第一生命保養地の地域活用
京王線仙川駅と千歳烏山駅の中間地点、仙川の川沿いの丘陵地に2023年3月25日「SETAGAYA Qs-GARDEN」(世田谷キューズガーデン 敷地面積約9ha 世田谷区給田1丁目)がオープンした。
ここはもともとは田園地帯であったが、1937年に馬場汽船創業家の馬場氏烏山別邸がつくられ(設計:吉田鉄郎、鉄筋コンクリート2階建)、1954年に第一生命の福利厚生施設・第一生命グラウンド(相娯園)として開園した場所である。
1986年には、それまで田園調布にあった第一生命創業者・矢野恒太邸(蒼梧記念館。1927年築木造2階)が移築された。設計は第一生命営繕課の松本与作であり、彼は東京駅の設計などで有名な東大教授・辰野金吾の弟子であった。
このような歴史を持つ土地、しかも第一生命としても70年近くにわたって受け継いできた広大な敷地を今後どうするかを考えたとき、ただのマンション街にしてしまっては第一生命としての企業理念にもとる。
そこでもっと地域に開かれた場所につくりかえ、身体だけではない心の健やかさと豊かさの探求、生活の質(Quality of Life)の向上を図れる場にすることが構想された。
当初より高い地域貢献意識
第一生命は創業当初から都市、住宅、地域社会の建設への関心の高い企業であった。1955年第一生命住宅株式会社および財団法人第一住宅建設協会を設立(2011年一般財団法人「都市のしくみとくらし研究所」に名称変更、13年に第一生命財団に統合)。
第一住宅建設協会は、第二次大戦後の住宅困窮者のため低廉良質な住宅を供給し、1955年に南武線武蔵小杉駅前「武蔵小杉アパートメンツ」という鉄筋コンクリートの団地を建設した。
これは創業者の矢野恒太が渡米し保険会社の事業を研究した際、アメリカでは保険会社が住宅開発を行っていることに感銘を受け、日本でも実施したものであった。第一住宅建設協会はその後同様の集合住宅を合計35ケ所、5,280戸分譲したのである。
武蔵小杉の土地はそれまでは第一生命の福利厚生施設があり、給田の福利厚生施設はこの武蔵小杉から移転したものだった。その後武蔵小杉にアパートがつくられたのである。
また第一生命財団では、都市、住宅、住生活の改善向上をはかるための必要な調査・研究を行い、研究助成、機関誌「city&life」「The Community」の発行などを今も行っているという伝統がある。
世田谷区や日本女子体育大学と連携
こうした歴史を踏まえ、第一生命としては給田の土地においても、単なる再開発やマンション住宅地建設ではない方法で同地の活用を考えた。健康増進、高齢者支援、地域活性化、子ども・教育、スポーツ振興、安全・防災、環境配慮など、さまざまなコンテンツを通して地域の方々のクオリティ・オブ・ライフ向上を目指す、人と暮らしの未来を見つめるまちづくりプロジェクトを目指すことにしたという。
それまでは社員しか見られなかった豊かな緑や、各種スポーツ施設が区民のみならず一般に公開されたのだから、これは貴重である。
先述の矢野邸、馬場別邸も改修し、なんらかの形で一般公開・利用を図ることにした。具体的な利活用方法はまだ検討中だが、お茶会、文学・芸術系の集まりなど、利用方法はたくさんありそうだ。すでに馬場別邸の1階の旧サンルームとダイニングルームはカフェやミニコンビニ的な施設が置かれている。
また元々テニスコートがあり、錦織圭選手も少年時代にここで試合をしたという場所だが、Q’s-GARDENオープンに先立ち日本初の本格的なレッドクレーコートのテニス場を整備した。全仏オープンの会場であり2024年のパリ五輪でも使用されるローランギャロスと同じ赤土を使用し、日本テニス協会の五輪に向けた強化拠点としても使用される。
野球場(他にもサッカーなど多用途で使える)の利用については日本女子体育大学と世田谷区と契約を締結。同学は体育施設不足という課題を抱えており、世田谷区も区民向けスポーツ用地確保が難しいため、今回の契約・協定により、第一生命が同学に野球場を貸し、同区に転貸する形で学生と区民のスポーツの場として活用していく。私が視察したときは同学のラクロス部が練習していた。
多世代が自然に集まれる場所
ファミリー向け分譲マンションとクリニックモール、学生向けマンション、サービス付き高齢者向け住宅も建設した。第一生命は土地を貸し、建設・分譲事業は別途各デベロッパーによるものだ。
ファミリー向けマンションを1社だけでつくるという選択肢もあったが、多世代の住民が交流しながら、健康的に暮らし続けられるまちづくりを目指すという考えから、学生、高齢者のための施設もつくったのだ。
サービス付き高齢者向け住宅「オウカス世田谷仙川」は野村不動産の子会社野村不動産ウェルネスが運営。186戸。
学生向けマンション「ウエリスアイビー世田谷仙川」は163戸。家賃は8万円と、新築のものとしては高くない。
ファミリー向けマンション「グランスイート世田谷仙川」は長谷工コーポレーションの設計・施工(丸紅都市開発・相互住宅が分譲)で72戸。1970年の定期借地制度による。
「おおらかな場所にしたい」
第一生命不動産部長の堀雅木さんは、この「まち」を、つながり、袖すり合うも多生の縁が積極的に生まれていく場所にしたいと言う。ここに居住する高齢者と学生といった住民、近隣大学の学生、隣接する住民や運動施設利用者、隣接する小中学校の児童生徒など、多様な人々が交流する場所がつくられていきそうである。
私の視察時も、周辺住民と思われる女性たちが犬の散歩に訪れ、路上で語らう光景が見られた。
また矢野邸の目の前の芝生広場では、明るい間は、周辺地域在住かあるいはすでに引っ越してきたQ’s-GARDEN内のマンション居住者かわからないが、小学生たちがサッカーをして遊び、薄暗くなってからは大学生がキャッチボールをしていた。小学生がサッカーをする間には、母親世代が学生寮の前のウッドデッキに座って語らう風景も見られ、多世代の多様な人たちがゆったりと過ごせる場所として早くも定着し始めているようであった。
芝生広場には一般の区立公園のように、ボール遊びをするなといった禁止事項を書いた看板はない。まだオープンしたてで様子を見ている段階ではあるが、あまり規制せずに「おおらかに」場所を使ってほしいと第一生命側では考えている。
SDGsへの配慮
「おおらか」さは他にもあらわれていて、陸上グラウンドには女子選手も練習するため目隠しが設置されているが、背の高いネットや金網で囲われると場所の雰囲気が閉鎖的・抑圧的に感じられ、ウェルビーイングとは対極の場所になってしまう。そこでここでは高さ160センチほどの角材を5センチおきに並べただけのもので仕切ることにした。
またエコロジカル的な配慮も各所にされており、たとえば街区内の随所に木のチップが使われてるが、このチップはQ’s-GARDENの開発にあたり伐採した木を使ったものだという。
また世田谷区は裕福な住民が多いというイメージが強いが、人口が多いので、中にはリッチとは言いがたい住民も少なくない。Q’s-GARDENの周辺もそうした住民が住まわれているらしく、区としてはQ’s-GARDENにそうした社会的弱者のウェルビーイングを高めるような利用の仕方を求めており、第一生命としてもその課題にどう応えるかを考えていきたいという。
馬場別邸の一角、芝生広場を見渡す部屋(元はダイニングルームだったそうだ)にはカフェがあるが、このカフェは千代田区神田のカフェ 「SOCIAL GOOD ROASTERS 千代田」で焙煎したコーヒー豆を使った「ソーシャルグッドコーヒー」という。なぜかというと、焙煎作業を行う人たちが障がい者の人たちだからである。
Q’s-GARDENオリジナルのクラフトビールもつくったが、缶に紙を巻き付けて貼ったりQのマークを手描きしたりしたのは障がい者の人たちだという。
このように様々な社会課題に答える形で開業したSETAGAYA Q’s-GARDENは、ガーデン内居住者や周辺住民だけでなく、広く社会に新しい豊かさを提案する場所として注目されていきそうである。
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