上下・左右に。2つの住戸を1つにする、団地のリノベーションプラン

45m2の2戸をつなげ、90m2の空間をつくりだす、大阪府住宅供給公社が行う「ニコイチ」プロジェクト。上下・左右の空室をつなげて2つの住戸を1つにした新しい生活空間を提案している。2015年からスタートした「ニコイチ」は、毎年テーマが異なるさまざまなプランを展開している。2017年にはグッドデザイン賞を受賞するなど、業界からも注目を集めている。

ちなみに大阪府住宅供給公社は、大阪府下に約2万1,000戸の団地やマンションの管理を行っている。「ニコイチ」を通して古い団地を活性化し、若い世帯の居住促進を促すことを大きな目的としている。時代が変化するにつれて暮らしの形も変わり、それと同時に、求められる間取りや生活空間も当然変わる。「ニコイチ」では、若い世帯や今の暮らしに適した生活空間を提供することで、新しい団地暮らしの価値を提案している。

「タテ ニコイチ」。緩やかに空間につながる半個室。腰掛けにもなる小上がりが、段差を生かした収納スペースになっている「タテ ニコイチ」。緩やかに空間につながる半個室。腰掛けにもなる小上がりが、段差を生かした収納スペースになっている

2021年6月、大阪府堺市にある茶山台団地に、「ニコイチ」による新しい物件が完成した。設計施工を担当したのは、公募で選ばれた株式会社ナノメートルアーキテクチャー一級建築士事務所。「これからの働き方とくらしの提案」をテーマに、近年変化しつつある暮らし方や働き方を見据えたプランとなっている。ただ壁を取り壊して間取りを広げただけのリノベーションではないのが、今回の「ニコイチ」のユニークなところだ。
それではこの物件の特徴について、ご紹介したい。

「タテ ニコイチ」。緩やかに空間につながる半個室。腰掛けにもなる小上がりが、段差を生かした収納スペースになっている茶山台団地の外観

ライフスタイルに合わせて、空間を「つくれる」間取り

「ニコイチ 茶山台団地」でまず目を引くのは、その間取りだ。これまで団地のテンプレートとなっていた、部屋を壁で4分割に区切った「田の字型」の間取りを、「口の字型」に改修している。「口の字型」の間取りとは、各部屋を周辺に配置することで中央部分に空間をもたせ、部屋を回遊する動線がある間取りのことだ。空間の中に開放感をもたせながら、暮らす人にとっての使いやすさが部屋の細部まで考え抜かれている。

周囲に設けられた各部屋は、半個室状態。扉を開放したままだとリビングの延長上で使えたり、必要に応じてスライド扉で仕切って個室にするなど、流動性の高い空間となっている。ときには子どもの遊ぶスペースに、ときには趣味のスペースになど、生活スタイルや家族の成長に合わせて使い方が変えられる間取りとなっている。

「ヨコ ニコイチ」の口の字型間取り。部屋をぐるりと回遊できる「ヨコ ニコイチ」の口の字型間取り。部屋をぐるりと回遊できる

アイデアのベースとなったのは、「広い空間をうまく活用できない」「どこをダイニングにしたらいいのかわからない」など、これまでの「ニコイチ」居住者によるアンケートの意見からだった。壁を取り払うと大きな空間が生まれるため、開放感のある部屋は実現できる。ただ、ある程度の仕切りがないと、その場所の具体的な活用方法が居住者はイメージしにくくなってしまう。そこで、居住者が“ここはリビングでここはダイニングがいいだろう”と、想定できるように、最低限の壁と柱やスライド扉を用いて、多少の区切りをつくった。さらにそれが確定しきらない空間であるという、「口の字型」の間取りが生まれた。

「ヨコ ニコイチ」の口の字型間取り。部屋をぐるりと回遊できる「ヨコ ニコイチ」。スライド扉で、空間を仕切れば個室に早替わり
「ヨコ ニコイチ」の口の字型間取り。部屋をぐるりと回遊できる「ヨコ ニコイチ」。キッチンの裏を仕切る壁は棚になっており、収納スペースにも活用できる。天井に引かれたレールは、カーテンなどを取り付けられ、空間を緩やかに仕切ることもできる

プライベート・家族・仕事で、「暮らしを分ける」という考え方

もうひとつの特徴が、分かれた2戸を最大限に生かしているところだ。コロナ禍を経て、テレワークやリモートワーク、家事育児と仕事の両立など、ワークスタイルにさまざまな変化が生まれている昨今。プライベートと家族の場=家、仕事=職場というような、従来の区切りではなく、暮らしの中にも多様性のある空間の必要性が求められている。

「タテニコイチ」は、独立した4階と5階と上下階の住戸を1つにしたプランだ。4階はキッチン・風呂場など水回りが集まった生活空間、5階は寝室や書斎などのプライベート空間が想定されており、階段で上下に行き来することで、オンオフの切り替えができる。例えば、「食べる・寝る」として、家族団らんの時間とプライベートに分けたり、「働く・寝る」として仕事のスペースとプライベートスペースに分けることも可能だ。

「タテ ニコイチ」の間取り図。写真提供:大阪府住宅供給公社「タテ ニコイチ」の間取り図。写真提供:大阪府住宅供給公社

同様に、「ヨコニコイチ」は、同じフロアの隣り合った2戸をひとつの家にしたプランだ。玄関だけではなく、ベランダからでも部屋間を移動できる。2つの部屋を生活の主軸が集まる「くらしの部屋」と仕事や学び・非日常に使える「働きの部屋」とし、生活と仕事の切り替えができる。家族や友人たちが集まったり、個々の部屋で自由に過ごしたりなど、シーンに合わせて使い方も変えられる。また、子どもが巣立ったり、親と同居するなど生活スタイルの変化があった際にも、空間をアレンジしやすいように考えられている。

「タテ ニコイチ」の間取り図。写真提供:大阪府住宅供給公社「ヨコ ニコイチ」の間取り図。写真提供:大阪府住宅供給公社
「タテ ニコイチ」の間取り図。写真提供:大阪府住宅供給公社「タテ ニコイチ」。中心部分に置かれたキッチンスペースからは、四方を見渡せる。小さな子どもに目を配りながら、また、仕事をしながらの家事もしやすい

これからは団地が新しい!? これからのコミュニティのカタチ

幅広い年齢層が暮らしていることも団地の特徴。茶山台団地では、団地内に集会所や空き部屋を活用した図書館や惣菜店、DIYコミュニティスペースを設けるカフェを誘致するなど、コミュニティ促進に力を入れており団地住民同士の交流も盛んだ。お年寄りと子育て世代が関わり合いを持つことは、都市部のマンション暮らしではなかなか得られない体験でもある。

団地が、生まれ変わっている。1つの空間でなければ家ではない、という概念を壊して、隣同士や上下の2戸を1つの家として認識しようという「ニコイチ」の発想の転換。そして団地ならではの環境。都心に住むことが効率の良い働き方や、いい暮らしと呼ばれることに疑問符が打たれている今。生活の変化に合わせて、間取りや空間も柔軟にアレンジしていけばいい。豊かに暮らすという大きな問いにおいて、団地暮らしがその選択肢のひとつになりつつある。

「タテ ニコイチ」。インナーバルコニーがあるので、部屋干しも可能「タテ ニコイチ」。インナーバルコニーがあるので、部屋干しも可能
「タテ ニコイチ」。インナーバルコニーがあるので、部屋干しも可能「ヨコ ニコイチ」。バルコニーが通路に生まれ変わった
「タテ ニコイチ」。インナーバルコニーがあるので、部屋干しも可能「タテ ニコイチ」から望める景色

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