住宅街にあるカラフルで小さな古小烏公園
福岡市の繁華街・天神から歩いて20分ほど。大通りから少し入った静かな住宅街に「古小烏(ふるこがらす)公園」はある。昼間に通ると、保育士に見守られながら、子どもたちが裸足で元気に遊んでいた。
それだけなら、よくある日常の1コマかもしれない。しかしよく見ると、一般的な公園とはちょっと違う印象を受ける。例えば、公園の入り口にカラフルな看板があったり、手書きの「こうえんだより」が掲示されていたり。園内では野菜や果物がすくすく育ち、木製のかわいい小屋もある。手入れが行き届き、人びとに愛されていることが伝わってくる。
この公園を愛護会メンバーとして管理しているのは、隣接する「いふくまち保育園」。「保育園で公園を管理させてもらっているんですよ。いろいろなご縁が重なって、ここからおもしろいことがどんどん生まれています」と、園長の酒井咲帆さんは穏やかな笑顔で話す。
酒井さんはなぜ公園に携わることになったのか、公園と保育園を掛け合わせることで何が起こっているのか、詳しく聞いた。
「子育て環境への違和感」から動き始めた
兵庫県出身の酒井さんは、大阪の写真専門学校の夜間部で、フィルム撮影と現像に3年間没頭した。卒業後は大阪の大手カメラ店でギャラリーの企画を担当していたところ、九州大学で子どもの居場所を研究している人がたまたま来店。学生時代から子どもの写真を撮り続けていた酒井さんは意気投合し、24歳で福岡に移住して研究メンバーになった。
プロジェクトが終わると、2009年に福岡市桜坂で写真館「ALBUS(アルバス)」をオープン。「まちの公民館のように誰かの居場所になりたい」という思いで、フィルムの現像や家族写真の撮影、ワークショップなどを手がけた。
仕事が楽しくがむしゃらに働いたが、「子どもが生まれると壁にぶつかることが多くて」と打ち明ける。自営業の社長は雇用保険に入れず、産後もすぐ働かないと自分や社員の生活を守れない。娘は近所の保育園に落ち、ようやく入れた園は自宅から自転車で30分もかかる。早朝から夜まで子どもを預けて働き、子育てをしているという実感がわかない…。
社会や保育園のあり方について違和感が募る中、企業主導型保育事業があると知り、「同じように困っている人がいるに違いない」と保育園を立ち上げるために動き出した。
保育園に隣接する公園を愛護会として管理
物件を探すため、酒井さんは毎朝娘を自転車で保育園に送るとき、いろいろな道を通った。そこで偶然見つけたのが古小烏公園だった。「うっそうとして荒れた印象でした。ただ、ふと横を見ると空き物件があり、ここが保育園になり、まちにひらかれた面白い風景が浮かんだんです」。
区役所に「古小烏公園をきれいにさせてもらえませんか」と相談すると、町内会を紹介してくれた。酒井さんは友人たちと愛護会を立ち上げ、公園の草を刈り、遊具のペイントをしたりと、明るくオープンな雰囲気に変えていった。同時に、隣の物件を借りるための申し込みと保育園新設を申請し、半年ほどで認可が下りた。
2018年に開園した「いふくまち保育園」は、延床面積75.95m2、定員19人の小さな園だ。内装は漆喰の壁や地元の間伐材など、自然に近くサステナブルなものを取り入れている。「まちとともにある ひらかれた風景へ」を理念の一つとし、保育園と公園を中心に、子どもと大人とまちが育ち合うことを目指した。
まちの人たちとさまざまな交流が生まれる
公園を毎日掃除し、園児がいることで、公園を起点にまちの人たちとの関係が広がった。例えば、近所のシニア約50人が月1回公園でラジオ体操をしていいかと聞かれたときは、ぜひ一緒にしたいと園児たちも参加することに。すると園児が卒園するとき、シニアの方々がラジオ体操参加の表彰状を手作りして、一人ずつに手渡してくれるようになったという。
また、花が好きな夫婦に声をかけて一緒に花壇を整備したり、園児に将棋を教えてくれる男性が現れたり、60歳で保育士資格を取ったという75歳の女性が園で働いてくれたりしている。
「地域には素敵な人たちがたくさんいて、公園がきれいになって良かった、子どもたちに元気をもらえると言ってくれます。コミュニケーションをとることで交流が始まり、まちが豊かになっていく気がしています」と酒井さん。
さらに、町内会長が「あなたたちの活動を応援したい」と自らの物件の貸し出しを提案してくれて、すぐ近くに2021年「ごしょがたに保育園」を開業した。こちらは127.55m2で定員30人。糸島市の間伐材をふんだんに使い、いふくまち保育園の園児たちが山に入って木の皮むきをしたり、木を切るところを見学したりと、建物をつくるプロセスや自然について学ぶ機会になった。
食べられるものが育つ楽しみを共有
愛護会では、古小烏公園に実のなる木を植え、畑で野菜を育てている。本来、公共の公園に食べられるものがあるとトラブルになるという見解から行政の許可が下りないが、ここは愛護会がきちんと管理しているため許されているという。
収穫したものはみんなで食べたり、ジャムにして近所の人に配ったりする。「コンポストを置き、土を耕して、都会の真ん中で無農薬の果物や野菜が育っています。園児はもちろん公園に来た人みんなにとって貴重な経験になっていると思います」。
リンゴやビワ、モモ、オリーブ、柑橘系などの木は、実がなるまでに長い年月がかかる。「実のなる木を育てていると、ゆっくりでいいと思えるんです。公園を整備するのも子どもたちとのプロジェクトも、地域とのコミュニケーションも、焦らず楽しんでいるうちに育ってきている感覚があります」と酒井さん。当初は「保育園と公園を一体にしてまちにひらく」という自ら描いた風景を形にすべく走っていたが、今では園児を含めて保育園や公園に関わる多くの人たちと話し合い、一人ひとりの思いを大切にしながら、みんなでまちをつくっている。
公園と保育園によって、まちが豊かに
公園では難しい問題も起こる。古小烏公園では、看板に落書きされたり、鳥の巣を壊されたり、タバコの吸い殻やビール缶などが散乱していることもある。警察に見回りをお願いするか、汚されても一生懸命掃除を続けるか…。まちにとって豊かな風景になっていくのはどちらだろうとみんなで考えた。
近くの公園で「ヤマモモの木を切る」旨の張り紙があったときは、園児たちの「なんで切るの?嫌だ」という声をきっかけに役所に問合せた。その理由を子どもたちに説明して、どう思うか、どうしたらいいか考えたこともある。「子どもの発想や行動にはハッと気づかされることが多い」と酒井さんは言う。
古小烏公園を管理し、保育園を立ち上げて5年の月日が流れた。保育園は単に子どもを預けるところではなく、公園は単なる広場ではなく、さまざまな人たちが出会い交わり、育み合う場になっている。
「これからも子どもの育つ環境づくりや、誰かの課題に寄り添えるような活動をしていきたい」と酒井さん。公園と保育園を起点として、人とまちと社会はこれからも変わり続けていく。
取材協力:いふくまち保育園
https://ifukumachi.jp/
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