1軒の店が人通りのなかったまちに賑わいを生んだ
都営大江戸線森下駅から歩いて数分、墨田区千歳にあるイマケンビルを初めて訪ねたのは2017年8月。一戸建て住宅とマンションが並ぶ、人通りのほとんどない住宅街の中に建つ築50年超の同ビルではリノベーション工事が行われており、1階には喫茶店兼コインランドリーが入るのだと聞いた。こんなに人のいないところで商売になるのか。そう思ったことをはっきり覚えている。
だが、同年12月にプレオープン、2018年1月にグランドオープンした「喫茶ランドリー」は1ヶ月もしないうちに話題に上るようになった。しかも、ランドリーとして、喫茶店としてではない。老若男女が集まっているらしいぞ、それぞれが好きなことをしていて楽しそうだぞ、勝手にイベントが開かれているらしいぞ……。場として面白そうだというのである。あんなに人通りのなかった通りに店が一軒できただけで人が集まるようになる。そんなことがあるとは信じがたいが、平日の午後に再訪してみると確かに店頭にも、店内にも人がいる。どこから湧いてきたのか、不思議に思うほどだ。
もちろん、湧いてきたのではない。喫茶ランドリーを経営する株式会社グランドレベルの田中元子氏によると、この周辺は元々倉庫や工場が多かった地域。ここ数年でマンションが増加、居住者も増えた。それなのに人通りのない、寂しいまちだったのはその人たちが住まいの中に閉じこもっていたから。だが、そこに喫茶ランドリーができ、人々はまちに出てくるようになった。喫茶ランドリーを通じて繋がるようになった。ビルの1階が変わったことでまちが変わったのである。
建物の1階はまちの一部、使い方次第でまちは変わる
ランドリースペース。予算の関係もあり、コインを入れて自動的に使えるタイプではなく、スタッフに料金を払う必要がある機種が置かれているが、それが会話のきっかけにも。ミシン、アイロンなど徐々にモノが、非実用的なモノも含め、増えている1階が変わればまちは変わる。田中氏がそれに気づく契機になったのは2015年から趣味でやっていた屋台を引いてコーヒーを配るという活動だ。「屋台は必ずグランドレベルにあります。その高さでまちを見ているうちに建物の1階はまちの一部で、特殊な存在であることに気づきました。人けが少ないところに屋台があると人が集まる。まちでも1階に人が集まり、それを外から見えるようにすれば、さらに人が集まり、いろいろな才能が出会うなどの反応が生まれてくるはず。そこで2016年9月にグランドレベルという会社を作り、『マイパブリックとグランドレベル - 今日からはじめるまちづくり』という本を出版しました」。
同時期にイマケンビルのリノベーションがスタートした。何を、どう作るべきか。相談を受けた田中氏は1階づくりのモデルケースを作りたいと喫茶店兼ランドリーを提案した。モデルにしたのはコペンハーゲンで見かけた「ランドロマットカフェ」。カフェの奥に全自動(ランドロマット)のランドリーがあるというもので、面白いカフェを巡り歩いているうちに偶然入った1軒だったという。
「若い夫婦が洗濯しながら赤ちゃんをあやしていたり、子どもがおもちゃを広げていたり、おじさんがぼーっとしていたりと多種多様な人が、それぞれ好きなように時間を過ごしている、素朴で気取らない雰囲気の場所でした。ある一定のクラスターだけが集まる場所にしたくなかったので、あんな感じにしようと思いました」。
計算して手を抜く、やり過ぎないで止める
そのためにデザインには細心の注意を払った。外から店内が見え、賑わいが可視化できるようにと可能な部分はすべて窓にした。ランドリー部分はダクトを通す関係で床を上げる必要があったが、実際に必要な以上に高くし、外から見えるようした。店内のデザインはやり過ぎないように計算して手を抜いたという。
「おしゃれに決めるのは簡単です。でも決めすぎると、自分がそこで好きなことをしてもいいか、不安に思ってしまう。ちょっと舐められる、関わる余地、既視感のある空間を目指し、時計ひとつにもこだわりました」。
格好良すぎるのはダメだが、悪くてもダメ。ちょっと素敵、でも、これなら自分にもと思われる程度が良いのだという。階段に例えると高い、登れるかしらと躊躇されるものではなく、これなら平気とぽんと上がれるくらいのもの。そうしたものを用意すれば人は勝手に動き始めるのだという。
スタートから2~3週間は看板すらなくオープンしたこともあって全く人が来なかったいうが、店内でコーヒーをふるまい、洗濯機を使ってみて、気にいったらまた来て、自由に使っていいよと言い続けることで、1ヶ月後には地元を中心に多様な人たちが好きに使う場になっていた。大家族が忘年会をしたり、ママさんたちが集まって大きなテーブルでパンをこねたり、ランドリーに用意されたミシンで子どもの袋物を縫ったり、ご近所の会社の人たちが勉強会をしたり……。喫茶店というのに焼肉パーティーすら開かれたという自由さ。これまで集まり、会話する場所のなかったまちに楽しい遊び場が生まれたのである。
質の高い器が人の力を引き出す
利用者だけではなく、現在4人いるアルバイトも地元の人たちで、しかも全員押しかけ。この場所が気に入ったから、ここで働きたいと言ってきたのだという。求人広告を出しても人の来ない時代にこれは一体、どういうことか。取材にお邪魔している間にも花を手に入ってきた人がいた。見るともなく見ていると店内で販売されているコーヒーサイフォンにそれを生け、満足そうに眺めている。彼女にとってここは自由に使える自分の場なのだろう。
だが、多様な人たちがそれぞれ自由に使ったら場はおかしくなりはしないか? 疑問が湧く。しかし、それはないと田中氏。
「花を生けてくれた彼女が仏花は持ってこないように、好きにしていると言いながらここに来る人たちは無意識のうちにこの場に合わせたものを選んでいます。ここに来る時にはちょっとおしゃれする、それが楽しみという人もいます。人をそういう気持ちにさせるのは空間の質の高さです」。
まちに関わる場作りでは「もの」「こと」、2つの要素が欠かせない。ものは建物であり、ことはそれを使う人達の思いなど。よくコミュニティにカフェを作ろうという人たちは思いがあれば場はどんなものでも良いと考えがちだが、それは違う。ものには人の意識や行動を規定し、強めたり、弱めたりもする力があり、それを知った上で作られた空間が喫茶ランドリーだ。「もの、ことは両方ないといけないし、バランスが大事。ここはものの力が強く、それが人の力を引き出している場なんです」。建築好きの田中氏らしい言葉である。
「最初に丘の上で裸踊りをする人」の意味
この成功に出店の要望が多数寄せられているというが、田中氏はコピーは作れない、地域によってフックするものは違うとあっさり言う。喫茶店、ランドリーを作ろうと思って作ったわけではなく、今回は地域の特徴を考えた結果がたまたま喫茶店であり、ランドリーだった。それがなんであるかは問題ではない。だから、将来、喫茶ランドリーがお好み焼き屋さんになっていたとしても、使う人たちがそれが良いというなら、それで良いのだとも。
「私がここでやったのは最初に丘の上で裸踊りをする人の役。1人目は奇異の目で見られても、じゃあ私もと2人目、3人目が踊りだしたら、それは奇異でもなんでもなくなる。地域に人がいない、動かないと踊りもせずにぼやいているなら、まず、自分が裸踊りをしてみることです。最初の人にはなれなくても2人目、3人目になれる人はいるはずで、みんなが踊り出したら、次はその人たちに任せれば良いのです」。
喫茶ランドリーもこれからは少しずつ手を放し、地元の人に任せていこうと考えている。1階づくりはまちづくりという推論を証明できた今、次にやりたいのはタワーマンション1階を豊かにし、マンションのエントランスだけが並ぶまちに賑わい、人の繋がりを取り戻すこと。喫茶ランドリー周辺の変貌を考えるとやってできないことではなかろう。誰か、田中氏にチャンスを!である。
最後に謝っておきたいのは肝心のスペースについて何も書いていないこと。もちろん、写真でお伝えしているつもりだが、この場の雰囲気については文字では伝わらない部分も多い。関心を持っていただいた人はぜひ、現場に行ってみて欲しい。ぼーっと座っているだけでもここが世によくあるランドリーでも、喫茶店でもないことがよく分かるはずだ。
喫茶ランドリー
http://kissalaundry.com/index.html





