、ハリケーン・ハービーの被害調査成果について、簡単にまとめておきたい。
第1部「ハリケーン・ハービー調査に学ぶ」では、調査団長を務めた藤田光一氏と河田惠昭氏がそれぞれの見解を語った。
ハリケーン・ハービーは、1980年以降の米国ハリケーン被害額トップ5のうち2位。被害額は1,250億ドル(日本円で約13兆円)だった。
藤田氏は「現実の直視、ハード~ソフト相乗効果の最大化から、大災害への適応力を高めよ!~より厳しい日本の状況をどう乗り切るか」と題して発表。日本では、すでにハービーに匹敵する雨量が降っていること、地形から堤防がなければ洪水が襲う厳しさをあらためて直視するべきと藤田氏。治水インフラなどのハード面と、人の行動などのソフト面はリンクしているため「ソフト、ハードを単に縦割りにするのではなく、各種方策の特徴を橋渡ししながら、掛け算で効果が出るようなことを常に総合的に考えていくのが日本で進めていくうえでの肝ではないか」と指摘。そして「他国から真摯に、貪欲に学ぶ。日本の状況はさらに厳しい。ですから、米国での経験を取り込むのは当然ですが、日本の状況を踏まえてもっと進化させなければならない。それを世界にお返しする。それこそが日本の役割であり、世界への貢献であると思って、われわれは施策を進めていくことをもっと実行しなければならないと思う」と結んだ。
一方、河田氏は「災害の世紀においてハリケーン調査から何を学ぶべきか」とし、①想定外の降雨、②未曾有の洪水被害、③初期の治水対策の不徹底、④わずかな人的被害(洪水外力の緩速変化)、⑤制御からマネジメントへ、と5つのポイントを紹介。“ソフト防災”と“ハード防災”という言葉は、河田氏が京都大学教授のときに作ったそうだが、「ハード防災とソフト防災は両輪じゃない。ハード防災はソフト防災のなかに入っているんです」「ハード防災だけで頑張ればなんとかできる時代じゃなくて、マネジメントというソフトを中心にやらなければならない」と語った。
近年の水害を踏まえた日本の取り組みは…
第2部は「ハリケーン・ハービー調査後の取組みを知る」として、3名が発表。まず国土交通省水管理・国土保全局河川計画課国際室・古本一司氏が「ハリケーン・ハービー復興その後(現地調査結果)」と題し、災害発生後に地元の復興を長期的に支援することを目的とするFEMAヒューストン復興事務所、大規模災害を踏まえた適切な土地利用の推進など、今後の日本の施策に参考となると考えられるものを中心に報告した。
次に、内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(調査・企画担当)付風水害対策調整官の菅良一氏が登場。「避難計画と避難行動~ハリケーンの教訓と近年の水害を踏まえた水害・土砂災害からの避難対策~」をテーマに語った。ここで2018(平成30)年7月豪雨について中央防災会議防災対策実行委員会のもとで結成されたワーキンググループから報告された日本の取り組みは、私たちに特に密接に関わることだった。なかでも「住民の避難行動等を支援する防災情報の提供」をまとめておきたい。
避難勧告、避難指示という名称ではどういった行動をとればいいのか分かりにくかったことから、警戒レベルで避難のタイミングを明確化。避難準備にあたる警戒レベル3では高齢者は避難、警戒レベル4の避難勧告・避難指示(緊急)は全員避難となった。しかし、分かりやすいという声がある一方で、まだ周知に課題もあるということで、2020年の台風が多くなる時期までに避難行動を促す普及啓発活動「避難の理解力向上キャンペーン」を全国で展開するとのこと。市町村からハザードマップや避難行動の理解促進のためのチラシが各戸に配布・回覧されるなどするそうだ。
第2部最後は、国立研究開発法人防災科学技術研究所国家レジリエンス研究推進センターの酒井直樹氏が、「衛星を活用した大規模水害における状況把握の国際連携」について語った。ハリケーン・ハービーにおいて、対策本部に研究機関(UT Austin:テキサス大学)も入り、衛星データの成果や結果の解釈を共に行っていたことを見習うべきと指摘。「それを持続的に伝授してもらう、あるいはわれわれが活用するために、UT Austinと防災科研が連携協定を結びました」と酒井氏。これまでJAXAの衛星データのみを使っていたが、さらにさまざまな海外の衛星データも活用していくとのことで、予測などの精度が向上していくことを期待したい。
大規模災害の対応で日本が強化すること
第3部は4名が発表。最初は、京都大学経営管理大学院 客員教授の関克己氏が「実効ある防災・危機管理の強化に向け~科学技術の社会実装と専門家の役割に学ぶ~」を発表。「災害の規模が大きくなればなるほど、防災に関わる組織、あるいは機関が果たさなければならない役割は大きくなると考えている」という関氏は、キーワードとして①「何が起こるかを知る」ことから始まる、②対策を担う「機能」、③「科学」の実装・「専門家」(組織)の役割を挙げた。
①はリスク評価ということになるが、テキサスでは“カウントダウンタイムライン”=ハリケーンが発生した時点で、テキサスへの影響がまだ分からない段階でも意思決定のための運用を組み立てているとのこと。そして、「日本でのリスク評価はハザードマップを読んで勉強しておきましょう、で終わるのですが、米国は大規模災害の発生を前提にしてリスクを社会的に共有化し、各行政や企業が自らのリスクを評価し直している」と関氏。2012年のハリケーン・サンディではニューヨークの地下鉄が既定の水準を超えたときに、すぐに車両を高台に移し、浸水の後に速やかに運行が可能になった例を挙げ、「日本の場合はゼロリスクについてこだわってしまうのですけれども、優先順位を考えてリスク評価に基づく対策をしていくことが参考になるのではないか」と話し、社会的共有の大切さを説いた。
また、先の酒井氏のときにもあったが、災害対策本部のなかに研究者や専門家が入っていることについて、関氏も日本で必要ではないかとした。「日本でも災害が起きたときにボランティアの皆さんが非常に苦労をし、また地域のために貢献をされているのですが、大きな災害が起きたときには専門性、あるいは資格を持ったグループが不可欠になる。ところがそういった、いざというときに急に需要が増えることに対応するのはなかなか難しい」と、あらかじめ専門性のあるグループを組み立てておくことが、これからの大規模水害の頻発に備える重要な要素になるのではないかとのこと。災害の発生を前提に、現場での対応力を強化することを提案した。
続いて、東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻の教授で、東京大学地球観測データ統融合連携研究機構の機構長である池内幸司氏は、「ハリケーン・ハービー調査を踏まえた水害レジリエンスの向上」について語った。
具体的には、「ハリケーン・ハービー調査と2019年台風19号豪雨災害等の教訓を踏まえた大規模水害に対する具体的・実践的な備えの充実」として、以下7つのポイントをピックアップした。
①「避難しない場合のリスク」と「避難する場合のリスク」を比較衝量したうえでの避難判断、それを支えるシステムの整備
②災害時要援護者の実践的な避難支援システムの構築
③災害拠点病院などの基幹病院の耐水化と籠城体制の整備
④企業、市役所等の水害BCP(事業継続計画)策定等の促進
⑤災害時の非常用電源設備の供給体制の強化
⑥専門家のボランティア組織に対する公的位置づけの付与、予備役の登録制度等による災害対応要員の確保
⑦地域の防災関係者が一堂に会する定期会合の開催
日本ではどう避難するべきか。国交省の対応策も発表に
国立研究開発法人 防災科学技術研究所の林春男理事長は、「日本型避難学」について発表した。ハリケーン・ハービーが示唆するこれからの水害の防災の方向性として、
・長期的な視野に立って(Long-term)
・包括的に(Integrated: holistic approach)
・現実的に(Realistic: different level of mitigation/preparedness mix)
以上、3つが重要と林氏。しかし、日本の「避難」は混乱していると指摘した。
そのきっかけは、先に菅氏が紹介した2019年からスタートした警報のレベル化だと林氏。「これ自体は非常にいいことだと思うんですけれど、結果としてそれがわが国の避難の混乱を顕在化させていると思います」とし、「その背景には避難という言葉が持つ多義性にある」と話した。
「先ほど池内先生がプレゼンのなかで言ってくださった、避難するリスク、避難しないリスクというときの避難は、Evacuationを指しています。命を守るためにする避難というような意味合いです。ところが、日本語の避難にはSheltering(避難所)で暮らすことも避難と言っているわけです。これは日本の防災の歴史と深く関わっていて、関東大震災のときに大火からどうやって生き残るか、そのためには安全な場所に行かなければならないということで、広域避難場所というのが設定されたり、避難路の整備が進められたりというような、命を守るための避難というのが、避難の源流でした。ところが、阪神淡路大震災で32万人という人が1,000ヶ所の避難所に最長7ヶ月も生活するような事態が起き、今もShelteringが地方自治体にとって一番主要な業務になっています。しかし、東日本大震災では津波からのEvacuationが非常に大きな問題に。今わが国が直面している“避難”というのは、EvacuationとShelteringの要素が両方絡み合っているという現実があるのですが、この2つの現象をひとつの言葉で呼ばなければならないという制約があるために、Evacuation to Sheltersという、避難所に行くことを避難と言うのだろうと、暗黙の前提を持っていること」と問題点を説明した。
命を守るための避難(Evacuation)と、仮の生活を支えるための避難(Sheltering)。「“避難”は難を避けることで、そのためには状況に応じて今いるところにとどまるべきこともある」と林氏。その多義性を幅広い世代がすぐに理解するのは確かに難しいかもしれない。
林氏は先の菅氏が発表した「避難行動判定フロー」についてそれらが解決されていると評価しつつ、「できればこの精度をもう少し上げられないか」とも。「人々に学んでほしいことは、生存避難と生活避難という、命を守るためなのか、仮の生活を支えるためなのか、状況によってはその2種類の避難を考えなければならないという問題、そのものを理解すること」。河川の氾濫に備えた避難の場合、50cmまでの浸水だったら屋内避難、50cmを超えて3mまでは自宅の2階や高い場所に向かう立退避難あるいは垂直避難、3mを超えるならもっと安全な場所に行く水平避難というような、科学技術に基づいて、ひとりひとりが自己責任で判断できるような根拠を示せないかと提案した。
最後の登壇は、国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川計画調整室の森本輝氏。「大規模水災害を踏まえた国交省の対応」と題し、気候変動を踏まえた水災害対策として、流域全体で行う「流域治水」について話した。
●気候変動による水災害リスクの増大に備えるために、これまでに河川管理者などの取り組みだけでなく、集水域から氾濫域にわたる流域に関わる関係者が、主体的に取り組む社会を構築する必要がある
●河川・下水道管理者などによる治水に加え、あらゆる関係者(国・都道府県・市町村・企業・住民等) により流域全体で行う治水「流域治水」へ転換することによって、施策や手段を充実し、それらを適切に組合せ、加速化させることによって効率的・効果的な安全度向上を実現する
と、2つのことを発表し、具体的な施策として、利水ダムを含む既存ダムの洪水調節機能の強化などを発表した。
新型コロナウイルス状況下での避難について
9名の発表の後は、フリーディスカッションの時間が設けられた。各発表のフォローアップのほか、事前にこのオンラインシンポジウムの視聴希望者から寄せられた質問への回答も。その質問では、新型コロナウイルス感染症状況下での水害対策を心配しているものが多かったそうで、菅氏がコメントされたので、ご紹介したい。
「新型コロナウイルスも水害も命に関わることに変わりありません。水害が起こって浸水が始まってもコロナウイルスがあるから外出禁止だということではなくて、災害が起こりそう、あるいはハザードマップを確認してリスクがあるという方は、避難場所なり親戚・知人宅など安全な場所に避難していただくことが第一の原則。一方で、3密といわれているが、そういったことの回避にも寄与するということから、避難とは難を避けることであって、安全な場所にいる人まで避難する必要はありません。避難先というのは、いわゆる避難場所である小中学校とか公民館とかに限るものではなく、親戚・知人宅、ホテル、そういったところも避難先になり得るということについて、住民の皆さまの理解を促すように、4月に市町村連携のもと、チラシを全国の各戸に配布、または回覧して確認してもらうようにしてもらいました。
そういったこともやりつつ、公の避難場所については、行政もきちんと受け入れる態勢、あるいは受け入れた後の衛生面の確保に関しても周知をしているところです。例えば具体的には、自宅に療養者の方がいらっしゃる場合にはどうするべきかなど、避難者の健康状態の確認を市町村でもしなければいけない。手洗い、咳エチケットといった基本的なところ、衛生環境の確保、十分な換気などもです。こういった通知文については、内閣府の防災ページのトップに掲載することになりましたので、ご覧いただければと思っております」
内閣府 防災情報のページ http://www.bousai.go.jp/
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最後に、河田氏は「(このオンラインシンポジウムを)たくさんの方に聞いていただいて、自分なりにこれをどう評価するかということから次のステップに踏み出していただけたら、私たち調査に行った者にとってはうれしい結果だと思っています」と締めくくった。
水害の被害を小さくするため、課題ももちろんあるが、期待できる取り組みが数多く進行していることも分かった。取り組みの進化に期待しつつ、私たちができることは、今ある情報を正しく理解すること、そしてそれを基に行動することではないだろうか。新たに出されている「避難行動判定フロー」などを、しっかりと確認しておきたい。





