賃料は“スキル”で支払う「ゼロハウス」が北軽井沢でスタート

2021年3月に、YADOKARI株式会社(横浜市)からこんな魅力的なモニター募集が告知された。タイトルは「ゼロハウス北軽井沢居住(住居費無料)+月10万円のお仕事提供」だ。長野・北軽井沢にある元別荘に住み、賃料の代わりに、YADOKARIが要望する仕事10万円分をこなしてほしい、というもの。勤務形態は完全リモートワークでよく、居住者の性別、年齢はもちろん家族形態も問わない。

対象となる物件は、使われなくなった築50年の別荘を数年前に譲り受けて、同社社員たちが部屋に残っていたごみを処理したり、DIYなどをして再生させたものだ。保養所にしていたが、使用頻度が低いため、もっと有効に使う方法を考えたかったのだという。「もともと無償だったので、賃貸で収入を得るのではなく使う人のスキルとの交換がいいのでは、という話になりました。滞在の様子をSNSなどで発信してもらえば、魅力的なプロモーションにもなり得ます」と、共同代表取締役のさわだいっせいさんは話す。

スキルといっても大げさなものではない。たとえば、庭の手入れや次に来る人のための食料品の調達、WEBサイトの修正などでもかまわない。入居者のスキルに合わせてYADOKARIが発注する。昨今注目度が高まっているシェアリングエコノミーである。

ゼロハウス北軽井沢の外観。木々に囲まれた昔ながらの別荘の風情だ(写真/YADOKARI。以下、特記以外はすべてYADOKARI) ゼロハウス北軽井沢の外観。木々に囲まれた昔ながらの別荘の風情だ(写真/YADOKARI。以下、特記以外はすべてYADOKARI) 
ゼロハウス北軽井沢の外観。木々に囲まれた昔ながらの別荘の風情だ(写真/YADOKARI。以下、特記以外はすべてYADOKARI) ゼロハウス北軽井沢の室内。入居者募集に当たって、DIYで北欧風に模様替えした

創業時から考えてきた、リビングコストゼロの仕組み

実は、これは自由な働き方、住まい方を実現する「YADOKARIゼロハウス構想」の第1号プロジェクトだ。今後、空き家のほかさまざまな不動産、動産をベースに全国展開を目指しており、今回は実験的な意味合いも強い。そのため、先に述べたように入居者の条件は幅広いものの、この構想に共感してくれる人という要件が求められている。
5月には入居者1人が決定した。マーケティングを主業にするパラレルワーカーだという。

ゼロハウス、と銘打ったプロジェクトの開始はコロナ禍のタイミングになったが、創業以来温めてきた同社の主軸になるような構想だとさわださんは説明する。
「構想の目的は、場所や時間、お金に縛られない生活や、リビングコストゼロ(住居費なし)の実現です。2012年に創業して以来、ゼロハウス構想実現に向けて家づくり、システムづくりを探るため、空き家や団地、移動式タイニーハウスなどをベースにさまざまなプロジェクトを立ち上げてきました」

個性派ぞろいのYADOKARIメンバー個性派ぞろいのYADOKARIメンバー

創業のきっかけは、東日本大震災の際に目にした「コンテナハウス」

創業およびゼロハウス構想のきっかけは、2011年の東日本大震災にある。震災で家々が流されたことを知り、あらためて今後のサイズや形態などを含む家の在り方、所有の仕方などについて考え始めた。そんな矢先、さわださんは建築家・坂茂氏が手がけた女川町の仮設住宅、通称コンテナハウスを見てインスピレーションが湧いた。
「女川町仮設住宅は3階建ての集合住宅で、海上輸送用のコンテナを積み上げ構成されていました。各コンテナが住戸になっているのですが、これをひとつずつ引き出して、移動しながら暮らしていく選択肢があると面白いな、と。そこからタイニーハウスのような狭小住宅に興味が広がり、調べてみたところ、比較的安価で長期の住宅ローンを組まずに済むことがわかったんです。リビングコストを抑える手立てになると感じました」
インターネットで調べてみると、すでに世界中に多くのタイニー(スモール)ハウスがつくられていることに気づいた。しかも、20代後半~30代の感度の高いと思われる人たちが、おしゃれな移動式スモールハウスを拠点に、自由にあちこち移住しながら暮らす様子が見て取れたという。
 
そこで、創業後間もなく、まず1棟当たり「自動車1台程度の金額」でタイニーハウスをつくり、プロモーションの意味合いも兼ねてさまざまな事業を展開。東京・日本橋の期間限定イベント施設「BETTARA STAND日本橋」(営業終了/http://bettara.jp/about/)、横浜・日ノ出町の高架下につくられたホステルを含む複合施設「Tinys Yokohama Hinodecho」(http://tinys.life/yokohama/)などは読者の皆さんも耳にしたことがあるのではないだろうか。

BETTARA STANDの内部。車輪付きの移動式タイニーハウスを組み合わせた空間だBETTARA STANDの内部。車輪付きの移動式タイニーハウスを組み合わせた空間だ
BETTARA STANDの内部。車輪付きの移動式タイニーハウスを組み合わせた空間だ京浜急行電鉄の高架下にタイニーハウスを並べたTinys Hostelの外観

賃料0円の代わりに、団地や地域の魅力をブログで発信

ここで、ゼロハウスと銘打ってはいないものの、“居住者が無償で住む代わりに、何らかのスキルを提供する”仕組みを取り入れた、直近のYADOKARIのプロジェクトを紹介しよう。いずれも築古の団地がベースになっている。
まずひとつは2017年に始まった神奈川県・二宮団地での「暮らし方リノベーション」プロジェクトだ。同団地は老朽化が進み、年々空室が増加していたため、神奈川県住宅供給公社がYADOKARIに空室対策を依頼した。同公社は老朽化した賃貸住戸をリノベーションし、複数パターンの間取りや内装の住戸を用意。YADOKARIは入居者の募集とこのプロジェクトのプロモーションを担った格好だ。「WEBサイトなどを通じ、5部屋5組の入居者を募集しました。当初1年間は無償で住む代わりに、月に2本のペースでブログ記事を書いていただく約束です。記事は団地や自身の暮らしまわりのことなど、団地だけでなく二宮町のアピールやイメージアップにつながるような内容をお願いしました」

デザイナーや建築家の入居者はセルフリノベーションにも挑戦。クオリティが高い!(居住者撮影)デザイナーや建築家の入居者はセルフリノベーションにも挑戦。クオリティが高い!(居住者撮影)
デザイナーや建築家の入居者はセルフリノベーションにも挑戦。クオリティが高い!(居住者撮影)団地は低層の住宅や林に囲まれ、晴天のときには富士山が見えるとのこと(居住者撮影)

社会貢献について意識の高い人たちが、コミュニティ形成に積極参加

もうひとつは、2021年4月に始まったばかりの町田市の鶴川団地でのプロジェクト「未来団地会議」だ。これは、団地の1室を2名で1年間無償で住む代わりに、町や団地のコミュニティ形成のサポートをしてもらうというもの。募集を開始したところ、なんと約100組の応募があった。
「応募してきたのは大手企業勤務だったり、フリーランスとして活躍されていたり、経済的に自立している方々が多数。生活に困窮しているわけでなく、空いた時間にまちづくりに関わりたい、というような社会貢献の意識が高い方が目立ちました」

ゼロハウス構想実現に向け、着々と歩んできているYADOKARI。次々にプロジェクトを立ち上げるパワーもさることながら、毎回、それぞれの活動の中心となる賛同者が少なからず現れている点に驚く。
「プロジェクトの参加者募集などを含めて情報発信している自社WEBサイト、『YADOKARI.net』の読者層は、20代半ば~40代半ばが中心。既成概念にとらわれず、これからの自分の暮らしをしっかり考えてみたいという人が多い印象です。また、YADOKARIだったら何か面白いことをやってくれるのでは?という期待も感じます。ここに加わるとちょっと面白いコミュニティに入れるんじゃないか、と」

ゼロハウスのみならず、コロナ禍後の新たな暮らし方の見本になるような、ユニークなプロジェクトはまだまだ続きそうだ。

神奈川県・鶴川団地プロジェクトのイメージイラスト。「未来団地会
議」で募集したコミュニティビルダーには、団地や近隣の住民をつなぐ役割が求められる神奈川県・鶴川団地プロジェクトのイメージイラスト。「未来団地会 議」で募集したコミュニティビルダーには、団地や近隣の住民をつなぐ役割が求められる
神奈川県・鶴川団地プロジェクトのイメージイラスト。「未来団地会
議」で募集したコミュニティビルダーには、団地や近隣の住民をつなぐ役割が求められる実際の鶴川団地の風景。昔ながらの古き良き昭和の佇まいが残る

公開日: