見えないところに知恵がつまった「木組みの家」

松井郁夫建築設計事務所 松井郁夫氏。ワークショップ「き」組の代表理事を務めるほか、「愛知県立芸術大学」、国家プロジェクトとして職人の育成を行う「大工育成塾」の講師として後進の指導にあたっている。松井郁夫建築設計事務所 松井郁夫氏。ワークショップ「き」組の代表理事を務めるほか、「愛知県立芸術大学」、国家プロジェクトとして職人の育成を行う「大工育成塾」の講師として後進の指導にあたっている。

「木組みの家」なるものを提唱する建築設計事務所がある。「木組みの家」と聞いてみなさんはどのような家を連想されるだろうか? 筆者ははじめ通常の木造住宅との違いをイメージすることができなかった。

しかし、これが似て非なるもの。「木組みの家」は、単に“木の香りがして、住み心地がいい”というレベルのものではない。現在の家づくりで忘れさられてしまった日本の伝統構法を用いて、私たちの常識を覆すほどの様々な利点を与えてくれる。

耐震性に富み、耐火性を発揮し、環境性能も驚くほど高い。外観を見ても通常の木造住宅との違いは分らないが、そこには、日本古来の先人たちの知恵がつまっているのだ。

「木組みの家」を知れば知るほど奥が深く、現在の木造住宅がいかに、昔ながらの知恵を捨て、日本の風土に合わない家づくりをしているのかが見えてくる。

今回は、日本の伝統構法を再発見し「木組みの家」として現代によみがえらせている「松井郁夫建築設計事務所」にお邪魔して、お話を伺ってきた。

在来構法は、実は日本の伝統構法ではない!?

「日本の家がこんなに地震に弱いはずはない」――。「木組みの家」誕生のきっかけは、阪神大震災で崩れゆく住宅を目の当たりにした松井郁夫氏のこんな疑問から始まった。

「阪神大震災時、死亡者の多くは建物に下敷きになっての圧死が原因でした。地震に強いと言われていた日本の家がもののみごとに倒壊したのです。本当に日本の家はこんなに弱いのだろうか? 脳裏に駆け巡ったのはそんな疑問でした」(松井氏)

調べていくと、日本の家づくりの伝統技術は、明治以前・以後で断絶していることが分かってきたという。よく耳にする「在来工法」という言葉、「外来工法」という言葉もあるくらいなので、てっきり昔ながらの家づくりの技術がここに集約されているのかと思っていたがそうではない。現在使われている「在来工法」には西洋のセオリーが混入し、日本独自の伝統構法とは別ものになってしまったという。

「そもそも、在来工法というのは、和洋折衷の工法なのです。日本の家づくりの伝統は、明治以降様変わりしています。“列強諸国に恥じない文化を”ということで明治政府が西欧諸国から建築家を召喚しました。この時に日本の伝統の木組みの良さが失われ、家づくりの在り方が路線変更を余儀なくされたのです」(松井氏)

「木造住宅建築における構法の変遷」(山口大学工学部 内田文雄氏資料よりアレンジ)
(C)松井郁夫建築設計事務所「木造住宅建築における構法の変遷」(山口大学工学部 内田文雄氏資料よりアレンジ) (C)松井郁夫建築設計事務所

日本の家は、本来地震に強かった

「木組みの図」木と木を長手方向につなぐことを「継手(つぎて)」、直角に交差させて組むことを「仕口(しぐち)」という。組みあがると頑丈な骨格をつくるが、必要に応じて外すことができるため、再生が可能になる。 (C)松井郁夫建築設計事務所  「木組みの図」木と木を長手方向につなぐことを「継手(つぎて)」、直角に交差させて組むことを「仕口(しぐち)」という。組みあがると頑丈な骨格をつくるが、必要に応じて外すことができるため、再生が可能になる。 (C)松井郁夫建築設計事務所  

明治以前は「柔は剛を制す」の考え方で家づくりがなされていた。しかし、明治以降ここに“頑丈さ”を意識する西欧のセオリーが流入し「地震にねばり強い日本の家」という利点が打ち消されているという。

「本来日本の家は、地震に対して、傾いても倒れなければいいという考え方で作られていました。江戸時代の長屋などは、地震がくると端からみんな傾いていく。でもペシャンコになることはなく、よっこらせと端から戻していけば元に戻っていました」(松井氏)

そんなことが可能だったのは、日本の家が金物を用いず、接合部分も木を加工し凹凸を作って組み合わせる「木組み」の技術で成り立っていたからだ。地震でゆらゆらと揺れても木と木の結合部分にはほどよく遊びがあり、傾いたとしても倒れない。それが金物でがっちり止められていると木材は折れて倒壊しやすくなる。もちろん構造学上様々な要因が関係するが、簡単に説明するとこのようなことだ。

「例えば、明治以前の家には、柱と柱の間には“貫(ぬき)”という横に渡す木材を使い、柱と貫で骨格を作るのが中心でした。こうした構造は確かに地震などの際には、変形し歪みます。しかし斜めに傾いても倒れることなく中の人間を守ったのです。
ですが、西欧力学では、変形やゆがみに抵抗します。その結果、柱と柱の間には“筋違(すじかい)”と呼ばれる木材を斜めに渡すなど、変形させない構造に変わっていったのです。筋違は普段は頑丈な骨格を保っても、地震などの想定外の力が加われば折れてしまいます。今では貫や継手・仕口を使って住まいが作られることは稀で、木材の結合部には金物が使われています」(松井氏)

実証実験でも判明した「木組み」の強さ

「2007年に行われた伝統構法の強度実験の様子」30cmほど傾いているが、倒壊の危険はない。 (C)松井郁夫建築設計事務所「2007年に行われた伝統構法の強度実験の様子」30cmほど傾いているが、倒壊の危険はない。 (C)松井郁夫建築設計事務所

では、本当に木組みを用いた伝統構法は地震に強いのだろうか? 2007年に(独)建築研究所と(財)日本住宅・木材技術センターで行った伝統構法の強度実験が行われている。松井氏も加わった実験だが、伝統構法で作られた2階建ての木造住宅を巨大ジャッキをつかい押したり引いたりして強度を調べている。結果、大きく傾いても倒壊しないことが分かったのだ。

写真を見ていただければ分かるが、一階は確かに歪んでいる。しかし倒壊はしていない。実験中、力を加えるごとに家は揺れ戻されていたが、30cm傾いた段階で戻らなくなったという。ここには10tの余力があるため、これ以上揺れたところで家は倒壊しないそうだ。

「法隆寺のような木組みで作られた日本の伝統的な建造物というのは、実はいまだに構造解析がきちんとできていないのです。阪神大震災直後から木造建築に携わる仲間と勉強会を開いて学んできました。そこではやはり、明治以前の日本の伝統建造物は地震に強いはずだということが分かってきました。そこで裏付けを取ろうと大学の先生や研究者の方に意見を求めたのですが、当時は、誰に聞いても明確な構造解析はできていないと言うのです」(松井氏)

ならば伝統構法で作られた家の耐震実験ができないものかと松井氏たちは、国や団体に働きかけたという。その結果、前出の2007年の実験が実現。さらに国からも予算がおりて2008年から2013年まで伝統構法を用いた家の実証実験が行われた。

2008年には、(独)防災科学技術研究所と(財)日本住宅・木材技術センターにより、大掛かりな2階建ての伝統構法で作られた家屋の震動台実験(※)が行われている。ここでも家屋は倒れることなく、昔ながらの技術を用いた日本の家は、地震にも強いことが実証されたのだ。

「僕らは、人の命を守る家づくりがしたいのです。今の建築基準法では、耐震の考え方として家が傾くことは認められていません。それは、明治以降に入ってきた西欧力学の影響を受けて作られているからです。では、日本古来の知恵を生かすことができないのか? そんなことはありません。木組みの家は、法律をクリアするために一部だけ金物を入れてはいますが、伝統の技と知恵を生かしています」(松井氏)

※2009年の実証実験の様子は、独立行政法人防災科学技術研究所 兵庫耐震工学研究センターのHPに動画が掲載されている。

人の命を守る、家づくり

「木組み」というワードに惹かれて、取材をさせてもらった今回だが、「木組みの家」の魅力を探ることは、日本の家づくりの歴史そのものを知ることにほかならなかった。いかに日本の伝統技術が知恵に溢れ、いかに現代はそれを忘れさってしまったのかを。

「伝統構法が優れているのは耐震性だけではありません。日本の風土に合わせ、クーラーや暖房の力に頼らない環境性能の高い家を作っています。これは現在にも十分生かせるものなのです」(松井氏)

「木組みの家」には、まだまだ昔の人の知恵を活用した魅力が多い。次回は、日本の風土に合わせた「木組みの家」の工夫と魅力を紹介していきたい。

2014年 06月21日 10時09分