1982年から続く“まちの遊び場”がシェアスペースとして進化
名古屋市の真ん中あたり、新栄の裏路地にある「parlwr(パルル)」(以下、パルル)といえば、アーティスト界隈ではよく知られた箱。1982年にギャラリーとして出発してから、さまざまなアートやカルチャーから影響を受け進化してきた。カフェが併設され、劇団や音楽家たちの公演、アート・フェスティバルが開催されるなど、カテゴライズできないイベントが開催されてきた、いわば“まちの遊び場”のような場所である。
長い年月をかけて形を変えてきたこのパルルを起点とし、2020年12月「103」、「205」、「503」という3つのスペースを加えさらに進化させたのが「新栄のわ」だ。 “のわ”とは「~の輪」。
「人との “輪”を通して新しい暮らしを考える」ことをテーマにした「新栄のわ」。築40年ほどのマンションの一角、103と大きく書かれた扉を開けるとオーナーの新見(しんみ)永治さんが笑顔で出迎えてくれた。
誰でも自由に出入りできる「103」は地域の人が集まれる場
「新栄のわ」の概要について説明してみよう。
まずは道路に面した「103(イチマルサン)」。誰でも自由に出入りできるシェアルームで、多目的なスペース=“集まる場”として定義されている。最大の特徴は「誰でも自由に入れる」こと。
「有料・無料メンバーという制度にはなっていますが、昼間はメンバーでない人でも自由に出入りができる場所。子どもやお年寄り、地域の人たちが入り混じって一緒に何かを作ったり考えたりできる創造的な場所を目指しているんです」と新見さん。
メンバー同士、またはふらりと立ち寄った人たちとの出会いから、創作におけるアイデアがひらめいたりヒントが得られたりするかもしれない―。アートに造詣が深い新見さんらしい狙いも含まれている。
“お留守番条件付き”の無料メンバー制あり!
「103」には有料メンバー専用の固定スペースが設けられていて、取材時の2021年5月には、アーティストがアトリエとして使っていた。
固定スペースの利用には月額2~30,000円(別途共益費3,000円)の使用料がかかるが、無料メンバーはフリースペースを利用し、月額料金は無料(別途共益費2,000円)。ただし条件がある。「週に1日、この部屋の留守番をすること」というものである。
「昼間誰でも入れる状態にするためには留守番が必要です。ただ、私が常駐できるわけでもないので、無料でフリースペースを利用する代わりに留守番をお願いね、というわけです」
現在は無料メンバーの“お留守番”がいる火曜日のみ、日中「103」を開放している。
「103」を「誰でも入れる場所」にしたのにはこんな理由もある。
「最近、このまちにも外国の方が多く住むようになりました。文化の違いとか生活習慣の違いもあり、うまく周囲になじめない人も多いと思いますし、もともと住んでいた人たちも受け入れ方がわからない。特に年配の方は言葉もわからないし、どう話しかけていいかもわからないという悩みを聞くことが増えました。こうした悩みを解決するためには、やっぱりお互いを知ること、違いを知ることが大切。だから、お互いを知るための場所づくりができたらいいなと考えたんです」
「103」の周知を図るため、イベントも主催している。中国北東部に伝わるレシピで水餃子を作る会や、使わなくなったものを持ち寄って欲しい人に無料で持ち帰ってもらう「0円ショップ」といった企画を実施。多くの人に知ってもらうための方法をあれやこれやと日々練っているそうだ。
シェア初心者にも利用しやすいワークスペース「205」
さて続いては「205(ニイマルゴ)」。“働く場”である。
「103」と同じシェアルームではあるが、ここは誰でも出入りできる「103」と異なり、メンバーだけが出入りできるワークスペースとなっている。こちらも有料・無料メンバーの設定があり、有料メンバーは月額17,000円~25,000円(別途共益費3,000円)で固定のスペースを利用することができる。
「一人ひとりが快適に働けるのはもちろん、利用者同士のつながりで新しい活動が生まれるような場所になればいいなと思います。無料メンバー制は、シェアに不慣れな方にも利用してもらいやすいんじゃないかな」
無料メンバーは共益費2,000円/月のみで1人分のデスクスペースが利用可能だ。そして、こちらに課せられた条件は「月20時間、“新栄のわ”の仕事をする」というもの。
仕事とは、イベントの企画やデザイン、宣伝や、ネット配信の編集、掃除や片づけなどである。決まった仕事ではなく、その人が得意とするもの、できることをやってもらえばいいという。
現在、有料の固定スペースと一部の無料スペースは建築系の大学生が部室として利用している。モノづくりが得意な彼らには「新栄のわ」でのイベントで使用する看板などを制作してもらっているそうだ。
暮らしをシェアし新しい出会いをつくる「503」
最後は「503(ゴーマルサン)」。“住む場”だ。
もともとは4DKだった部屋を大きなワンルームへと改築して貸し出していたものを、今回さらにリノベーション。3つの個室と共有のキッチン・リビング・浴室・トイレ付きのシェアルームとなった。
「積極的に新たな出会いを生み出す暮らし方を提案できないかと思って作ったのが503です。年齢も性別も人種も違う人が集まると楽しそうだなと思っています。部屋は1人での利用を基本に作られてますが、2人で利用することも可能です」
実は新見さん、大病を患い2019年に半年間入院していたそう。
「元気なときはいいけど、何かあったとき助け合える人がいない。ずっと一人暮らしをしてきましたけど、入院したことで暮らしについて見つめ直すきっかけになりました。疑似家族のような、ちょっとしたことを頼める人がいてくれたら心強いと考え、シェアという暮らし方っていいなと改めて思ったんです」と振り返る。
住人の個性がわかる共有スペースで緩くつながる工夫も
3つの個室にも「つながり」を意識した造りが施されている。
「各個室の住人の私物を置く棚を共有リビングに面して設置しました。本とか模型とかその人の趣味嗜好(しこう)を知ることができて面白いですよね」と新見さん。プライベートは確保しつつも緩やかに同居人とつながるための工夫だという。
面白い人が集まるようになれば、まちも自然と面白くなっていく
個が重視される時代にあっても「集まる」「働く」「住む」を通じてそれぞれが自然につながれる場所を作りたいと「新栄のわ」を立ち上げることにした新見さん。
「103」「205」「503」の利用者全員で月に1度の「ごはん会」を開く、というのもその理想に基づくものだ。利用者同士だけでなくオーナーである新見さん自身も含め、シェアで生まれる何かを期待している。
「古いマンションの活用例としてもモデルケースみたいになっていったらいいなと思います。面白い人が集まればマンションの価値も上がり、まちも自然と面白くなっていきますよね」と話す新見さん。
「新栄のわ」の発展の延長には地域活性化の可能性も見据えている。
新見さんが“人とのつながり”にこだわるのはなぜなのか、聞いてみた。
「どうしてかな。よくわかりません(笑)。ただ、京都で生まれ大阪、名古屋へと引越した幼少期や、アートを通じて海外を訪れたときの各地の言葉や文化の違いに触れた経験が影響しているかもしれませんね」
と回答してくれた。さらに
「僕らが目指すべきは互いの違いを知ること。それはお互いを知りそして尊重することに他ならず、それを弛(たゆ)まずに続けるしかないと思っています」と、自身がこだわる“つながり”についての考えを教えてくれた。
「新栄のわ」が地域の人に使ってもらえるようになるまでには、まだまだこれから。多くの人たちがつながり、本当の意味での“まちの遊び場”として進化していく姿が楽しみだ。
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【取材協力】
新栄のわ
https://nowanowa.org/
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