住まい探しにAIが活用されると?
オンライン内見やIT重説の広がり、電子契約の解禁など不動産業界においてもデジタルトランスフォーメーション(DX)は着実に進んでいる。そのひとつの手段であるAI(人工知能)は、インターネット上での物件の価格査定や、おとり広告の発見など、主に「人手がかけられない」「膨大なデータを短時間で処理する」「高い精度が求められる」といった作業で活用されてきた。
そんななか、住まい選びにおける物件マッチング力の向上や、営業効率を上げるための取組みにAIを活用する動きがで出てきている。
不動産ポータルサイトの従来の機能では、希望条件を入力すれば、膨大な物件データから条件に当てはまるものを短時間で選び出してくれるが、入力するのは、駅からの距離や、価格など定量化できるデータがほとんど。入力された条件にあてはまるものを正確に選別していくので、条件に当てはまらない項目が含まれると、はじかれてしまう。例えば、希望条件を駅徒歩10分以内、75m2以上と入力した場合、駅徒歩11分の74m2の物件は検索結果に出てこないのだ。これでは、実質的には許容範囲であっても出合うことはないし、条件を増やしすぎると検索結果が「0」になってしまう。また、住まいを探し始めた初期段階のユーザーは、自分の希望条件や優先順位が整理できておらず、検索で出てきた物件が、自分にとってどれくらい合っているのか判断できないことも多い。
そこで、本質的なユーザーニーズをとらえた物件の提案を目指し、AIを活用する取組みが始まっているのだ。今回は、株式会社ウィルが運営する「AIウィルくん」と、株式会社LIFULL(ライフル)が運営する「AIホームズくんBETA」の事例から、住まい探しにおけるAIの活用状況を紹介するとともに、今後の可能性を探ってみたい。
「思いもよらない物件との出会い」を提案する「AIウィルくん」
不動産の販売にAIを取り入れたのが、「AIウィルくん」。専用サイトに希望条件を入力すると、AIが条件を分析し、その人に合った物件を紹介してくれる「住まい提案サービス」である。
「AIウィルくん」を開発運営しているのは、兵庫県宝塚市に本社を置く株式会社ウィル。阪神間・北摂エリアを中心に、中部や首都圏でも事業を展開する不動産会社だ。今回、デジタルマーケティンググループ部長 室薫さんと、システム開発チーム課長 海野芳余さんに、AIウィルくんの開発背景と利用状況について話を伺った。
AIウィルくんがスタートしたのは、2021年4月。一般的に、ユーザーは不動産ポータルサイトなどで検索した物件を不動産会社に問合せるが、室さんによると、営業担当者とのやりとりの結果、それとは違う物件を購入することが多いという。実際に同社の取引事例を検証したところ、問合せをした物件で契約するケースは約30%だそうだ。
「これはお客様にとっても、営業担当者にとっても時間と労力のロスが多く非効率です」(室さん)
そこで、マッチング力の強化とともに、営業効率を上げるために、京都大学と共同で開発したのが、「AIウィルくん」である。特徴は、従来の定量データ以外にも定性的な情報であるライフスタイルや好みなども学習・分析の対象としていることだという。
「ユーザーの住宅購入のモチベーションは、条件がはっきり固まっていない初期段階は低いですが、希望条件がそろい、気に入った物件が見つかると高まります。営業効率を上げるために、初期段階をAIが担当し、購入意欲が高まったところで営業担当者にバトンタッチをするというやり方を目指しました」(室さん)
確かに、AIが初期段階を担当してくれると、営業担当者も物件案内や契約に集中できそうだ。購入時期が先の人も、AIが長期間にわたりフォローしてくれるので、営業担当者の負担も軽くなるだろう。
AIウィルくんを実際に使ってみた。まず、AIウィルくんのサイトに会員登録し、その後、70問以上の設問に答えていく。設問は、駅徒歩分数や広さなどの定量的なものから、暮らし方のような定性データ、そして、子どもの年齢や車の種類など、従来の検索サイトにはない設問も数多く用意されている。そして、入力されたデータをAIが分析し、自分に合った物件を選び出してくれるのだ。条件に合う物件が出れば、おすすめ物件としてメールで送られてくる。最大のポイントは、おすすめ物件に85%とか75%というように、マッチング率が入っていることである。入力した条件に対して、どれくらいマッチしているかを数字で表してくれているのだ。
つまり、入力したデータのすべての条件を満たしているわけではないが、これくらいのマッチング率でおすすめの物件がありますよ、ということである。従来の検索システムでは検索結果からはじかれていた物件にも出合えることになる。AIが、入力した条件から、優先順位や求める暮らしの傾向を読み取るので、考えていなかったような物件が出てくることもあり、それが「思いもよらない物件との出会い」となるのである。
AIが膨大なデータを学習し、最適な物件を提案
このシステムが実現できたのは、ウィルが持つ膨大なデータのおかげだという。AIウィルくんの学習対象は、約37万件の物件データ、約1万2,000組の成約データ、約1万件の地理データ、約1万5,000件のマンションデータなど、これまで同社で住まいを購入した人の希望条件や求めたライフスタイルの情報だ。創業当時から、「お客様のことをお客様以上に理解してからでないと物件を紹介しない」という、「お客様代行」をモットーとしていて、「約25年間にわたり、どんなお客様がどんな物件を購入してきたか、細かくデータを残している」(室さん)という。
現場での実際のやり取りがデータとして反映されているのが、すごいところだ。同社ではそれらのデータを活用した「マンション大全集」など、独自のデータを公開しており、ユーザーと不動産会社との情報格差をなくそうとする同社の企業姿勢がうかがえる。
AIウィルくんがスタートしてから、既に1,000人以上が利用しており、購入に結びついた事例も出てきているが、さらなる精度向上に取組んでいる最中である。
「精度を上げ、まずは営業担当者の頼れるアシスタントのポジションを獲得するのが目下の目標」(室さん)とのこと。AIがユーザーの要望を正しく分析し、フォローしながら希望に合う物件を提案。購入意欲が高まったところで営業担当者にバトンタッチし、契約に結びつけていく流れだ。
「今後は、紹介した物件に対するお客様の声がフィードバックされる機能や、AIがお客様の希望条件に優先順位を付けていくような機能。さらに、お客様の最適な資金計画を提案する機能などを開発していきたいです」(海野さん)
AIウィルくんの、さらなる進化が楽しみである。
チャット形式で自分だけの「住まいのカルテ」を作成してくれる「AIホームズくんBETA」
「AIホームズくんBETA」は、株式会社LIFULL(ライフル)が提供する不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S」の機能の一つ。AIとの対話を通して、その人の好みを理解、学習することで、より条件に合う賃貸物件を提案するものだ。
同社AI戦略室 データサイエンスグループ AIコンサルタント横山貴央さんに、話を伺った。
AIホームズくんBETAのサービス開始は2022年2月。ユーザーが住まいに関する質問に答えると、AIが「重要項目やその重要度合い」といった好みを理解し、住まい探しでこだわる項目などの条件整理をしながら専用の「住まいのカルテ」を作成してくれる。そして、LIFULL HOME'Sに掲載されている居住用賃貸物件の中から理想の条件に近い物件を提案してくれるのである。
「住まい探しの無料相談ができる『LIFULL HOME’S住まいの窓口』で、どんなものがあったらうれしいか調査したところ、オペレーターのように要望を整理しておすすめしてくれる機能が欲しいという要望がありました」(横山さん)
そうした声に応えるために開発したのが「AIホームズくんBETA」である。
「AIホームズくんBETA」を使ってみた。サイトにアクセスして、表示される質問に回答していく。希望条件の入力はチャット形式なので、実際の営業担当者とやり取りしているような感じで、楽しく答えることができる。駅からの距離や広さ、こだわり項目などを入力していくのだが、途中で、いくつかの間取りが表示され、「どれが好みに近いか」「どうすれば近づくか」という質問に答えるなど、チャットを繰り返すことで、より精度を上げていくのである。そして、その過程で、AIが自動でユーザー専用の「住まいのカルテ」を作成してくれる。
住まいのカルテには、自分が住まいに求める条件が整理がされており、重要度が5段階で表示されている。自分では整理できないことも、こうやってまとめてくれるととてもわかりやすい。そして最後に物件一覧を選択すると、AIがおすすめ物件を紹介してくれる。
こちらもすべての紹介物件に、ぴったり度85%というように、マッチング度合いの数字が表示されている。ぴったり度は、物件ごとに、住まいのカルテの「条件のめやす」「条件の重要度」より算出されており、条件の重要度が高い、条件の目安に近い物件はぴったり度が高くなるようになっているそうだ。ぴったり度の高い順番で物件が表示されているのでわかりやすく、はずれた条件も書いてくれているので、軌道修正がしやすい。
「住みたい場所が決まっていない場合でも、チャットを通してAIがおすすめのエリアを紹介してくれます」(横山さん)
エリアについては、街の情報や口コミをまとめて紹介してくれているので、土地勘がなくても選ぶことができそうだ。
明確に条件が固まっていないユーザーにもピッタリの物件を提案
AIホームズくんBETAは、明確に条件が固まっていないユーザーでも、チャットという対話形式で自分にぴったりの物件と出合える体験を提供している。まだ、サービスが始まって間もないが、多くの人が活用しているという。
「こういう提案をしたら問合せにつながった、もしくはつながらなかったというようなデータをフィードバックしながら、さらに精度を上げていきたいです」(横山さん)
AIホームズくんBETAをさらに進化させることで、ユーザーの「住まい探しの相談に乗ってほしい」という要望にも応えることができ、「納得感のある後押しができる」(横山さん)ようになる。また、AIが事前にユーザーの情報を整理してくれることで、不動産会社の営業担当者の負担軽減にもつながる。まずは賃貸領域での活用を推進し、将来は、売買領域にも展開していきたいとのこと。「AIホームズくんBETA」のさらなる展開に、期待したい。
不動産業界では、ユーザーの住まい選びにおける心の理解にAIが活用されていく
人が住まい選びを始めてから、契約に至るまでのプロセスは、単純ではない。しかも、常に論理的なわけでもなく、右往左往しながら最終的にどこかで折り合いをつけて物件を決めていく。この一連の動きはなかなかデータ化しづらいが、将来的には、AIが人間のタイプ別思考パターンの法則性を見つけだしてくれるかもしれない。今後の不動産業界においては、AIを活用して莫大な物件情報を整理検索するだけでなく、希望条件や好み、要望整理など、ユーザーを理解する方向に進んでいくと考えられる。
ユーザー側から見れば、24時間対応であることや気軽にいつでもどこからでも相談でき、何度でも物件を提案してくれるというメリットがある。人間だと気を遣うが、AIなら気楽だ。また、不動産会社側からすれば、初期対応をAIがやってくれることで営業効率が良くなり、結果的に人件費が削減できる。
ユーザー理解のためのAI活用は始まったばかりで、まだまだ課題も多いが、数多くの事例を分析し、学習させることを地道に続けていくことが必要だろう。コンピュータの処理能力は1.5年ごとに倍になるというムーアの法則から考えれば、AIの能力が、あるときから急激に進化することも考えられる。AIの活用によって、不動産業界のDXはさらに進むだろう。どのように変わっていくのか、目が離せない状況だ。
■取材協力
株式会社ウィル 「AIウィルくん」 https://www.wills.co.jp/ai/
株式会社LIFULL 「AIホームズくんBETA」https://www.homes.co.jp/ai-homeskun/
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