賃貸物件の相談の傾向は?
東京都は2022年12月、「不動産取引に関する相談及び指導等の概要(令和3年度)」を公表した。賃貸物件への入居を検討している人は、トラブル内容を確認し事前に確認しておきたい。資料によると、不動産取引に関する電話による相談件数の推移は以下の通りである。
2017年度
売買 5,329件 賃貸借13,903件 その他※1,510件
2018年度
売買 4,898件 賃貸借13,813件 その他※1,966件
2019年度
売買 4,300件 賃貸借13,147件 その他※1,722件
2020年度
売買 4,699件 賃貸借16,366件 その他※1,784件
2021年度
売買 3,927件 賃貸借15,936件 その他※1,645件
※不動産会社からの相談は相談件数にカウントされていない
東京都では、電話による相談件数は毎年2万件前後で推移している。内訳としては、毎年のように賃貸借に関する相談件数が最も多く、7割前後の割合を賃貸借が占めている。
2021年度における賃貸借に関する相談(15,936件)の内訳は、以下の通りである。
敷金(原状回復) 29.0%
重要事項説明・契約内容 16.4%
管理 12.5%
入居中の修理・修繕 9.0%
契約更新 8.7%
契約前相談 4.5%
申込みの取消 2.7%
報酬・費用請求等 2.5%
その他 14.7%
賃貸借の中では、「敷金(原状回復)」に関する相談が最も多くなっている。
若年層に向けた東京都の消費者啓発の取り組み
賃貸借契約は4月からの新生活に向けて春先に契約されることが多くなる。2022年4月1日からは成年年齢が20歳から18歳に引き下げられたことから、大学1年生でも親権者の同意なしに賃貸借契約をすることが可能となっている。
1人暮らしを始める大学生等、18歳や19歳といった若年層が成人として賃貸借契約を締結する機会が増えたことから、東京都では若年層向けにトラブル防止のための啓発活動を行っている。具体的な取り組み内容としては「ちょっと待った!その契約 賃貸住宅の契約トラブルを防ぐために」というDVD教材の貸し出しが行われている。内容としては、「生活において自立を進め、消費生活スタイルや価値観を確立し、自らの行動を始める時期の成人」を対象としたものである。窓口は、東京都消費生活総合センター活動推進課となっている。
「ちょっと待った!その契約 賃貸住宅の契約トラブルを防ぐために」
https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.jp/manabitai/kyouzai/main/012.html
原状回復の具体的な相談事例と対処法
2022年12月に公表された東京都の「賃貸住宅トラブル防止ガイド ライン(第4版)」より具体的な相談事例と対処法を紹介する。
原状回復の相談事例
契約書には「借主は、明渡しの際に原状回復しなければならない」と書かれています。貸主は、原状回復は入居当時の状態に戻すことだと言っており、クロスの日焼けやフローリングの色落ちなどについて高額の原状回復費用を請求されています。貸主が言うとおりの費用を負担しなければいけないのでしょうか?
対処法
まず、原状回復に関して定義を知ることが対処法の第一歩となる。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下、ガイドライン)によると、原状回復とは「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義されている。
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html
原状回復の定義に関しては、貸主が必ずしも正確に把握しているとは限らない。貸主の誤解がトラブルの発生原因になっていることも少なくないため、トラブルを防ぐには借主も正確に定義を把握することが効果的な対策となる。
原状回復の定義
原状回復の定義では、以下の3つの原因で生じさせた建物価値の減少を回復するとしている。
原状回復の対象
・故意・過失よる損耗・毀損
・善管注意義務違反よる損耗・毀損
・その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損
1つ目の故意・過失とは、故意は「わざと」、過失は「うっかり」という意味である。例えば、借主がわざとガラス窓を割ったり、うっかりと壁を壊したりした場合には、借主の費用負担で修繕しなければならないということである。
2つ目の善管注意義務違反とは、善良なる管理者の注意義務に違反したときという意味である。借主は、借りた部屋に対して社会通念上要求される程度の注意を払って賃借物を使用しなければならず、日頃の通常の清掃や退去時の清掃を行うことが求められている。善管注意義務違反によって原状回復が発生するケースとしては、例えば結露を放置し続けて広がった床のカビ等が挙げられる。
結露が発生した場合、借主はまず貸主へ結露が生じていることを通知すべきである。貸主への通知を怠り、結露を拭き取らずに放置し続け、その結果発生させたような床のカビは原状回復の対象となるということである。
3つ目のその他通常の使用を超えるような使用とは、賃貸借契約書上の禁止事項を破った使用のことを指す。例えば、ペット禁止であるにもかかわらずペットを飼った場合や、禁煙物件であるにもかかわらず喫煙した場合が通常の使用を超えるような使用に該当する。具体例を挙げると、禁煙物件で喫煙したことでクロスにつけてしまったヤニの汚れは、原状回復の対象となる。
「経年劣化」や「通常損耗」は減少回復の対象外
原状回復の対象には、「経年劣化」や「通常損耗」が含まれていないことがポイントである。経年劣化とは、建物や設備等の自然的な劣化または損耗のことであり、例えば日照等による畳やクロスの変色が該当する。通常損耗とは、借主の通常の使用により生じる損耗等のことであり、例えば家具の設置によるカーペットのへこみが該当する。
相談事例では、「クロスの日焼けやフローリングの色落ちなどについて高額の原状回復費用を請求されています」となっているが、これらは経年劣化に該当するため、原状回復の対象ではない。
本件のケースでは、貸主は「原状回復は入居当時の状態に戻すことだ」と主張していることから、貸主が原状回復を誤解していることがトラブルの原因となっている。貸主が原状回復を誤解しているケースでは、管理会社を通じてガイドラインを利用しながら誤解を解いていくことが対処方法になるといえる。
特約に関する具体的な相談事例と対処法
特約の相談事例
2年間住んだアパートを退去することになり、契約書を確認したところ、特約条項に「退去時のハウスクリーニング費用は、借主負担とする。」と書いてあることに気付きました。この特約は有効なのでしょうか?
対処法
原状回復の定義は上述したが、この定義はあくまでも原状回復に関して特別の約定(特約)を締結していない場合に適用される原則的なルールである。ハウスクリーニング費用は経年劣化に相当する原状回復項目であるため、本来であれば貸主は借主に費用請求をすることはできない。
ただし、例外的に貸主と借主との間において一定の要件を満たす特約が締結されていれば、借主に経年劣化や通常損耗を負担させることができる場合があることは知っておきたい。ガイドラインでは、特約が有効となるためには、以下の3つの要件を満たさなければならないとしている。
【借主に通常損耗等の原状回復負担を課す特約の要件】
1.特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
2.賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
3.賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
相談事例では、特約条項に「退去時のハウスクリーニング費用は、借主負担とする」とあると記載されているが、この特約条項が上記の3つの要件を満たしているかが問題となる。もし、上記の要件を満たしていればハウスクリーニング費用は借主負担ということになるし、満たしていなければ借主負担にはならないということである。近年の賃貸借契約は、上記の要件をしっかり満たした特約が多くなっており、ハウスクリーニング費用を借主へ請求できる内容となっている賃貸借契約書を見かけるようになった。賃貸借契約の内容は、契約締結前の重要事項説明の段階できちんと説明をされることが一般的だ。
初めての賃貸借契約の場合、原状回復以外の内容が気になってしまうことも多く、特約を安易に承認してしまうこともよくある。原状回復に関する特約が存在する場合には、契約締結時にしっかりと確認し、十分に納得した上で契約締結をすることが対処法ということになる。
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