シェアサイクル事業のガイドラインの制定の目的
2023年9月に国土交通省は「シェアサイクル事業の導入・運営のためのガイドライン(以下、ガイドライン)」を公表している。
ガイドラインは地方公共団体の実務担当者向けの指針であり、シェアサイクルの普及促進を図ることを目的に制定された。内容は地方公共団体向けの内容であることから、ガイドラインには自治体としてシェアサイクル事業を導入するか否かの検討手順や事業者の選定方法、準備等が記載されている。ガイドラインは一般の人が用いるものではないものの、行政がどのようなことを考えてシェアサイクル事業に取り組んでいるのかが分かり、参考になる資料といえる。国土交通省が何故わざわざ自治体の職員向けに、シェアサイクルの普及のためのガイドラインを作成したのかという点には理由がある。
現在、国は2050年カーボンニュートラルの実現に向けた交通分野の脱炭素化に向けて取り組んでおり、シェアサイクルは環境負荷低減に貢献する交通手段の一つとされている。そのため、本来であればシェアサイクル事業が民間の力によって自然に普及していくことが望ましい。しかしながら、シェアサイクル事業は事業性が低いため、放っておいても普及が進まないのが実態である。
シェアサイクルを普及させていくためには自治体のバックアップが不可欠であり、そのためには地方公共団体の実務担当者がシェアサイクルの知見を増やす必要がある。そこで、国土交通省では、シェアサイクルの普及のために、民間事業者向けではなく自治体の職員向けにガイドラインを作成するに至ったのだ。
今までの課題
シェアサイクルの普及に向けて、今まで課題として挙がっているのは「事業効率性の向上」と「利便性の向上」、「安全性の向上」の3つである。
事業効率性の向上
シェアサイクルの普及に向けて、障害となるのは事業性の低さである。シェアサイクルの事業性はかなり低いため、自治体による補助金等の支援がない限り民間事業者によって自然に普及していくものではない。シェアサイクル事業の収益性が低くなる最大の原因は、自転車の再配置に多くのコストがかかってしまうからである。再配置とは、ポート(シェアサイクルのステーション)に停めてある自転車を再配置する作業のことだ。
シェアサイクルは、街の中に複数のポートが設けられ、そこに自転車が停められている。これらは放っておくと、一部のポートでは満車で停められなくなり、一部のポートでは自転車がなくなり利用できないという問題が生じる。例えば、通勤時間帯等は、駅から離れたポートから駅至近のポートに向かってシェアサイクルを利用する人が多く、駅至近のポートは満車になって自転車が停められなくなるという事態が生じやすい。この場合、駅至近のポートから自転車を移動させる再配置を行わないと、ポートに停められなかった自転車が路上駐輪されるという新たな問題を引き起こすことになる。現状では再配置はどのように行われているかというと、基本的に人海戦術での対処となっている。シェアサイクル事業者の担当者がポートを巡回し、トラックに自転車を積んで他のポートへ再配置をするという作業を行っているのだ。
再配置の必要性は時間帯だけでなく、平日や休日、または天候状態等によっても異なっており、効率性も上げにくい作業となっている。
また、電動機付自転車を提供しているシェアサイクルでは、再配置の作業の中で充電も行っていることもあり、作業員の負担が増えているケースもある。一方で、シェアサイクルの利用料は30分で数百円という水準であり、収入は決して多くはない。
このようにシェアサイクルは、再配置の負担によって人件費が高く、収入はそれほど多くはないことから、採算性が合わない事業となっているのだ。
利便性の向上
シェアサイクル事業を持続可能なものとするには、事業効率性の向上が課題であったが、そのためには利用者を少しでも増やして収入を増やすことも必要だ。利用者を増やすには、シェアサイクルが利便性の高いものでなければならない。あまり利用されない場所にポートを設置しても意味はないし、ポートがどこにあるのか分からないといったことも避けたい。そのため、シェアサイクル事業では、ニーズの高い場所にポートを配置することや、ポートの場所の認知度を向上させていく検討が必要となっている。
安全性の向上
シェアサイクル事業者は、利用者自身が自転車を運転する際の安全性を向上させることが課題となっている。特に、ヘルメット着用の努力義務とどのように整合性を取るのかが重要なテーマだ。自転車のヘルメットに関しては、2023年4月1日に道路交通法が改正され、年齢を問わずにすべての自転車利用者のヘルメット着用が努力義務化されている。
努力義務なのでヘルメットを被るか否かは個人の判断ということになるが、行政が関与している事業でヘルメットの非着用を助長するようなことは避けたいところだ。シェアサイクルでヘルメットの着用率を上げるには、着用の動機付けを与える仕組みが必要となってくる。
シェアサイクルがもたらす効果
シェアサイクルがもたらす効果としては、おもに以下の5つが挙げられる。
・生活利便性の向上
・地域の活性化
・環境負荷の低減
・健康の増進
・災害時における交通機能の維持
観光地においては、シェアサイクルによって観光の振興が図られるという効果もある。街の中の回遊性を上げることで、利用者が様々な店舗や飲食店に立ち寄ることができ、消費行動を促し経済効果も生み出している。
影響予測とリスクマネジメント
ガイドラインでは、シェアサイクル事業を導入した後の影響に対処するため、他の自治体の先行事例も紹介している。好事例を参考にすることで、各自治体によるリスクマネジメントが期待されている。ここでは、事業効率性と利便性、安全性の3つの観点から、いくつかの自治体の先行事例を紹介したい。
事業効率性
江東区や港区等の都内の自治体では、再配置業務の負担を減らすため、AI技術を取り入れている事例がある。ポートの利用状況をAIに学習させ、AIの予測によりポートを巡回する順序や配備台数を最適化するという取り組みだ。ポートの台数は時間帯や、平日・休日、天候状態等で変動するため、効率化が難しいが、AIを導入することで再配置作業の無駄を省くことに成功している。また、杉並区では、シェアサイクル施設の命名権を企業に売却し、ネーミングライツによる付帯収入を得る取り組みもある。支出を抑えるだけでなく、収入を増やす取り組みも行うことで、事業の持続可能性は高まることになる。
利便性
利便性の向上に関しては、新潟市において走行履歴データを分析して新たに追加するポートの場所を決定する取り組みが行われている。データからニーズの高い場所を洗い出し、そこにポートを追加することで利用者の利便性を向上させている。
また、大阪市では、地下鉄の出口看板にシェアサイクルのポートの案内を掲示する取組みを行っている。日本語だけでなく、ピクトグラムや英語表記も併記することで、直感的で分かりやすい案内となっている。ポートの場所の認知度が上がれば、利用者が増え、収益が向上することが期待される。
安全性
安全性に関しては、群馬県高崎市でヘルメットをあらかじめ前かごに格納しておき、着用を推奨する事例がある。自転車にヘルメットが付いているため、自分のヘルメットを持っていない人でも着用できるようになっている。また、ガイドラインでは、利用者が乗車用ヘルメットを着用した場合には利用料金の割引を行うこと等も推奨している。車体に乗車用ヘルメットを備え付けた場合、当該乗車用ヘルメットを利用しなければ、車体を利用できないようにする仕組みも掲げられている。シェアサイクル事業は歴史が浅いため、行政の中にも専門的な知識を有する人が少ない状況だ。ガイドラインによって自治体の中にシェアサイクルの知識が蓄積され、全国で広く普及していくことを期待したい。
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