全140のパビリオンの中で「一番素晴らしいパビリオン」に選ばれた日本館
2015年10月31日、イタリア・ミラノ郊外で184日間に渡って開催されていた『ミラノ国際博覧会』が惜しまれながら閉幕した。
筆者も閉幕ギリギリのタイミングで現地へ取材に訪れたのだが、『地球に食料を、生命にエネルギーを』をテーマにした“食の博覧会”だったせいか、アメリカ、イギリス、フランスといった博覧会常連国のパビリオンはいまいち設計や企画が甘く、“テクノロジーならまだしも、食には特に力を注いでいない”という印象が否めなかった。
その点、どんなモノづくりであっても手を抜くことはしない勤勉な国民性が表れていたのが日本館。いまや世界的ブームになっている『日本食』や『SAKE(酒)』の人気による影響ももちろん大きかったと思われるが、メインゲートから一番離れた端のゾーン(ゲートから徒歩で約30分!)という悪条件にも関わらず、会期が進むにつれて評判とともに入場者数を増やし続け、閉幕直前の10月中は最長9時間の入館待ち行列を作るほどの人気パビリオンとなった(ちなみに、筆者は7時間並んだ)。それは、現地のメディアが「“行列には並ばない”と言われるイタリア人をよくぞここまで並ばせた」と絶賛するほどの人気ぶりだった。
閉幕後に地元新聞社が実施したアンケートでは、『一番素晴らしいパビリオン』および『国際博覧会を見た後で訪れてみたくなった国』のナンバーワンに輝いたという日本。その日本館のPRに貢献していた技術のひとつが、日本建築の伝統工法である『木組み』だ。
釘を使わない日本の伝統的木造工法『木組み』とは?
▲日本館の外観に採用されたのは『木組み』の工法を応用した『立体木格子』。組み合わせた木の間から漏れてくる光はとてもやわらかで、眺めていると穏やかな気持ちになる。最長9時間という待ち時間に耐えられたのは、この『木組み』の建物の居心地の良さのおかげかもしれないみなさんは『木組み』という言葉をご存知だろうか?『木組み』は、1400年もの歴史を持つと言われる日本の伝統的な建築工法で、古くは法隆寺(推定607年建立)や東大寺(752年建立)でもその技術が使われていた。
釘などの金具を一切使わず木材自体に凸凹の切込みをつけて、立体パズルを組み合わせるように木材同士をはめ合わせ、頑丈な骨組みを造りあげる…言うなれば、“日本の建物づくりの基本”ともいえる工法だが、近年はその技術を継承する職人が減り、純粋な『木組み』によって造られた建物は日本国内でも目にする機会が少なくなった。
では、今回ミラノ博覧会の日本館パビリオンで、この『木組み』の工法が選ばれたのは何故だったのだろうか?
サステナビリティを体現する建物として採用された立体木格子
「日本の里山では、古来から再生可能資源である木材を活用することで、森林を整備・保全してきました。森林が養分豊富な水を涵養し、その水が大地や海洋に還元され、人々に多様な食材をもたらしてきたのです。
日本の『森林』と人々の『食』や『暮らし』が密接に結びついて育まれてきた“理想的な循環型社会・持続可能性(サステナビリティ)”を体現するため、日本館の建物には日本から運んだ木材を多用し、日本の伝統的な工法である『木組み』をデザインの軸とすることが決まりました」と語るのはミラノ国際博覧会日本館広報事務局の担当者。
もともとこの博覧会では、パビリオンの出展に際し“再生可能な素材で建物を造ること”が参画条件となっていたため、日本館以外のパビリオンでも外観に木材を使用する建物は多く見られたが、外観デザインのインパクトをとっても日本館は秀逸だった。
「法隆寺に代表される日本の伝統的木材建築は、継手(つぎて)、仕口(しぐち)といった木同士の“めり込み作用”により、粘り強く優れた耐震性を有しています。博覧会の日本館に採用された『立体木格子』は、こうした伝統的な『木組み』の知恵と、めり込み作用の解析・応用という現代技術の融合よって初めて実現する手法です。
建築技術の特異性だけでなく、昼は室内環境を快適に保つ環境装置として機能し、夜はぼんぼりのように柔らかな明かりを放ちながら美しい夜景を演出してくれる点も来場者の注目を集めました。日本古来の建築の知恵や建物の伝統美を世界に発信できる良い機会だったと思います」(ミラノ国際博覧会日本館広報事務局)。
木材は岩手産のカラマツ、ミラノの職人たちへ継承された『木組み』の技術
日本館の外観に使われた木材は、東日本大震災の被災地である岩手県産の強度の強いカラマツを選定し、ミラノへ輸送された。実は、実際に『木組み』を施工したのは、日本人ではなくミラノの建築職人たち。日本の木組み職人がミラノへ赴いてイタリア人職人に技術指導をおこない、2014年6月の着工から約10ヶ月を経てパビリオン外観が完成したという。また、現地で指定された建築基準をクリアするために、『木組み』の一部に釘を使用した点は“ミラノ流アレンジ”となった。
「1万7000個の木材を組み合わせて、木格子が造られていることを伝えると、来場者の方や報道関係者の方々は皆一様に大変驚かれていました。『木組み』は日本古来の伝統的な工法ではありますが、21世紀の現代にそれを再現したところ、むしろ革新的な手法であると世界の皆さんが賞賛してくださいました。ミラノの国際博覧会で評価を受けたことをきっかけにして国産木材の可能性や『木組み』の技術が日本へ“逆輸入”されると良いですね」(ミラノ国際博覧会広報事務局)。
日本独自の『生きている建築』を後世へ
日本館の入口に掲示された『立体木格子』の解説パネルには、日本の伝統的木材建築は『living construction=生きている建築(生命論的建築)である』と記されていたが、工期の効率化が重視され規格化・画一化が進む現代の日本建築は、むしろ生命論的ではなく『機械論的建築』と言えるのかもしれない。
今後『木組み』による建物づくりが21世紀の日本の建築業界に広く浸透するとは残念ながら考えにくいが、ミラノで世界に向けて発信され賞賛を浴びた日本独自の『生命論的建築』の伝統工法が、絶えず後世へと継承されることを願うばかりだ。





