共助で地域課題を解決。地域コミュニティの重要性
近年、隣の家の住人を知らないという人も少なくない。それが楽だと感じる人が多いのも事実だが、人との関わりが少なくなると、さまざまな問題を抱えることになる。
例えば、地震や豪雨などの発災時に対応が遅れることもあるだろう。また地域内で犯罪などの被害が増える可能性もある。一人暮らしの高齢者の孤独死が増えるかもしれない。いや、高齢者だけではない。どんな人でも、いつ何が起こるかはわからないからこそ、万が一のときのために普段から地域の人との関わりを持つことは重要なのだ。
世田谷トラストまちづくりは「ひと・まち・自然が共生する世田谷」の実現をすべく、自然環境の保全再生及び緑化の推進、歴史的・文化的環境の保全及び利活用、地域力を育む活動支援、区民主体のまちづくり活動の支援など、さまざまな活動や支援を行っている地域コミュニティの希薄化は全国で問題となっているが、解決に向けた興味深い取組みのひとつが、世田谷区の「地域共生のいえ」だ。
地域共生のいえは、東京都世田谷区の外郭団体「一般財団法人 世田谷トラストまちづくり」が支援する取組み。
世田谷区内の建物所有者(以下、オーナー)が自宅や空き家を開放し、地域交流をする場所として提供するというもの。同団体の前身である世田谷区都市整備公社が2004年に始めた制度で、すでに18年もの長い実績がある。
自宅を”ひらく”「地域共生のいえ」とは
「地域共生のいえ」は、世田谷区内の建物のオーナーが、誰もが利用できる交流の場として、所有する自宅や空き家を地域に開放している。現在21ヶ所が運営されており、その内容はさまざま。子ども・親子・高齢者の憩いの場をはじめ、同じ境遇の人たちの交流会や趣味の集いなど多岐にわたる。
近年、自宅の一室を利用しカフェやギャラリーを営業する店舗も見かけるが、地域共生のいえは営利を目的としていない。趣旨や内容はそれぞれのオーナーのやりたいことによって異なるのだが、オーナーが主体的に運営するのが特徴的だ。無理なく活動を継続できるよう、そして利用者も快適に過ごせるよう、世田谷トラストまちづくりが支援を行っている。とはいっても、金銭的支援ではなく、あくまでもオーナーの自立的な活動をサポートする人的支援だ。
自宅を開放したいというオーナーが現れたら、同団体はオーナーの生活スタイルや意向をヒアリングし、周辺の地域資源やニーズなどを調査。どのような“ひらき”方が最適かをオーナーと共に考えていく。その後チラシを配布するなどの広報活動をし、お試しで何度か運営してみることで、足りないものを見つけ出し、補う。地域に根づき求められる場所となるよう、こうしたプロセスを世田谷トラストまちづくりが伴走していくのだ。
もちろん開設してからも支援は続く。お困り事や相談は随時受け付けるほか、オーナー同士が集まり相談を持ち寄るオーナーズ会議を行ったり、ホームページや広報誌などによる情報発信をしたり、オーナーが自律的に地域共生のいえの運営をできるようサポートをしてくれる。
「地域共生のいえ」を”ひらく”オーナーの想い
今回お話伺った世田谷トラストまちづくりの山田翔太さんはこう話す。
「世田谷区外の方には『世田谷区だからできるんですよね』とよく言われるのですが、そんなことはないと思っています。こういった活動は、想いと空き空間さえあればできるはずです。地域共生のいえのオーナーさんの多くは、『今までお世話になった地域に恩返しがしたい』と共通の言葉で想いを語られます。そして『自分も交流を楽しみたい』と口をそろえて語られる。そういった想いの要素と、開放できる空き空間の要素が合わされば、住まいを”ひらく”ことができると思います」
オーナーの皆さんがそれぞれに多様な想いを抱き、自身の人生観や価値観を反映して地域共生のいえは開かれているのだ。
いくつか事例を紹介しよう。なお紹介する写真はコロナ禍以前のものであり、現在は活動内容を縮小・変更しているところもある。
「きんしゃい」オーナーの想いに触れたオンラインイベント
世田谷トラストまちづくりの山田さん(写真右)と、きんしゃいの米屋さん(写真左)。今回は他のオーナーさんを含め約20人が参加。米屋さんのバイタリティあふれる経験談や参加者との交流は、とても楽しい時間だった地域共生のいえでは不定期で「オープンデイ」が開催される。オープンデイとは、オーナーを囲み、住まいを”ひらく”楽しさや苦労などを直接聞くことができる機会だ。
先日このオープンデイが、初めてオンラインで開催されたため、筆者も参加した。今回のオープンデイのゲストは「きんしゃい」のオーナー・米屋慶子さん。
きんしゃいは博多弁で“いらっしゃい”という意味。博多出身の米屋さんがひらく「きんしゃい」は、年齢にかかわらず誰でも気軽におしゃべりしに“きんしゃい”。そんな想いを込めて名づけられた。
「私は昔から、他人のために何かしたい、困っている人を見ると放っておけないという質(たち)。とにかく人が好きなんです。人が喜ぶ姿を見るのが自分の喜び。それはもうDNAでしょうね」と米屋さんは笑う。
米屋さんは幼少期、たくさんの人と食卓を囲む家庭で育った。食事を終えた客人を見送り「あの人は誰?」と聞いても「誰やろうね?」と答える。そんなご両親を持つ米屋さんは、迷いなく地域共生のいえを始めたそうだ。
以前は刑期を終えた人たちの社会復帰をサポートしていた経験もあるという米屋さんは、「生まれたときはみんな一緒なんだから、心と心で話せばわかる。魂で関わり合うことが大切」と話す。
「心に引っかかっていることを、誰かに少しでも話せれば楽になれる。でも周りに話せない人もいますよね。そんなときに『きんしゃい』で、ただおしゃべりをする。それだけで気持ちがふっと軽くなる…そんなこともあると思うんです。きんしゃいを続けているのは、地域のためだけでなく、自分のためでもあります。特に今はコロナ禍ということもあって家の中にこもりがち。私だって一人でいると、考えなくていいことまで考えて鬱々としてしまう。だからこそ自宅を開放して皆さんと一緒に集える場所をつくる。人が来ようが来まいが、こういう場所があることが大切。続けることに意味があると、今、痛切に感じています」
きんしゃいは毎週金曜日に開催しているのだが、利用者は曜日に関係なく来ることもあるそうだ。「きんしゃいは悩みを抱えている人の“駆け込み寺”のような存在になれたらいいと思ってます。何かあったときに『きんしゃいに行こう』そう思い出してもらえれば」と米屋さん。
続いて山田さんはこう話す。「地域共生のいえは、そこに行けばオーナーさんがいるという安心感がある。たとえ来られなくても、こういった場所があると思うだけで救われる人もいるのではないでしょうか」。その言葉に筆者も強く共感した。
ただ自宅を“ひらく”ということに難しさはないのだろうか。「それほどないですよ。強いて言えば、きんしゃいは毎週金曜日にオープンしているので、そのときに体調を崩さないかが心配。あとは家族の理解が必要ということですね」
参加者からは「セキュリティ面はどうか」という質問もあった。「信じるという気持ちが大前提。そこは覚悟の上で開放しています。逆に家に多くの人が出入りしていることで、怖い思いをせずにいられるのかもしれないですね」。物騒なニュースも飛び交う現代だが、地域に”ひらく”ことで地域の目が見守っているということだろう。
最後に山田さんに、今後地域共生のいえをどのように発展させていきたいかを聞いた。「地域共生のいえの数が増え、それぞれのオーナーが無理のない範囲で楽しく継続していくことが目標です。地域共生のいえは制度のひとつ。制度を利用しなくとも住民主体の交流の場が地域に広がっていくことが望ましいですね」。そう語る。
今回のオープンデイの中で、「ベタベタする必要はないけれど、今は無関心すぎる」という、米屋さんの言葉が印象的だった。地域共生のいえの存在は、現代において失われつつある大切な何かを守っているように感じた。オーナー主体でゆるやかに楽しみながら運営できるこうした場所や活動が、そして何より優しい想いが、全国にも広がることを願う。
取材協力
一般財団法人 世田谷トラストまちづくり https://www.setagayatm.or.jp/index.html
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