コクヨがシェア的なライフスタイルの提案を始めた

事務用品メーカーのコクヨ株式会社が2023年9月にシェア的な賃貸住宅をつくったというので取材をしてきた。

私は2001年からシェアについてずっと考えてきて、博報堂研究開発局のレポート2002年2月号にシェアについてレポートを書いた。しかしシェア的な消費・社会について書籍などで一般に発表するのはまだ早すぎると私は思い、自発的に塩漬けにしていた。

だが2010年にひつじ不動産の『東京シェア生活』という本を見て、ついにシェアについて書くべき時が来たと私は確信し、2011年『これからの日本のためにシェアの話をしよう』という本を出した。同書とその発展版である『第四の消費』はシェアハウス業者、リノベーション業界の建築家、不動産業の、特に当時30代くらいの若い世代によく読まれた。

しかし日本の大企業がシェア的な事業を始めることはなかった。シェアハウスをつくるのはあくまで小規模な、若い不動産業者が中心だった。シェアキッチンをつくるのもNPO的な市民団体や小規模な企業が中心だった。

大企業がシェア的な場所を事業を開始することはないかと期待してきたが、これまでは、ほぼまったくなかった。
マンションにコミュニティスペースをつくろうという動きは広がってきたが、素晴らしい成功事例があるわけではない。ハウスメーカーやデベロッパーは、家を私有財産、私生活主義の巣と考えてしまうので、シェアという発想はしにくい。住民同士が交流し、コミュニティを醸成する仕掛けを考える住宅地が少しあったくらいである。

その他の家電、家庭用品、食品メーカーなども、シェアハウスやシェアキッチンなどを始めることはなかった。実験的なものもなかった。スポーツジムが喫茶ランドリーの手法を取り入れてジムの会員以外も過ごせる場所をつくったという事例があったくらいであろう。

今はふとした出会いやコミュニケーションの場を設計する時代

しかしコクヨがついにやってくれたのだ。
コクヨは文具・オフィス機器・オフィス家具などのメーカーである。オフィスでの仕事は多くの人々の関係によって成り立つ。業務をシェアしながら仕事が進む。最近はフリーアドレスの会社も増えたので、ますますシェア的な仕事の仕方が進んでいるといえる。

こういうシェア的な仕事の仕方が、これからの住まい方にも影響する。男女役割分業ではなく男女で家事・育児・仕事などをシェアする時代だからだ。

私が2003年にアメリカのニューアーバニズムといわれる手法でつくられた住宅地を視察に行ったとき、住宅の階段の踊り場にカフェという名前がついていたことがあった。たとえば親と子がふと階段の踊り場ですれちがって、ちょっとコーヒーでも飲みながら、日頃はあまり話せないことを話すという場所なのだろうかと思った。

こういう場所は過去20年くらいオフィスの中に意図的につくられてきた。電話でのコミュニケーションが携帯やメールに変わり、対面的なコミュニケーションが減り、また誰が誰と話しているかがわからないという時代になったし、飲みニュケーションも減った。だからこそ、社員同士がふとした機会に自然なコミュニケーションを図れる場所を意図的に設計する必要が出てきたのだ。

そして今は住宅にもそういう場所が必要になっているかもしれない。夫婦共稼ぎが普通になり、子どもの塾や稽古事も増え、家族が時間的に行き違うことが増えたからだ。
また昔の住宅・住宅地にあった縁側や路地を見直す動きも近年多いが、これもコミュニケーションとコミュニティの不足の解決という問題意識が背景にあるだろう。

賃貸住宅、スナック、ラウンジ、ポップアップショップなどの複合と街とのつながりを設計する

さてではどんな賃貸住宅か。名前は「THE CAMPUS FLATS TOGOSHI(ザ・キャンパスフラッツ トゴシ)」。東急大井町線戸越公園から3分ほどのところにある。もともとコクヨの単身赴任者寮だったものを大規模リノベーションした。独身寮になる前は別の会社の女子寮だったそうだ。

戸数は39戸。シェアハウスではないが、シェアハウス的な要素を持っている。
部屋はすべてワンルームだが、広さは各種ある。全戸に洗面台はあるが、トイレがない部屋、シャワー室がない部屋があり、その場合は共同トイレや共同シャワー室を使う。共同の浴室とサウナも設置した。部屋にはベッド、デスク照明など最低限の家具は備え付けである。インテリアはコクヨグループのACTUSのオリジナルインテリアブランド「good eighty%(グッドエイティーパーセント)」の商品が備え付けられている。部屋の広さは11.7m2前後と24.8m2前後。家賃は管理費・光熱通信費など込みで9.7万円から17.35万円まで。オプションで6.7m2のアトリエや11.8m2のリビングルームも借りられる。
流し台と洗濯機置き場は全戸にないのでシェアキッチンや共同ランドリーを利用。

上左:キッチン付きのクッキングスタジオ 上右:ラウンジ(コクヨ提供、写真:良知慎也) 下左:フィットネススタジオ。ヨガ教室や写真の撮影などにも使われている 下右:ミーティングやレッスンに使える1on1スタジオ上左:キッチン付きのクッキングスタジオ 上右:ラウンジ(コクヨ提供、写真:良知慎也) 下左:フィットネススタジオ。ヨガ教室や写真の撮影などにも使われている 下右:ミーティングやレッスンに使える1on1スタジオ
上左:キッチン付きのクッキングスタジオ 上右:ラウンジ(コクヨ提供、写真:良知慎也) 下左:フィットネススタジオ。ヨガ教室や写真の撮影などにも使われている 下右:ミーティングやレッスンに使える1on1スタジオ上左:ベッドが2台置ける広めの部屋 上中:WEB配信できるリモートスタジオ 上右:施術台を完備したビューティースタジオ 下左:狭い方のタイプの部屋(コクヨ提供、写真:良知慎也) 下右:飲食店営業許可を取得しているスナックスタジオ(コクヨ提供、写真:良知慎也)

地下1階は独身寮時代には料理人のいる食堂だったが、今はリノベーションして各種スタジオの空間になっている。キッチン、フィットネス、ラウンジ、WEB配信などに使えるスタジオ。施術台付きの部屋もあり、美容系の仕事に使える。

1階にあるスナックもスタジオの一つで、飲食店営業許可を取得したキッチンを完備。食品衛生責任者の資格があれば一日からオリジナル屋号でお店を開くことができる。また、1階の路面にはバゲットピザを扱うフードスタンドがありコクヨグループ会社であるコクヨ&パートナーズが運営。これらのスペースは住民のためだけでなく、むしろ外部の人も使うことができる。つまりキャンパスフラッツに住むと、住民同士だけでなく、外部のいろいろな人たちとの交流が自然に増えていくのである。

上左:キッチン付きのクッキングスタジオ 上右:ラウンジ(コクヨ提供、写真:良知慎也) 下左:フィットネススタジオ。ヨガ教室や写真の撮影などにも使われている 下右:ミーティングやレッスンに使える1on1スタジオ1階路面のバゲットピザ屋(写真:コクヨ提供 撮影:良知慎也)

住むことでいろいろな人との交流を望む物件に

また道路に面してポップアップショップ用のスペースがあり、今後は街に開かれたイベントを開催して活用をする予定だ。
10月の開業当初には「出張!itomaのバルト三国料理」「新感覚の“ととのう”が体験できるクラニオセッション」「マサランド戸越 Vol.ZERO」「体リセット!筋膜リリース&ストレッチ」「芸術×食欲の秋を楽しむ大人のクッキー作り体験」などのイベントが行われた。

現在39戸のほとんどは入居済みであり、男女比は6:4くらい。シェアハウスに住んだ経験者も少なくないそうだ。住むだけでなく、出張時のホテル代わり、あるいはビジネスパートナーとシェアして借りる例、またセカンドハウスやスモールオフィスとしての利用など、様々な使い方がされているという。
職種はいわゆるクリエイティブな仕事をしている人だけでなく、大企業の普通のビジネスパーソンからフリーランスまで。年齢も20代から50代と幅広い。自分の仕事だけだと視点や発想が広がらないので、いろいろな人と出会えるキャンパスフラッツを選んだという人も多い。

自己紹介を兼ねたようなイラスト入りの表札を部屋の玄関ドアに貼り付けている人もいて、キャンパスフラッツに住むことでいろいろな人との交流を望んでいることがわかる。

コクヨの企業パーパスを具体化する一環の賃貸住宅事業

そもそもコクヨはなぜこういう賃貸住宅事業を始めたのか。経営企画本部イノベーションセンターの荒川千晶さんは言う。

「弊社では2021年2月に長期ビジョンCCC2030を策定し、2030年に売上高5,000億円を目指すことを発表しました。長期ビジョンを実現する上で最大のテーマは、コクヨがサステナブルに成長していく多様な事業の集合体になることです。そして、その先の『自律協働社会』の実現に向けて、<ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする。>というパーパスを掲げました。コクヨはいうまでもなくオフィス関連のメーカーですが、人口減少もあり、既存の事業分野だけでは、当然ながら売上げはシュリンクしていきます。
また近年、ワーク・ライフ・バランスという考え方が広がり、働き方、生活の仕方が多様化し、ワークとライフの境界も曖昧になるという動きがあります。そこで、オフィスでの<働く>に向かい合ってきたコクヨとしては、今後はワーク・ライフ・カンパニーを目指し、ライフスタイル全体の未来に対して提案をしていきたい、暮らしの価値を提案したい、未来を予告していきたいと考えており、その一環として、キャンパスフラッツをやってみようということになりました。事業としては2021年から考えてきたことです。ワークとライフの融合はコロナ禍によって加速化したと感じています」

プロジェクトリーダーの荒川さん(左)と設計・工事ディレクションの竹本さん(右)
プロジェクトリーダーの荒川さん(左)と設計・工事ディレクションの竹本さん(右)

パーパス設定は今や日本企業の共通課題であるが、それをいち早く設定し、さらにそのパーパス実現に関わる事業をもう展開し始めたというのは、日本の大企業としてはとてもスピーディーである。

また大企業によるこうした先端的な実験的事業は、従来は自由が丘・二子玉川・吉祥寺という、いわゆる人気の街で実施されることが多かったが、戸越公園駅という地味な街で実施されているというのは、たまたま独身寮があったとはいえ、なかなか戦略的に思える。

単に企業イメージを刷新したい、地味なイメージをおしゃれにしたいというのであれば、二子玉川のような街でいいが、もっと本質的に新しい生活の提案となると、戸越公園駅のような生活感のある街のほうが適していると思われるからだ。

「キャンパスフラッツを街に開いていくとか、用途をミックスするという考えがあり、今後もポップアップショップのスペースを活用して、何かイベントを仕掛けていきたいと思っています。目の前の商店街はシャッターが閉じたところも多いので、キャンパスフラッツができたことで何か変化があるといいなという期待は地域からもされています」

昔はどこの商店街にも文房具店が2つや3つはあり、みんなそこで買っていた。しかし今は大型雑貨店かネットで買うものになり、文房具店は廃業し、商店街が廃れる一因となっている。そういう状況のなかでコクヨが別の形で入り込んでいくというのはなかなか面白い。
今後さらにいろいろな企業がこうした取り組みにチャレンジすることを望む。

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