車いす利用者のための住みよい部屋、部屋探しの条件とは?
高齢化社会の進行とともに、バリアフリーの重要性・ニーズがますます高まっている今の日本。商業施設や公共施設などではバリアフリーやユニバーサルデザインが注視され、身体を動かしづらい人や子育て中の人にも負担の少ない環境の整備が進んでいる。しかし、住まいに関してはどうだろうか。中でも、障害者が快適に暮らせる住まいを見つけることは依然として大きな課題となっている。
多様な障害の中でも、バリアフリーに強く紐づいているのが、車いすユーザーの場合だ。
今回は車いすユーザー当事者から、住まい探しでどういった点に困るのか実体験を聴き、当事者にとって最適な部屋や合理的配慮について考えていきたい。
“バリアフリー”を大前提に物件検索。しかし内見をすると…
インタビューに先立ち、Aさんのこれまでの住宅の遍歴をうかがった。
「幼少期から一戸建ての祖父母宅で3世代同居をしていました。今から15年ほど前、私が20代の頃、近隣に新築市営住宅が建設されたのをきっかけに、そこの2LDKのバリアフリー居室へ母と転居しました。以来、同じ部屋で暮らしていますが、3年前に母が再婚で転出したため、現在は一人暮らしです」
これまでの一般賃貸住宅への引越しについて尋ねると、3~4年前に引越しを検討したことがあるという。その際、Aさんはインターネットで“バリアフリー”をキーワードに検索。ヒットした物件から候補を洗い出し、2件ほど内見したそうだ。
「5年ほど前に転職をしてある程度の収入が見込めるようになったので、市営住宅からの住み替えを考えたのがきっかけです。1件目は同市にあるマンションの1階の1LDK、2件目はエリアを移して県庁所在地の一戸建てでした。ただ、物件情報では『バリアフリー』と謳っていても、実際に内見をすると車いすでは使いづらさ、難しさを感じることが多くて入居申し込みを見送ったのです」
「自分の住宅の選択の幅は狭い」部屋を探して知った難しさ
Aさんの言う「車いすでは使いづらいバリアフリー」とは、具体的にどういったことなのだろうか。部屋探しでの困った点について、Aさんは続ける。
「第一に、玄関に上がり框がある住宅が多い点です。『車いすでも移動しやすい室内になっています』と説明書きがあっても、玄関が入れない。
次に、駐車場から住宅までの道のりが砂利だったこと。私は車を持っていて、移動は自分で運転しているのですが、駐車場から部屋までの移動が大変であきらめました」
特に地方に住んでいると、車での移動は必須だ。Aさんが住む地域も車社会とのこと。2件目で県庁所在地の都市部を視野に入れたのは、移動に伴う交通や路面状況の利便を考えてのことだったからだそうだ。
また居室内に関しても、トイレ周りについては悩みの種だったという。
「これは車いすを使う人には当たり前なのですが、トイレを使う際は便座の所まで車いすで入って行く必要があります。ですが、そもそも車いすがトイレのスペースに入れないのです。もし入れたとしても、今度は扉が閉められない。トイレが使いづらいのは困りました」
車いすが進むために必要な幅は65cm以上。開き戸の場合はさらに開閉に必要な空間も必要となる。1人住まい向けの賃貸はコンパクトな造りが多い中、車いすユーザーにとって暮らしやすい物件を探し出すのは、藁の中から針を探すようなものなのだ。
“バリアフリー”と条件付けした結果出てきた物件にもかかわらず、車いすには向いていなかったときの落胆はいかばかりだろう。結局、厳選した2つの物件とも住み替えを見送ったAさん。当時の体験をこう振り返る。
「『やっぱり自分は住宅の選択幅が狭いのだな』と痛感しました。そうなると、今の市営住宅に住み続けるか、住宅を購入するかの2択しかないのだな、と思いました」
車いすユーザーの“目線での”部屋探し・住まいへの工夫
祖父母宅は一戸建てのため家族の介助が必要だったそうだが、現在住んでいるバリアフリー化された市営住宅では、自分のことはすべて自分でできるようになったのが住み替えでよかったことのひとつだそう(画像はイメージ)Aさんは、インターネットで物件を検索し、不動産会社に車いすであることを伝えたうえで問合せ、店舗へと出向いた。当時の不動産会社の対応は、2件とも接客の対応が悪かったことはなく、物件への案内も丁寧だったそうだ。
「ただ、バリアフリーの状況に関して、それほど理解が深くなかったのではと感じました。物件情報にはバリアフリーと記載をしていても、車いす利用者が来ることを想定していなかったのかもしれません。バリアフリーを必要とする障害者といっても、障害の程度や症状は異なります。一般的にそうした情報が認知されていないのか、ちょっとでも段差がなければ『バリアフリー』と書かれてしまうことが多いのかな、という印象を受けました」
健常者と当事者の間の認識の違いで、当事者が必要とする情報が届かないのは事業者としても不本意なことになりかねない。
では当事者が欲する情報はどういったことか、Aさんに車いすユーザーにとっての物件の探し方や欲しい情報を解説いただいた。
「探す方法は、インターネットで物件検索をするほか、当事者の知り合いのネットワークで転居を耳にしてスライドして引越す、というのもよく聞きます。あとは物件を購入する人が多いですね。都内だとマンションかもしれませんが、地方在住者は一戸建てが大多数です」
物件探しにおいて重要視するのは、バリアフリーの検索条件だけではなく“写真”だという。
「ウェブサイトなどで探す際は、写真をたくさん見られるページは細かく確認していました。それでいうと、室内をマウスで動かして360度見渡せる物件紹介はとてもよかったです。ただ、視点は人が立った状態での高さなので、もう少し低い目線…腰のあたりで見られるといいですね」
お話を基にAさんがお住まいの市の1LDKの賃貸物件を検索したところ、ヒットした部屋は約600件。しかし、“バリアフリー”を検索条件に入れると5件程度と極端に減る。Aさんが部屋探しをした際のバリアフリー物件数もこれとあまり変わらなかったという。そのうえ同じオーナーが運営するバリアフリー物件と紐づけられた、非バリアフリー物件まで検索結果に出てきたこともあったそうだ。
こうした状況に、不動産に関わる人たちはどう応えていけるだろうか。Aさんが賃貸オーナーや不動産会社、不動産ポータルサイトに期待することを尋ねた。
「高齢化社会の今、もっと高齢化に対応できる仕様にすると入居したい人が増えるのではと思います。そうしたバリアフリー化を面倒に感じるオーナーも多いかもしれませんが、バリアフリー仕様になっていて困ることはないと思うのです。バリアフリーの導入を積極的に考えてもらえたらうれしいです。
不動産会社・不動産ポータルサイトには、写真の一面的なものだけでなく“すべて”が見られるようになってほしいなと思います。普段私たちが外出するときは、Googleストリートビューを使って目的地周辺に段差がないかなどを確認しています。それと同様に、物件情報と併せて気軽にバリアフリーの状況も見られたらいいですね。
また、福祉住環境コーディネーター(※)やバリアフリーに詳しい社会福祉士が物件を紹介するウェブぺージなどがあると、物件のバリアフリーに関する信用が高まるように感じます」
住宅確保要配慮者の住宅支援には、社会福祉協議会や居住支援法人などの窓口があるが、民間では余白のある分野といえる。企業の取り組み方次第で、企業と顧客の双方の利益を生める可能性を感じられる話だ。
※福祉住環境コーディネーター……東京商工会議所が認定する公的資格。高齢者や障害者に対して住みやすい住環境を提案するアドバイザー。
合理的配慮の義務化で、声を上げにくい人が上げやすい環境に
Aさんは現在、ヘルパーをつけずに一人暮らしをしているとのこと。部屋探しを経験したことで、自身が今住むバリアフリーの住宅の便利さに改めて気づかされたという。
さらに、身体障害者の一人暮らしでも時代の変化で生活不便さが解消されてきているそうだ。Aさんの暮らしの工夫について、詳しく聞いてみた。
「たとえば家電でいえば、ドラム式洗濯機が台頭して、車いすに乗ったままで洗濯から乾燥まで済ませられています。冷蔵庫の冷凍庫部分が多いものを購入し、冷凍宅食弁当を活用して、食事についても誰かの力を借りずに済んでいますね。高い所にあるものを取るときはリーチャー(伸縮するマジックハンドのような道具)を使うなど、あまり暮らしに不自由を感じてはいません」
障害者差別解消法が2024年4月に改訂されてから数ヶ月。障害者を取り巻く環境に変化の兆しはあるだろうか。Aさんに尋ねたところ、「変わった実感はあまりありません」と即座に答えが返ってきた。「ですが…」とAさんは続ける。
「私のように、自分の意思を伝えることが抵抗なくできる人はいいのですが、障害者の中にはそうでない方もいます。『助けてほしい』『手伝ってほしい』と言えない方にとっては、合理的配慮の義務化で思いを伝えやすい環境に変わるのではないか、と期待しています。
しかしこれも表裏一体で、言いやすい環境になるからこそ『なんでも要求されるのでは』と思われることも危惧しています。難しい問題ですね」
一人暮らしを謳歌しているAさんから、単身生活を考える車いすユーザー当事者へのアドバイスをお願いしたところ、ここでも人との関わりが鍵となっていた。
「先ほど話した家電やサービスのように、今は一人暮らしをするにあたっての問題がクリアしやすくなってきていると思います。とはいえ、ひとつ心がけてほしいと思うのが、ある程度のご近所付き合いはできていたほうがいい、という点です。たとえば雪が降ったときの雪かきや、急病など、自分一人ではどうにもならない事柄は起こり得ます。その際に頼れる関係を築くためにも、人となりを知ってもらう働きかけを自分からしてみてください」
「障害があることは特別ではなく、誰もがなり得ること」
法的な動きを筆頭に、人の多様性を受け入れる社会づくりが広がりを見せている。車いすユーザーも含む障害者にとってハードルがない世の中にするためには、この先どう変わっていくといいか、当事者としてAさんの意見をうかがった。
「健常者の方の多くは、障害を特別なことと捉えているように見受けられます。けれど、明日急になるかもしれない、誰もがなり得ることなのです。“障害のある暮らし”に当事者意識をもってもらえれば、社会全体が変わっていくのではと思っています。
当事者としては、こうした機会を得て自分の知見をアウトプットしていきたいです。一人でも多くの方に、障害のある暮らしを知ってもらうことが大切だと感じています」
“バリアフリー”とは、障害のある人が社会生活をしていく上で障壁(バリア)となるものを除去することを意味する。段差やスイッチの位置といった物理的な障壁の除去だけでなく、社会的、制度的、心理的とより広い意味の障壁の除去にぜひ目を向けてもらいたい。
バリアフリーを見る視点を広く、そして意識する人が増えるたびに、幸せを感じられる暮らしの数が増えていくはずだ。
■取材協力:株式会社ミライロ
https://www.mirairo.co.jp/
■関連記事:車いすユーザーの部屋探しの選択肢を広げる、当事者に聞く探し方のポイント
https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_01150/
■関連情報:住宅弱者問題の解決を目指すLIFULL HOME'S「FRIENDLY DOOR」が「ユニバーサルマナー検定(不動産)」をミライロと共同開発
https://lifull.com/news/29447/
※当事者の方からのヒアリングを行う中で、「自身が持つ障害により社会参加の制限等を受けているので、『障がい者』とにごすのでなく、『障害者』と表記してほしい」という要望をいただきました。当事者の方々の思いに寄り添うとともに、当事者の方の社会参加を阻むさまざまな障害に真摯に向き合い、解決していくことを目指して、本記事内では「障害者」という表記を使用いたします。
【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」や「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。
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