歴史ある建物の相次ぐ滅失が長崎県営旧魚の町団地再生に繋がった
日本の各地に点在する団地の多くは戦後から高度経済成長期の住宅不足を解消するために建てられてきた。
住宅数の充足した現在、老朽化、現在のニーズに合わないコンパクトさなどから取り壊されたり、公営住宅としての用途を廃止した団地が多い中、歴史ある集合住宅を活用しようという動きが起きている。
2025年12月6日に開催された「スターハウス・サミット 歴史的集合住宅の保存・活用を考える」と題した日本建築学会主催のイベントでは全国4団地の事例が紹介された。
最初に紹介されたのは長崎県営旧魚の町団地(以下魚の町団地)。戦後復興期の公営住宅は建設院建築局住宅建設課が作成した標準設計に従って建設されており、最古は47型。この型式で建てられた東京都営高輪アパートは建替えられて現存していないので、現存最古は48型となる。一部変形も含めて5棟が現存しており、その1棟が魚の町団地(4階建て・24戸)である。
長崎市役所にも近い都心立地の魚の町団地だが、老朽化に伴い、2013年以降17回の説明会を開催し、2018年には全入居者が退去。空き家になった。同時期には市内のあちこちで文化財、地元のランドマーク、市場などの解体が相次いでおり、県の担当者はそこに危機感、無力感などを抱いていた。このままでは魚の町団地も解体されてしまうかもしれない。
幸い、学識者からは希少な戦後最古の型のRC造公営住宅であり、建設当時の間取りや内装がよく保存されている、ノーベル賞作家カズオ・イシグロの作品に出てくる団地のモデルとなった可能性があるなどの意見が寄せられ、解体は免れた。しかし、「県の財政事情から予算措置は認められない中、次の課題は魚の町団地をどう残していくかでした」と長崎県土木部建築課の森泉さん。
そこで長崎県では2020年に官学民連携の団体「長崎ビンテージビルヂング」を発足させ、建物見学会等のイベントを年に数回実施。九州で年に1回開催されている九州DIYリノベWEEKに参加するなどで団地の認知度を上げる努力を続けることで再生への道を探ってきた。広く知ってもらうことで残したいと思う人を増やし、その声を背景に民間事業者に手渡したいと考えたのだ。
こうした地道なやり方が功を奏し、2022年からサウンディング型市場調査などを行い、2025年春には長崎県出身者を中心とするココトト合同会社の手によって魚の町団地は「魚ん町+」として再スタートを切ることになった。予算がないとできないと思っていた保存を県と民間と組むことで実現したのである。
最古の現役、静岡市営羽衣団地は移住者向けお試し住戸として募集を再開
続いては静岡市営羽衣団地(2棟、4階建て、全48戸)。同団地も魚の町団地と同じ48型だが、竣工は1949年3月で魚の町団地よりちょっと先輩。48型のうちでも最高齢である。この団地が他と異なるのは戦後の住宅不足の解消、生活水準の向上、市内事業者の育成などといった他の団地同様の意図に加え、住宅で防火帯を作ろうという意図があったこと。
静岡市では1940年に中心市街地を焼け野原にする大火があり、その復興のために作った住宅も木造であったため、第二次世界大戦中の1944年からの20数回に及ぶ空襲で再度焼失した。その経験から市はまちを火災から守る重要性を強く認識。市街地中心部を守るような場所に羽衣団地、続いて駒形団地、新通団地(いずれも1949年着工)を建設している。
また、標準の48型と異なり、住戸内には静岡市独自の工夫も多かった。地下に設けられた共同風呂はそのひとつ。階段を挟んで向かい合う8戸が日替わりで利用する形になっており、地下室に木の風呂桶が据えられていた。それ以外にも洗面台ではなく、大型のシンクが設置されている、台所の引き出しの数が違うなど細かい工夫が凝らされていた。
もうひとつ、羽衣団地はずっと現役で使われてきたことも大きな特徴。「国が定めた公営住宅の法定耐用年数(RC造で70年)を越えていることからこの10年ほどは新たな募集はしてきませんでしたが、商店街に近いなど生活の利便性が高いことから現在でも約6割の入居者がいます」と静岡市都市局建築部住宅政策課の小澤映里さん。
そこに2022年、長崎大学の学生からの問合せがあった。前述の魚の町団地の保存を考える活動の中で同年代の団地が現役で使われている静岡市にこれからをどう考えているかを聞きたいというのだ。翌年には13大学の研究者が訪れるなど、それまで特別なものとして意識していなかった羽衣団地が社会的には非常に希少なものであることが認識されるように。2025年1月に行われた建物調査では建物自体の並外れた堅牢さが明らかになった。
それを受け、静岡市では2025年から見学用の部屋を設置して一般の人向けに月に2回、定期的に団地見学ツアーを実施。さらに空室3室を改修、2025年末から移住希望者向けの長期お試し住宅として活用を始めることになった。よく、建物の解体、更新では老朽化に伴ってという枕詞が使われるが、古くなっても使える、使い続けることが可能な建物もあるというわけである。
石造りの市営住宅を地域の拠点として改装、賑わいを創出
兵庫県芦屋市の旧宮塚町住宅(以下宮塚町住宅)の再生は魚の町、羽衣団地とは異なる、地方創生という文脈で行われた。
宮塚町住宅は1953年に建設された市営住宅としては珍しい石造り、2階建て、全8戸の建物で2017年に廃止、解体が決定していた。その直前、地方創生元年と言われた2015年に「芦屋市創生総合戦略を策定する中で職員ワーキンググループがこの建物をリノベーションして地域の拠点とし、賑わいの創出に繋がるエリアマネジメントを提案しました」と芦屋市都市政策部の島津久夫さん。
それが採択され、2018年から2019年にはリノベーションが行われた。耐震改修を行い、竣工後に増築された浴室を撤去、階段手摺等の改修を経て入居者の募集が始まったのは2019年6月から。主に女性をターゲットとしたスタートアップ施設として使われることとなり、期間5年間の定期借家契約、市場価格より低めの家賃ということもあって多くの利用希望者が集まった。この第1期ではガラス工房、革製品などのモノ作り職人、紅茶専門店などが入居している。
また、宮塚町住宅の北側にはRC造の市営住宅が建っていたが、こちらは2017年に解体され、民間事業者の提案で貸農園となっている。宮塚町住宅との間には広場空間があり、これらの空間を利用して定期的にイベントなどがひらかれているそうだ。
石造りの団地は他に例がなく、経年で風格を増した建物は団地というイメージとは一味違う。2020年には国の登録有形文化財として登録の答申が公表されており、同年8月には正式に登録された。ちなみに同団地はコンクリートブロック造の簡易耐火2階建ての標準設計を現す52FC 型。1952年度に設計された、フラット型(F)、12坪前後の規模(C)という意味で、それがなぜ、コンクリートブロックでなく、日華石(石川県小松市産の凝灰岩)で作られたか。コンクリート不足に対応するためとされるが、作られたのはこの1棟のみ。謎というか、ロマンをかきたてる建物である。
その後、コロナ禍で第1期入居者の活動が大きく制限されたため、入居期間を1年延長。2025年5月には同年10月からの第2期入居者を募集、選定したそうである。写真を見ると雰囲気ある建物の周囲には植栽が配され、アーチ型の門もあって風景に彩を添えている。スタートアップ施設としてだけでなく、景観という面から地域に寄与する建物として再生されたといえそうである。
希少な最初期スターハウスを築100年目指して活用
団地好きの間で人気の高い住棟形状にスターハウスがある。これは一般的には中央に三角形の階段、そこからY字型、放射状に住棟が伸びる、上空から見ると星の形に見える建物で、一般的な板状の住棟と違い、採光、通風面でメリットがあると言われる。今回、このイベントが開催された東京都赤羽台にある旧赤羽台団地もかつては複数のスターハウスが建てられており、現在はそのうちの3棟が国の登録有形文化財として保存されている。
福島県でも1957年に福島市の県営桜木町団地で建てられたのをはじめとして県営住宅5団地で8棟111戸のスターハウスが建てられてきた。そのうち、福島市の県営野田町団地、いわき市の県営玉川団地の2団地で4棟54戸が現存している。
福島県では2019年に前述の旧赤羽台団地のスターハウスが登録有形文化財に登録されたことを受け、県営住宅のスターハウスについて調査を実施。「その結果、野田町団地の2棟24戸は1953年に建築家の市浦健氏が建設省(当時)と共同で設計したスターハウスの最初の型である54C-2型であることが分かりました」と福島県土木部建築住宅課の綿谷彰夫さん。しかも、同型として現時点で現存が確認されている3棟のうちの2棟で、竣工後、大規模な改修が行われていないことから当時の設計思想が垣間見えるものという。
同団地は2000年に用途廃止を決定、新規募集を停止していたが、調査結果に加え、2021年からは大学の研究者の視察、雑誌や書籍での紹介などが相次いだことなどから用途廃止を当面維持、改善と順次変更。2025年には保存活用へと舵を切った。
保存活用にあたっては築100年を目指し、国の登録有形文化財登録を見据えて住まいの他に新たな機能を加えた再生モデルとするとしている。ただし、現状では入居者の高齢化率が高い、20年以上計画的な修繕が行われていないことから劣化が進行している、設備、断熱などが現行仕様とは遠いものになっているなど問題も山積。駐車場やエレベータもない。
だが、県としては2025年の基本構想策定、公募型プロポーザルからスタート、2029年には供用開始、活用事業を開始したいとしている。どのような活用になるかはまだこれからだが、数少なくなったスターハウスが再び注目されるのは楽しみなことである。
ちなみに福島県では「ふくしま建築探訪」という建築好きにはたまらないポータルサイトを開設しており、野田町団地はそこにふくしま三ツ星建築として紹介されている。イラスト入りで詳細に見られるので関心のある方はぜひ。
四半世紀前のスラム化した民間賃貸の再生が流れを動かした
築年数の古さにもかかわらず、使われ続けることになった4団地を紹介したが、ここまでお読みいただいて気づいたことがあるだろう。長崎県の魚の町団地の保存への模索が静岡市の羽衣団地の再評価に繋がり、旧赤羽台団地の登録有形文化財登録が福島県の野田町団地の行動に結びついた。世の動きは他にも及ぶのだ。そしてそれが今、古い団地を見直してみようという広範な動きに繋がっているわけだが、その発端となった建物がある。
それが福岡市にあるリノベーションミュージアム冷泉荘である。これは一時はスラム化した1958年築の民間賃貸住宅で、オーナーである吉原勝己さんが四半世紀という長い時間をかけて再生させ、2024年には戦後に誕生した民間の集合住宅として初めて国の登録有形文化財にもなった。
住宅として建てられたが、現状はアトリエ、オフィスなどとして使われており、かつDIY可。人が集まる、開かれた建物として使われていることから、経年はプラスに働いており、2006年当時3万5000円だった賃料は2015年の時点で6万円に。さらに2025年時点では9万円を超えている。
AIで吉原さんのもう一つの賃貸物件を想定して検証してみたところ、取り壊さずに同じビルを100年経営し続ける場合と50年で建替える場合では100年後に残る資産は100年経営のほうが20億円ほど多く残ることになるのだとか。まして建築費、人件費が高騰し続けるこれからであれば、その差はさらに大きくなるだろう。
また、古い建物は金銭的価値だけでなく、そこで働く人、暮らす人の間に共感、つながりという目に見えない価値をも生むと吉原さんはいう。家賃や駅からの距離、専有面積などといった数字ではなく、古いもの、時間に対して共通する価値観を持っている人が集まるからで、人の繋がりの薄まりつつある時代にあってはそうしたものは大きな強みになるはず。
また、住宅以外で使う、DIYで改修するなどといった手法は予算をかけずに活用したいという場合には参考になるやり方。民間と協働することも含め、こうした古い建物を使い続ける事例がさらに広まれば再生される団地、建物も増えていくのではなかろうか。古い建物に関して明るい希望を持つことができたイベントだった。




















