心理的瑕疵ガイドラインが策定された背景

2021年10月8日、国土交通省は「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を公表した。ガイドライン策定の背景とは2021年10月8日、国土交通省は「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を公表した。ガイドライン策定の背景とは

2021年10月8日に国土交通省により「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」)が公表された。従来、人の死が生じた物件の扱いが宅地建物取引業者によって異なっていたことから、ガイドラインは宅地建物取引業者向けに対応方法の指針が定められた内容となっている。

物件内で人が死亡すると、死亡理由によってはその物件に心理的瑕疵が生じることがある。心理的瑕疵とは、自殺や殺人など過去の嫌悪すべき歴史的背景によって住み心地に影響が及び、取引対象が本来あるべき住み心地を欠く状態のことを指す。いわゆる「事故物件」と呼ばれるものは、心理的瑕疵がある物件のことである。

死亡理由において、「自然死」は原則として心理的瑕疵には該当しない。しかしながら、不動産所有者のなかには死亡理由の如何を問わず、物件内で死が発生すればすべて事故物件になると思っている人も多い。事故物件はメディアでもよく取り上げられており、貸主側の誤解が不動産取引の大きな障害となっている。

特に賃貸物件では、オーナーが「高齢者の孤独死が生じた物件イコール事故物件」と思っているケースが多く、単身高齢者が物件を借りられないという社会問題が生じている。ガイドラインには単身高齢者が賃貸物件を借りられない問題を是正する意図が読み取られ、特に賃貸物件における対応が明確化された内容となっている。

対象は住宅のみ

心理的瑕疵ガイドラインにおいては、居住用不動産が対象。オフィスや店舗、ホテルなどの事業用不動産は今回のガイドラインの対象外心理的瑕疵ガイドラインにおいては、居住用不動産が対象。オフィスや店舗、ホテルなどの事業用不動産は今回のガイドラインの対象外

ガイドラインの対象は、「住宅のみ」としている点がポイントである。オフィスや店舗、ホテルなどの事業用不動産は今回のガイドラインの対象となっていない。

また、住宅であっても「人の死が生じた建物が取り壊された場合の土地取引」や、「搬送先の病院で死亡した場合」「転落により死亡した場合における落下開始地点」などの個別具体的なケースの対応方法は定められていない。

ガイドラインの内容は一般的に妥当と考えられる事象に限定されており、実務上、判断が不明瞭のままとなっている内容もかなり多い。今回のガイドラインは万能という位置づけではなく、記載のない事象が生じた場合には、従来どおり過去の裁判例等を基に個別判断をしていくことが必要となっている。

宅地建物取引業者の調査義務の範囲の明確化

ガイドラインでは、取引に関わる宅地建物取引業者の調査義務の範囲が明確化された。宅地建物取引業者の調査義務については、「人の死に関する事案が生じたことを疑わせる特段の事情がないのであれば、人の死に関する事案が発生したか否かを自発的に調査すべき義務までは宅地建物取引業法上は認められない」としている。

ガイドラインによると、宅地建物取引業者の調査方法は売主や貸主に対して告知書(物件状況等報告書)等の記載を求めることで足りるとしている。告知書とは、売主や貸主が物件の欠陥等を記載する書面のことである。

後日、告知書に記載されなかった事実が判明しても、宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、調査は適正になされたものとすることも明確となった。従来、心理的瑕疵は宅地建物取引業者がどこまで調査しなければならないのかが不明瞭であったが、特段の事情がない限り、近所の人への聞き込みやインターネットの書き込みの調査などを自らすることは求められていないということになる。

心理的瑕疵ガイドラインでは、宅地建物取引業者の調査義務の範囲の明確化された。一方で、「販売活動・媒介活動に伴う通常の情報収集等の調査過程において、売主・貸主・管理業者から、過去に、人の死に関する事案が発生したことを知らされた場合や自ら事案が発生したことを認識した場合に、この事実が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、宅地建物取引業者は、買主・借主に対してこれを告げなければならない。」とされている。心理的瑕疵ガイドラインでは、宅地建物取引業者の調査義務の範囲の明確化された。一方で、「販売活動・媒介活動に伴う通常の情報収集等の調査過程において、売主・貸主・管理業者から、過去に、人の死に関する事案が発生したことを知らされた場合や自ら事案が発生したことを認識した場合に、この事実が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、宅地建物取引業者は、買主・借主に対してこれを告げなければならない。」とされている。

告知しなくてもよいケース1:自然死

ガイドラインでは、告知しなくてもいい3つのケースを定めている。1つ目は「自然死または日常生活の中で生じた不慮の死」については売買および賃貸においても「告知は不要」としている。「自然死」は老衰や持病による病死、孤独死などが該当し、「日常生活の中で生じた不慮の死」は階段からの転落事故や食事中の誤嚥などによる死亡が該当する。

裁判所も住宅は人間の生活の本拠である以上、自然死などが発生することは当然予想されるものであり、自然死等は心理的瑕疵に該当しないという考え方を以前から示している。単身高齢者の孤独死が生じると事故物件になるという誤解が多かったことから、ガイドラインで自然死は説明不要と明確化した意義は大きい。

ただし、ガイドラインでは自然死等であっても以下の場合は告知を要すると定めている。

出展:国土交通省ガイドラインの概要<br>
https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00029.html出展:国土交通省ガイドラインの概要
https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00029.html

【自然死でも告知を要するケース】
取引の対象となる不動産において、過去に人が死亡し、長期間にわたって人知れず放置されたこと等に伴い、いわゆる特殊清掃や大規模リフォーム等が行われた場合

ガイドラインでは「長期間にわたって人知れず放置」の「長期間」について、それが何ヶ月なのかは明確にしていない。実は孤独死は早期発見されれば心理的瑕疵に該当せず、発見が遅れれば心理的瑕疵に該当するという考え方は以前から存在する。ガイドラインは以前から採用されていた考え方を踏襲しているにすぎず、新たなルールを提示しているわけではない。

孤独死は早期発見されなければ事故物件となってしまうという考え方は引き続き残っていることから、ガイドラインが策定されたからといって単身高齢者が物件を借りられない問題は簡単に是正されるわけではないと思料される。

告知しなくてもよいケース2:賃貸の希釈期間経過後

心理的瑕疵は人の記憶に基づく嫌悪感に根拠づけられるため、時間がたつと記憶も薄れて影響は少なくなる「時間希釈の原則」という考え方が採用されている。

ガイドラインでは、「賃貸物件」に限り自然死等以外の死亡(特殊清掃が必要となった自然死等も含む)が発生した場合、3年を経過した物件は心理的瑕疵が希釈したものとして「告知は不要」としている。従来、心理的瑕疵は発生から何年まで説明しなければならないのかという点が曖昧であったが、ガイドラインが「賃貸なら3年」という明確な年数を提示したことは非常に意義深い。

自殺や他殺などが発生しても、賃貸物件なら3年を経過すれば事故物件にはならないということである。なお、ガイドラインでは事故があってから3年以内に2番目以降に借りる「二次賃借人」に対して説明義務があるかどうかは明らかにしていない。「二次賃借人」以降への説明義務は、今後の改定版で追記されていくものと予想される。

人の死の発生から経過した期間や死因に関わらず、買主・借主から事案の有無について問われた場合や、社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等は告げる必要がある。詳細は国土交通省ガイドラインを参照
人の死の発生から経過した期間や死因に関わらず、買主・借主から事案の有無について問われた場合や、社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等は告げる必要がある。詳細は国土交通省ガイドラインを参照

告知しなくてもよいケース3:隣接住戸および共用部

ガイドラインでは、隣接住戸および日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分における自然死等以外の死亡(特殊清掃が必要となった自然死等も含む)に関しては「告知は不要」としている。

ガイドラインは「通常使用する共用部分」について例示しており、「ベランダ等の専用使用が可能な部分のほか、共用の玄関・エレベーター・廊下・階段のうち、買主・借主が日常生活において通常使用すると考えられる部分」を挙げている。

告知不要なのは「通常使用しない集合住宅の共用部分」のことであり、「通常使用する共用部分以外の共用部」が告知不要部分に該当するということだ。

なお、ガイドラインでは「告げなくてもよいとした2や3の場合でも、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は告げる必要がある。」
「人の死の発覚から経過した期間や死因に関わらず、買主・借主から事案の有無について問われた場合や、社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等は告げる必要がある。」としている。

出展:国土交通省ガイドラインの概要<br>
https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00029.html出展:国土交通省ガイドラインの概要
https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00029.html

売買の希釈期間は明記なし

心理的瑕疵ガイドラインは最後に「新たな裁判例や取引実務の変化を踏まえるとともに、社会情勢や人々の意識の変化に応じて、適時に見直しを行うこととする。」として結んでいる。今回のガイドラインで触れられなかった点についても今後更新される可能性があるだろう心理的瑕疵ガイドラインは最後に「新たな裁判例や取引実務の変化を踏まえるとともに、社会情勢や人々の意識の変化に応じて、適時に見直しを行うこととする。」として結んでいる。今回のガイドラインで触れられなかった点についても今後更新される可能性があるだろう

今回のガイドラインでは、残念ながら売買の希釈期間に関する明記はなされなかった。賃貸物件であれば3年を経過したら説明不要という目安が明示されたが、売買に関してはいつまで説明しなければならないかは不明瞭なままとなっている。

もともと、心理的瑕疵は個別性が強く、ガイドラインのように統一的な対応方法を定めることが難しいことから、検討会も苦心の末に策定したものと推察される。

ガイドラインでも「本ガイドラインは、新たな裁判例や取引実務の変化を踏まえるとともに、社会情勢や人々の意識の変化に応じて、適時に見直しを行うこととする」という言葉で結んでおり、これで完成版ではないようだ。今回のガイドラインでは、賃貸物件に関して希釈期間を明示したことで単身高齢者の賃貸問題の是正に向けた強いメッセージが感じられる。

売買の心理的瑕疵の取扱いについては、今後の改訂版で何らかの方針が追記されていくことだろう。

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