日本で世界で、注目される「NISEKO」。何が起きているのか

北海道を代表する世界的なリゾート地・ニセコ。コロナ前は雄大な自然とパウダースノーを求める訪日外国人客でにぎわっていた。投資家にもスキー客にも人気で、高級リゾート施設が続々と誕生し、日本離れした雰囲気すら漂う。俱知安、ニセコ、蘭越の3町からなる「ニセコ観光圏」は、インバウンド客の心をつかむ観光先進地として、また開発の勢いの力強さで、全国的に注目されてきた。

羊蹄山を望み、パウダースノーを楽しめる環境が訪日客の人気を集めている(Ⓒ俱知安観光協会)羊蹄山を望み、パウダースノーを楽しめる環境が訪日客の人気を集めている(Ⓒ俱知安観光協会)

2021年3月に発表された公示地価で、倶知安町の上昇率は、住宅地が25.0%、商業地21.0%。それぞれ3年、4年連続で全国1位だった。22年は鈍化したものの、上昇基調は続く。コロナで外国人客が大きく落ち込んだ今も、投資や開発への意欲は萎えていないという。

ニセコの強さはどこにあるのか、どんなエリアを目指すのか―。一般社団法人「倶知安観光協会」は2022年3月10日に、メディア関係者向けのセミナー「北海道ニセコ 観光と開発の今」を開いた。その様子をもとに、ニセコの現状と可能性をリポートする。

シーズン通した魅力、多様な国からの集客…ニセコの実力とは

セミナーでは、俱知安観光協会の吉田聡会長が「観光の今」を解説した。昔ながらのペンションから世界最高峰のホテルまでが軒を連ね、カジュアルな自然体験も本格的なアウトドアスポーツも楽しめるとして、「多様な旅行ニーズに対応できる」とアピールした。

ニセコ観光圏の人口は約2万5,000人だが、コロナの影響が現れ始めた2019年にはその約160倍の約402万人の観光客が訪問した。北海道全体では、同様に比べると人口の約10倍だったため、ニセコ観光圏の強さが際立っている。

吉田会長はまた、夏はラフティングなどの自然アクティビティ、冬はウィンタースポーツなど一年を通した魅力があることから、1月ごろと8月ごろの年に2回、ピークがあると説明。スキー場がオープンする11月後半からはアジアやオーストラリアをはじめ世界各地から観光客が訪れるが、夏場は日本人客が多くなる。このバランスが、独特の強みといえる。

日本人観光客が多い夏場は、ラフティングなど大自然を生かしたアクティビティが人気日本人観光客が多い夏場は、ラフティングなど大自然を生かしたアクティビティが人気
日本人観光客が多い夏場は、ラフティングなど大自然を生かしたアクティビティが人気コロナ前に訪日外国人客でにぎわう、「ニセコHANAZONOリゾート」

ニセコのインバウンド客の構成はアジアが52.1%、オセアニアが25.8%、北米が8.6%、ヨーロッパが6.4%(いずれも2019年)で、リピーターが多いのも特徴だ。札幌市ではアジアが89.4%と圧倒的なため、ニセコのバランスの良さが光っている。吉田会長は「観光のリスクヘッジではないが、世界中から来ていただいています」と自信をのぞかせた上で、「ドイツ・フランス・イタリア・イギリスなど、スキーへの支出が高額になるヨーロッパからの集客を充実させたい」と展望を語った。

吉田会長によると、ニセコ観光圏の宿泊延べ数は2019年度に83万人泊だったが、2020年度には71%減の24万泊と落ち込んだ。インバウンド客の割合は6割以上に及ぶため、コロナの影響を大きく受けていると示した。

日本人観光客が多い夏場は、ラフティングなど大自然を生かしたアクティビティが人気セミナーで紹介された、倶知安町内の観光入込客数のグラフ(Ⓒ俱知安観光協会)

価格下落も、工事中断もなし。コロナ禍でも旺盛な開発意欲

セミナーでは一方、不動産開発やコンドミニアムの管理などを手がける「株式会社Niseko Alpine Developments」の橋詰泰治社長は「コロナによる停滞はない」と強調した。

ニセコ観光圏では、分譲マンションのように部屋ごとに購入する「ホテルコンドミニアム」に投資し、オーナー自身が使わないときは、宿泊施設として運営するケースが一般的。海外リゾートではコンドミニアムがメジャーで、海外投資家へ販売しやすいという。

多くの高級コンドミニアムなどが立ち並ぶニセコ観光圏の中心地・ヒラフエリア(Ⓒ俱知安観光協会)多くの高級コンドミニアムなどが立ち並ぶニセコ観光圏の中心地・ヒラフエリア(Ⓒ俱知安観光協会)

橋詰社長は「(2008年の)リーマンショックの際は、工事をいったんストップする事例が多かったものの、コロナではありません」。2019年12月以降にコロナの影響が出始めたが、高級コンドミニアムの建築・造成工事は1件も止まっておらず、世界的なホテルブランドも2024年以降、続々と開業予定という。

一般住宅を含めた倶知安町内の建築確認の申請数は、2019年度まで150件ほどで推移し、コロナの影響が現れた2020年度は180件ほどに増加。2021年度は冬季シーズンに勤務するスタッフ寮の建設数が減ったことで落ち込んだが、橋詰社長は「客を迎え入れることができないことの影響が表れている」との見方を示す。また、オーナーへのリターンもコロナの影響により減少しているという。

中古の不動産マーケットについては、「価格の下落は起こっていないものの、コロナにより現地確認ができないため取引件数は減少している」と指摘。Niseko Alpine Developmentsによる、コロナ下での仲介実績は、築13年、3ベッドのコンドミニアムの平米単価は120~150万円ほどで、コロナ前と同水準という。

倶知安観光協会によると、ニセコ観光圏の不動産価格は、世界的なリゾート地同士で比べると34位で、割高感はない。今後も投資は続くとみている。

橋詰社長によると、コロナを経て日本人の富裕層を意識した戦略も重要になっている。「コロナ禍ではホテルよりも一戸建てが好まれる傾向が強くなるので、今後は一戸建ての需要が伸びると思います」と見通しを語った。

多くの高級コンドミニアムなどが立ち並ぶニセコ観光圏の中心地・ヒラフエリア(Ⓒ俱知安観光協会)セミナーの会場にもなったコンドミニアム「Panorama Niseko」(Ⓒ株式会社ニセコリアルエステート)

ハイシーズンの人手不足、定住人口の流出懸念も

今後も好調に推移しそうなニセコ観光圏だが、新型コロナウイルスの影響が及ぶ前からの課題はなお横たわっている。1つは、需要に対応する労働力の確保だ。冬の繁忙期に働く人の多くがシーズン終了後にニセコ観光圏を離れてしまうため、安定性を高める取組みが欠かせない。

このため倶知安町内の外資系高級ホテルは、観光学部のある札幌市内の大学とタッグ。インターンなどを通して人材育成や就職先の確保などにつなげる取組みを始めている。北海道庁の後志(しりべし)総合振興局は、宿泊施設などを舞台にしたインターンシッププログラム「ShiriBeshi留学(通称ニセコ留学)」を展開している。

宿泊施設などで就業体験する「ShiriBeshi留学(通称ニセコ留学)」の様子(提供:北海道庁後志総合振興局)宿泊施設などで就業体験する「ShiriBeshi留学(通称ニセコ留学)」の様子(提供:北海道庁後志総合振興局)

吉田会長はセミナーで「冬場になると、ホテル関係のベッドメイクの仕事の時給が2,000円を超える。それでも労働力は足りず、まちのコンビニの従業員も十分に確保できないなど、大変な問題になっている」と明かした。冬は札幌市内など数十km離れた地域から通勤する人も。「2,000~2,500人の外国人の人材で対応していた」とコロナ前を振り返る。

2030年度に予定される北海道新幹線の札幌延伸で、俱知安町には新幹線駅が新設され、高速道路のジャンクションも整備される。新千歳空港から車で1時間半、札幌からはほぼ1時間圏と、アクセスが向上。2030年の札幌冬季五輪の誘致に向けた動きも活発になりつつあり、ニセコ観光圏への追い風はしばらく続きそうだが、懸念もある。

新幹線を使えば札幌まで20分となることから、吉田会長は「企業の支店がなくなったり、少子高齢化の中で除雪の負担を避けて札幌への人口流出につながったり、定住人口の減少の可能性も指摘されている」と警戒する。

規制とのバランスで「持続可能な観光地域づくり」へ

人口の約160倍もの観光客が訪れているニセコ観光圏。「観光地域づくり」を進める上で、無秩序な開発やオーバーツーリズムのリスクも無視できない。地元では、森林の伐採による景観の悪化や、温泉資源の減少などに不安を感じる人もいるとされる。

小樽商科大学は2018年、ニセコ観光圏の住民意識調査の結果をまとめた。それによると、観光分野の道外・海外資本の参入について、66.4%の住民が「地域の活性化にはなるが一定の条件(立地、施設規模、地域参入など)のもとで推進すべき」と回答。報告書は「むやみに資本参入を認めるのではなく、制限を設けた上で、各町がコントロールを行い推進することが必要」と分析している。

小樽商科大学が実施した住民意識調査の結果小樽商科大学が実施した住民意識調査の結果
開発規制や調和のとれた観光を実現するために開かれている有識者会議(Ⓒ俱知安観光協会)開発規制や調和のとれた観光を実現するために開かれている有識者会議(Ⓒ俱知安観光協会)

ニセコ観光圏では、かねて事業者に対する開発の規制や住民理解のあり方について検討が進められてきた。セミナーで俱知安町役場の担当者は「スキー場の近くから遠くへ、リゾート開発が面的に広がる『スプロール化』は大きな課題。まち全体での都市計画の見直しや、景観計画の策定に取組んでいる。持続可能な観光を考える上で、住民理解の促進も進めていきたい」と説明した。

吉田会長は「事業者側も、開発のコントロールが必要という総論では賛成していても、その内容や重点を置くポイントなどの各論ではまだ調整が必要」と指摘。「エリアとしての国際競争力を強化しつつ、持続可能な観光を達成するという根底は崩さず、業種・業態の垣根を越えてバランスを取っていきたい」と意欲を語った。

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