三十数年をかけて変化してきたまち、天王洲に水上ホテル誕生
2019年の夏にオランダ・アムステルダムに登場した運河の跳ね橋管理小屋を改装した水辺、水上にあるホテルを紹介した記事を書いた。書きながらどうしても行ってみたくなり、2020年の春に予約を入れたのだが、ご存じの通り、コロナ禍で海外渡航は叶わず。水面を眺めながらだらだらワインを飲む日を夢みていたところに、水上ホテル誕生のニュースが入ってきた。しかも場所は東京、天王洲である。わざわざ、10時間以上をかけて渡航しなくても都内で水辺を楽しむ滞在ができるのだ。早速、見学にお邪魔したのは寺田倉庫が運営する「PETALS TOKYO」(ペタルス トーキョー。以下ペタルス)。PETAL(花びら)のように水上に部屋が浮かぶ宿泊施設である。
品川駅の東、品川ふ頭の手前、陸側にある天王洲は駅名が天王洲アイルとなっていることから分かるように、島(isle)。鉄道を利用して行くと感じることはないが、現地を歩いてみると天王洲運河、京浜運河などに囲まれており、明らかに島。そもそもは江戸幕府が幕末に築いた第四台場の跡地であり、その後は流通倉庫の集積する地区として機能してきたが、1985年以降、天王洲の地権者22社による開発がスタート。現在に至るまで三十数年をかけて変化してきた場所である。
水辺に立地する恵まれた環境を意識したのだろう、公園、広場や街路などの自然を感じる作り方にこのまちらしさがあり、特に島を取り囲む板張りの遊歩道・ボードウォークは他にない憩いの場。海外の海辺のまちを彷彿とさせる、開放的で明るい空間になっている。水上ホテル・ペタルスもそんなボードウォーク沿いにある。
イベントスペースの付帯施設がホテルに
天王洲アイル駅からホテルへは海岸通りを歩き、ボンドストリートと名付けられた元倉庫街を経由する。倉庫街と聞くと暗いイメージがあるだろうが、ボンドストリートは倉庫を利用したショップやレストラン、アートスペースなどが並ぶ緑も豊富な通り。ところどころには大型アート作品も点在している。天王洲の他の地域には高層ビルも少なくないのだが、この一角では元々の建物を生かしたリノベーションが行われており、他エリアとは異なるリラックスした雰囲気が漂う。
ホテルのフロントはそんな倉庫の一角にあり、宿泊者はそこへ立ち寄り、スタッフの案内のもと歩いて桟橋に係留された自室へ。廊下を通ることも、エレベーターに乗ることもない。宿泊者だけが入れるゲートを通り、用意されている部屋は4室。イベントスペース「T-LOTUS M」の右手に3棟、左手に1棟で、もともとはイベントスペースの付帯施設として作られたもの。2016年頃から対談の場、ポップアップギャラリー、商談室など多目的に使われてきていたそうで、当初から宿泊はできるように作られていたものの、イベントスペースの利用が多かったため、宿泊施設としては使われてこなかったという。停泊したままの船舶を宿とする前例がなかったということもある。
だが、2019年に旅館業法が大きく変わったことなどから宿として使う手が現実的な選択として浮上、利用できることになったという。「それ以前から泊まれないのですか?というお問合せは多くいただいていました。ことに2019年以降はそうしたお問合せが目立って増え、オープンしたときにはやっとオープンしたと言われました」と寺田倉庫株式会社 イベントプロデュースグループ・菊池亮太氏。水辺の好きな人たちからは長らく宿泊したいと望まれていた場所だったわけである。
それぞれに個性の違う4室
実際の部屋を見ていこう。4室はそれぞれに異なった間取り、インテリアになっており、見える風景も異なる。そのなかでも水辺好きにはたまらないのが部屋の正面に2つの川が合流する地点がある角部屋、PETAL1だ。右手から流れてくるのは高浜運河で、かかっているのは楽水橋。正面の川は目黒川の元河口。橋は天王洲橋だ。目黒川は現在流路が変えられているため、目前に見える川は正確には川ではないが、景色の雄大さは変わらない。橋の袂には船宿もあり、部屋から外を眺めると水面に浮いているように思える。
もうひとつ、この部屋ならではなのは円形で透明なシャワーブース。他の部屋は石張りのオーソドックスなスタイルになっているが、ここだけは部屋の中に設置されている。ただし、利用時はガラスが曇って内部が見えなくなるそうだ。
お隣のPETAL2は玄関を入った正面に大きな窓があり、入った瞬間、息を呑む。運河を挟んで対岸にある建物の壁画がまるで絵画のように見えるのだ。といっても運河を挟んでいるため、対岸までは数十mあり、視線も音も気にならない。イベントスペース利用時に対岸に聞こえていてはと調べたことがあるそうだが、水辺は遮るものがなく、音が拡散するのだろうか、ほとんど聞こえなかったそうである。泊まる側からするとプライベート感いっぱいの部屋というわけだ。
屋上でのんびり、女子会にも利用可
PETAL3には他にない魅力がある。部屋と同じ広さの屋上があるのだ。この部屋の宿泊者しか利用できない屋上である。ボードウォークを行く人たちからはさぞや羨ましく見えるだろう。しかも、ペタルスは全室が西向き。屋上はもちろん、室内からもサンセットが楽しめる。
「チェックインは午後3時からなのですが、その時間にお出でいただき、夕暮れから夜までの水面の輝き、風景の変化を部屋で楽しんでいただくことをお勧めしています。移動の拠点として使われるホテルもありますが、ここは滞在そのものを楽しむ場として使っていただければと思っています」(ペタルス トーキョー・マネージャー・佐久間有紀氏)
最近ではホテルの部屋をリモートワークの場として使う例もあり、ペタルスもそうした使い方ができるそうだが、この屋上ではリラックスしてしまい、仕事にはなりそうにない。
さて、最後の部屋は天井が高く、もっとも家に近い雰囲気。深い赤と白が基調の柔らかいインテリアでもあり、女性に人気とか。というのは他の部屋は定員2人なのに対し、この部屋だけは3人となっており、女子会利用が多いのだ。
「予約を頂いたときにどのような宿泊をしたいかを伺うようにしており、記念日にはリクエストに応じてシャンパン、ケーキ等を用意するなど、シチュエーション、ご希望に合わせた手配をしているのですが、この部屋は女性同士でわいわいとお楽しみいただいています」(佐久間氏)
周囲を気にすることなく、のんびり楽しめる部屋というわけである。
使い捨てではないアメニティを利用
各部屋に共通する点についても説明しておこう。部屋の広さは40~45m2あり、それほど違いはないが、間取りや部屋の作りで感じ方はかなり異なる。基本は2人用ということで洗面台もダブルで用意されている。
ホテルのテーマのひとつが「エコ&オーガニック」とのことで洗面所に置かれたアメニティも他とは一味違う。使い捨てではなく、竹の歯ブラシに木製のヘアブラシ、持ち手が竹のカミソリなど長く使える品が用意されているのである。使い心地にこだわったのはもちろん、持ち帰って長く使ってもらうことを意図した。せっかく、水の上に宿泊するのである、水がもっときれいになったらと環境について考えるきっかけになってほしいという気持ちもあるそうだ。
シャワーブースにはミストサウナが用意されており、座ってのんびり体を温めることができる。珍しいものとしては脱衣所にあるタオルウォーマー。タオル類をかけておくと乾燥させてくれるそうで、これは自宅に欲しいと思った。
食事はホテル周辺にいくつものレストラン、カフェなどがあり、ディナーはそこを利用するのがよかろう。朝食は食べに行ってもよいが、専用の箱に入れてデリバリーしてもらうこともできる。
大人の究極の趣味が生きる異空間
宿泊料金が1室で8万円台からということもあり、実際の利用者は当初40~50代が多かったが、最近はSNSで情報を得たという若い層も増えている。思っていた以上に、水辺が好きだという「水辺ファン」が多いそうである。利用目的としては大きく2種類あり、ひとつは東京観光でせっかくだから大好きな水辺に泊まりたい、あるいは水辺のような変わったところに泊まりたいというもの。もうひとつは天王洲に滞在したいというもの。
「このエリアでは昨年アート施設が3つオープンするなど、年々現代アートや建築模型などマニアックな分野も含むアートスペースが生まれています。イベントができる場所だけで10ヶ所。アート展の会期中や大型イベント開催時には、複数の施設をゆっくり時間をかけて回りたいという要望があるのです」と佐久間氏。
倉庫のリノベーション事例として参考になるという面もある。日本では倉庫のリノベーション事例はそれほど多くはない。首都圏でいえば横浜の赤レンガ倉庫があるくらいだろうか。倉庫自体が公共交通機関利用で訪れようとすると不便な場所にあることが多いためだ。ところが天王洲は品川からタクシーで約10分、羽田空港からはモノレールで10分台、りんかい線で新宿から20分ほどと便利な場所にある。そのため、移動の多い芸能関係、航空業界の人が多く住んでいるというが、認知度は率直なところ、それほど高くない。それが逆に知る人ぞ知るという存在になっており、訪れる人も年代は高めだという。
「当社は天王洲をアートシティにすることを目指していますが、一般の消費者の方から見ると当社がここで取り上げている現代アートや建築はちょっとユニーク。ですが、私たちの本業である保管事業でも、ワインやアートなど大人の究極の趣味にも挙げられるこだわりのアイテムをお預かりしていると考えると、その発展形のひとつとしてまちづくりがそうなっているのは当然かもしれません」(菊池氏)
ただ、それ故にここが他にないまちになっていると思えばマニアック万歳である。ちょっと足を延ばして異空間へ。天王洲でそんな体験をしてみてはどうだろう。
天王洲アイル地域情報サイト@TENNOZ
https://www.e-tennoz.com/
PETALS TOKYO
https://www.terrada.co.jp/ja/service/space/petals-tokyo/
寺田倉庫
https://www.terrada.co.jp
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