セクシャルマイノリティをめぐる住まいの2大問題、トランスジェンダーのひとり暮らし

同性カップルが賃貸物件を借りにくいのはなぜ? 課題とこれから」の記事で、LGBTsの住まい探しやライフプランニングサポートに携わる不動産会社、株式会社IRIS代表の須藤啓光さんに取材を行った。そのなかで、LGBTsと住まいを取り巻く大きな2つの問題のうちの1つ、「トランスジェンダーのひとり暮らし」にも話が及んだ。
トランスジェンダーとは、身体の性別と自認する性別が異なる人のことだ。これまでこの話は公にすることを避けてきたけれど、あえて…と語ってくれた須藤さん。現場の目線で感じる課題を伺った。

※今回の記事では、LGBTに限らずすべてのマイノリティに親切な企業でありたいというIRISが掲げる思いを踏まえ、LGBTsと表記している。

セクシャルマイノリティをめぐる住まいの2大問題、トランスジェンダーのひとり暮らし

――以前のお話では、「LGBTsをめぐる住まいの問題は大きく2つある」ということでした。1つは「同性カップルのお部屋探し」についてでしたが、もう1つの問題である「トランスジェンダーのひとり暮らし」について、詳しく聞かせてください。

LGBTsの方々の住宅をめぐっては、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルなど、それぞれ問題となることが異なってきます。トランスジェンダーの場合は、ひとり暮らしに問題が生じやすいです。もっと詳しく言うと、「見た目と戸籍の違い」の解消が課題になっています。

――「見た目と戸籍の違い」によって、具体的にどんな問題が生じるのでしょう? 同性カップルのケースでは不動産会社の営業の方から不快な対応をされる、申込時に大家さんや管理会社から断られることが多いなど、契約を結ぶ前に問題が起きがちとのことでしたが、トランスジェンダーの方の場合も同様ですか?

いいえ、トランスジェンダーの方の場合、主に問題になるのは「申し込み後」と「契約後」です。正確に言うと、「申し込み後」と「更新のタイミング」、ですね。
ある程度ご本人の見た目と自認する性が近づいていれば、お部屋探しの最初の段階で問題になることはあまりありません。たとえば、女性を自認している男性がホルモン治療を含めたGID(性同一性障害)治療を行って一目で女性だとわかる場合、窓口で相談されている段階では何の壁もありません。しかし、申し込みをしたときに、「あれ?」と疑問を持たれてしまうことが多いです。そこから見た目と戸籍の違いについて尋ねられることになって、大きなストレスを受けやすいですね。
さらには、そうした事情を不動産会社や大家さんに説明しても理解してもらえず、契約が白紙になることがあります。これが申し込み後の問題です。
加えて、お部屋の契約更新のときにも同様の問題が起こり得ます。

性別を変えて終わりじゃない、個人情報のアップデートからの壁

――更新のタイミング、というとどういうことでしょうか?

住んでから戸籍の変更をしたり、見た目が大きく変わったりした場合、大家さんや管理会社から「あれ? あの部屋って女性が住んでいたよね、男性が住んでいるの?」と疑問を持たれて、そこからマイナスの影響を周囲に起こし得るんです。

――つまり、入居して2年ぐらいは平穏に住んでいられるけれど、更新のタイミングで性別が変わっていることがわかったりすると、揉めてしまうことがあるということですね。

そうですね。
名前は性の不一致を理由に家庭裁判所に改名の審判を申請して変更することができます。私の会社のスタッフにも、もともとは男性で自認が女性で見た目も女性という人がいます。女性として一緒に働いていますが、IRISに入社してから名前の変更が認められました。
名前の変更が認められると、マンションの契約更新のタイミングで名前が変わったことを公表して、契約書を修正しないといけません。しかもその後に治療を進める中で性別適合手術を受けていくとなると、戸籍も変わります。何かを変えたときに、個人情報のアップデートを都度していかないといけなくなるのです。そこを理解してもらえるか否かですね。

――そう考えると、そもそも賃貸借契約の書類に性の記載が必要なのか、という話になりますよね。

まさにそうです。今IRISと連携している保証会社さんでは、男性・女性の性別欄を消してもらっています。IRISの入居申込書にも記載はありません。
ですが、他社さんではまだ慣例として性別欄があります。まれにある「女性限定物件」や「男性限定物件」との兼ね合で、性別を認識したいという意図があるのかもしれません。しかし、そういう物件は1割にも満たないのではないか、と私は思っています。そうであれば、性別の確認はそこまで優先すべき事項ではないですよね。

不動産業界の人たちにLGBTsについてお伝えするときは、今お話ししたことをより理解してもらう必要があるのかなと思います。

性別を変えて終わりじゃない、個人情報のアップデートからの壁

賃貸がダメなら購入したい、でも住宅ローンが借りられない

――性別の問題でここまで賃貸借契約が難しくなるとは思いませんでした。

意外と知られていないですよね。そういった課題があるから家を買いたいと思われる方も多いです。ただ、ホルモン治療をしていたり、性別適合手術を受けていたりすると、住宅ローンを組むために加入がほぼ必須となる団体信用生命保険(住宅ローンの返済中に万が一のことがあった場合、生命保険会社から支払われる保険金により残りの住宅ローンが弁済される保障制度のこと。通称、団信)に入れません。

金融機関からは働けなくなったときの補償を求められるので、「団信に入れないなら、ローンの審査は通りません」ということもあります。それを代替する生命保険も入れるものが限られています。その結果、入れるものが共済のような1,000万円程度のものしかありません。あとはキャッシュで一括購入するしかないのですが、全額出せる人はそうはいないので、やはり家を買うこともなかなか難しいです

賃貸がダメなら購入したい、でも住宅ローンが借りられない

デリケートな問題だけれど、今だからこそ声を上げて改善へ

――冒頭でおっしゃっていた「LGBTsの住まいは、それぞれによって問題となることが異なる」というお言葉がよくわかるお話でした。

今まではトランスジェンダーの方について、あまり声を大にして話してきませんでした。非常にセンシティブな話題なので、トランスジェンダーの当事者からすると、「ゲイの人にトランスジェンダーの気持ちはわからないだろう」と思われるのではないかという懸念があったのと、そういった声が広まってしまいかねないことを危惧していたからです。
ですが、最近はそういうことも言っていられないと思っています。この問題を課題として提議するフェーズになったという実感があります。

――確かに、当事者は声を上げづらい問題ですね。先に伺った同性カップルのお部屋探しとはまた違う難しさを感じます。

よく、「LGBT」と一括りにされるけれど、「LGB」は一緒でも「T」は違う、と言う人がいるのはそういうことなんですよね。
セクシャリティが違うと言われますが、LGBTsも一枚岩ではないのです。

――一括りにされがちですけれど、それぞれ事情は異なるということですね。

当事者の中には一括りにされたくないという思いを持つ方も多いです。
私も会社を立ち上げた当初、LGBTs当事者の方から「LGBTsを食い物にしやがって!」と批判を受けることが多くありました。ですが、最近は衣食住の“住”はとても大変だよねと、応援してくださる人が増えました。お声がけをいただいたメディアに出演すると、意見を異にする人たちからの批判も多くて正直怖いです。でもそれ以上に賛同してくれる人が増えてきている印象です。

また、古い体質が残っているといわれる不動産業界も、ゆっくりですが時代に合うよう変化をしてきています。たとえば、若い世代、20代前半ぐらいの人たちは、そもそもLGBTsに関してバイアスをもつ人が多くないです。そういう世代の人が接客をしていたら、窓口で不愉快に感じることもありません。
メガバンクを中心にLGBTsを対象にした金融商品が出てきたことをはじめ、水面下でいろいろと動いている企業もあるので、不動産業界は今後5年の間に大きく動くのではないかと思っています。

デリケートな問題だけれど、今だからこそ声を上げて改善へ

株式会社IRISは来店者の9割がLGBTsの当事者、残り1割が住宅弱者と呼ばれる方たちだという。そうした顧客一人ひとりに向き合い、住まいのトラブルに接してきたからこそ、マイノリティの問題を内輪で克服していくだけでなく、問題の周知が必要であるという強い思いを感じたインタビューだった。実際にこういった困り事があることを知らなかった方もいるのではないか。
ご自身の体験も交えて、マイノリティは得てして負のループに陥りやすく、LGBTs当事者もそうなる可能性が高いと危惧していたのが印象的だった。
性別に縛られず、その人がその人らしくいられる社会の仕組みを、身近なところからも考える必要があるのかもしない。

お話を聞いた方

お話を聞いた方

須藤 啓光(すとう・あきひろ)
1989年、宮城県生まれ。不動産会社勤務を経て、大手金融会社にて保険、証券、投資信託のリテール業務に携わりながら、2014年からファイナンシャルプランナーとしてLetibeeにライフプラン関連の記事を寄稿。同時期に、自身でもWEBマガジン「IRIS(アイリス)」の運営をスタート。2016年にIRISを法人化、株式会社IRISを設立。以降、代表取締役CEOとして営業部門の統括を担当する傍ら、LGBTQ当事者のライフプランニングサポートや各種コンサルティングをはじめ、ラジオ番組のMCなど活動は多岐にわたる。

株式会社IRIS https://iris-LGBTQ.com/

※本記事の内容は、LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL note 2021年8月掲載当時のものです。

お話を聞いた方

【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。

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