部屋を借りにくいシングルマザーに「シェアハウス」という選択肢

「好きな“不動産”と“子ども”とで何かできたら」と、シングルズキッズ株式会社を立ち上げた代表取締役の山中さん。自身も上用賀のシェアハウスに愛犬と住んでいる「好きな“不動産”と“子ども”とで何かできたら」と、シングルズキッズ株式会社を立ち上げた代表取締役の山中さん。自身も上用賀のシェアハウスに愛犬と住んでいる

65歳以下の子育て世帯のおおよそ7割超が共働きという今、ひとり親が子どもを育てていくには、さまざまな難しさがつきまとう。
住宅の確保に関しても、特にシングルマザーの住まい探しには困難が生じている。2022年に行われた「LIFULL HOME’S『住まい探し』の実態調査」によると、シングルマザー・ファザーは、住宅弱者層の中でも特に契約まで時間を要している状況がうかがえる。とりわけ、母子家庭のほうが契約までより時間がかかり、住まい探しに難航する様相が明らかとなった。

そのような状況の中、光明となる“シングルマザーに特化したシェアハウス”があるのをご存じだろうか。同じ“ひとり親”という境遇の人が集い、一つ屋根の下で暮らすシングルマザー向けシェアハウスの運営や暮らしはどういったものなのか。都内近郊に5つのシェアハウスを運営、3つの開設を予定しているシングルズキッズ株式会社代表の山中 真奈さんにお話を聞いた。

個性豊かなシングルズキッズのシェアハウス。すべては子どもたちの幸せのため

2017年「MANAHOUSE上用賀」を筆頭に事業を開始した山中さん。MANAHOUSE上用賀では、平日には日替わりのスタッフが作る晩御飯の提供、夜20時までの見守り、お米サポート等のサービスが共益費に含まれている。フルタイムで働くシングルマザーにはありがたいサービスだ。運営開始から約7年。1棟8室から始まった事業は、2024年3月現在で5拠点30室に拡大し、これまでおおよそ70組のひとり親家庭と若者を見守ってきた。

シングルマザーに照準を合わせた住まいを事業にした経緯を尋ねると、20代に勤務した埼玉県内の不動産会社での体験が源流となっていたそうだ。

山中さん「都内在住だったけれど、家賃を下げるために沿線を下ってきた、というシングルマザーのお客様が来店していました。ご相談やお申込みを受けて、大家さんに入居希望を伝えても、『子どもの足音がうるさいのでは』『DVの元夫が押しかけて来そうで不安』と断られたり、管理会社からNGが出たりと、入居をお断りすることも。『目の前にいる人はこんなにいい人なのに、シングルマザーだからと断られるのはなぜだろう』と違和感がありました」

心境を変えたのが、2010年に起こった大阪2児餓死事件だった。

山中さん「友人が赤ちゃんを授かって子どもの可愛さに心打たれていたときに、あの事件を受けてかなりショックを受けました。あんなふうに子どもが理不尽な仕打ちを受けることもそうですが、ニュースに取り上げられない、保護されることもない、ギリギリで虐待から生き延びている子どもたちもたくさんいることが切なくて。子どもたちを笑顔にしたい――そのためには、母親の心に余裕があって安定した生活環境が必要だ、と考えました。そこで、自分の好きな『不動産』と『子ども』を絡めた事業ができないかと、経営に詳しい知人と策を練って、浮かんだ事業案が“シニアが管理人の現代版下宿”という構想です。その知人に背中を押される形で、シングルマザー向けシェアハウスを事業として展開することにしました」

シェアハウスを立ち上げるにあたって、運用可能な賃貸物件を探していたところに偶然知り合ったシニア女性の“関野さん”との出会いが、MANAHOUSE上用賀のスタイルを生むことになったという。

山中さん「子育て世代にキャッチーな街に絞って物件を探していた際、渋谷で認可外保育を長年続けていた関野さんの存在を知りました。お話を伺いに行ったところ、ちょうど関野さんが当時お住まいだった場所から立ち退きを迫られていたとのことで、『それなら一緒にやりましょう!』とお誘いしたのです。シッター経験のあるシニアが管理人として同居し、食事と子どもの見守りをサービスとして付けた運用が可能となりました」

当初はシェアハウスの運営に乗り気ではなかったという山中さん。「一緒に暮らすと子どもと遊んだりもして楽しいですよ」とシェアハウスのよさも実感しているそう当初はシェアハウスの運営に乗り気ではなかったという山中さん。「一緒に暮らすと子どもと遊んだりもして楽しいですよ」とシェアハウスのよさも実感しているそう

肝は物件探し。シングルマザー向けシェアハウスを始める難しさ

シェアハウスとなると、かなり規模の大きい物件が必要となる。また、シェアハウス向きの間取りや条件も通常の賃貸とは異なるだろう。

山中さん「物件はREINS(レインズ・不動産流通機構会員専用情報交換サービス)で探しています。ただ、シェアハウス可の物件を見つけるのは、かなり大変です。不特定多数が住むこと、出入りが多い、騒がれる、管理やリスクヘッジを誰がするのか、といった点から難色を示す大家さんが多いです。逆に、なかなか入居が決まりにくい物件はOKが出やすいように感じます。築年数が古かったり、旧耐震だったりする物件は交渉次第で話がまとまりやすい印象です。そういった物件を改修して対応しています」

上用賀のほか、現在開所中のひとり親家庭と児童養護施設出身の若者が暮らす本八幡、愛犬愛猫と同居可の桜丘、板橋区役所前の物件はいずれもREINSで探した物件とのこと。ただ、ポノハウス池袋は例外的という。

山中さん「ポノハウス池袋は豊島区との連携によって実現しました。区の住宅課に寄せられた空き家相談に対し、社会貢献的な目的で利活用をするNPO団体・シェアハウス運営事業者等と大家さんをマッチングする仕組みでした。残置物だった家具も引き取って活用しています。区が間に入ってくれることによって、大家さんの安心も担保でき、私たちも直接大家さんと交渉できたので、とてもありがたかったです。豊島区のスキームがどんどん増えるといいですね」

シェアハウスの運営には、山中さんのこだわりもあるようだ。

山中さん「私がやりたいのは“地産地消”です。シェアハウスがいかに人とのつながりを周りに広げられるか、を大事にしています。地元の方や地元の大家さんがやりたいことに寄り添う、あるいは地元の支援団体と協力してシェアハウスを運営するモデルをベースに考えています」

MANAHOUSE上用賀のリフォーム前後。もともと薬品製造会社の自宅兼工場を借り上げて、シェアハウス用に全面改修したMANAHOUSE上用賀のリフォーム前後。もともと薬品製造会社の自宅兼工場を借り上げて、シェアハウス用に全面改修した

入居者と一緒に暮らし、とことん向き合う

シェアハウスを運営していくうえで、住まいと人の在り方について学びを重ねている山中さん。「大家の学校」や「リノベーションスクール」などにも参加し、不動産賃貸業の経営面だけでなく、暮らしとコミュニティーについても研鑽を積み、自身のシェアハウス運営に活かしている。

山中さん「事業開始当初の目標として『住み込みでシェアハウスの現場最前線の役割を担いつつ、現場で得た知見を基にオペレーションを構築し、トラブルを最小限に抑えられるルールや契約書を作成し、5年で3棟を運営』を掲げました。その目標は無事に達成できたのですが、その過程はなかなか大変でした。シングルマザーの大変さにはどんなことがあるのか、虐待と呼ばれる事象の背景などに、一緒に住んでいることで気づくことができました。別の場所で事務所を構えて管理していたり、時折行ったりする程度では見抜けなかったと実感しています」

シングルズキッズでは、入居を検討する人とまず面談し、個別の状況を把握。そのうえで、シェアハウスのルールと規約を説明して、入居を希望するか確認しているそうだ。

山中さん「今まで全国のシングルマザー向けシェアハウスではトラブルが多く、撤退する事業者も多数ありました。ルールや契約書をしっかり定め、はじめにしっかりと説明することが大切です。そしてルールに反した行為やトラブルが生じた際には、契約書に立ち戻ってもらい、ルールを順守するようお願いしています。それは他の入居者さんの安心安全な暮らしを守り、私たち運営事業者を守ることにもなりますから。また支援する側として、自分たちがどこまでできるかの線引きをしないと、疲弊してしまいます。シェアハウスのルールをしっかりと決めることで、入居者が人との距離感や自分との向き合い方を学べる場にもなっていると思います」

現場でシングルマザーたちと向き合ってきたことで、山中さんには新たな構想も生まれているという。

山中さん「コーチングなどのプログラムと、半年間の家賃助成を受けられるプロジェクトを2024年の5月から運用しようと動いています。家賃助成を得られる代わりに強制的に自立するための伴走支援がつくイメージです。DV避難をした女性が、自立を急ぐあまり焦って決めた仕事が自分にまったく合わなかったり、年収が妥当でない仕事に就いてしまったりすることを背景に、“仕事が続かない”“今後の見通しが立てられない”“子どもにきつく当たってしまう”といった事態に陥る状況を、シェアハウスの運営を通して見てきました。寄り添うだけでは自立支援は難しいと私は感じていて、それならば、大家という多少強制力のある立場で自立支援を行っていけたら、と考えています。大家だからできる支援の仕方ですね」

「シングルマザーの皆さんが一様に抱えるのは、孤立・孤独。シェアハウスでつながりを求めているのだと思います」と山中さん。玄関の本にはエンパワメントに関する書籍も「シングルマザーの皆さんが一様に抱えるのは、孤立・孤独。シェアハウスでつながりを求めているのだと思います」と山中さん。玄関の本にはエンパワメントに関する書籍も

真の自立のために。シェアハウス運営からさらに広がる輪と構想

豊島区の官民協働によるポノハウス池袋本町、板橋区の休眠預金・空き家を活用した事業の採択によるMANAHOUSE板橋区役所前、近接する若者を支援するNPOとの協力で成り立つ本八幡のMANAHOUSE with YOUTHといった、地元自治体や団体と連携した公共性の高い事業に発展を遂げた今。山中さんの「子どもたちの笑顔のために」というブレない姿勢は共感を呼び、個人不動産オーナーからの問合わせも増えているという。
2024年3月には、シングルズキッズの想いに共感した個人不動産オーナーの呼びかけで生まれた、パススルー型サブリース(テナントの収益により不動産所有者の収益が変動する契約形態)で運用する登戸コミュニティアパート型母子ハウス、「みたか多世代のいえ」(2024年予定)と、多世代のコミュニティースペースを有するシェアハウスが開所予定とのことだ。

山中さん「多様性の時代といわれる今でもなお、住宅要配慮者の入居にまつわる状況はあまり変わっていません。ですが、変わらなければいけない。それを変えていけるのは大家さんだと思っています。事実、大家さんの意向で管理会社の対応が変化することは大いにあります。私たちの目指す『子どもをハッピーにする住宅』は、ただ家を用意する、仕事を用意するのではなく、内面的なサポートも取り入れた居住支援を目指しています。ですので、シェアハウスだけではなくアパートやマンションなども活用し、子どもたちが楽しくてハッピーになれる地域を作りたいですね」

“子どもの笑顔のため”と強いミッションを掲げ、ビジョンを事業化した居住支援を行う山中さんは、「大家さんだからできることが多く、大家さんはチャンスなんです」と強く語る。

山中さん「ただ、実際に運営するには具体的支援のノウハウやリスクヘッジ、リカバリープランが必要です。そのノウハウをもっている運営者やNPO、居住支援法人と組むのも有効だと思います。そして、大家さんの悩みや困りごとはあまり知られていません。空き家になっている理由は家族関係等が起因していることもあります。弊社は大家さんのご事情にも合わせ、5年間の定期借家でマスターリース契約を結び、5年後の再契約は状況を見て、といった柔軟な契約を行うこともあります」

宅建業免許を取得し、「一棟丸ごとだけでなく、アパートの空室や地方の一軒家を一家庭に貸し出すこともできるので、ぜひお声がけいただきたいです。一緒に子どもたちを笑顔にしていける大家さんを増やしていきたいです」とも語るその語り口は、晴れ晴れしいほどに明るい。笑顔の輪が広がっていく可能性が、住宅活用には秘められているのかもしれない。

入居希望者の多くが、“まったくの他人じゃないが家族でもない、見知った誰かがいる暮らし、“同じ境遇の人が集まる場所”“誰か頼れる人”を期待しているそう。リビングのOGが作ったパネルには「one team」の文字が躍る入居希望者の多くが、“まったくの他人じゃないが家族でもない、見知った誰かがいる暮らし、“同じ境遇の人が集まる場所”“誰か頼れる人”を期待しているそう。リビングのOGが作ったパネルには「one team」の文字が躍る

今回お話を伺った方

今回お話を伺った方

山中 真奈(やまなか・まな)
1986年生まれ、埼玉県出身。奔放な10代を経験し、二十歳で不動産会社にて4年間従事したのち、2015年独立。Air B&Bや不動産仲介、保育園開設支援などの活動を経て、『シングルズキッズ(=ひとり親で育つこども)を住環境から楽しくHAPPYに!』をミッションに掲げ2017年3月シングルズキッズ株式会社を設立。同年6月にオープンした”シニア同居・地域開放型・シングルマザー下宿MANAHOUSE上用賀”を皮切りに全5棟のシングルマザー向けシェアハウスを自身も同居しながら経営する。

■シングルズキッズ株式会社
https://singleskids.jp/

今回お話を伺った方

【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。

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