良いアイデアは「問い」から生まれる。京都信用金庫の新たな挑戦の場
2020年11月、京都市役所の前に全面ガラス張り8階建てのビルがオープンした。京都信用金庫の「新河原町ビル(QUESTION:クエスチョン)」だ。(以下、QUESTION)
その名の通り、このビルのコンセプトは「一人では解決できない『問い』に対し、さまざまな分野の人が寄ってたかって答えを探しに行く場所」というもの。京都信用金庫河原町支店のほか、各階にはレンタルスペースやコワーキングスペース、シェアキッチンなどが設計され、さまざまな人が集う場となっている。
この地域は京都最大の繁華街、四条河原町に程近く、京都大学、同志社大学をはじめ多くの学生が行き交うエリアでもある。設立から100年近くにわたり地域経済を支えてきた京都信用金庫。自ら運営も手がけるこのビルは、地域でどのような存在となっていくのか。副館長を務める椿直己さんに、新築の香りが漂う館内を案内いただいた。(以下記載のない「」内は椿さん談)
河原町支店ビル建て替えを機に「せっかくなら人を軸にした場を」
館内に入るとまずその開放感に驚く。全面ガラスからは明るい光が差し込み、頭上には吹き抜けが広がる。1階にはカフェ&バースペースがあり、「ここが金融機関の支店」と言われても初めて訪れた人はにわかに信じられないかもしれない。
QUESTIONは、河原町支店ビルの建て替えを機に始まったプロジェクトだ。構想から竣工まで4年半もの歳月をかけて完成した空間には、QUESTIONのコンセプトが詰まっている。
「QUESTIONは、さまざまな『問い』を持ち寄り、さまざまな分野の人が関わって解決していく場です。起業家や学生、団体、地域企業(※1:京都市では規模を基準とした「中小企業」ではなく地域に根差す企業を「地域企業」と総称している)など、多くの人が関わることで思ってもみないアイデアやイノベーションが生まれます。事業支援やビジネスマッチングは京都信用金庫がもともと果たしてきた役割ですが、従来よりももっとオープンに人と人が関われるよう空間もつくられています」
京都は学生の街といわれるが、2015~2017年度の京都府の大学生の地域別就職状況(※2)を見ると、そのまま京都に就職する学生は16%程にとどまっている。人口減少が進む中、学生の就職先として魅力的な選択肢を増やすことは地域経済の成長には必要不可欠といえる。
「地域企業やスタートアップ企業が成長していくには伴走者の存在も重要です。ビジネスの種をまき、その芽を一緒に育てていく役割をQUESTIONが担えればと思っています」
コワーキングスペースからシェアキッチンまで、多機能な館内
館内の様子を見ていこう。1~8階まで各フロアは多様な機能を持ち、さまざまな人の利用が想定されている。1階には幅広い使い方ができる「CHALLENGE SPACE」のほか、カフェ&バースペースがある。お酒とコーヒーをコミュニケーションツールとして地域に開かれた空間になっている。
2階は約40席のコワーキングスペース、3階には植栽豊かなワークスペース・コワーキングスペースがある。2階から4階を利用するには会員登録が必要で、会員種別によっては登記をすることでオフィスとしての利用も可能だそうだ。3階から4階にかけてはイベントスペース兼コワーキングスペースの「COMMUNITY STEPS」がある。壁一面はホワイトボードとなっており、イベント時に描かれたというグラレコ(グラフィックレコーディングの略:イベントなどの内容をイラストや言葉を使って見える化したもの)が残されていた。イベントの熱気が窺える。
5階には学生中心のスペース「STUDENTS LAB」がある。後述するが、取材当日は平日にもかかわらず多くの学生が訪れていた。6階が京都信用金庫の河原町支店。金融機関のどこか冷たい印象を覆すような、おしゃれで明るい空間だ。大きな窓からは京都の街並みが一望できる。7階にはリアルとオンラインを融合したセミナーも実施可能な会議室、8階にはシェアキッチン「DAIDOKORO」がある。集まった人みんなで作ったり食べたり、飲食業界の人がテストキッチンとして利用することもできる。
このように機能別にフロアが分かれているが、1階から4階までの壁面にはつながりのある色彩豊かなアートが描かれている。「現在、過去、未来、夢・希望」が各階のテーマだそう。上階に向かって物語を辿っていくような仕掛けが、空間に華を添えている。
若者の実践の場として。偶発的な出会いが生まれる場として
QUESTIONで注目すべきは、やはり若者の活躍であろう。1階のカフェ&バースペース「awabar」は、京都芸術大学の学生が運営しているそうだ。与えられた仕事をこなすのではなく、自分たちの頭で考え、産学連携のサポートのもと現場で実践していく。QUESTIONの掲げる「伴走」が体現されている。
また、5階の「STUDENTS LAB」には、ソーシャルディスタンスを保ちながら多くの学生が集っていた。家業を継ぐために事業アイデアを練ったり、大学のオンライン授業を受けていたり、開かれた空間で思い思いに過ごしている。コロナ禍の中でも登録メンバーはすで300人を超えたそうだ。QUESTIONの運営パートナーでもある、学生たちの学びと実戦の場づくりを行う「NPO法人グローカル人材開発センター」代表 行元沙弥さんは言う。
「オープンして1ヶ月余りですが、今までになかった化学反応が毎日起こっていますね。大学生と起業家、高校生、留学生と老舗企業など、新たなつながりや偶発的なかけ合わせが生まれています」
自身のアイデアにヒントをもらったり、色々な人にヒアリングをしたり、学校生活ではまずないような出会いがQUESTIONにはあるようだ。
もちろんQUESTIONで活躍しているのは学生だけではない。QUESTIONでプロジェクト化する流れは主に2つ。1つは、有料会員ページにある「QUESTION POST」。そこに集まったさまざまな「問い」やアイデアを検証し、プロジェクト化する。もう1つは、走り始めたばかりの事業を伴走支援する形だ。オープンして1ヶ月半程であるが、すでに20以上もの事業が動いているという。
西陣の産業と地域活性化を目指す「西陣connect」や、発酵食の魅力を広めたいという想いから女性をターゲットにしたお洒落な甘酒を展開する「Amazake Lab(アマザケラボ)」などが一例である。「この魅力を多くの人に届けるには?」といった問いをQUESTIONのコミュニティマネージャーが一緒になって、寄ってたかって解決を目指す。事業拡大に向けた提携パートナーをつなぐことができるのも、地域ネットワークを持つ信用金庫ならではの提供価値といえる。
QUESTIONが、事業も人も生み出す地域経済のハブとなるように
新しい事業が生まれると、働く人の流れも変化していく。ビルの入口に「?」のマークが入ったパーカーを着ている男性がいた。その親しみやすさから思わず会話を交わしたのだが、この男性は元京都信用金庫の職員。警備員として働くグランドシニアだという。
「彼の事例もそうですが、今後雇用形態や人の動きはもっと流動化していくでしょう。信用金庫に求められる役割が変化していく中で、熱意ある優秀な人材が集う場所、そして巣立つ場所としての役割もQUESTIONが果たしていけたらと思います」
相談に来ていた学生がQUESTIONで働きたいと思うこともあるだろうし、事業支援をしていたQUESTION職員がそのまま参画を希望するケースもあるかもしれない。京都信用金庫には「起業する職員を支援し、規定年数以内であれば復職も可能」なアントレプレナー(起業家)制度もあるという。人材が動くことで、そう遠くない未来の地域活性化を見据えている。
QUESTIONの取り組みは中長期的なビジョンのもとに成り立っている。短期間ですぐにリターンを生み出すのは難しい取り組みも多いはずだが、将来の地域経済を支える芽を育てるため、志ある人と人との接点機会を今後も創り出していく。最後に、QUESTIONにまだ来たことがない人に向けてメッセージをいただいた。
「ぜひさまざまな方に立ち寄っていただきたいと思います。我々コミュニティマネージャーがどのような『問い』もお聞きします。もちろんやりたいことやハッキリした『問い』がまだなくても大丈夫です。まずは、1階の『awabar』に気軽にコーヒーを飲みに来てみてください。そこで思いがけない出会いが生まれるかもしれません」
取材協力:京都信用金庫 新河原町ビル「QUESTION」
https://question.kyoto-shinkin.co.jp/
(※1)京都市では規模を基準とした「中小企業」ではなく地域に根差す企業を「地域企業」と総称している。京都市「京都・地域企業宣言」より
https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000241891.html
(※2)京都市「大学のまち京都・学生のまち京都推進会議」「大学のまち・学生のまち」京都を取り巻く状況より
https://www.city.kyoto.lg.jp/templates/shingikai_kekka/cmsfiles/contents/0000230/230424/shiryo6.pdf
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