ショールーム兼イベントスペース中心の心地よい大空間

東日本大震災の際に津波の被害を受け、現在、二重堤防が完成しつつある石巻市の渡波(わたのは)地区。石巻駅から車で15分ほどの距離だ。「石巻ホームベース」は2020年秋、家具ブランド「石巻工房」のショールームかつイベントスペース、カフェ、ゲストハウスなどが併設された複合施設としてこの地に完成した。株式会社石巻工房は東日本大震災直後から多くのクリエーターや市民の協力を得ながら活動を続けてきた家具メーカーだ。使用するのは規格材のみ。デザインから制作まで一貫して手掛け、海外でライセンス生産も行う。石巻工房は今年2021年、「誰でも参加できる、優れた家具を作るしくみをデザインしたこと」などが評価され、グッドデザイン賞ロングライフ賞を受賞した。

石巻ホームベースの外観。幹線道路沿いにあり、シンプルながら目立つ外観(写真/特記以外、介川亜紀)石巻ホームベースの外観。幹線道路沿いにあり、シンプルながら目立つ外観(写真/特記以外、介川亜紀)

延床面積は272.57m2。しかしながら、そのほとんどが2階までの吹き抜けで、伸びやかな空間が広がっている。そこには、石巻工房の家具がゆったりと置かれ、来客はソファやベンチに座って、併設されたカフェのコーヒーや軽食、ビールを楽しむことができる。宿泊はコンパクトなゲストルーム4部屋のみだ。設計は石巻工房の共同代表である建築家・芦沢啓治さんが手掛け、各部屋の内装デザインは同社と普段から協働しているデザイナー4組に依頼した。
「石巻工房のアイコンとして、弊社に関わるデザイナーの皆さんや、家具づくりのノウハウを学びに来る国内外のデザイナー、クリエーターの皆さんが滞在するだけでなく、近隣の方々が気軽に出入りする場所をイメージしました」と、今回お話を伺った同社役員の若林明宏さんは説明する。この敷地と建物は若林さんが代表取締役を務める別会社の不動産会社が所有し、それを石巻工房が破格の賃料で借りている格好だという。

石巻ホームベースの外観。幹線道路沿いにあり、シンプルながら目立つ外観(写真/特記以外、介川亜紀)室内には大空間が広がる。大きな開口部と天窓を確保し、室内は常に明るい
石巻ホームベースの外観。幹線道路沿いにあり、シンプルながら目立つ外観(写真/特記以外、介川亜紀)ゲストルームの様子。この部屋は、藤森泰司さんデザインの「Noki」

事業採算を検討の結果、カフェ、ゲストハウスを併設

石巻ホームベースの立ち上げのきっかけは、石巻工房の家具工場に併設されていたショールームの刷新だ。国内外から多くのお客様が工場を見学に来るようになり、工場の一角に家具のショールームを設けていたものの、「工場内では置いてある家具にホコリが積もってしまう」という声が上がったのだ。一方で、通常は人が家具を買うのは見てから数年後の人生の節目だという情報もあり、ショールーム単独では採算がとれない、という意見もあった。
「そこで、カフェなどのテナントを組み込むことを提案。また、モノづくりを象徴する石巻工房らしく、つくるスペースを確保しよう、という話も出てきました」
じっくりモノづくりに取組むには、ある程度の時間が必要だ。ホテルが多い石巻の中心部からは離れており行き来に時間を割かれてしまうため、宿泊施設も併設しなくては…という話に至り、その結果、ショールーム及びモノづくりスペースを確保し、宿泊用のゲストハウス、カフェを併設する構成となった。
「家具だけでなくクラフト雑貨、自転車、食品など広い分野のモノづくりに活用いただきたい。実際にその場でつくる体験をしたり、クリエイティブなことに興味のある人たちが泊りがけで集まりアイディアを練る、そんな使い方ができるはずです」

カフェは石巻でホップや野菜を育てるイシノマキ・ファームによる「I-HOP CAFE」。コーヒーやクラフトビール「巻風エール」などを供するカフェは石巻でホップや野菜を育てるイシノマキ・ファームによる「I-HOP CAFE」。コーヒーやクラフトビール「巻風エール」などを供する

これからの新たな不動産の姿を探るため、石巻工房へ

実は、若林さんは2018年から東京で不動産業を営み、石巻では石巻工房の一員として活動するという二拠点生活を続けている。なぜ、そのような生活スタイルを選んだのだろうか。また、なぜ石巻なのだろうか。

若林さんの前職は大手保険会社だった。海上・貿易保険に20年以上携わり、海外にも延べ8年駐在していたという。ところが、2011年に父親が亡くなり、紆余曲折を経て、2018年に会社を辞めて家業である東京での不動産業を継ぐこととなった。退社する前から、家業の不動産業と並行して、モノづくりを生かした新たな事業を展開する準備していたのだという。
「ただ、所有しているビルを貸してるだけだと面白くないな、と。できれば、建築家やデザイナーと一緒に建物づくり、モノづくりを融合させてみたい、と思っていました。そこで、モノづくりのノウハウや建築家やデザイナーとの関係性も学べるような会社への入社を望んでいました」
前職の退職を間近に控えたころにインテリア雑誌を見て知ったのが、規格材の活用とDIYをコンセプトとした家具メーカー、石巻工房だった。探しているイメージに近い会社だと感じ、退職後すぐに連絡を取ったところ、トレイニーとして受け入れられることになった。石巻工房付近にも住まいを構え、同社で家具づくりを学びながら海外業務をこなすこととなった。

キャットウォークから施設全体を見渡す。使用しているのはすべて石巻工房の家具キャットウォークから施設全体を見渡す。使用しているのはすべて石巻工房の家具
キャットウォークから施設全体を見渡す。使用しているのはすべて石巻工房の家具2階の一角にある宿泊者専用のキッチンとダイニング。ミーティングやデスクワークにも活用可能。ここにある家具も石巻工房のもの

不動産業×クリエイティビティに新たな事業の可能性を確信

不動産業+モノづくりというスタンスは、2018年に参加した石巻にある株式会社巻組(https://makigumi.org/)企画のイベント「イシノマキオモシロ不動産大作戦」にも後押しされたという。
「ユニークな賃貸物件の企画や活用を実践している大家さんたちが登壇していて、刺激的でした。皆さんに共通していたのは、モノづくりを含むクリエイティビティと不動産を掛け合わせること。クリエイティビティを活かす不動産物件を生み出すために、アーティストやクリエーターが入居しやすいような低額の家賃設定をしたり、リフォームを許可したりするなど、既存の常識にとらわれない行動をしていました」

彼らの話に若林さんは非常に合点がいったという。そのとき頭に浮かんだのは、ニューヨークの住環境や不動産価値がアートによって刷新されていく様子だった。
「ニューヨークには6年程駐在していました。ニューヨークの廃墟同然の建物にアーティストたちが移り住み、建物をDIYしたり、そこをアトリエとして制作活動などを始めたところ、まちがみるみるうちにおしゃれになって、どんどん不動産価値が上がっていったんです。マンハッタンから始まり、そのムーブメントはダウンタウンのブルックリンにも飛び火していきました」

作り手自身が仕留めた鹿の革で小物製品をつくる「のんき」のスペース。ディスプレイだけでなく、ここで時折制作作業も行っている作り手自身が仕留めた鹿の革で小物製品をつくる「のんき」のスペース。ディスプレイだけでなく、ここで時折制作作業も行っている

世界各国の面白い人が集う石巻はクリエイティブの拠点にふさわしい

施設のオープンがコロナ禍と重なり、ゲストルームや施設の利用もまだ“のんびり”ペースだ。地元の人気のパン屋さんが終日施設を貸し切ったり、朝からDJが音楽をかけたりするなど、予想外の使い方も経験したという。
「モノづくりを核としたあまり前例のない空間構成のうえ、当社は複合施設の運営は初めて。コロナ禍を逆手にとって、ゆっくりといろいろな使い方を試しながら運営体制を整えていくのはいいですね。少人数を対象にしたマニアックなテーマのイベントで、宿泊込みで当施設全体を貸切るという使い方が合いそうだ、というのはわかってきました」

それにしても、なぜ石巻という場をクリエイティブな事業の拠点にふさわしいと考えたのだろうか。「私にとって、石巻は人と出会う場所なんですね。駐在していたニューヨークやシンガポールと同様に、ここでしか会えなかったであろう世界各国の面白い人たちに偶然出会う。被災地ならではの“吸引力”を感じて、クリエイティブな事業をまわそうとしているのかもしれません」

石巻にショールームをつくることに震災復興の一助といった意識はなかったのか聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「そこまで言うとカッコつけすぎですね。被害が大きく空地だらけになってしまったこの渡波(わたのは)で、震災後の象徴的なベンチャー企業である石巻工房がショールームをつくり、その結果、またこの地域に人がたくさん来るようになるといい、とは思っていました。何もなくなってしまったところに新たにクリエイティブな拠点をつくろうとしたわけで、これから一体どんなことが起こるのか期待が膨らんでいます」
石巻ホームベースが運営を始めてから、昨今は周囲に飲食店がオープンしたり、新たに住宅も建ち始めて徐々に賑やかになってきたという。
「地元の方々を勇気づける一要素になっていれば嬉しい。近隣のおばあちゃんもカフェを利用してくれるようになって、これはやってよかったなと感じます。“復興を全面に出していないものができたことに復興を感じる”と言われたこともあり、それもなんかいいなあと」

ポスト・コロナに向け活動を加速させていく、石巻ホームベースから目が離せない。

施設を正面から見る。2階のバルコニーからは道路の向こうに公園と堤防、海が見える施設を正面から見る。2階のバルコニーからは道路の向こうに公園と堤防、海が見える
施設を正面から見る。2階のバルコニーからは道路の向こうに公園と堤防、海が見える施設のバルコニー。暖かい時期は来客たちがここで思い思いにくつろぐ。開口部の木製サッシは特注だ

公開日: